1481044356881454

インクタンクを取替えるグリーニー。Photo by Gabe Bornstein

新聞印刷業界にはこのような諺がある。「インクは黒い宝だ」

『ニューヨーク・タイムズ(New York Times)』が所有する数ある印刷工場のうち、クイーンズにある本工場で、印刷機修理工の主任を務めるグレッグ・ゼラファ(Greg Zerafa)は、「インクまみれになっているヤツほど、金を稼いでいる証拠なんだ」と教えてくれた。ジェリー・グリーニー(Jerry Greaney)が「裏を返せば、インクにまみれない日は、太陽が昇らない日と同じ」と割って入る。彼も機械工として31年間、『ニューヨーク・タイムズ』を支えてきた。

1481044179964552

左から:グレッグ・ゼラファ、クリス・ベデット、 ジェリー・グリーニー

私はこの1年ほど、さまざまな「こわれもの」を修理する職人たちの取材している。世界最大級のテクノロジー・メーカーは、修理困難、もしくは修理不可能な使い捨て製品開発にどんどん移行している。そんな開発姿勢が優勢な世の中で、古い機械を活かし、稼働させ続ける熟練工に、私は注目しているのだ。

ゼラファ、グリーニー、クリス・ベデット(Chris Bedetto)に会うため、『ニューヨーク・タイムズ』の印刷工場を訪ねた。彼らは修理工チームとして、83フロアにわたるタイムズ紙の印刷機を見守っている。平日の夜は約30万部、週末には100万部を超える新聞がこの工場で印刷されている。

「手はキレイにしておきたい」といった直後、グリーニーは、30キロのインクタンクを交換する。彼は「黒い宝」に肘まで浸した。

1481044330950287

Photo by Gabe Bornstein

数えきれないギア、ローラー、モーター、ロール紙、インクタンクが組み合わさった印刷機は、実に複雑で繊細なうえに、しょっちゅう故障する。それでも毎晩、数時間で新聞を印刷しなければならない。だから、ゼラファのチームは、機械に不具合が発生したら、すぐさま修理できるよう常に準備している。

「すぐに動かさなくてはならないから、絆創膏を貼るような応急措置もする。それで、その晩はしのげるからね」とゼラファ。「その印刷機が動き出すまで、俺たちのアドレナリンは100%噴き出しっぱなしなんだ」

「いってみれば、毎晩、俺たちは機械を直しているのではなく、俺たちが新聞を印刷しているんだ」とベデット。

来る日も来る日も、グリーニーとベデットには、数百キロもあるローラーや、業務用インクタンクを交換し、機械の内側へ潜ってインク分配器のモーターを取り替える。たとえ軽症であろうと、閉所恐怖症では務まらない仕事だ。

「バランスを取りながら、すごく狭いところを進まなければならない」とゼラファ。「基本的には25〜30キロあるモーターを片手で担いで、残った片手でスパナを回す。それも梯子か梁の上で」

1481044405276920

Photo by Gabe Bornstein

もし、工場に訪問したとしても、印刷機をメンテナンスする機械工が絶滅の危機に瀕しているとは知る由もないだろう。『ニューヨーク・タイムズ』の印刷工程は、昔ながらの力仕事とオートメーション作業の見事な按配で稼働している。ロボットが、地下から大きな巻き取りを掴み、輪転印刷機に送り込む。そのあいだ、機械工と印刷オペレーターは、工具や部品が入ったバスケットを積んだ大人用三輪車で、工場内を目まぐるしく走り回っている。

印刷オペレーターは、新聞の最下部にある小さなドットを検査し、正確な色合いで正しく印刷されているか、折り畳みが適切に揃っているかを確認する。巨大なゴミ箱は、基準に達していない新聞紙で溢れている。

「例えば空港で、誰かに『ニューヨーク・タイムズ』を渡したとする。普通は、見出しを眺めて、ポケットにしまう」とゼラファ。「俺の場合は、どの印刷機で刷られたかを確認する。欠陥がないか、クオリティはどうか。なんていうか、他のニューヨークの新聞って…」

「俺たちの新聞がいち番よくできている」とベデットが続けた。「ポスト(Post : The New York Post)、その他すべて、マンガ週刊誌のレベルだ。到底、俺たちには及ばない」

「見習うべき点はどこにもないね」とゼラファは付け加えた。

1481044434180909

VSIモーターを交換するゼラファ。Photo by Gabe Bornstein

印刷工場はいつも騒がしい。アメリカン・フットボール場ほどもある印刷機で、明日の新聞が印刷され、折りたたまれ、梱包される。さらに刷り上がった新聞は、頭上に架けられた爬虫類のようなベルト・コンベアーで配送センターに運ばれる。忙しくない時間帯でも、チラシ、時間的制約のない…例えば「Style Magazine」などを印刷し続けている。

溢れたインク、回転するギア、忙しく駆け回っている作業員たちを見ていると、ふと、印刷の黄金時代にいるような気分になる。機械工たちは、発行部数が落ちているのを知っている。買収、人員削減で、同僚が減っているのもわかっている。8つの印刷機を24時間フル稼動しなくとも、翌日の発行部数を賄えてしまう。そして、印刷機の修理に必要な部品業者の多くは、既に倒産している。現在では、その必要な部品を自分たちでつくるか、より稀なものは、eBayやAmazonで見つけるしかない。そんな状況はもちろん、印刷物の減少だけを観ても、彼らは、現在の印刷業界の現状を真っ先に察知できるのだ。

1481044476830917

Photo by Gabe Bornstein

『ニューヨーク・タイムズ』が、いつまで新聞を印刷し続けるかについてゼラファ、グリーニー、ベデットには、それぞれ違う見通しがある。ゼラファとグリーニーは、あと15年続く、と予想したが、ベデットは、「終わっていたとすれば10年前だった。だから今は、永遠に終わらない」と予想した。

3人の昔話は楽しかった。タイムズ紙の工場が、まだタイムズ・スクエアにあった頃、近所にあった「The Academy」というライヴハウスのドアマンが、夜勤中の彼らをいつも入場させてくれた話。年越しカウントダウン恒例のタイムズスクエア・ボールが工場内に転がってきた話。ダイアナ妃、ジョン・F・ケネディJr、フランク・シナトラが逝去した夜には「印刷機を止めろ」と怒号が飛んだ話。2機目の飛行機がツインタワーに激突した日は指示があるまで仕事が終わらなかった話。変圧器が火を吹き次の日の新聞が危うく発送できなくなりそうだった夜の話。もちろん、すべて彼らが対処し、新聞は無事発送された。

%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-12-12-18-07-12

Photo by Xavier Aaronson

30年にわたり、毎晩、ともに緊急事態に備えてきた同志にしか築けない心地良い仲間意識が3人の間にはあった。思い出を語る彼らを見ていると、もっと彼らがこの仕事を続けられたらいいのに、と願わずにはいられなかった。

「必ず誰かが最後のひとりになる」とゼラファ。「俺たち、お互いに『最後のひとりを送り出すために、俺がドアを押さえてやる』といってるんだ。ここにいるみんながこの仕事を気に入ってる」