1 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『HIM(彼)』(2012年)

小さなヒトラーくんが物議を醸したのは2012年11月。ポーランドのワルシャワで、ホロコースト(ユダヤ人虐殺)が起きたゲットーだった地区にひざまずく彼に対し、ユダヤ教のポーランド最高指導者ラビやユダヤ人権利擁護団体は強く反発した。

作品を制作したのは悪名高きイタリア人アーティスト、マウリチオ・カテラン(※1)だ。像には「どんな犯罪者だって、かつてはかわいい子供だった」というコメントが付けられている。マウリチオ・カテランはこれまでも、数々の作品で物議を醸してきた。

2 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『Novecento(20世紀)』(1997)

3 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『Una Domenica a Rivara (日曜日、ラヴァザにて)』(1992)

4 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『UNTITLED(無題)』(2001)

5 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『Bidibidobidiboo(ビディビダビディブー)』 (1996)

もちろん本物の人間や動物ではなく、ワックス製のオブジェクトでしかないのだが、頭でそうとは分かっていても、見るたびどきっとさせられる。ヒトラーくんも吊るされた馬も、知ってる形をしてるからなのか、どうも自分の体の感覚がうずき出してしまう。首にかかる重みや手足を拘束される圧迫感が、分かる気がするのだ。とはいえこれはただのオブジェクト。”物”に対して何を同情してるのか、馬鹿馬鹿しい。

コンテンポラリー・アートの市場では、その”馬鹿馬鹿しさ”にこそ値が付く。ピノキオを水に浮かべたこの作品、2012年のオークションで約2億5000万円の値が付いた。その下にあるローマ教皇がぶっ倒れているものは、約3億1000万円。

6 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『Daddy Daddy(ダディ ダディ)』 (2008)

7 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

2012年に行われたオークション

8 マウリチオ・カテランと世界を笑えるか?

『La Nona Ora” – or “The Ninth Hour』(2000)

馬を吊るすのも、ピノキオを水に浮かべるのも、誰だって出来るだろう。実際カテランも認めている通り、彼は既にどこかにあったイメージを借用している場合が多い。ただ現実にそれをやったとしても、お金を払ってくれる人はいないだろう。しかしそれがイメージとして提示されたとき、そこに莫大な価値が生まれる。

ちなみに、冒頭でご紹介した小さなヒトラーくんは1000万円。所有しているのは、ステファン・エルディスというアメリカの著名なコレクターで、ホロコーストの生存者だ。彼は購入理由として次のように述べている。「この作品を見たら、人々ははっとするだろう。涙するかもしれないし、疑問を抱くかもしれない。とにかくインパクトがあるということは確かだ。政治的な正しさ云々ではなく、アートの評価基準はそこにあるはずだ」

アイドルだって同じだ。一発やってしまうよりも、メディアで「少女」のイメージを売る方が金になる。そのためには、実体を伴わないことが重要だ。イメージはイメージらしく、人々の想像をかきたてることに終始すればいい。

カテランの作品に高値が付くのは、実体のないイメージにすがりつく自分たちの馬鹿馬鹿しさをうっすら感じながら、それをなかなか捨てられない人々のマゾヒスティックな思いを刺激するからかもしれない。ただ、これらの作品を見て難しいことを考える必要なんてない。ただただ、自分と世界のくだらなさを笑えばいい。