亀山亮は、中学でラリー・バローズや沢田教一らに憧れ、高校に入るとラブホテルのリネン洗いのバイトをしてカメラを購入、PKO法案反対デモや三里塚の反対派農家を撮影する。その後、メキシコ、コロンビア、パレスチナ、アンゴラ、シエラレオネ、リベリア、スーダン、コンゴ、ソマリア、ケニア、ブルンジなどを渡り歩き、現在に至る。
一貫してフリーランスで活動してきた彼は、誰に求められたわけでもなく撮影に行き、ときに負傷し、機材やカネを奪われ、疲弊して帰国。そしてまた撮影に。誰に求められたわけでもなく──。
なぜ戦場に行くのか。どうして写真なのか。いつまで続けるのか。
自身が見てきた戦争の実相を綴った『戦場』を出版したばかりの亀山亮を八丈島の自宅に訪ね、話を聞いた。

戦場カメラマンの憂鬱  vol. 1 – 強い写真を闇雲に追い求めていたころ

vol. 1より続く

被写体になってくれた人をはじめ現地の人たちは、撮られることをどう思っていますか?

パレスチナはずっと戦争やっていたからメディアも発達しているし、そこで暮らしている人たちの共通認識として、見せて伝えたいという意思はあると思う。だから自由に撮らせてもらえることが多いけど、人が泣いているようなところでは嫌がられることはある。当然だよね。
アフリカの紛争地はメディアが発達していないから、外国人が来て写真を撮って、発表するという行為自体が理解されない。「白人が来る=自分に利益をもたらす」と勘違いをする人がたくさんいて、いくら説明してもわかってくれない。体制を批判して何かが変わるということを経験していないから、伝えてほしいって感覚もないんだと思う。

アフリカの人たちから見たら日本人も白人扱いなんですか?

そう。東アフリカのスワヒリ語圏では黒人以外を「ムズング」(スワヒリ語で「白い人」の意)と呼んで、黄色人種もそこに入るから。

アフリカでは、たとえ理解されなくても撮影意図を説明しながら撮っていくんですか?

誤解されるとマズいから、NGOとか援助関係の人間ではないことはよく説明するけど、いくら説明しても「ちょうだい」「ちょうだい」になってしまう。

カメラ全部と現金を兵士に強奪されたときのことは本に書かれていますが、撮影していて「フィルムを出せ」と言われたことはありますか?

それはたまにある。おかしかったのは、国連軍の写真を撮ったらインド人の兵士に「消せ!」って言われて、フィルムだと言ったら唖然として見逃してくれた。アフリカのあと、2011年にメキシコの麻薬戦争の取材をしているときも、警察の検問を撮ったら「何やってんだ、消せ!」と言われて。今はほとんどデジカメだから、デリートできると思っている。「フィルムなんだよ」って言ったら「そうか、俺も昔カメラマンだったんだ」と急に親しげになって(笑)。フィルムで撮っていると凄く珍しがられるようになった。真面目に写真やってる感は出るのかも。

取材を終えて帰国するタイミングはどうやって決めますか?

基本的に持っていったフィルムを撮り切るまでは帰らない。なかなかなくならなくて、アフリカでは毎晩、蠟燭の光で残りのフィルムを数えていた。2、3カ月の予定で行っても、ひと月まったく撮れないこともあって。早くなくならないかなって思っていた(笑)。

戦場に行くことは中毒になりますか? 行ってない状態がおかしく感じるような。

アフリカは行きたくないけど行っていたようなものだから、それはなかった。パレスチナのころは、ふつうじゃなかったかもしれない。

行きたくないのは恐怖のせいで?

いや、もう……アフリカは凄く面倒くさいから。入国した直後に捕まって「カネくれ」だし、許可証とか必要書類が山ほどでハンコだらけ。わけのわからないお金を要求されて、払わなくてすべてがパーになるのは嫌だから払うしかない。オマワリもメチャクチャ。田舎に行ったら日本人は目立つから、「何しに来たんだ」って群がってくる。トラブル続きで凄く疲れる。現場に行くのに物凄く時間がかかるし、疲れ切って日本に帰るから、行ってから帰って回復するまでに半年ぐらいかかってしまう。それで元気になったらまた行っていた。

どういうときに恐怖を感じますか?

危ない地域に行くときは凄く緊張する。コンゴでマイマイを探しているときもそうだった。何が起きるかわからないから。

マイマイはどうやって撮影しましたか?

現場まで行くのが凄く大変だった。国連軍の飛行機やヘリはただで乗れるから、空路で行けるいちばん辺鄙なところまで行って、その先は車だけど、乗合トラックで行くと途中の検問で絶対に捕まるから、頼み込んで国連軍の4駆に乗せてもらって、あとはヒッチハイクしたりMSF(国境なき医師団)に話をつけたりして、マイマイがいる村まで行く。でも、アジア人で、しかもフリーのカメラマンだと差別的な扱いでさ。同じMSFでもスペインとかラテン系のところはいいんだけど、フランスは酷かった。地元スタッフもいるけど、権限をもっているのは白人だから。でも、自分でドライバーを雇うと凄くお金がかかるし、そうするしかなかった。
マイマイは山にいて、そこに行けたら最高だけど、危険すぎて諦めるしかなかった。村に下りてきて武装解除を待っているマイマイに会いに行って、それを繰り返して撮影した。必ず彼らのことをよく知っている人を仲介に立てて、なるべく人がいるところで撮るように注意を払っていた。彼らは村でも悪いことばかりするから、住民から狂人集団みたいに恐れられていた。マイマイがコンゴの戦争を象徴しているような気がして、ずっと撮影したいと思っていたから、撮れて満足した。

戦場カメラマンの憂鬱 vol. 2 - 闇を覗く者はまた、闇からも覗かれている - 亀山亮 (1)

コンゴ民主共和国カタンガ州/2006年/紛争中、村の自衛組織として作られたマイマイ(リンガラ語で「水」の意)は、ジャングルの中で生活し、独自の世界観をもつ。紛争が長期化するとマイマイは無秩序な集団に変貌。村々を襲って、殺人やレイプ、略奪を繰り返すようになった(亀山亮著『戦場』より)

戦場カメラマンの憂鬱 vol. 2 - 闇を覗く者はまた、闇からも覗かれている - 亀山亮 (2)

コンゴ民主共和国カタンガ州/2006年/マイマイ兵士(亀山亮著『戦場』より)

マイマイのポートレイトを長方形の35(㎜判)ではなく正方形の6×6(㎝判)で撮った理由は?

真四角の6×6のほうが写真になりやすくて楽なイメージが自分の中にあって。撮影に時間をかけられない状況だから6×6で撮った。

ポートレイトを撮るとき、その相手のことを好きか嫌いかは写真に影響しますか?

関係性を築く間もなく一発勝負で撮らなくてはならないことも多いから、あまりそういうことは意識しない気がする。

知人のカメラマンが、ネット右翼のポートレイトを撮影しようと思ったけど、それが嫌悪感を抱いている被写体であっても職業柄カッコよく撮ってしまいそうな自分に気づいて断念したと言っていましたが。

気持ち悪く撮ればいいじゃない。僕だったら気持ち悪いと思ったら気持ち悪く撮る。でも、本当は先入観に影響されるのはよくないんだけど……。自分の写真で言えば、コンゴのヌクンダ将軍に会ったのは夜で、彼は疲れてぼーっとしていて、その眼を見たとき、寒気みたいなものを感じて、そのイメージを写真にできたのはよかった。自分の場合は、「この顔撮りたいな」とか、そっちのほうが強いと思う。

戦場カメラマンの憂鬱 vol. 2 - 闇を覗く者はまた、闇からも覗かれている - 亀山亮 (3)

コンゴ民主共和国北キヴ州/2008年/ツチ系民兵のリーダー、ヌクンダ将軍(亀山亮著『戦場』より)

危険な現場で撮影していて、自分をコントロールできなくなることはありますか?

そうならないように気をつけている。怒鳴ったりしないし、兵士と喧嘩しないし、問題に介入しない、絶対に。興奮したらおしまいだから。ファインダー覗いたら案外冷静でいられるものなんだよね。よくないことが行われていても、安易な正義感でその状況を変えるようなことはしないようにしている。現場の主体にはならない。例えば、人がぶん殴られてるぐらいだったら、止めたりしない。誰かが殺されるところには遭遇したことがないけど、そのときはどうするかな……たぶん、自分も殺されちゃうよね。

主体にならないのは死なないために?

いや、自分が主体になると眼が濁ってしまう。主体的に関わるなら、写真ではなく、NGOとして活動すればいい。でも、ブルンジの両腕を切られた女の人に関しては自分もやっちゃったわけで、葛藤はあるけど……。動いている現場では静かにして、空気みたいになれればベストだと思う。そこにいる人たちの負荷になりたくない。ポートレイトは1対1で撮るから、また違うけど。

以前はあまり喋らなかったと聞きましたが。

喋んなかったし、笑ったりもしなかったけど、酒飲むようになってからよく喋るようになったかな。自分の体験したこと、やったことを喋ったら、蓄積したものが逃げちゃう感じがしていた。あと、「わからないことがわかった」と本に書いたけど、わかってないのにわかったふりをするのが凄く嫌で。でも、アフリカを撮り終えたときに、なんとなく自分の中で消化されたというか、ケリがついたみたいな感覚があって、だから喋れるようになったのかも。勝手な自己満足に過ぎないんだけど、結局写真は自己満足だから。

「ケリがついた」というのは撮り切ったという意味ですか?

撮り切るなんて不可能なんじゃないかな。完璧を求めたら麻薬中毒と一緒で、もっともっとになって、延々と終わらない旅になってしまう。ただ、自分の中で設定したレベルがあって、そこまでは達成できた気がする。あとは、まあ、そうね……こんなに自分が写真に興味ないというか、10代からずっとやり続けたことを急にやりたくなくなったっていうのが初めてだから、人生で。

やりたくない?

次に同じことをやったら死んでしまうかもしれないし、それでもやるだけのモチベーションが今はなくて。熱に浮かされたように、突然また撮り始めるかもしれないけど……。今年で39歳だから現場で身体が動くのは、せいぜいあと10年。だから本格的に撮影するなら、あとひとつのテーマぐらいしかできないかもしれない。

具体的に撮りたいテーマはありませんか?

2011年にメキシコの麻薬戦争を撮っていたけど、震災で日本に帰ってきて中断したままだから、結果を見届けたいというのはある。ずっと一緒に取材していたメキシコ人ジャーナリストの友達が刑務所に入れられているから会いたいし。外為法違反ということになっているけど、ハメられたんだと思う。また現場に行けば、自分の中に変化が起こるかもしれない。感覚とか考えが変わるのが楽しいからこれまでやってこれたと思うし、自分が変わらないと写真もつまらなくなると思うから。でも、残念ながら、変わるってことはなくなってきたよね。それが歳をとったということなのか。……あとは、日本の現状が嫌だから、それに対して何かやるのなら写真で、というのはあるけど。

これまで行った国の人たちの、日本や日本人に対するイメージはどうでしたか?

国によって違うけど、ジャッキー・チェンとかクルマとか、だいたいお決まりのパターンだよね。出会ったアフリカの人たちの多くは、中国の一部ぐらいに思っている。中国人に間違われることもあったし。
パレスチナでは、日本赤軍があったから、日本人ありがとうって言われたよ。ヒズボラや日本赤軍、パレスチナ人の多くはテロリスト扱いされているけど、少なくとも自分が会ったパレスチナ人は、国際社会から無視された自分たちのために外国人がイスラエルの占領に対して闘いにきてくれたと感謝していた。あとは原爆のことを言われた。「広島と長崎に原爆を落とされたのに日本は経済を立て直して凄いけれど、反面、アメリカのイヌみたいになっている。自分たちパレスチナ人のリーダーたちも汚職が多くて酷いけど、国家と人間は別物なんだ」と。その心情を理解できたのはよかった。自分が行った2000年から2002年ぐらいはみんな優しかったけど、今はもうダメだろうね。日本は武器輸出三原則を変えて、兵器の国際見本市に参加したり、イスラエルと兵器を共同開発しようとしているし。もう、残念だけれどパレスチナに行っても昔のような感じではないのかもしれない。

銃を撃ったことはありますか?

ない。持ったことはあるけど。例えば、兵士たちと記念撮影するときに、座っている膝の上に無理矢理置いちゃう奴とかいて。コロンビアでELN(コロンビア解放軍)の撮影をしたときもそういうことがあった。お互い若いし友達みたいになっていたから。でも嫌だったな。銃を持って記念撮影なんて最悪だから。

戦場カメラマンの憂鬱 vol. 2 - 闇を覗く者はまた、闇からも覗かれている - 亀山亮 (4)

2000年、コロンビアの山岳地帯でELN(コロンビア解放軍)のゲリラ兵士と(亀山亮著『戦場』より)

写真を撮って後悔したことはありますか?

嫌な顔をされたとき。リベリアで、迫撃砲で負傷した避難民を運んでいる男たちを撮って、蹴られそうになったときも嫌だったし。パレスチナで、葬式のときに「お前、何撮ってんだ」と遺族の人に言われたときは本当に嫌だった。最近だと、メキシコの麻薬戦争を撮りに行ったときも……あそこは状況が特殊で、抗争で殺された被害者の家族の写真を撮ったことで面が割れると、その家族まで殺されたりする。だから葬式を撮りにいったカメラマンがカメラをよく壊されていた。あと、死体写真を載せる過激なタブロイド誌もあって、カメラマンが嫌われるのは仕方がない面もあったと思う。ある葬式で、みんなは望遠レンズを使って遠くから撮っていたけど、僕は広角レンズだから近くで撮っていたら、おじさんに腕を摑まれて「撮るな」と眼で言われて、それ以上は撮れなかった。撮影意図なんか説明しても意味ないから、すみませんとしか言えなかった……嫌な商売だよ。よくハイエナに喩えられるけど、そう言われてもしょうがないかも。

戦場カメラマンの憂鬱 vol. 2 - 闇を覗く者はまた、闇からも覗かれている - 亀山亮 (5)

パレスチナ自治区ガザ地区/2001年/少年の葬儀。ラマダン中、おもちゃの銃で遊んでいるところをイスラエル軍のスナイパーが射殺した

撮ったが発表できない写真はありますか?

基本的にはないかな。親父が死んだとき、遺体のそばでお袋が泣いているところを撮ったんだけど、その写真もいつか機会があったら出すかもしれない。他人の不幸は撮って発表してきたのに、身内だからって出さないのはよくないし……難しいところだね。あのときは、バイバイって気持ちで撮ったんだろうけど、写真は残るからいいよね。

自分は運がいいほうだと思いますか?

ドジだけど、運はいいんじゃないかな……本が作れて、友達も少し増えて、イライラが解消できたし。なにより、写真に関しては嫌なことをやらないで生きてこれたのがよかった。それは誇れると思う。

「いい写真」という言い方がありますが、どんな写真がいい写真だと思いますか?

そうねえ……記憶に残る写真かな。五感にしみ込むような。それがベストだと思う。女のコのパンツが見えたら、つい2度見することがあるじゃん。そういう感覚に似ているかもしれない。見たけど見えてない気がして、もう一度見たいっていう。他の人がいい写真を撮ったら、やっぱり嫉妬するよね。例えば、同じ現場にいた誰かのほうがちゃんと撮れているなと思ったりすると。それもカメラマンのエゴなんだろうけど。まあ、でも自分が調子いいと写真もいいよね。やっぱ肉体作業だから。魚突きと一緒だよ。

ふだん魚突きをされるそうですが、八丈の海では何が獲れますか?

カンパチ、アカハタ、タコ、あとはイシガキダイとか。イシガキダイはちょっと臭みがある。おととい10キロぐらいのアオブダイを突いたけど、あの魚は顔が気持ち悪いし、味もあんまり好みじゃないから猫にあげちゃった。猫が集まってデカい魚を食べてる姿が面白くてさ。あれ写真に撮っとけばよかったな。

戦場カメラマンの憂鬱 vol. 2 - 闇を覗く者はまた、闇からも覗かれている - 亀山亮 (6)

『戦場』亀山亮(晶文社)
定価:本体1800円+税

亀山亮(かめやま・りょう)
1976年、千葉県生まれ。96年よりサパティスタ民族解放軍の支配地域など、中南米を撮影。2000年、パレスチナ自治区ラマラでインティファーダの取材中、イスラエル国境警備隊が撃ったゴム弾により左目を失明する。コンゴ、シエラレオネ、リベリア、ブルンジなどアフリカの紛争地に8年間通い、12年に写真集『AFRIKA WAR JOURNAL』を発表する。同作で第32回土門拳賞受賞。最新刊は写真と文章によるドキュメント『戦場』。