2011年3月11日を予知していたのだろうか。画家・池田学が2008年に制作した〈予兆〉には「大きな波」が描かれている。家などの建物や様々な乗り物、木々やテーマパークの残骸のようなものが飲み込んでいく大きなうねりは、東日本大震災を彷彿とさせる。彼はあの惨事を予期していたのか? 知らぬ間に未来が見えてしまうといった神秘的なことではないはずだ。
池田学氏へのインタビュー
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壁画の大きさで描くときも下書きをせず、キャンバスにシーンを直接描きます。ある一定のレベルまで想像が膨らめば、基本的な構図やモチーフを決めます。そして全体が一つにまとまるようにします。作品において、やはり中心に何を描くかが重要です。それが絵全体の印象やテーマを決定するからです。何度も何度も考えながら、線画で枠組みを描いてデザインするときもあります。反復することで作品が出来ていくのです。大きな構造を描くときは、細心の注意を払います。ただ細部を描くときは、なるべく自由に発想するようにしています。全体があまりにまとまりすぎないようにするためです。
ー作品には日常の経験や記憶が反映されているとおっしゃっていましたが、新作ではどうでしょうか?基本的にはそうです。ただ最近の作品に関して言えば、もっと具体的になってきました。例えば原発事故や津波などです。自分の経験や記憶よりも、現実に起きてしまったことや、それについて考えたことは、現在の制作に大きな影響を与えています。ー作品には、自然と人間の関係というテーマが一貫して表れているようですが、このテーマに惹かれる理由を教えてください。人間は自然の一部です。その尊厳を感じています。人間も含め、この自然の中で生きるすべての生物は、賢さと愚かさの狭間で生きている、その点にこそ魅力を感じます。特に人間が自然に残した傷跡には、自然と人間が持つエネルギーを感じます。
ー以前、アニメや漫画と伝統的な日本画法の両方が作品に影響を与えているとおっしゃっていましたが、自分のスタイルについて語っていただけますか?少しぼやっとしていますが、僕の世代はアニメや漫画に囲まれて育ちました。それは作家も教師もみな同じです。とにかく漫画を読み漁るやつもいれば、ヒーローごっこをして遊んでたやつもいます。ただアニメにせよアートにせよ、特別何かに影響を受けているということはないです。記憶の中にアニメや作品のシーンを引っ張り出すこともありますが、形を真似するくらいですね。ー『The Garden of Earthly Delights』のインタビューで、日本と北米の絵画には違いがあると述べていました。どのように違うのでしょうか?あらゆるものが小さく狭い日本で育った僕が抱く「壮大な自然」のイメージは、北米で見る「壮大な自然」とは大きく異なります。空間の圧倒的な広がりや茫漠とした風景は日本にはありません。北米に移住してからは細部だけでなく、空間的な広がりを描くよう意識するようになりました。ー池田さんの作品を見ると、作品自体が生きて呼吸をしているように感じることがあります。制作した作品のストーリーを聞かせていただけますか?2008年に〈予兆〉を描いたときは「雪と氷の世界」のことを考えていたのですが、最終的には「大きな波」の絵になりました。東北地方にある島々に、大きな船が海岸に漂着するシーンを思い浮かべました。その3年後東北大震災が起きて。それを予期していたかのようなタイトルですが。今回の展示のために初めてニューヨークを訪れたのですが、2010年に制作した〈Gate〉とグラウンドゼロがあまりによく似ていたので驚きました。作品の構図も飛行機も、グラウンドゼロを描いたつもりではないのですが、共通点が色々とあって、自分でも奇妙な感じです。ー現在はどんな作品を制作しているのですか?
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現在はマディソンにあるChazen Museum of Artに滞在しています。今までで最も大きな作品を制作していますが、もう3年間を費やしています。ここに来て1年と3ヶ月ですが、テーマは変わらず自然災害からの復興と共存です。2011年の東日本大震災が、自分に大きなインパクトを与えてるのです。日本での自然災害だけでなく、世界中で起きている自然災害のことを想像しながら描いています。