「トーマスの偽物を勧めてくる店員に『変形するなら買う』と答えていたら、次に店にいったときには、3つのトーマスが合体してロボになっていました(笑)」

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本物と偽物の枠を超越する〈いんちきおもちゃ〉

「トーマスの偽物を勧めてくる店員に『変形するなら買う』と答えていたら、次に店にいったときには、3つのトーマスが合体してロボになっていました(笑)」
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〈オリジナル〉と〈パクリ〉、〈本物〉と〈偽物〉の境界線はどこにあり、誰が決めるのだろうか。絵、音楽、文章、デザイン、あらゆる創作物を生みだすうえで、私たちは意図的に、また無意識に既存のなにかから影響をうけ、新しいなにかをつくりだしている。インターネットが発達し、膨大な数のアイデアがアーカイブされ、そのアイデアを簡単に検索できる時代になった今、判断を間違えば「パクリだ」「盗作だ」というトラブルになりかねない。〈既存のモノを組み合わせて新しいモノをつくれば良い〉と教えられても、既存をどのくらい参考にして良いのか、という具体的なボーダーラインは誰も教えてくれない。そのボーダーラインをなんとかクリアしてつくりだしたとしても、既に誰かの考えたモノと同じだったら、どうすればいいのだろうか。最近、なにかをつくろうとすると、そのような問いが頭をよぎり、創作の手が止まってしまうことがある。

『いんちきおもちゃ大図鑑』の著者、いんちき番長は、日本などでおなじみの人気キャラクターから影響をうけてつくられた、どこかでみたような、でも何かが違う〈いんちきおもちゃ〉を収集している。〈本物〉か〈偽物〉かという二極で考えれば、明らかにアウトないんちきおもちゃを数多くコレクションしている彼にとって〈本物〉と〈偽物〉、そして〈いんちき〉とは何なのだろうか。

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この部屋にあるおもちゃたちは、すべて〈いんちきおもちゃ〉なんですか?

〈いんちき番長〉と名乗っているのでよく勘違いされますが、基本的には変形ロボットのコレクターなんです。そういった変形ロボットの〈いんちきおもちゃ〉を集めるうちに、他のキャラクターのいんちきおもちゃもどんどん増えて、アジアのいんちきおもちゃ専門家という位置付けになりました。

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コレクションのいちぶ. 家に収納しきれないおもちゃたちは、コンテナを数個借りて収納しているという

おもちゃの収集はいつ始めたんですか?

僕が生まれた1972年は、変形ロボットオタクにとってとてもいい生まれ年なんです。新しいロボットアニメは放送するし、マジンガーZなどの古いアニメもじゃんじゃん再放送され、アニメの再放送に合わせておもちゃも再販されていました。長男だということもあり、両親はわりと潤沢に僕におもちゃを買ってくれていました。でもあるとき、両親が話しているのをきいてしまったんです。「子供におもちゃを買い与えすぎるのは教育上よくないらしいから、もう買うのをやめよう」と。そのときのことは、今でもはっきり覚えています。小学校3、4年生のときに、大切にしていたおもちゃから何から、一切合切捨てられたので、大人になってから親の仇のように捨てられたおもちゃを買いました。こどもの大切なおもちゃを無下に捨てると、確実にオタクになりますので注意してください(笑)

初めていんちきおもちゃを手にしたのはいつですか?

高校の卒業旅行で香港に行ったとき、日本でも欧米でも売っていないトランスフォーマーのおもちゃをみつけました。本物のトランスフォーマーのおもちゃと比べても遜色ない出来で、これはトランスフォーマー仲間に自慢できるぞ、と購入したのがいんちき番長としての始まりです。

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『いんちきおもちゃ大図鑑』 第1巻 146Pより

そこから、数多くのいんちきおもちゃを収集するようになりますよね。いんちきおもちゃを収集することへの使命感のようなものはありますか?

それはありますね。オタク特有の強迫観念というか、僕がもっていないとこのいんちきおもちゃを誰も知らずに終わってしまう、と感じることはあります。でもそれ以上に、僕はみたことがないおもちゃをみつけるのが好きなんです。おもちゃ屋に行って、すごくウキウキして、どれを買おうかなと目移りするような、子どもの頃感じたドキドキ感が未だに味わえるのがアジアのいんちきおもちゃなんです。

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いんちきおもちゃのトレンドは、どこから生まれるんですか?

中国で人気作品になると、本物ではないおもちゃが出回りますね。〈きかんしゃトーマス〉もそうでした。中国できかんしゃトーマスがブームになったとき、どこのおもちゃ屋でもきかんしゃトーマスの偽物が山ほど売られていました。だけど最初は、本物をまるまるコピーしたような面白みのないおもちゃばかりだったんです。そんなトーマスの偽物を勧めてくる店員に「変形するなら買う」と答えていたら、次に店にいったときには3つのトーマスが合体してロボになっていました(笑)。

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そうなってくると、今度はトーマス変形ロボのいんちきおもちゃを各社がつくるようになりました。既存の機関車型トランスフォーマーに、トーマスの顔をつけてトーマスにしてしまうおもちゃがどんどん増えてきて、そのうち新幹線の先っちょにトーマスの顔をつけたり、もはや変形しないただのロボットの顔をトーマスにしたり、しまいには機関車だったはずがトラックになり、ブォンブォンとエンジン音が鳴って走りまわるトーマスも登場しました。

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そうやっていんちきのいんちきが続いていくと、どんどんオリジナルから離れて、いつか全く違うモノになりますよね。本物と偽物のボーダーラインはどこにあるんですか?

それがいんちきおもちゃの面白いところなんです。

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この絵をみてください。なんとなく〈けろけろけろっぴ〉にもみえますが、周りを青くして、さらに真ん中に赤い丸をつけると、急に別の何かになりませんか?

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これは…ドラえもんですね。

もうドラえもんにしかみえないんですよね。でも、ドラえもんを知らないひとからすると、これはドラえもんでもなんでもないんです。僕たちがドラえもんを知っているからこそ、ドラえもんだと認識してしまうんですよ。

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このおもちゃは、セグウェイに乗っている宇宙飛行士です。そもそも宇宙飛行士がセグウェイに乗る意味はわからないですけど、元々はドラえもんとは関係のない、ただの宇宙飛行士だったんです。それを青いボディにしてこの顔をプリントしたことで、急にドラえもんにみえてくる。〈どこからがドラえもんなのか〉とか〈どこからが偽物なのか〉とか、もはやよく分からないんですよね。

ドラえもんだと認識するかどうかは、私たち次第なんですね。

もちろん作り手はドラえもんにしようとしているでしょうけどね。こうした作り手と受け手の騙し合いが、いんちきおもちゃの面白いところです。

電源を入れると、軽快な電子音とともにカラフルに発光する

いんちき番長のコレクションをまとめた『いんちきおもちゃ大図鑑』が第3巻まで発売されていますが、書籍化までの流れを教えてください。

もともとはホームページでアジアのおもちゃを紹介していたんです。そのホームページをみて、書籍化の話をもってきた出版社がいくつかありましたが、だいたい「コンプライアンス的に」とか「韓流ブームにのっかった記事を載せて」とか「台湾のグルメガイド的な感じに」とか、そういった話になりがちでした。そんなとき声をかけてくれたのが、ハマザキカクさんという編集者です。ハマザキカクさんは別にいんちきおもちゃに興味があったわけではなかったようで、トランスフォーマーもマジンガーZも知らなかった。僕の家にきたときなんか、キン肉マンのフィギュアを指差して「これもトランスフォーマーっすよね?」って(笑)。ふだんから変わった性格の人だけど、だからこそコンプライアンス的にとか、版元に了解を得るかとか、そういったことを一切いってこなかったんです。逆に僕のほうが心配になるくらいでした。

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『いんちきおもちゃ大図鑑』第1巻

それにしてはドラえもんらしきクマのおもちゃが中央に大きく配置されていて、なかなか思いきったデザインですね。

僕も不安になったんですよ。確かに目立つけど、これが書店に並ぶってやばいでしょって。どのおもちゃも同じくらいの大きさにしましょうよ、とハマザキカクさんにいったんですけど「俺たちがつくったおもちゃじゃないから、訴えられたって痛くもなんともないですよ」って。ハマザキカクさんは僕のことをどう思ってるかわからないですけど、僕にとって彼は恩人です。仕事を抜きに友達になれるかといわれると、ちょっとわからないですが(笑)

『いんちきおもちゃ大図鑑』第4巻の発売は考えていますか?

僕個人としては、もう出したいですね。第3巻の執筆中、世界的に〈ポケモンGO〉が流行ったんです。中国ではポケモンGOはリリースされていないのですが、中国としては世界中に偽ポケモングッズを売りたいので〈ポケモンGO〉と書かれた、GOでもなんでもないポケモングッズが山ほどつくられたんです。なので第4巻はピカチュウのいんちきおもちゃを多く扱った本にしたいな、なんて。でもピカチュウのいんちきおもちゃが表紙の本なんて、どう考えてもおっかないですよね(笑)。完全に、ハマザキカクさんに毒されました。

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ピカチュウとドラゴンボールを掛け合わせたいんちきおもちゃ

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実際に、版元に怒られたことはないんですか?

『いんちきおもちゃ大図鑑』について怒られたことはないですが、以前あるフィギュア誌で記事を書いたとき、1度だけ怒られたことがあります。連載のはずが単発企画になりまして、理由をききだしたら「版元から怒られた」と。よくよく考えればわかることなんですが、本紙の特集に合わせて僕の記事でもそのキャラクターを特集しちゃったんです。その本、絶対に版元に献本するじゃないですか。そりゃけしからんってなりますよね。

もし『いんちきおもちゃ大図鑑』のいんちき本が出版されたらどうですか?

僕としては、すごく嬉しいです。この本の中国語版が発売されると決まったとき、ペラッペラの薄い紙で、なんだったら違う本の記事も挟まってるようないんちき本だったら面白いな、なんて想像していたんですが、かなりしっかりとしたつくりの中国語版が、台湾、香港、中国大陸、米国の中華街などで売られるようになりました。大変有難いことですが、いんちきに慣れ親しんでいる僕としてはちょっとだけ残念な気持ちもあったりします。

一般的には〈偽物=悪〉というイメージがありますが、いんちき番長はどう捉えていますか?

偽物は悪いんです。だいたいどこの国でも、偽物は罪です。現在は技術も進歩しているので、本物を本気でコピーしようとしたら、本物を扱っているメーカーも区別がつかないような〈スーパーコピー〉をつくってしまうことも可能です。それはもう〈悪〉だし〈偽物〉は〈本物〉以上にはなれません。スーパーコピーを安く売られたり、メーカーのロゴを勝手に使用されたら、商標違反なので取り締まるでしょうけど、あくまで〈いんちき〉ですから。作り手がどこまで考えているのかはわからない、変な工夫というか。そのひとひねりが笑えるのが〈偽物〉と〈いんちき〉の違いなんじゃないかと。「これはドラえもん…じゃないでしょ?」と言い訳できる余地があるから面白いんです。