オンカロでトンネルを掘るロボット. Image: Michael Madsen

世界最古の書物として知られる粘土板に、シュメールの楔形文字が刻まれたのは、わずか5500年前。ギザのピラミッドは4500年前、中国の万里の長城は2000年前に建設された。しかし、原子力の研究者とエンジニアたちは、フィンランドの地下400メートルで、それらの年月を優に超える計画に取り組んでいる。

そのプロジェクトとは〈オンカロ(Onkalo)〉。10万年の耐久性を見込んで設計された、放射性廃棄物の最終処分場だ。

フィンランド語で〈小さな洞窟〉を意味するオンカロは、複数の巨大なトンネルから成る深地層処分場で、将来的には6500トンの放射性廃棄物が貯蔵される予定だ。2100年頃、廃棄物が一定量に達したら、人が立ち入らないように埋め戻される。しかし、貯蔵される放射性物質の半減期は、数万年。もし地表に漏れたら、大惨事に発展する。

この気の遠くなるような時間感覚と、事の重大さを美しく描いているのが、マイケル・マドセン(Michael Madsen)監督による『100,000年後の安全』(Into Eternity: A Film for the Future, 2010)。2004年にフィンランドのエウラヨキ島で始まったオンカロの掘削工事を、時系列順に記録したドキュメンタリーだ。

オンカロには、技術面の難問が多数存在する。しかし、それ以上に深刻なのは、数千世代後の人間に、この場所に貯蔵される廃棄物の危険性をいかに伝えるか、という問題だ。

科学者たちは、これまでに、核廃棄物の管理に関する知識を保持・管理する聖職者階級〈Nuclear Priesthood〉から、放射能に反応する猫の繁殖計画まで、あらゆる手段を用いて、放射性廃棄物の最終処分場の危険を、後世に伝えようとしてきた。しかし、映画という手法で差し迫った危機を訴えたのは、マドセン監督が初めてだ。

未来のための映画を制作した監督は、オンカロでの体験を通じて、今という時代についてどのような教訓を得たのだろう。

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こんにちは。オンカロ撮影のきっかけを教えてください。

10万年保つ施設の建造計画を知ったとき、そこに何らかの、私が生きている時代についての教訓がある気がしました。今まで、こういった試みは、大聖堂やピラミッドなど、宗教的な建築物だけでした。ですから、この計画には、ただ地中に穴を掘る以上の意義があるかもしれない、という考えに至ったんです。処分場関係者たちは、10万年という年月の意味を理解しているでしょうが、私自身はこのタイムスパンに実感が湧かなかったので、興味を持ちました。

オンカロの作業員. Image: Michael Madsen

地中深くに潜り、今立っている場所が、100年後には地球でもっとも危険になる、と知ったとき、どう感じましたか?

私が訪ねた頃、地下300メートルほど掘り進んでいて、いちばん下に降りるまで20分ほどかかりました。気圧の変化も感じられます。ここは人間がいるべき場所ではない、と感じましたが、同時に好奇心も湧きました。断層線が浮かび上がる基盤岩の壁に書かれた数字や図形は、遠い未来、今の時代を表す洞窟壁画になるのかもしれません。

オンカロ訪問の許可を得るのは大変でしたか? また、取材に応じたがらない関係者はいましたか?

最初はみんなとてもオープンでした。彼らの計画に純粋に興味がある、と伝えたからでしょう。原子力の賛否にかかわらず、誰もがこの処分場について知らなくてはなりません。でも、建設工事に携わる民間企業が映画について知った途端に、作業員の口が重くなりました。何か隠したい事実があるのでは、と疑いたくなるほどでした。

『100,000年後の安全』のメッセージは、未来と現代、どちらに宛てたものですか? オンカロについての警告を後世に伝えることは可能なのでしょうか?

隠すことがこの計画の大前提だ、と知ったとき、映画制作を諦めることも考えました。現在建設中の施設を公にしないのは矛盾してるでしょう。人間が意図的に何かを忘れるなんて不可能です。

それとは別に、映画の無料配信も検討しました。そうすれば、この作品はコンピューター上で未来に受け継がれるでしょう。コピーであれ別バージョンであれ、遠い未来に何かしらのカタチで残っていれば、この処分場について、ある程度の知識を提供できます。

米国の核廃棄物隔離試験施設(Waste Isolation Pilot Plant 、WIPP)に関する報告書『Ten Thousand Years of Solitude?』は、同施設の存在を示すために、様々な警告看板を設置するべきだ、と提言しています。誰かが危険なものを掘り返してしまう可能性は、大いにありますから。

『100,000年後の安全』のワンシーンに登場するマイケル・マドセン監督. Image: Michael Madsen

オンカロもいつかは開けられてしまうと?

遥か未来に情報を伝達するのは、非常に難しいです。地球の情報を記したパネルを探査機に搭載した、米国の〈パイオニア計画〉と同じで、宇宙人との交信を図るようなものです。情報を伝える対象も、彼らの反応もわかりません。たとえ情報が正しく伝わったとしても、未来の人類が、好奇心に駆られて、地下に何があるのか探ろうとするかもしれません。最終処分場にとっての根本的な脅威とは、腐食でも情報伝達などの問題でもなく、人間なのです。この施設自体は、時間を稼ぐだけの装置に過ぎません。いずれは地下水が入りこみ、残っているものをすべて流し出してしまうでしょう。

未来への警告を試みるべきか、オンカロを隠して忘れるべきか、どちらが良いと思いますか?

隠そうとする側の言い分も理解できます。でも、私たちは、この施設の正体を次世代に伝える義務があります。原子力技術がいつか忘れ去られる可能性も考慮しなければいけません。地球上のウランが枯渇すれば、原子力もなくなるでしょう。それほど先の話ではないかもしれません。

つまり、人類はいつか、原子力やその危険性を忘れてしまうかもしれないと?

ここ数年、新しい原子炉は完成していません。フィンランドで、オンカロの隣に建設予定だった原子炉の工事も、約10年延期されています。ある意味、原子力技術は、すでに存在しないも同然です。さらに、太陽電池の価格が下がるにつれて、原子力は、時代遅れになりつつあります。放射性廃棄物にまつわる知識の管理や伝達は、ますます難しくなるでしょう。だからこそ、私たちが未来への責務を果たすためには、原子力の情報を保管し、後世に伝えなければいけません。

トンネルの発破掘削を行なった現場を調べるふたりの作業員. Image: Michael Madsen

『100,000年後の安全』は、ドキュメンタリーとして、非常に独創的なアプローチをとっています。あなたが影響を受けた映像作家を教えてください。

ドキュメンタリー映画を創る理由はただひとつ。〈今〉という時代と現実の本質を探りたいからです。ドキュメンタリーは、いわば哲学的考察の媒体です。私は、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)、ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)などの監督に関心があり、影響を受けています。彼らもまた、映画を用いて、自らが生きた時代を探ろうとしていました。

『100,000年後の安全』の制作によって、原子力に対するご自身の考えは変わりましたか?

変わっていません。そもそも私は、原子力の是非を問うために、映画を創ったわけではありません。もしそうだったら、こんな映画は創れなかったでしょう。私はただ、原子力問題の解決法に、純粋に興味があったのです。この問題から、根本的な疑問がたくさん生まれ、人間の理解の限界も明らかになりました。10万年後の世界を理解し、自分たちに関連づけるのは、容易ではありませんが、原子力技術が多くの疑問を投げかけているのは確かです。私たちの世代は、人類史上初めて、数万年先の未来に、何らかの影響を及ぼすかもしれません。