©マキエマキ

自撮り熟女として多くのファンの心を摑み、話題が話題を呼んでブレイク中のフォトグラファー、マキエマキ(52歳)。エロの目覚め、男性恐怖症、バブル、写真との出会い、徒弟制度、自立、結婚──。彼女が語る人生のシーンを繫ぎ合わせ、マキエマキの自撮り写真の〈出生の秘密〉を想像する。

マキエさんは1966年生まれですね。私も同い年で、丙午(ひのえうま)です。丙午年の生まれの女性は気性が激しく夫の命を縮めるというヘンな迷信があって、昔は惑わされる人が多くて出生率が低かった。受験や就職の競争率が低かったので、おっとりした世代みたいに言われていますが。

私は丙午ですけど2月生まれで、学年が1コ上なので逆に子供が多かったんですよ。

そうでしたか。ご出身はどちらですか?

生まれは大阪です。平野区という、わりと下町に住んでました。でも6歳で千葉に来ているので、大阪はそんなに長くないんです。

以前、展示会場でお話させていただいたとき、親戚の人たちからちょっと変わった子供のように扱われていたとお聞きしました。

そうです。なんでなんだろう? でも、とにかく爪弾きにはされてました。

目立つ子供だったんでしょうか。

目立ってましたね。

ハッキリものを言う子だった?

そうです。見ちゃいけないものがすぐ目に入っちゃったりして、嫌な指摘をする子供だったみたいです。いまでもハッキリものを言いすぎるから気をつけろと言われるんですけど、まわりくどく言うのが嫌いなんです。

以前、展示会場でお目にかかったとき、プロのフォトグラファーになるまえはイベントコンパニオンのお仕事をなさっていたとお聞きしました。それはいつごろですか?

23歳ぐらいからで、実は写真のアシスタントをやりながらもずっと続けていたので27、8ぐらいまでやっていました。

そういうお仕事は儲かるらしいですね?

そりゃあ、凄かったですよ。当時バブルの真っ盛りだったので。一日3万円ぐらい貰って、月50万ぐらい稼いでました。所属していた事務所がパーティも請け負っていたので、パーティコンパニオンもやってたんですよ。イベントが何時に終わるからパーティも行ってくれるよね、みたいな感じで。

どんなイベントが多かったですか?

美容器機とか、建設機械もありましたし、けっこういろいろ。

パーティは?

企業のパーティです。いちばん多いのが正月の賀詞交換会。挨拶会ですね、集まって名刺交換をする。あとは、ビルの落成式。

賀詞交換会だったら何人ぐらい派遣されるんですか?

多いときは例えば、新高輪プリンスの飛天の間を使ったりするので、お客さんが1000人ぐらいでコンパニオンが100人とか。

コンパニオンをやっていたマキエさんが写真を志すようになったきっかけは?

山です。案外地味なんですよ、そこは。

本格的な登山ですか?

そうです。北アルプスを縦走したり。

登山会に入って?

いえ、ひとりで勝手に。

山はどうして?

新田次郎の小説が好きで、それで登ってみたくなったんです。

1冊挙げていただけますか?

う〜ん、どれだろ……『聖職の碑』とか、あのへんが好きかな。

山から写真に繫がったのは、山の写真をきれいに撮りたかったからですか?

はい。それで写真学校に行きました。23歳から2年間。

コンパニオンをやっているから学費は稼いだお金で──。

そのお金でまかないました。写真学校では商業写真科に入って、そこで写真家の師匠と会いました。山岳写真をやりたかったんですけど、さすがに体力的に難しいなと思って、もうちょっとゆるいふつうの風景写真のほうに行って。

写真の話に深入りするまえに、もう少しさかのぼらせてください。1989年、23歳でコンパニオンをやりながら写真学校に通いはじめますけども、そのまえは何をやってたんですか?

プー(プータロー/プー子)です。実家暮らしだったのでプーで大丈夫だったんです。

そのときは何かやりたいことはありましたか?

演劇をやりたい気持ちはありました。野田秀樹さんの夢の遊眠社がリアルタイムとか、そんな時代だったので。中学のときから演劇が好きで、高校生のときから観に行ってました。20歳ぐらいで小さな劇団に入ったんですけど、あまりにもド貧乏で悲しくなってやめちゃったんです。

演じることに興味があったのでしょうか?

ありました。演出や脚本にも興味があったんですけど、容姿がそこそこだったので演じるほうにまわされて。

Twitterに若いころの写真をあげていましたね。かなりモテだろうと思いました。

いや〜凄かった。本当にもう、不要な男性がいっぱい来るんです。

それはいつごろから?

高校卒業後です。電車でいきなり電話番号渡されたり、知らない人にあとをつけられたり。バイト先の男性や、バイト先の隣のビルのオーナーに熱心に誘われたりとか。もう男性恐怖症ですよ。凄くトラウマになっていて、いまだにちょっと残ってます。

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