ところで、森さんと佐村河内さんは似ているところがあると思いますか?

……変な質問ですね。

佐村河内さんは森さんと自分が似ていると思っているでしょうか?

どうかなあ、それはわからないけど。彼に聞いたら「心外です」とか言うんじゃないかな。

二人とも広島県出身ですね。一攫千金を目指す野心があるんですか?

どういう意味?

神山さんの本に、一攫千金志向のある広島県人の血が佐村河内さんに流れていると書いてあるんです。

意味がよくわからないです。

謝罪会見の質疑応答で、いちばん前に座っていた神山さんを佐村河内さんは敢えて指します。それをある対談で神山さんは「広島県人の侠気」と表現しています。

そういえば佐村河内さんも、「神山さんが手を挙げたとき、絶対に逃げずに答えようと思った」と撮影時に言っていましたね。広島はさておき。

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© 2016「Fake」製作委員会

森さんは、佐村河内さんに隠していることはありますか?

僕が? いっぱいあります。

言える範囲で一つ。

今ここで? 言えないです。佐村河内さんにだけではなくて、浅原さんにだって隠していることは、今この瞬間も無限にありますよ。

「信じてないと撮れないもん」と森さんは佐村河内さんに言っていましたが、これは本心ですか?

……だと思います。嘘じゃないです。

あの言葉には含みがあるように感じました。

そうですか? まあ感じかたは人それぞれです。含みはたくさんあります。どんな表現にも嘘の要素が含まれていると僕は思っています。でもそれは、ヤラセや仕込みといった低レベルの嘘ではない。そんなつまらないことやりません。だって撮りながら面白くないもの。
ただ、ドキュメンタリーは「客観的でありのままの事実の集積」との解釈については、異議を唱えたいと思っています。カメラが撮れるのは、カメラの存在によって変質したメタ現実です。ありのままなど絶対に撮れない。さらに人は演技します。しかも撮った映像を、編集によって加工します。作為がなければ編集などワンカットもできません。客観とか中立などありえない。主観です。それはジャーナリズムも同じ。ドキュメンタリーとジャーナリズムの境界もグレイゾーンです。でも方向が明らかに違う。ジャーナリズムは客観や中立を、できるかぎりは目指すべきです。僕はそこに向かわない。優先するのは自分の思いです。だから、僕は自分をジャーナリストなどとは絶対に呼びません。本当のジャーナリストに失礼だと思う。
ドキュメンタリーの演出は、化学の実験に似ていると思っています。フラスコの中に入れた被写体を、加熱したり、揺さぶったり、触媒を入れたりして、その反応を撮影する。時にはカメラを持つ僕自身がフラスコの中に入り、挑発したり誘導したりする。被写体に逆襲されることもあります。その過程と相互作用が、僕が定義するドキュメンタリーです。

観客に隠していることはないですか?

無限にあります。映像はモンタージュです。編集で繫いだカットとカットのあいだは削除されている。隠すことで現れるんです。フレーミングもそうですよね。フレームで区切ることで映すものと映さないものを選別している。それも隠していると言えるでしょう。

佐村河内さんと奥さんは、この映画を観た感想を何か言っていましたか?

佐村河内さん、聴こえないもん。

あ〜。

(笑)簡易なテロップをつけて観てもらいました。細かな部分では満足していないところもあるとは思いますけど。「撮られると決意した以上、僕は四の五の言いません。作品は監督のものだから」と撮影中も言っていましたから、それは守ってくれていると思います。

この映画を観て、佐村河内さんを少し好きになりました。

そうですか。まあ、いろんな意味で彼も表現者ですから。業が強いところもありますけど、チャーミングで礼儀正しい部分もある。当たり前ですよね。誰だって多面的です。メディアが世界を矮小化するならば、その狭間にある吐息や囁きや小さなつぶやきを伝えることが、今のドキュメンタリーの役割の一つだと思っています。

観ているうちに佐村河内さんを信じたいという気持ちが芽生えましたが、信じたいからこそ疑ってしまったりもします。嘘が暴かれるラストシーンが待っているんじゃないかという期待感を抱きながら、すべてが不確かなように感じられて少し混乱しました。今はこの映画の中で確かなものは、奥さんの愛情だったように思っています。

ありがとう。純愛映画を撮ったつもりなので、そうやって普通に観てくれて嬉しいです。

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森達也
1956年生まれ、広島県呉市出身。立教大学在学中に映画サークルに所属し、自身の8ミリ映画を撮りながら、石井聰亙(現在は岳龍)や黒沢清などの監督作に出演。92年、小人プロレスを追ったテレビドキュメンタリー作品「ミゼットプロレス伝説 ~小さな巨人たち~」でデビュー。95年の地下鉄サリン事件発生後、オウム信者たちを被写体としたテレビドキュメンタリーの撮影を始めるが、所属する制作会社から契約解除を通告される。最終的に作品は『A』のタイトルで98年に劇場公開されたほか、ベルリン国際映画祭など多くの海外映画祭でも上映され話題に。99年にはテレビドキュメンタリー「放送禁止歌」を発表。2001年には映画『A2』を公開、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。06年に放送されたテレビ東京の番組「ドキュメンタリーは嘘をつく」には村上賢司、松江哲明らと共に関わる。11年には東日本大震災後の被災地で撮影した『311』を綿井健陽、松林要樹、安岡卓治と共同監督。おもな著書に『放送禁止歌』、『下山事件(シモヤマ・ケース)』、『A3』、『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』、『チャンキ』などがある。

上映情報:
森達也監督作『FAKE』
ユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開

また、2002年公開時にカットされた幻のシーンを入れた『A2完全版』、ユーロスペースにて初の劇場公開
6月18日(土)〜24日(金)連日21時〜
7月9日〜15日(金)連日21時〜