トランプが観るべき 絶望的終末パニック映画の名作
『ミラクル・マイル』のコンセプトアート. Image: Paul Chadwick

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トランプが観るべき 絶望的終末パニック映画の名作

2017年5月。米国と北朝鮮は、数十年ぶりに、核戦争1歩手前の状況に陥った。第二次世界大戦以来となる核戦争の危機に際して、混沌とした雰囲気が生まれた。このような混乱と、後に続く核による世界の終末を見事に描いたのが、『ミラクル・マイル』だ。30年前に製作されたこのカルト映画は、つい最近の核問題を正確に予想していた。

〈ネタバレ注意〉

2017年5月。北朝鮮のミサイル実験、韓国への米終末高高度防衛ミサイルシステム(Terminal High Altitude Area Defense、THAAD)の展開、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領と北朝鮮の最高指導者である金正恩双方の挑発的な発言を受け、米国と北朝鮮は、数十年ぶりに、核戦争1歩手前の状況に陥った。

第二次世界大戦以来となる核戦争の危機に際して、核戦争を生き残る、もしくは、回避する方法などにまつわる記事が多数公開され、何が本当かわからない、混沌とした雰囲気が生まれた。このような混乱と、後に続く核による世界の終末を見事に描いたのが、『ミラクル・マイル』(Miracle Mile, 1988)だ。30年前に製作されたこのカルト映画は、つい最近の核問題を正確に予想していた。

スティーヴ・デ・ジャーナット(Steve de Jarnatt)が脚本、監督を務めた『ミラクル・マイル』は、核兵器がロサンゼルス、ひいては米国全体を壊滅させる直前、悲運な恋人たちの最期の数時間を描いた作品だ。アンソニー・エドワーズ(Anthony Edwards)扮する、自然史博物館に勤める主人公ハリーは、職場近くのラ・ブレア・タールピットで、メア・ウィニンガム(Mare Winningham)演じるジュリーに出会う。ふたりは互いにひと目惚れし、その夜にデートする約束を交わす。しかし、アラームが鳴らず、ハリーは寝過ごしてしまう。彼は、3時間遅れで待ち合わせ場所のダイナーに駆けつけるが、ジュリーの姿はどこにもなかった。

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『ミラクル・マイル』のコンセプトアート. Image: Paul Chadwick

ハリーは、ダイナー前の公衆電話からジュリーに電話をかけるが、いっこうに繋がらない。そのとき公衆電話が鳴り、ジュリーの電話だと思い込んだハリーが出ると、相手は半狂乱の男だった。男によると、米国は、1時間以内に核攻撃を予定しており、今から70分後には、その報復として、ロサンゼルスが爆撃されるという。

ハリーはダイナーで、今聞いた話を店内の客に伝えようとする。最初は相手にされなかったが、最終的に客たちも彼の言葉を信じ、みんなでロサンゼルス空港に集まり避難する計画を立てる。しかし、数時間前に出会ったばかりだが、ジュリーをおいて逃げられない、とハリーはひとりで救出作戦に乗り出す。街全体が大混乱に陥るなか、ハリーとジュリーは、その後のおよそ90分間、ロサンゼルスを駆け巡り…【ネタバレ注意】

【ネタバレ注意】…最終的にふたりとも核爆発の犠牲になる。デ・ジャーナット監督が『ミラクル・マイル』の脚本を書き終えた1979年、ワーナー・ブラザースはすぐに興味を示したが、製作は見送った。そして、1983年、この脚本は、一流映画雑誌『American Film』による〈未映像化の名脚本10選〉に選ばれた。

最終的に、ワーナーが別の脚本家を起用して、オリジナル脚本を改変しようとしたため、デ・ジャーナット監督は、2万5000ドル(約540万円)で脚本を買い戻した。買い戻した脚本の修正後も、ワーナーは、50万ドル(約1億円)近くの額を提示して、買収を試みた。当時の脚本としては異例の高値だったが、結末を変更させられることを危惧した監督は、オファーを断った。後に明らかになったが、ワーナーは、映画『トワイライトゾーン/超次元の体験』(Twilight Zone: The Movie, 1983)に、脚本を流用しようと目論んでいたという。

Pre-production art for 'Miracle Mile.'

『ミラクル・マイル』のコンセプトアート. Image: Paul Chadwick

「もしワーナーに脚本を売っていたら、この映画は製作されなかったか、『トワイライトゾーン』の劣化版になっていたかもしれません」とデ・ジャーナット監督はスカイプ取材に応じた。「彼らが望んだ結末は、最後にハリーが目覚め、実はすべて夢だった、というオチでした。ですが、この映画をそんな風に終わらせるつもりはない、ときっぱり断りました」

しかし、ワーナーのオファーを断ったあと、黙示録ロマンスに食指を動かすスタジオはなかった。結果として、デ・ジャーナット監督は、370万ドル(約7億8000万円)の予算を調達し、今は無きオライオン・ピクチャーズのスタジオで『ミラクル・マイル』を製作。1989年に公開に漕ぎつけた。

「私にとって、『ミラクル・マイル』はハッピーエンドです」と監督。「たとえ死の直前でも、愛を見つけられたなら、幸せなはずです」

『ミラクル・マイル』のコンセプトアート. Image: Paul Chadwick

『ミラクル・マイル』公開時、冷戦は終結に向かっており、翌年にはベルリンの壁が壊れた。しかし、同作品が描いた、核戦争への不安は、どの時代であろうとなくならない。冷戦中、米国は、何度も核戦争勃発の危機に晒された。このような事態のほとんどは、米国側が、月探査計画、太陽フレア関連の誤った情報、停電による警報システムの誤作動などを、ソ連による核攻撃だ、と誤解したのが原因だった。

冷戦中、米国が核攻撃を実行していたとしたら、米国人は、誤報を真に受けて犠牲者を演じ、自らの攻撃を正当化した侵略者として、歴史に刻まれていただろう(核攻撃後も〈歴史〉があればの話だが)。平和を推進するのではなく、核戦争を誘発する米国を描いた『ミラクル・マイル』は、驚くほど正確に未来を予想していた。

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デ・ジャーナット監督曰く、『ミラクル・マイル』制作におけるもうひとつの問題は、プロデューサー探しだった。オライオン・ピクチャーズの重役だったアーサー・クリム(Arthur Krim)は、1979年の米ソ間第2次戦略兵器制限交渉(SALT II)の協定交渉人で、ソ連が世界を危機に追いこむプロットを望んでいた。しかし、今回も監督は先方の提案を拒み、もしこの映画を創るなら、世界を危機に陥らせるのは米国でなくてはならない、と主張した。

「クリムは『いいか、私たちは脚本を気に入っているが、戦争を始めるのはロシア人でなくてはいけない。それをわかってほしい』と提案してきました」と監督。「私は、『それなら10分の映画になります。ミサイルが発射されたとわかる。ミサイルが落ちるのを待つ。ここに落ちる。それで終わりです』と答えました。米国側がミサイルを発射するというプロットは、当時は到底考えられなかったんです」

『ミラクル・マイル』公開からわずか3年で、ソ連は崩壊し、核戦争の脅威は、その数年前に比べて、遥かに遠のいたかに思えた。しかし、ピューリッツァー賞を受賞した、核軍備競争専門の歴史学者、リチャード・ローズ(Richard Rhodes)は、冷戦後の平和の意識や安堵感は、長くは続かなかったという。

1994年、ビル・クリントン(Bill Clinton)大統領は、北朝鮮への先制攻撃を検討し、再び米国を核戦争の瀬戸際に追いこんだ。同国の小さな原子炉を爆撃し、核兵器製造に必要な材料の生産を阻止する計画だった。後に公開された報告書によると、この爆撃による犠牲者は、100万人を超える恐れもあったという。

「キューバ危機に次ぐ重大な事態でした」とローズは、電話取材に応じた。「今もまさに同じような状況です。しかし、当時との重要な違いは、北朝鮮が核武装国家になった点です」

1994年、再び危機的状況を迎えた米国は、朝鮮半島に戦闘機とともに1万の部隊を送り、在韓米国民の避難を計画したが、実行前日に中止した。北朝鮮がこの避難計画を攻撃準備と判断したら、韓国に先制攻撃を加える恐れがあったからだ。クリントン大統領は、決定の準備を進めていたさい、かつて私人として訪朝し金日成と会談した、ジミー・カーター(Jimmy Carter)元米大統領からの電話を受けた。カーター元大統領によると、北朝鮮側は会談中、兵器級の物質を生産できない原子炉の新設を交換条件とするなら、核施設を停止することに同意したという。

2017年5月以前、過去20年で、世界が核戦争にもっとも近づいたのは、1994年の北朝鮮危機だった。しかし、歴史は繰り返す。私たちは再び、〈隠者の国〉北朝鮮との核戦争の危機に直面した。『ミラクル・マイル』では、米国による核攻撃の理由も、攻撃対象も明かされない。ただ、何のために死ぬかもわからずに、ロサンゼルスで犠牲になった登場人物たちの怒りと絶望には、私たちも容易に共感できるはずだ。

2017年5月、北朝鮮は、核武力を繰り返し誇示したが、状況は非常に複雑だ。過去数十年間、国際制裁を無視してきた同国に、今さら反撃したとして意味はあるのか? 北朝鮮の攻撃対象は、実際は韓国か日本だったのではないか? もしくは、トランプ大統領が、シリアへのミサイル攻撃と同様に、絶対的指導者としての立場を示そうとして、この機会を利用しただけにすぎないのか?

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核戦争に際して、私たちが出来ることは何もない。残されるのは、数百万人の犠牲者と、放射能に汚染され、荒廃した世界だ。『ミラクル・マイル』が描いたように、核戦争がもたらすのは、犠牲が多すぎて割に合わない〈ピュロスの勝利〉に他ならない。核ミサイル攻撃を受けた人びとは、最期の数分で運命を受け入れなければならない。もしくは、ハリーのように、いつか自らの遺体が発見され、戒めとして博物館に展示されることを願うしかない。

『ミラクル・マイル』のポスター. Image: Bill Selby

『ミラクル・マイル』は、映画としては傑作とはいえないかもしれないが、核戦争の愚かさと恐怖を見事に描写した。映画冒頭、屋上でトロンボーンを吹くハリーは、「今までの人生において、いちども〈重大な局面〉を目撃したことがない」と独白する。

この台詞は、ジュリーとの恋を示唆しているが、オーディエンスは、彼の発言の皮肉を理解するはずだ。ハリーは、まさに〈重大な局面〉、つまり、世界の終焉を経験しようとしている。作品の要点は、この最初の台詞に凝縮されているのだ。人間という存在にとって重要なことは、アラームが鳴らずに寝すごしたり、見知らぬ相手との恋など、本人しかわからない個々の体験、日常の些細な出来事にある。しかし、私たちは、核戦争のような〈重大な局面〉ばかりを重視しがちだ。

トランプのような尊大な人物が、大統領を天職と信じて、他国への爆撃などの〈重大な局面〉を独断で決定したとしても無理はない。しかし、彼のような人間こそ、北朝鮮や他国との戦争に踏みきる前に、ぜひとも『ミラクル・マイル』を観るべきだ。そこには、数多の命を犠牲にして〈重大な局面〉を優先することの愚かさが、ありありと描かれている。