マシュー・ハーバートが鳴らす「食べる音」

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マシュー・ハーバートが鳴らす「食べる音」

彼が情熱を傾けているのは、食品製造過程の音楽化。

マシュー・ハーバート(Mathew Herbert)によるパーフォーマンス『Edible Sounds』は、「食べ物」について改めて考えるきっかけを与えてくれる、有意義で奇妙な試みだ。「食べ物」製のレコード盤をつくり、それをターンテーブルにのせ、針を落とし、その音を食べる。『Edible Sounds』、「食べる音」と銘打たれたこのイベントでは、サツマイモ、トルティーヤは一体どんな音を食べさせてくれるのか、好奇心をくすぐる音楽的実験が繰り広げられた。タイトルの「食べる音」だけでは奇天烈なだけのイベントだが、実は、健康・食品業界に蔓延する問題を明らかにするのを目的にした興味深いプロジェクトでもある。

ハーバートは、これまでにもたくさんの食にまつわるサウンド・プロジェクトを実現してきた。Matthew Herbert名義の『Plat du Jour』(2005)では、3255人が一斉にリンゴを噛む音を録音した。そもそも『Plat du Jour』は、現代社会の食物連鎖に対するハーバートの異議申し立てだ。これまた同名義のアルバム『One Pig』(2011)では、1匹のブタが誕生してから死ぬまでの音を音楽に昇華させている。そんな彼の実験的な最新プロジェクト『Edible Sounds』は、「FED UP: Food for Future」の一環として披露された。2016年秋に正式オープンするサイエンス・ギャラリーは、ロンドン大学キングス・カレッジと世界中のギャラリーを繋ぎ、創造的なプログラムを通じて科学的実験やリサーチを実施するグローバル・サイエンス・ギャラリー・ネットワークの中心になる予定だ。

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Image courtesy Richard Eaton

サイエンス・ギャラリーの代表、ダニエル・グレーザーが『Edible Sounds』について説明してくれた。「食べているモノについての情報が圧倒的に少ない。何を食べているのか、それがどういう経緯でお皿に乗っているのか、私たちは知らない。マシュー・ハーバートが情熱を傾けているのは、食品製造過程の音楽化だ。一見楽しげなコンセプトだが、私たちが見逃している事実について、真剣に問題を提起している。もちろん面白かったが、それだけではなく、参加者全員が自らの食について、そして、自らの選択がどんな結果をもたらすかについて考えさせられるイベントだった」

先進的な音楽を好むハーバートは、音楽を社会に対する問題提起に利用している。「私が音楽をつくり始めたのは、自身にその才があり、音楽をつくるのが楽しかったからです。しかし、年齢を重ねるにつれ、そういった動機は重要でなくなりました。格差は異常なまでに広がり、人間が培ってきたシステムが実は、何かを生み出すというより何かを破壊するのを知り、とりとめもなく奏でられた音楽は全く役に立たない、と痛感しました。行動が必要なときには、気晴らしなどいりません。しかし、音楽は闘うためだけにあるわけではありません。必要とあらば、苦しみをやわらげたり飲み込んだりもしてくれます」と彼のウェブサイトには記されている。

Image courtesy Richard Eaton

『Edible Sounds』はロンドン大学キングス・カレッジの研究者たちから協力を得ている。「FED UP」プログラムでは、食物、健康、食品製造について将来的な代替案を唱え、サステナビリティや五感による経験、廃棄食品、発酵など、食に関するテーマについて探究している。『Edible Sounds』でハーバートは、口にする機会の多い食品を取り上げ、それらの奏でる音を、スピーカーとアンプとターンテーブルを用いて観衆の聴覚に訴える。彼がまわすのはサツマイモ、セロリ、といったヘルシーなイメージの食べ物だけではない。成型肉やトルティーヤ、砂糖などの加工食品もまわし、両者を対比する。「食べるレコード」は基本的にホワイトノイズのような音を発するが、素材の違いは出音に影響するようで、それぞれが発するのは微妙に異なる音像だ。

『Edible Sounds』は私たちの食生活について、未だかつてない方法で疑問を提示する。自然食品と加工食品の違いを、従来とは異なる新たな切り口で明確にするのだ。もし食品が鳴らす音の違いを聴き取れたなら、より健康的な食生活を送りたい、とリスナーは願うかもしれない。音をどう観じるかには個人差はあるだろうが、世界の食にかんする意識を改革するためにハーバートは実験を続けている。

Image courtesy Richard Eaton

Image courtesy Richard Eaton

Image courtesy The Science Gallery, London