これまでもハイペースで映画を撮ってきた小林勇貴監督だが、昨年は『逆徒』公開、初の著書『実録・不良映画術』発売、商業デビュー作『全員死刑』公開、商業第2作『ヘドローバ』公開と、躍進の年になった。ブレーキが壊れたように走りつづける小林監督の発想の源に触れるべくインタビューをした。映画に狂い、人を巻き込み、人との出会いで変化し成長していく27歳の肖像が見えてきた。

※本インタビューは映画『全員死刑』、『ヘドローバ』の具体的なシーンに触れています。ネタバレが気になる方は映画観賞後にお読みください。

──『実録・不良映画術』を書いたいきさつからお聞きしたいんですが。

洋泉社の田野辺(尚人)さんから連絡があって、新宿の喫茶店に呼び出されたんです。そこで「逆徒の青春」という仮タイトルの出版企画書を見せられて、生まれてからいままでに反逆したことをすべて書いてほしいと言われました。……言われたんですけど、企画書の下のところにゴーストライターとして、あるライターさんの名前があって、アレっ? と思ったら、「あっ、小林さんは書ける人だし、ゴーストライターはナシです」と田野辺さんがペンでバツをしたんですよ。

──どういうことですか?

いまだに謎なんです。あのときのワンバウンド挟んだ感じが。

──『実録・不良映画術』が入っているシリーズ(「映画秘宝セレクション」)は、ゴーストライターを使ってないような気がします。書き手を本気にさせるための演出だったのかもしれないですね。編集者としての。

実際、火がつきましたから。それから発売日とお金の話をしてくれて、俺が「ぜひ、やらせてほしいです」と言ったら、次の田野辺さんのひとことが「では、生産ラインに載せます」。怖くないですか?

──生産ライン。載せられちゃったら後戻りできない感じです。

事件モノでよくある、ガーッて輪転機が回ってる映像が頭に浮かびました。で、畳みかけるように「2週間で書けるところまで書いて一度見せてください」って。ゴーストライター、生産ライン、2週間後の締め切り──、最初の打ち合わせで発破を3発もかけられて燃えました。その締め切りまでに序章を仕上げました。そこで映画を撮るまでを書いたんですけど、小学生のあたりは記憶が怪しいところもあって、両親やおばあちゃん、小学校の友達なんかに話を聞きました。

──編集者のオーダーは「生まれてからいままでに反逆したこと」ですが、実際は生まれるまえから書かれています。

親父が右翼の友達から借りた街宣車でお袋とデートした話ですね。あれは『全員死刑』の内覧試写の日に親父から聞いたんです。試写が終わって連れていってくれた焼き肉屋で、「本書くことになったからちょっと聞きたい」と言ったら一発目に出てきた話がそれだったんですよ。えっ? となりました。

──27歳で人生を振り返らなきゃならなくなるなんて思いもしなかったでしょう。しかも誰かが取材して書いてくれるのではなく、自分で。

そうなんですよ(笑)。自分で落ち穂拾いやってる。

──記憶力はいいほうですか?

怒ったことはよく憶えてます。小学校のときに学級新聞を一緒にやろうと話してた奴がサッカーに夢中になって、俺に新聞づくりを丸投げして逃げたこととか。そのせいで俺、いまでもサッカーが嫌いなんですよ。それから『NIGHT SAFARI』の喧嘩のシーンを深夜に商店街でゲリラ撮影していて、ジジイに区画ごと電気を消されたことも。書きながら思い出して、ざけんな! となって、本に怒りのテンションを込めました。俺は根にもつタイプなんです。

怒りに関していえば、『実録・不良映画術』の第3章『NIGHT SAFARI』編では、その撮影中の言動がきっかけで、中学からの友人で、『Super Tandem』では主演まで務めている大石淳也と絶交していた事実が明かされる。以下、引用。

〈その後、ふてくされた大石淳也と飲みに行って、そこで映画が無駄かどうかで大喧嘩になり「撮影には行かない!」「お前が来なくたって完成させる!」とケンカ別れしました。この日から3年後、3作先の『逆徒』まで、俺と大石淳也は絶交することになります〉

──大石君と絶交していたなんて意外でした。

大石はいま映画の制作部でめちゃくちゃ頑張ってるんで、あの本は確実にあいつの営業妨害になってるでしょう。ざまあみろです。『NIGHT SAFARI』の撮影中、「ねえねえ! なんでこんなことやってんだろうって思わない?」「こんなことしててなんになるの? 意味なくね?」なんて映画撮影を否定するような発言をしてた奴が、いま映画でメシ食ってますから。「なんにもなんなくなかったでしょ!」って言いたいです。でも、当時の大石は富士宮で凄く嫌われてました。あいつには独特な愛嬌があるから人が寄ってくるんですけど、トラブルが起きたときに「ごめん」のひとことがなくてどんどん友達が減っていって、リアル『Super Tandem』状態でした。俺と大石だけ。

──あの映画のように、ふたりで孤立していた?

はい。俺は大石みたいに嫌われてはいませんでしたけど。そんな大石が映画の現場をやるようになって、謝るべきところでは「すみませんでした」が言えるようになったんです。頭下げているのを何度か目の当たりにしました。

──大事なものができたってことでしょうか。

そうなんですよ。

──小林監督は、実生活で抱いた恨みや殺意をベースにシーンをつくったりもしますね。そうすると、怒りを成仏させることができると本に書かれています。小林監督らしいなと感じました。

それがいちばん強かったのは『孤高の遠吠』で、最初のコンセプトでは抑圧者をクソ最低な奴らとして描くつもりだったんです。ぶっ殺してやるって思ってましたから。あの映画でいうと不良の先輩グループですよね。ところが撮っているうちに実在の彼らの魅力にぞっこんになっちゃったんです。撮り終わってからも抑圧する人たちのことを想うようになりました。あいつら何考えてるんだろうって。不良だけじゃなく、ネットリンチを仕掛ける人なんかのことも。
俺は自主映画にありがちな「自分はどこどこで店員やってて、客にも店長にもムカついたから、奴らをぶっ殺す映画撮りました」みたいなのが凄く嫌いなんです。舞台挨拶なんかではお客さんにウケますけど、そんな映画が面白かったことは一度としてないんです。それって登場人物を人間扱いしないで作品を撮ってるわけで、最悪だと思います。嫌いだった存在が撮影後はそうではなくなるのが俺の理想です。まえとは違った視点に立てるような撮り方をしようと考えています。

──映画で出会った不良の子たちの影響でそう考えるようになったんですか?

はい。いまに至る勉強をそこでしました。人格が変わるぐらいの衝撃でした。

──本の書き方と脚本の書き方、似ているところはありましたか。

あるとすれば、削り方ですね。脚本を書くとき、映像的にテンションが上がらなかったり、お客さんが面白く感じなかったりしそうな場面は削りますけど、それは本も同じでした。例えば、高校時代の喧嘩のことを書くとき、実際は事情が入り組んでいてもシンプルにまとめて、喧嘩に至るまでに起きた小競り合いもカットしました。自分の身に起きたガッカリエピソードを並べた本ですから書いていて悲しくはあったんですけど、他人の不幸は愉しいはずですから、読者の愉しみのつっかえ棒になるところは意識的に削りました。

──とても短期間で書きあげた印象がありますけど、実際はどうでしたか?

6月半ばに書きはじめて、7月と8月は『ヘドローバ』を撮りながら空き時間に第2章から第4章までの『Super Tandem』編と『NIGHT SAFARI』編、『孤高の遠吠』編を書きました。撮影期間中に書くのは大変でしたけど、『ヘドローバ』には不良の子たちにも出てもらったので、事実関係を確認したりするのに都合がよかったです。10月に脱稿して、『全員死刑』の初日直前の11月16日に発売。なので4カ月で書いた本です。

『ヘドローバ』の撮影の合間、状況の変化に応じてシーンを検討する小林監督

──いま『全員死刑』が出たので聞いておきたいんですけど、ずっとまえから小林監督は鈴木智彦さんの『我が一家全員死刑』(コアマガジン、コア新書を経て、現在はタイトルを『全員死刑』に変えて小学館文庫)を映画化したいと話していました。原作に惚れたポイントはなんですか? ひとつ挙げるとすると。

あの本は北村(孝紘)が書いた手記に鈴木智彦さんがツッコミを入れる構成になってますけど、鈴木さんが書いて北村が書けなかったことがあります。それは川に沈めた死体のことなんです。北村は最初に殺した(高見)穣吏さんにブロックをくくりつけて川に捨てますが、あとから死体を回収に行ってます。それが北村の本文には書かれていない。で、鈴木さんは〈手記にはないが〉として、死体が腐乱して浮かぶのを怖れた親父(北村實雄)が北村に回収を命じ、北村は川に潜ったものの死体の損傷が激しくて回収を諦めたことを書いている。書いた人と書けなかった人が同一の作品のなかに存在している。うわぁ、凄い本だ! と感動しました。
それをどうやって映画に活かすかを考えて、それで幽霊を登場させることを思いついたんですよ。

──なるほど、あの幽霊はそこから来たんですね。初めて原作からの映画化に取り組んだわけですけど、本と映画は違うから、読んで面白いと感じたところをすべてシーンにできるとは限りませんよね。そういう部分での苦労はありませんでしたか?

ありました。最初のうちは原作に引っ張られてました。ただの原作ファンでしたから。本では面白くても映画にしづらいところはいくつかあって、わかりやすい例が、ホットケーキですね。

北村家の長男孝(23)と次男孝紘(20)は被害者宅を訪れ、留守番をしていた高見穣吏さん(15)を絞殺。死体を川に遺棄したのち、途中、車で孝紘が交際していた女を拾い、孝の家に行く。原作に収録された孝紘の手記より引用する。
〈家に着くと孝は内妻を迎えに行き、俺と女の二人だけで部屋に入った。俺は風呂で身を清め、女が「一緒にホットケーキを作ろう」と言うので炊事場で調理を始めた。でき上がったころに孝と内妻が帰ってきたので半分を分けてやり、食べ終えて後片付けをした〉

人を殺したあと、みんなで食ったホットケーキって読むと印象に残るじゃないですか。なんでよりよってホットケーキなんだと。でも、そのまえかあとのシーンでもホットケーキか、同じような何かが出てこないと、映画的には成立しないんですね。プロデューサーの西村(喜廣)さんに言われました。「映画は決められた1時間半や2時間のあいだに何をやるか。似た印象のもので回収されないと、強い印象を与えた意味が存在しない。ホットケーキでそれができるかい?」と。確かにホットケーキでは難しいので、殺しのあとで何を食ったことにしよう、ぐちゃぐちゃしたものがいいと思って、麻婆豆腐とカレーのふたつが候補になったんです。そのぐちゃぐちゃした食べ物に似た印象の何かをどうやって出すかを考えた結果、あのユーチューバーのシーンになったんです。三池崇史監督の『DEAD OR ALIVE 犯罪者』で、ヤクザがウンチを溜めた赤ちゃんプールに女を沈めますよね。マジカッコいい。「あれをやりましょう」と言って、食事は麻婆豆腐がボツでカレー、それにリンクするシーンとしてカレーに似たウンチのプールを提案したら、「ウンチのプールはさすがにアレだから」と言われてしまって、それでプールもカレーになりました。

──なるほど。ユーチューバーのショウジの赤ちゃんプールと、ショウジ殺害後のタカノリたちの食事はカレー繫がりなんですね。

ユーチューバーのシーンについては、ツイッターで嬉しいこと言ってくれた人がいるんです。あそこで藤原季節君演じるショウジが言った「安心させたいんですよ。みんな自分よりバカ見つけると安心するじゃないですか」と、『Super Tandem』のなかで石川ボン演じる九条の台詞「愚か者を探して満足を得る人のためだけに悪事をネットで発表してんだよ。悪は人を救うんだよ」が似ているのを指摘されたんです。凄くないですか? それでふたつの映画が繋がってるとツイートしてくれて。ウオー、そうそうそう! と感動しました。本当に救われました。