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概要

イランでは女性の服装に対する制限がある。髪や首、また身体の線が見えないよう、身体を布で覆わなくてはならない。しかし近年、その規制は緩やかになりつつある。現在のハサン・ロウハ二大統領は、2013年の選挙で勝利した際、次のように述べている。

「イスラムが定めた服装の規定に従っていなくとも、その人の”有徳”が問われることはありません。それは女性も男性も同様です。ヒジャブ(※1)を着用しなくても有徳のある方は大勢います。規則に従うことよりも、有徳を持っていることの方が重要です」

VICEは、昨年の夏に首都テヘランで開かれたファジルファッションショーを訪れ、デザイナーや主催者に話を聞いた。

背景

ヒジャブ着用が義務づけられたのは、ホメイニによる「イラン・イスラム革命」(1979年)後のこと。それ以前はパフレヴィー朝国王を中心として「近代化」(※2)が進められていた。1936年には、ムスリムの女性が全身を覆うために着る黒い布・チャードルを着用禁止にして洋服の着用を命じたほか、1962年には農地改革、婦人参政権、識字運動を行った。その結果、イランは経済的な発展を遂げ、街を歩く女性もスカートを着用するなど西洋的な文化が溢れていた。しかしホメイニの目には、イランが西洋文化を無批判に受け入れ、イスラムであることを放棄しているように見えたのだ。

ホメイニは、著書『イスラーム統治論・大ジハード論』の中で、「ムスリムを統治する人間には「有識有徳(ファジーラト)な人間を育てる社会条件を作る義務がある」と述べている。「有徳」とは何か?1997年から2005年まで大統領を務めたハータミー師の言葉が、何かの手がかりになるかもしれない。

「人間の心が欲するあらゆる為すことが容認される西欧の「自由」の基準は、人間にある。それは自然の形で用意されているために、”修得”の必要がない。しかしイランの革命が呼びかける「自由」は、人間の忍耐と努力によって”修得”するものだ。自己抑制と節制、そして努力のたまものである徳を高めること、その上に創設される体制を求めている。」

盲目的に西洋に追随するのではなく、自分たちの足場を確かめた上で「国家」とは何か、「発展」とは何か、再定義しようとしたのが「イラン・イスラム革命」だった。ヒジャブ着用など、厳しい服装の規定について賛否はあるだろうが、規制の中でこそ育まれるスタイルの豊かさにも注目したい。

イスラム革命から35年。イランでファッション産業興隆の兆し (1)

イランでストリートスナップなどを発信するThe Teheran Times

参考文献

R.M.ホメイニ『イスラーム統治論・大ジハード論』(富田健次訳、平凡社、2003年)