2月17日に行われたサッカー欧州チャンピオンズリーグ2014-15のパリ・サンジェルマン対チェルシー戦の前、地下鉄で試合会場へ向かうチェルシーのサポーターが、黒人の乗車を拒否した事件。
「俺たちはレイシスト、俺たちはレイシスト、これが俺らのやり方」
サポーターは繰り返し、その黒人を押し返した。その一部始終を録画した動画が拡散され、イギリスとフランス両国で大問題になった。もちろんこのニュースは日本にも届いている。
キャメロン英首相は「刑事犯罪であることは明らかだ。フランスの警察はこの事件を深刻に扱かうだろう。もちろんイギリスの警察も出来る限りのアシストをする。チェルシーも完全協力することは確かだ。このことは非常に深刻な問題だ」と語った。キャメロン首相がこの人種差別行為に対して即座に反応したのは、若いイスラム系移民の過激化と、イスラム系移民排斥を唱える極右政党が台頭していることへの懸念があるからとも言われている。

日本でも2014年3月に浦和レッズのサポーターの一部が人種差別を思わせる「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り、日本人限定)」と書かれた横断幕を掲げる事件があった。しかしこのサポーターは「差別の意図は無かった」と後に発言している。この他にも「外国人の観客が増えて応援の統制が取れなくなるのが嫌だった」「ゴール裏は自分たちの『聖地』であり、部外者に入って来て欲しくなかった」などと述べており、もしそれが真意なのであれば明らかに差別に対して無知であり、また試合終了まで横断幕を撤去しなかった浦和レッズ、そして日本のサッカー関係者も鈍感過ぎるとしか言いようがない。

ただ今回のパリの事件と浦和レッズの事件、社会背景こそ異なれど、根本的なところは、なんら変わりないのでは。複雑多様な歴史的背景から現在に至るヨーロッパと、まだ人種問題の歴史が明確に始まっていない日本。浦和レッズのサポーターが「差別の意図は無かった。考えもしなかった」と平気で言ってのけるのであれば、その無意識の先には何が待っているのか。サッカー界だけではなく、火種は、私たちの生活のいたるところで燻っているのではないだろうか。

パリでチェルシー・サポーターが恐るべき愚行に及んだ、というニュースを知ったとき、私は2つの点において衝撃を受けた。まず、2015年にもなってこのような最悪な事件が起こることへの憂鬱。第2に、報道が「フットボールのフーリガニズム」と「レイシズム」という言葉をほぼ互換可能なものとして扱っていたということである。

確かに差別的なチャントを歌うという行為はフーリガン的行為ではある。しかし区別はきちんとすべきだ。私はこれまでに様々なファーム(注:フーリガンのグループのこと)のメンバーに会ったことがあり、その大半はなんらかの急進的な政治的信条を持ってはいたが、その中には左翼も右翼と同じくらいの数だけいたからである。

左翼の中にマンチェスター・シティの「ヤング・ガヴナーズ・ファーム」の創設メンバーの一人であるアンドリュー・”リトル・ベニー”・ベニオンがいる。彼の政治的傾向はまさしく極左であり(彼は貨幣経済を廃止して物々交換システムに戻すべきだと信じている)、彼の長いフーリガン人生の中でも最も活発に活動していた1980年代には、イギリスの極右政党である国民戦線(National Front:NF)をシティのスタジアムから追い払った功績をも持っているのだ。

先日私は彼と再会し、メディアが右翼的政治思想とフットボール・ファーム組織を一緒くたにする傾向について彼の意見を聞いてみた。

 

チェルシーのサポーターによる人種差別事件について マンチェスターシティ・フーリガン・グループ設立者であるアナーキストとの対話 (1)

Andrew “Little Benny” Bennion.

メディアではパリの地下鉄での事件を70~80年代のフーリガニズムと比較しています。これはフェアなことだと言えますか?

なんだって?サスペンダーとDr.マーチンのパンクスがかい?「LOVE」と「HATE」ってタトゥーを両手に入れてる連中だろ?ありえないね。彼らがそんな連想をするのはNFが最盛期にチェルシーを牛耳っていたからさ。 チェルシーのあるエリアを見てみればわかるよ、大金持ちで保守的だ。守りたい物がたくさんあれば、自分とは違う人間たちと何かを分け合わなくちゃいけないって考え方には反発して保守的になるだろう。
昔、マンチェスター・シティのグラウンドがあったモスサイドに来ていたら分かるさ。街の雰囲気を見事に反映していたよ。みんな金がなくて、保守じゃなくてリベラルだった。右翼のサポーターはリッチな地域から出て来てた。ケントとかロンドン周り出身のフーリガンをみれば分かるよ。ヤツらはリッチなエリアから来るからこそレイシストなんだ。
いい例え話をしてやるよ。俺は子どもの頃、よく外で寝なきゃならないことがあった。継母が俺を心理的に虐待していて、家ではほったらかしだったからな。ある冬の凍りつく晩に、高級マンションのブロックで暖を取ろうとしてドアマットの下に潜り込んだ。そしたら男が出て来て、俺を怒鳴りつけ、ドアマットを盗んだと非難したんだ。同じくらい寒かった別の夜、俺はゴートンのとある家の外のゴミ捨て場で新聞の下に入って寝ていたんだ。ゴートンはごく普通の労働者階級のエリアで、皆、大してモノを持っていなかった。朝になるとばあさんが出てきて俺に紅茶をいれてくれた。同じようなことが全国規模で起きているんだと思うな。つまりチェルシーがオシャレなマンションの男の役回りってことだ。

チェルシーのサポーターによる人種差別事件について マンチェスターシティ・フーリガン・グループ設立者であるアナーキストとの対話 (2)

Benny’s Young Guvnors firm were the subject of a major police operation in the 1980s.

あなたは以前フーリガニズムを階級闘争と結びつけていました。そのことについてもう少し話していただけますか?

モノをたくさん持ってるリッチな保守主義者こそ、ちょっとでも危険や暴力の匂いがすると真っ先に弾圧するんだよ。大昔は、ある男が馬を持っていたら誰かがやってきて「その馬を賭けてお前と戦う」と言う。2人は公正な戦いをして勝ったほうが馬を持って行ったんだ。今じゃ労働者が行動を起こして、自力で何かを得ようとすると権力ができるだけ抑えようとする。炭鉱労働者の扱いを見なよ。エリートと政府は、とにかくフーリガンをバカにして嘲笑おうとする。だが奴らは俺たちからあまりに多くのものを奪ってしまったから、俺たちに残されたのは拳だけなんだ。そしてそれが俺たちの力だ。

あなたはシティのかつてのグラウンドであるメイン・ロードでNFがリーフレットを配るのを実力で禁止しましたよね。その時の話をしてもらえますか?

1980年、俺はゴートンに住んでいたんだが、そこでは古い家を潰して新しい住宅地を作っていた。その住宅地を「パキ・エステート(パキはパキスタン人の蔑称)」とか「WIMPEY」なんて呼ぶ奴もいた。「WIMPEY」ってういうのは「We Import More Pakis Every Year(毎年どんどんパキがやってくる)」の頭文字だ。

フットボールに来ている俺たちより年上の連中には、黒人に対して日常的に酷い言葉を吐く奴らもいた。俺はそれが嫌いだった。一緒に試合を見に行く黒人の知り合いもいたしな。あの頃はまだモスサイド、トクステス、それからブリクストンの暴動(注:いずれも人種差別に端を発する暴動)の記憶が鮮明だったから、人種間には緊張感があったし、差別も幅を利かせていた。こういう状況を考えれば、NFが支持を集めていたのは不思議じゃなかった。フォークランド紛争や「ザ・サン」がバラまいていたサッチャー政権の愛国プロパガンダも奴らを勢いづけてたしな。

俺がフーリガン・シーンに出て来た頃は、NFがシティで力を持っていて、俺らのグラウンドの外でビラを配っていたんだ。 俺にはモスサイドに住んでいる黒人の友達がたくさんいたし、そこではNFに煽られたスキンヘッドの連中が住民とトラブルも起こしていたから、俺たちはあのバカどもを追い払うことにしたんだ。

俺たちはNFのことをバカの集まりだと見なしていた。連中がスタジアムに来ていたのはフットボールのためでも、俺たちと同じ目的のためでもなかった。ただ摩擦を引き起こしたいだけだった。ある日もし俺が他のチームの街のど真ん中にいたとして、仲間5人のうち2人が黒人だったら「お前とは話さない、お前は黒人だからだ」とは絶対に言わないだろう。まったく何の道理も通らないからだ。あの頃シティには結束が必要だったし、NFはそれをぶち壊そうとしていた。俺たちは言ったんだ「ビラを持ってとっとと失せろ。お前らはここに要らない。お前らはここではお呼びじゃないし、もし戻ってきたら痛い目に遭うからな」

チェルシーのサポーターによる人種差別事件について マンチェスターシティ・フーリガン・グループ設立者であるアナーキストとの対話 (3)

The Guvnors in the 80s

あなたは明らかにレイシズムに反対されていますが、今回メディアがフーリガニズムと右翼的政治思想を同一視していることについてはどう思いますか?

フーリガンはコンバット・ブーツを履いたウスノロのバカ共の集まりだっていうイメージを作り出したいんだろうが、ファームってのは社会の他のどこにもないほど民主的な集まりだ。権力が俺たちを非難したければすればいいが、ここではみんなに発言権があるし、俺に言わせればそれこそ真に文化的である証拠だよ。俺の知ってるファームの連中のは、メディアが勝手に描くイメージとは正反対だ。かなりの割合で右翼がフットボールに行き着く、ということは言えるが、フットボールファンの大多数が右翼である、とは絶対に言えないんだ。結局のところ、差別主義にハマる連中はただの羊の群れだよ。我々の文化だけで構成される社会は民主主義ではあり得ないんだ。民主主義っていうのは違いを受け入れることだろ。

メディアは決して、急進的左翼のフーリガンについては触れようとしませんね。なぜだと思いますか?

ヤツらは人間を分類するのが好きなんだよ。EDL(イングランド防衛同盟:イギリスの極右政治団体)のデモに行ってみれば、今ではデモに参加しているフーリガンと同じくらい、EDLの価値観に反対を表明しているフーリガンもいる。

チェルシーのサポーターによる人種差別事件について マンチェスターシティ・フーリガン・グループ設立者であるアナーキストとの対話 (4)

Members of the Guvnors waiting for rivals in the 80s.

EDLのことは評価していないようですね?

気に入らないね。デモで御託を並べてるどうしようもない奴らばっかりだ。 あの手のコケ威しに心酔するようなフーリガンは、だいたい小さい町の連中だよ。シュルーズベリとかノーサンプトンとかそういうところだ。他の場所に比べればマンチェスターにはEDLメンバーは少ないと思うよ、ここはものすごくコスモポリタンだからな。

ではフットボール・フーリガンは右翼だと思っている人々へのメッセージをいただけますか?

新聞に載ってることを全部信じちゃダメだ。俺たちに対する正当な批判はいくらでもぶつけてくれて構わないが、それは断固として違う。