爆笑必至 アメリカ人のパンク観 (up)

VICEが誇る音楽チャンネル「Noisey」の中に、完全にパンクを勘違いしたコラムを発見しました。アメリカ人の中にはパンクをこの程度にしか思ってない音楽ファンがいるようです。まるで、日本、といえば、フジヤマ・ゲイシャ・サムライ・ニンジャ、と熱狂するような馬鹿さ加減です。じゃ、何でこんなもん紹介するんだ、と憤られる向きもあるでしょうが、飽くまでも、パンクを装ったポーザーの典型を知るには最高のテキストですので、何がパンクではないか、ということを知るためにも、ご一読、おススメいたします。

真剣にパンク・バンドを組んだことがある人なら誰しも、それが人生の選択においてどんだけ失敗だったか覚えていることでしょう。パンクというジャンルにおいて一番の目的は、まともな仕事に就くことを避ける…ということなのですが、それは同時に生活するのに十分なお金が無い…ということなのです。ハードコアやエモといったジャンルも然り。「俺は音楽に一生を捧げるんだ!」といった当初の誇りはどんどんと薄れて行きます。「ああ、なんてクソみたいな人生を送ってしまったんだろう」と。そんな訳で、もしこれからパンク・バンドを始めようとしている方がいらっしゃいましたら……頑張りましょう!

あなたの人生を待ち受けている未来はこんな感じかもしれません。

18歳: 土砂降りでスケートボードも出来ないある日、あなたは退屈しのぎに友達数人と家でバンドみたいなものを始めてみます。もちろんあなたも友達も楽器など弾けません。とりあえずコード4つだけの曲をカバーしてみました。楽しかったです。それに友達とたむろする口実にもなるし。あなたは若くてピチピチしています。どんどんと素晴らしい夢の世界が広がって来ました。ああ、人生ってなんて楽しいんだろう。

20歳: その後2年の間に地元でいくつかのショーをしました。そこで稼いだお金を元に初めてレコーディングします。この作品は数年後聞き返す度にとても恥ずかしい気持ちにさせてくれましたが、それでも、剥き出しの若いパワーがガンガンに詰まっていました。あなたはまだ若く、夢はどんどん膨らみっぱなし。ああ、人生って本当に楽チン。

21歳: 1年のうちの大半をツアーに費やします。だってカッコ悪い仕事はしたくありませんから。清掃員とかハンバーガー店員とかね。仕事に就きたくないからどんどんライヴを入れていきます。バンで移動しながら寝泊まりし、服はボロボロ、臭いは最悪です。でもあなたは気付いていませんでしたが、人生においてこの時期が一番充実していたのでした。

22歳: 2枚目のアルバムをリリースします。ようやく楽器もちゃんと弾けるようになりました。そして音に対してもピン!と感じるようになりました。このアルバムがあなたの最高傑作となりましたが、同時に最後の傑作ということもお忘れなく。

24歳: ファンが増えました。そしてメジャー・レーベル数社がバンドにオファーを出します。「ずっとルームメイト6人のアパートじゃなぁ」と、その内の1社と契約します。メジャー・デビュー・アルバムは、あなたのファン層を真っ二つにしました。自主リリース時からのファンはめちゃくちゃ苛立ってます。「セルアウト野郎!!」あなたのバンのタイヤを切り裂いたりもしました。しかしご心配なく。あなたにはラジオやMTVでバンドを知った新しいファンが付いています。大学の軽音サークルとかのガキどもです。彼らはショーにやって来て、あなたのヒットシングル「Freebird」のリクエストばっかりしています。

25歳: あなたのメジャー・デビュー作は、以前の自主レコード2枚の合計×4くらい売れました。しかしメジャーの連中は全くもって納得していません。パンク・バンドは割の良い投資ではないことを学びました。大失敗です。そこで会社の連中はあなたからの損失を埋め合わせる為に、紫色のパジャマを来た19歳のポップスターに労力を注ぎます。そのパジャマ君はプラチナ・ディスクを獲得します。そしてメジャーの担当者は、あなたからの電話を無視し続けます。あなたは暗黒時代に突入。

27歳: どうしようもないのでお決まりのサイドプロジェクトを始めます。これまたお決まりのアコースティック・アンチ・フォークです。「あなたの名前&バンド名」でアルバムをリリースしました。どれも気が滅入る自虐的な曲ばかりです。そんな赤の他人の心の叫びなんて誰も聞きたくありません。5年前には前向きなあなただったのに。Replacementsのカバーをアルバムの最後に加えてみました。いい迷惑です。いくつかショーもしてみました。「あなたの名前(あなたのバンド名)」とクレジットしてフライヤーも作りました。そうしないと誰も来ないからです。しかしこれらのショーは、あなたのその後の残念な未来を垣間見るものとなりました。

28歳: あなたのキャリア(あなたはキャリアという言葉がお気に入りになっていました)において、バンド・メンバーとの不仲がこの時期から目立つようになります。もうお互いが憎み合っています。ドラマーは既に3人目だし、あなたも辞めようと思ったことが何度もありました。そしてツアーを1週間キャンセルします。公式には喉頭炎で倒れたと伝えていますが、実際にはあのクソったれの奴らと一緒のステージで一晩でも演奏することが精神的にも肉体的にも耐えられなかったからなのでした。

29歳: 既にメジャー・レーベル側は、あなたに何の用も無いのですが、あなたにはあともう一枚アルバムを出す義務がありました。そういう契約だったのです。どちらにしてもこの時点で曲は全く作っていません。なので何かやらなければと適当に実験的な作品を作ってみました。これはもう当初のバンドからは百万光年も離れた退屈な内容で、昔のあなたを何倍も何倍も何倍も水で薄めたようなモゴモゴした作品でした。あなたのファンのうち、最も頭が悪くて、最もセンスの無い人々のみが気に入ってくれました。「アート作品だ!」ってね。

31歳: 2年間の「活動休止」というクールなキーワードに甘えた後、遂にバンドを解散させます。この発表はパンクのブログでも話題になりました。コメントの半分は「まぁ、昔の曲しか好きじゃなかったしね」で、もう残りの半分は、「え!ウソでしょ!やつらまだやってたの!?ハハハ!!」でした。残念という言葉はありませんでした。あなたの存在自体が冗談になっちゃった感じです。

32歳: 音楽をやるために、大学にも行かなかったあなたは、全く持って潰しが効かない現実に直面します。更にあなたの身体には後悔だけが残る無数のタトゥーがばっちり。やはり就きたくない仕事しかあなたを迎え入れてはくれませんでした。でも幸いにもあなたの奥さんは手堅いお仕事をしています。奥さんは家賃のために働きに出かけます。あなたは家で子供の面倒を見ていますね。「父親の言うことを聞いてビジネススクールに行っておくべきだったか…」と、子守りをしながらムニャムニャ。

35歳: 友達は皆、平日仕事に出ているので、あなたには自由な時間がたくさんあります。そのほとんどの時間をFacebookで過ごしています。あなたのプロフィール写真は赤ん坊の時の写真です。あなたは社会に対する説教やら論評やらみたいなのを次から次へとアップしまくります。それはもう暗記してるんじゃないかとビックリするくらいの頻度です。ものすごく時代離れしていて、共和党寄りで、更に勿体ぶった長ったるい話ばかりなので、残念ながらほとんどの人々はあなたをブロックしちゃいました。かつてのあなたの時代と全く同じに聞こえるにもかかわらず「昔のパンクは最高だった。本物だった。最近のパンクはクソだ!」と年取ったパンク仲間とチャットばかりしています。

37歳: ある日地下室を掃除してたら、あなたのバンドの初回プレス盤レコードとTシャツが入った段ボールを発見しました。当時あなたの印税は、だいたい6万円だったので、見つけたレコードとTシャツをeBayに出品してお小遣いを稼ぎます。そのお金でマリファナを少々買うのですが、吸うのはオムツを買いに出かけた時に車の陰でこっそりと。見つかるんじゃないかといつもドキドキしていた37歳。

39歳: かつて一緒にツアーをしていたバンドが、あなたの町にライヴにやって来ました。その夜は特別です。ベビーシッターを雇います。そのバンドのメンバーは「チケット代、ディスカウントしてよ」とか言われるのが面倒くさいので、あなたをゲストリストに追加しました。ライヴは大盛況でした。そこであなたは突然思ったのです。「パンク・シーンは不滅だ!」活気があるし、なんたってお客さんも入ってます。そこで、あるアイディアが浮かびました。

40歳: 再結成ツアーを発表します。オリジナルメンバーで往年のアルバムを演奏するのです。他のメンバーも仕事を辞めたり、休職したりしてこれにかけています。逆転を狙っています。翌年に2週間のショーを行なうことになりました。ツアーはまだ先なのにチケットは完売。あなたのファンは絵文字付きで興奮気味にツイートしまくりますが、それは再結成発表後のバンドにはよくあること。ファンも一時の熱狂と己のアピールに酔っていただけなのでした。この年は夏フェスにも二つ出ました。聞いたこともないラッパーと、あなたよりちょっとだけ大物の再結成バンドとの間に演奏しました。

来年のツアーのチケットが早々と売り切れたもんだから、ファースト・アルバムの20周年記念デラックス・バージョンをリリースする事になりました。しかし昔の音源をアーカイブしていなかったのでデモ・トラック3曲を追加しただけのデラックス盤です。でもお値段はちょっと高め設定に。

更に新曲のレコーディングも敢行。15年前のチャリティー・コンピレーション・アルバム『Dog Food Not Bombs(爆弾の代わりにドッグフードを)』に収録した曲以上に、最低・最悪の曲が完成しました。でも主流メディアはこぞって賞賛。どんなに情熱が無くても、センスが無くなっても、これはおめでた事ですからね。それに音楽ライターのほとんどが全盛期のあなたを知らなかった。その事実を埋め合わせるために褒めてくれたのでした。

41歳: いよいよ再結成ツアーとなりました。ああ、初日の夜は本当に最高。懐かしい顔ぶればかりです。お客さんのほとんどは後退した生え際を埋め合わせるために、髭をたっぷり蓄えています。あなたの体型もかなりのものになりました。数十年の間に増えた体重のせいで、恥ずかしい汗染みシャツをステージ上でさらすことになりました。

ショーの後は自撮りを求める人々に攻め立てられ、更に子供のような若いグルーピーに言い寄られたりもしました。子供といえば、ツアー中の空き時間のほとんどをFace Timeで通話して和みます。「パパは大人気のパンク・ロッカーなんだよ!」ありがたい時代になりました。

でもツアーはホントに疲れます。肉体的にかなり無理があったことを即座に理解しました。時には床で寝て背中が痛いし、窮屈なバンで膝が痛いし、コカインをやるには年を取り過ぎて頭も痛い。それにコイツらとバンの中で数時間一緒にいることがもう耐えられなくなりました。「ああ、そうだった、そうだった…それで解散したんだ」そもそもの理由を思い出しました。

ツアーは無事に終わりましたが、遂に人生をかけた今回の仕事の精算の時がやって来ました。マネージャー、ブッキング・エージェント、プロモーション担当、グッズ担当、バンのレンタル料、旅費、飲食費などの支払いを済ませた後、あなた達バンドに残ったのは……約20万円。

しつこいようですが、こんなの真のパンク人生ではありません。