自分が女性であることを証明するスプリンターの戦い ① (1)

日本でも報道されたこのニュース。「有望な女性アスリートが男だった!?」そんなゴシップめいた内容で話題になりましたが、その後の報道はほとんどされておりません。しかしそんな三面記事で済まされないことがスポーツ界では起こっておりました。この記事の主役であるデュティ・チャンドからの訴訟の判決は3月26日に決定します。ぜひご注目ください。

「オリンピックのメダル確実」と期待されていたデュティ・チャンドは、鉄道の改札係になるために二ヶ月間勉強していた。

すべての始まりは昨年夏のこと。2014年、スコットランドのグラスゴーで行われたコモンウェルス競技大会に向け、インドから200人以上のスポーツ選手団が出発する数日前、短距離100mの国内チャンピオンである18歳のチャンドが選手リストから外された。

彼女はドーピングをしたわけでも、健康に問題があったわけでも、結果を出せなかったわけでもない。彼女は女性として、他の女性と競技を行う資格がないと判断された。チャンドは「性別判定試験」に不合格とされたのだ。

チャンドは、2012年から2014年の間に出場したほぼ全ての大会でメダルを持ち帰った。2013年には、ワールド・ユース・チャンピオンシップの100m決勝に進出した最初のインド人になった。アジア大会の200mでも銅メダルを獲得している。また同年には、インドの全国シニア競技大会100mで金メダルを手にした。2014年6月のアジア・ジュニア陸上競技選手権大会では、2つ以上の金メダルを手に再び表彰台に上がった。

自分が女性であることを証明するスプリンターの戦い ① (2)

しかし、それをおかしいと考える人がいたようである。ある人物は匿名で、インドの陸上連盟に彼女を調べるよう求めた。チャンドは理由を告げられることなく、強制的に血液と尿検査と画像検査を受けさせられた。彼女は医者が超音波診断を行ったことが理解できなかった。これはドーピング検査ではないと彼女は考えた。

ある日チャンドは自宅でテレビを見て初めて理解した。複数の場所で複数の検査。競技協会上層部の不可思議な沈黙。ドーピング検査ではなく、テレビのレポーターは彼女が性別判定検査に不合格であったことを報告していた。「あなたは女性ではありません」とそのニュースが彼女に言っているようであった。そして、陸上競技の国際的な統括団体IAAFもチャンドは女子競技に参加する資格はないと発表した。

チャンドの両親、チャクラダールとアクージ・チャンドはすぐに騒動の渦中に巻き込まれた。レポーターとカメラマンが家の外に押し寄せ、近所の人は噂話をし、村の過度に保守的な人が日常を悪夢に変えた。たくさんの人がチャンドの両親に同じような痛々しく不快な質問を繰り返した。「デュティは男ですか女ですか?」

両親は機織り職人として1週間8ドルの生活費で暮らしていた。小さな村の家で7人の子供を育てた。一番近い共同トイレに行くには1.6キロも歩く必要があるほど辺鄙な場所だった。しかしそれでも見知らぬ人と顔見知りの人がひっきりなしに玄関にやって来て、娘の性同一について質問をしてくるような事態に見舞われたことはなかった。

アクージはレポーターを集めて正々堂々と述べた。「母親である私が一番良く知っています。私はいつも娘をトレーニングに送り出していました。娘を男と言う人は何を根拠にしているのですか?」

チャンドはグラスゴーで仲間の選手がウォーミングアップをしている間も、3日間家に閉じこもり泣いていた。かつては空港で歓迎式や花輪、賞金そしてマスコミの賞賛を浴びたスター選手から、突然、ただ以下の若者にまで突き落とされた。かつては支援をしてくれた陸上競技協会も彼女を避けた。

「これまでにないあらゆる疑問が頭をよぎりました」彼女は電話インタビューに答えた。「もちろん私は女で、常にそうあり続けました。自分自身にも友人にも。そんなことを振り返って考えることになるとは思ってもみませんでした」

自分が女性であることを証明するスプリンターの戦い ① (3)

Gopalpur, Odisha, India. Image via Jagadhatri, WikiMedia Commons

2011年、IAAFは高アンドロゲン症(HA)ルールを採用した。もし女子選手の体が生成するテストステロンが男性の範囲であるとみなされれば、その選手は女子競技に参加することが出来ないとされている。同様の取り決めを国際オリンピック委員会(IOC)はロンドンオリンピック前に採択している。IAAFとIOCは、テストステロンは筋肉を形成し、このホルモンが過剰であれば、女性アスリートにとって「不公平な有利」になると判断している。たとえ体がそれを自然に作り出していたとしてもだ。

IOCはロンドン・オリンピックの発表で、女子選手の希望があれば、男子競技に参加し競技を行う資格があるとも述べている。これは一見すると、奇妙な提案にも思える。なぜならテストステロンだけが男子と女子の運動能力の違いの要因ではないからである。

「女性として生まれれば、女性として育てられ、人生を女性として生き、女子選手としてトレーニングを受けます。女子選手として競技を行うべきでしょう」とノースウエスタン大学医学人文科学および生命倫理プログラムのアリス・ドレガー教授は述べた。「これは性別の問題ではなく、ジェンターの問題として認識すべきです。ジェンターの問題、つまり自己認識、社会的な側面ととらえ、生物学的な問題ではなく、性別をジェンダーの問題にしないようにすべきです」

IOCのHAルール作成に携わったUCLAの遺伝学者エリック・ビレインは、この制度は完璧なものではないことを何度か認めている。しかし、トップレベルの競技において、どこかで線引きが必要であることを彼は強調している。IOCとIAAFにとってその境界、つまり女子選手として競技に参加できる基準がテストステロンなのである。

「男性と女性が別々に競技を行うこと。もしそれが良いことであると一致するなら、次の問題はどうやって男性と女性を2つのカテゴリーに分けるかです」とビレインは電話インタビューで答えた。

「単純に質問することです。しかしそこには男性が女性であると言う可能性がありますし、身体的な移行手術を行ってはいないが、女性として判断される性転換選手の問題もあります。生物学的には、その人は完全に男ですが、女性として判断されます。そのような人も女子として競技を行うことはできますか?」

他にもHAルールには多くの問題があるとの意見があり、女性に対する差別的な方針との発言も多い。この取り決めにより、IOCは女子選手にだけ性別を証明する負担を与えている。その理由の一つが、男子には「不公平な有利」のようなものが無いからである。もしある男子選手のテストステロンが平均的な男性の範囲よりはるかに高かった場合はどうなるのであろうか?そのような理由で男子を失格にするルールはない。

「そのような人をどのように判断したらいいのでしょうか?男子、女子、そしてスーパーマンのような第三のカテゴリーはありません」とビレインは述べた。

この理屈を非常に馬鹿げたものであると考える人もいる。ドレガーもIOCの指針に助言を行ったが、このHAルールは「非科学的で性差別的である」と考えている。

このルールを発表した際、IAAFとIOCはテストステロンの目標範囲すら指定していなかった。そのため女子選手があらかじめプライベートで検査し、高アンドロゲン症検査について公の場で恥をかくことを避けようとしても、基準が分からないのでそうすることが不可能であった。理事会は実際に運用が開始されれば範囲を設定するとしていた。現在男子の下限は1リットルあたり10ナノモルに設定されている。女子はテストステロンのレベルがそれより低くなければ競技を行う資格がない。頻繁に行われるのは完全な観血法である。

「女子には一定レベル以上は認められないのに、男子に上限はありません。私にはなぜアンドロゲンを男子の資質とするのかがわかりません。実際女子もアンドロゲンは生成しますよ」ドレガーは述べた。「男子は上限がなく、女子にだけ上限がある、これは一般的に性差別です」

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Stick and ball model of the testosterone molecule. Image via WikiMedia Commons

ドレガーがこのルールが不公平であると考える他の理由として、全ての女子選手が検査されるわけではないことを挙げている。この検査は不規則で選択的であり、一定の外見的な特徴をもとに少数の女子選手だけを選んでいる。全員が同じ基準で疑われているわけではないために、高いテストステロン値が出ても身体的な特徴が無ければ、女子選手が対象にならない可能性もある。また、高い値は早い段階の高度な医療的介入で消すことも出来る。ドレガーは、先進国の選手は先進的な医療技術を利用することが可能で、検査に引っかからないことに関して有利であると発言している。

これはまさしく、チャンドとその支援者が主張する問題である。「このような場合、常に直面するのは途上国の選手です。これまで先進国の選手が同様の失格に直面したという話を聞いたことがありません」チャンドが検査され、失格となったときのインド・スポーツ当局の会長ジジ・トムソンは述べた。「これは明らかに途上国の選手に対する差別です」

ドレガーはこのように考える人も理解している。「先進国で育った少女や女性は、優れた医療、栄養、環境衛生、医療サービスを利用できることをよく知っています」

「私たちは他の生まれ持った優位性、例えば身長や、優れた酸素処理能力、筋肉発達などが理由で他の女子選手を除外することはありません。それが不公平な生物学的長所であるとすることもありません」と彼女は述べる。「だから特に皮肉なことに、途上国の選手に生まれ持った素質があると、その選手には作為的で不利な条件が突きつけられます」

チャンドのコーチN・ラメシュは、彼女がどのように感じているかを心配している。彼女は一所懸命努力した、と語っている。「彼女は、象は馬よりも遥かに強いが、象は馬ほど速く走れない、馬は走るトレーニングをしているからだ、ということをよく言います。まさにそれは彼女が行っていること。彼女の毎日のトレーニングのことなのです」

失格になったことによって、チャンドと彼女に依存していた家族も生活が変わった。彼女は二人の妹の教育費を払っており、走ることで得た収入で家族の家をリフォームにする計画も立てていた。競技が行えないことは、これまで行ってきたこと全てが出来なくなることを意味していた。

「物心ついたときから、憶えているのは走ることだけです。私の全ては走ることにあるのです。三、四歳の少女は勉強をしますが、私は走っていました」とチャンドは述べた。

約三キロ先にある学校まで歩いて通学していたときのことを思い出す。走ることは彼女と姉のサラスワティーの唯一の楽しみであった。彼女たちが育ったゴパルプルはオリッサ州東部にある村である。都会の子供達のように、テレビやゲーム、バービー人形があるわけではなかった。

「学校に通うのにバイクや車はありませんでした。だからそこに楽しみを見出したのです」と彼女は語った。チャンドは友達四人と学校の昼休みに毎日競走をした。そして帰り道も。チャンドはその頃から一番速かった。

そんなこともあり、サラスワティーは九歳だった妹をラメシュ陸上コーチの下に連れていった。そのときから、チャンドは合宿所で一人暮らしを始めた。サラスワティーが彼女の指導をする必要はなかった。

しかし今、彼女は再び妹を導く必要が出てきた。ニュースとなった後、チャンドは泣きながら電話で、彼女の脚、筋肉、体型に集まる視線、嘲笑、そして陰口がずっと収拾のつかない状態にあることを嘆いた。サラスワティーとラメシュは彼女を元気づけようと、マザー・テレサやマハトマ・ガンジーのようなリーダーの人生と苦悩について話をした。サラスワティーは、ヒンズーの神であるラーマ神の神話を彼女に思い出させた。ラーマは君主として君臨する前日までの14年間追放の身にあった。

「私たちは彼女に、神様にもそのようなことが起きる、人間であれば尚更だ、ということを話しました」サラスワティーは妹の前では気丈に振舞っていたが、彼女も心配していた。このニュースは彼女が今後女性としての人生を許されないことを意味していた。「17歳と11ヶ月の少女が突然18歳の少年になることができるでしょうか」彼女はインディアン・エクスプレス誌 に語った。

ジジ・トムソンとインドのスポーツ当局は、二分するジェンダーについての空論を終わらせるために重要な処置をとった。チャンドの性別に問題はなく、検査も彼女の性別を決定するために行ったのではないと声明を発表したのである。この報道発表は、後に彼女の話のインドでの伝わり方ついて論調を決定づけることに成功した。

しかし、当局はまだ他の問題、デュティの復帰について解決方法を見つけていなかった。

チャンドは、ラメシュとサラスワティーの励ましにより、元気を取り戻し始めていた。彼女はインドの独立運動の有名なスローガンを思い出していた。1940年代、独立運動家スバス・チャンドラ・ボースは人々に訴えかけた。「私のために戦ってくれ、自由を与えよう」。チャンドラはそれを少し変えて「あなたのサポートが欲しい、オリンピックのメダルを与えよう」と言っていた。

資格が無い競技への唯一の復帰方法は、自然な状態の肉体を変えることだった。それは彼女には不合理のことのようであったが、再び走ることを望むなら行う必要があった。

ジェンダーとスポーツ問題の活動家でもあるパヨシュニ・ミトゥラ医師とジジ・トムソンが最初に彼女の支援を申し出た。そしてチャンドと話し合った。IAAFの女子に関する基準を達成する一つの方法は、長期的なホルモン抑制治療を行うことであった。しかしそれだけでは終わらない。

JCEM(The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism)では、2012年のオリンピックでアンドロゲン過剰の警告を受けた「途上国の地方の山岳地域」にいる18歳から21歳の4名の運動選手について研究発表している。選手たちは背が高く、細身で筋肉質、胸が無かったが、何の「雄性行動」もしていなかった。

この研究発表では、選手の名前を明らかにしていないが、フランスの病院に行き、女性として競技を続けられるよう外科的に生殖腺を取り除いていたとされている。更に彼らは普通の女性に見られるように「女性化への膣形成術」を、また不要部分のクリトリスの切除も行なった。取り締まりはホルモンだけに終わらないのである。

「私の状態が処置可能であると知ったとき、それは薬を飲むようなものだと考えていました。しかし何らかの体の変化も含まれることを言われ、それは嫌でした」チャンドはmintで語っている。

だからチャンドは立ち上がった。彼女は高アンドロゲン症ルールを、スポーツの世界では最終的な意思決定機関とされる準司法的組織、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えた。ちなみに彼女はこの訴訟を行なった最初のアスリートである。3月26日スイスのローザンヌで公聴会が行われ、彼女が再びトップアスリートとして走ることが出来るかどうかが決定される。彼女の側に正当性が認められれば、多くのスポーツ選手の人生が変わる可能性がある。選手には多くの問題から、競技を行うためにだけにしぶしぶ手術の同意をするというようなことから解放されるかもしれない。

一方、チャンドは一息つけるようなった。12月18日、CASは国内大会で競技を行うという訴えを受け入れた。彼女は、鉄道の改札係の仕事の訓練を受けていたムンバイ近くの小さな合宿所の部屋を出ること切望していたし、初めて爪も伸ばした。そして1月に競技復帰すると、彼女の大きな笑顔がゆっくりと戻ってきた。更に2月の国内大会で、彼女は再び100mで金メダルを手にした。「彼女は、デュティはデュティであることを全ての人に示したのです」とラメシュは語った。

しかし、インドの陸上が彼女の最終目標ではない。戦いは終わってはいない。それが自分の最後のレースになるかもしれないと思いながら彼女は大会に全てを傾けている、とラメシュは述べた。

「彼女は信号機の前に立っているようです。国内の競技への参加が認められたとき信号は黄色になりました。しかし、彼女はそれが青になるのを待っているのです」