先日イギリス東部の街に突如出現したバンクシーのグラフィティ。内容は移民問題への抗議であったが、このグラフィティを巡る反対派や行政の動きが現地で話題になった。グラフィティによって大金を生むようになったバンクシーに対する様々な角度からの意見を集め、バンクシーという存在の本質に迫る。

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なぜバンクシーだけが壁に描くことを許されるのか

先日イギリス東部の街に突如出現したバンクシーのグラフィティ。内容は移民問題への抗議であったが、このグラフィティを巡る反対派や行政の動きが現地で話題になった。グラフィティによって大金を生むようになったバンクシーに対する様々な角度からの意見を集め、バンクシーという存在の本質に迫る。

ロンドンで暮らしているとエリアを問わず、様々な場所でバンクシーが描いたグラフィティを見つけることができる。彼のグラフィティを探し求めて歩き回るなんてことをしなくても、何かの拍子でふらっといつもと違う道を歩いたときに、どこかで見たことがあるイラストに出くわして、後で調べてみると彼の描いたものだったなんてことが月に何度か起こるのだ。それくらいロンドンの街にバンクシー(の作品)は浸透している。またそうやって街中で見つけられる作品の中には、強化ガラスでカバーが取り付けられているものもあるというのが現状だ。街として彼の作品を維持していくという意志が感じられ、ストリートアートにある程度寛容なロンドン(特にイースト・ロンドン)でも、バンクシーは別格の待遇を受けていると言えるだろう。というわけで今回は、イギリス国内において、なぜ彼がそのように扱われるようになったのかということを様々な角度から探っていく。

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昨今のグラフィティは以前とは違った意味合いを持つようになっている。もともとはヒップホップの4本柱(ラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティ)の一つとして始まり、NYのハーレムの列車に描かれていたものが、今では「アートとは何か」というようなことを語る上で必ず取り上げられる事象になり、評論家たちがグラフィティについて知的に語る光景もちっとも珍しくない。

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イギリス国内では、パレスチナ問題、消費者主義などバンクシーが世の中に警鐘を鳴らすようなテーマに作品を描いたときに、それ自体がニュースになることが多い。そしてまた今月バンクシーが、移民問題をテーマにした新しいグラフィティを描いた(冒頭の写真を参照)。その舞台はイングランド東部エセックスのテンドリング市にあるクラクトン・オン・シーと呼ばれる街。ここは統一地方選挙においてEUからの離脱・反移民を掲げる英独立党(UKIP)が圧倒的な勝利をおさめそうなエリアだ。描かれているのは、数羽の鳩がカラフルな鳥に「アフリカに帰れ」と言っているというものであった。そのグラフィティは明らかに人種差別反対の意図で描かれているのにも関わらず、どういうわけかそれを理解できず、「差別的である」とのたまうような人々の苦情によって即座に取り除かれてしまった。

人々から苦情が出るのは、特別珍しいことではない。描かれたものに対し敵対心をあらわにした批判を受けて、グラフィティが消されてしまうことはよくある。しかし今回意外だったのは、行政の反応である。グラフィティを消した後に、その価値(美術的価値というよりは商業的な価値)に気付いた行政サイドはこんな声明を発表した。

「街の海岸通りに再度バンクシーがグラフィティを描いてくれることを待ち望んでいる」

作品を撤去した後に、行政がこのような声明を出すのは異例だ。バンクシーはいつから法律の規制対象から外れるようになったのかブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが彼の作品に100万ポンド(1億8000万円)を支払ったら、公共物にグラフィティを描くことを許されるようになるのか。今回の一件に関して当の地方自治体はどのような考えをもっているのか。その答えを見つけ出すため、テンドリング市の行政窓口のトップ、ナイジェル・ケネディに話を伺った。

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バンクシーとは何か:地方自治体の意見

VICE:バンクシ―のグラフィティは合法ですか?

「この認識が世間の共通認識として広まるとは思えないが、バンクシーは「彼独自の許可」のようなものが存在すると言えるし、そもそもこの場所の価値を高めるような行為なので今回の件に関しては、違法性はないと判断した。このエリアは観光スポットでもあり、バンクシーのオリジナルの作品があれば、それも一つの観光資源として多くの利益をもたらしてくれると考えたからだ。」

バンクシーは「金のなる木」だから許されている。その論理に驚きはない。元来地方自治体は「金」を好む、ただそれだけだ。しかしながらこのバンクシーの特例について他のグラフィティアーティストはどのように感じているのだろうか。グラフィティを描くためのスプレー缶をバックパックに詰め込んで、ロンドン交通局のスタッフの目を盗んで、色んな場所にグラフィティを描くことに人生を賭けている連中を納得させるのは難しいのではないか。「バンクシーと違って君は法を超越するような有名な存在ではない」と言われているようなものなのだから。

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バンクシーとは何か:グラフィティアーティスト/有識者の意見

1982年から活動しているブレイズは、ニューヨークの電車にグラフィティを描き続け、ロンドンストリートアート界のパイオニア、現在はキング・ロボやベン・アインとともに、ロンドンでも活動している。ブレイズはバンクシーに関して「あれはヴァンダリズムなんかじゃない。壁に描いた「金」だよ」と答えている。ロンドンのストリートアートの中心地にあるショアディッチ・グラフィティ・ライフ・ギャラリーのギャラリスト、デイヴィッドは次のように語っている。
「お金が絡んでくるとすぐに状況が変わる。ストリートアーティストが公共物に絵を描いたら、それはヴァンダリズム。でもバンクシーがやったらアート活動と見なされる。まさに雲泥の差だね」

ブリストル大学でヒップホップとジャズの文化を研究しているジャスティン・ウィリアムズ教授は、この問題をさらに複雑なものとして捉えている。
「バンクシーという存在を考えるにあたっては、「慈善」という感覚が染み付いているアメリカのスタイルを前提に考えなければならないかもしれません。イギリスでは、このような考え方はそこまで浸透していないからです。基本的に地方自治体は、バンクシー作品に対する寄付を狙っていると言えるでしょう。本当は若手のアーティストに回るはずの資金が、このようなところに回ってしまうのは問題だし、悲しいことだと思います。バンクシーにも、彼の作品が保守党に気に入れられていることに関しても、同情してしまいます。キャメロン首相がスミス好き宣言したときと似た状況であることは間違いないですからね」

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怒りや反抗が原動力

グラフィティの黎明期には、批判や取り締まりも多かったが、グラフィティを描く側にとって、それに対する怒りや反抗心が大きなモチベーションになっていた。1973年にニューヨーク州都市交通局がグラフィティの描かれた全ての列車の塗り替えを行った際には、それらの列車に上塗りでグラフィティを描き、グラフィティアーティストが団結したのだ。

先のことを考えるのであれば、最良の策はグラフィティを受け入れ、ときにはそれを活用することだろう。バンクシーはしっかりと受け入れられ、国から許可をもらっているようなものだ。しかしデイヴィッドはこんなことを話してくれた。「自分の周りにいる友人たちは今でもストリートでリスクを犯しながら、作品を製作している。その一方でバンクシーは微塵のリスクもなく、グラフィティを描くことができる。でもリスクのないストリートアートってどうなんだろうね」

その意味では、バンクシーも自身の成功を手放しで喜んでいないのかもしれない。アメリカ人作家ノーマン・メイラーは1974年、グラフィティというものは自身の宣伝する方法のうちの一つと書いている。黎明期のグラフィティ界のレジェンド、コーンブレッドは、メイラーの意見を信じて、たくさんの女性からの注目を得るために、フィラデルフィア中に自分のタグを描き続けた。本質的にはバンクシーのしていることも自身の宣伝であり、作品よりも彼自身のブランドが重要視されすぎるようになってしまったのだ。

さらにブレイズはこう語る。「我々は名声や評判のために努力するわけで、もし僕のタグを何度も観たことがある人が、カーディフのど真ん中でまたそれを見つけたとしたら、「あ、いつものあの人だ」なんて思うんだよ。僕という存在が頭の中に刷り込まれているってこと。でもバンクシーはどうだろう。もうちょっと表面的だからそういう風に思い出されないんじゃないかな。もちろん敬意は評したいと思ってるよ。ただ彼のしていることに対して賛成はできないけどね」

Photo via Wikimedia CC

「バンクシーが何をしているかなんてことは一切気にしていない」

デイヴィッドはこんなことも話してくれた。「今となっては僕の祖母でさえバンクシーという存在を知っている。彼の作品は全く好みではないし、多くのグラフィティアーティストも彼に対してネガティブな感情を持っている事は確かだと思う。でもグラフィティの本来の目的は何かって考えると、やっぱりそれは一人でも多くの人に作品を観てもらうことだと思うんだ。そうなると、やっぱりバンクシーは別格なんだよね」

このような意見はストリートでも多く聞かれる。バンクシーの作品は地方自治体が保存に苦心しているのにも関わらず、その多くが上書きされてしまう。ロンドン・ウエストバンク・ギャラリーのディレクターを務めるポール・サンダースはその件について、「上書きされる理由は、彼によって変化したグラフィティの現状に対する憤りというもののもちろんあるが、単なる嫉妬というのも大きいと思う」と話してくれた。

もちろんバンクシーは特別な存在で、多くの影響を与えてきたことは間違いない。ただグラフィティ界の全てに影響を与えているとは言いきれないということが、様々な角度からの意見を聞くことで明らかになった。それでは最後にストリートにまつわるデイヴィッドの以下の台詞でこの記事を締めくくりたい。

「今まさにストリートで何かを起こそうとしている奴らは、バンクシーが何をしているかなんてことは一切気にしていない。もちろん世間から認めてもらうことなんかを考えている余裕もない。奴らは何も気になんかしていない。いや、気になんてしてられない。それがストリートの現実だと思うよ」

Translated & Edited by Shotaro Tsuda