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痙攣級の異臭を放つ最高級チーズ

ときとして、物事は絡み合って美しさを生みだす。様々な要素がまるで示し合わせたかのように、ここぞという瞬間に融合し、卓越性を生みだすのだ。〈スティンキング・ビショップ〉も、偶然から生まれた。悪臭を放ちながらも、単純な美味しさと複雑なクリーミーさが特徴的なチーズだ。
痙攣級の異臭を放つ最高級チーズ
Chris Martell. Photo by the author.

ときとして、物事は絡み合って美しさを生みだす。様々な要素がまるで示し合わせたかのように、ここぞという瞬間に融合し、卓越性を生みだすのだ。

〈スティンキング・ビショップ(Stinking Bishop、くさいビショップ)〉というチーズも、偶然から生まれた。分厚い円形のかたまりは、汗びっしょりのふんどしのような悪臭を放ちながらも、単純な美味しさと複雑なクリーミーさが特徴的だ。甘さを含む異臭が、鼻をツンと刺激する。この英国、グロスターシャー産のチーズは、強烈な匂いを超越する魅力を放つ、湿地帯の泥に塗れた守護神だ。修道士、妻を殴る夫、絶滅危惧種、巨大ウサギのアニメ映画など、あらゆる要素がこのチーズに箔をつける。2009年には、英国でもっとも臭いチーズとして正式に認められた。このチーズをセント・ジョージ・クロスに縫い付けよう、と電子嘆願書が作成されるのも、時間の問題だろう。

スティンキング・ビショップは、超英国的なチーズだ。製造者自身が「チーズの製法など、いまだに知らない」と言明する。これこそ、米国人を困惑させる、英国人のうわべだけの謙虚さの典型だろう。元大型トラック運転手で酒造家のチャールズ・マーテル(Charles Martell)は、グロスター郊外の村で、チーズを製造している。プロットは至ってシンプルだが、物語の背景には、謎、幸運、陰謀が渦巻いている。

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「刺激的な商品名ですね。このチーズについて軽く調べただけでも、マーテルは、アーティストで、英国のチーズの歴史にとても造詣が深いのでしょう」と語るのは、ロンドンのチーズ専門店〈La Fromagerie〉のジョセフ・イェーガー(Joseph Yeager)。「スティンキング・ビショップは、名前を見た瞬間に、その真価が痛感できるチーズ・ランキングのトップ5に入ります」

痛感する、というより、匂いで痙攣するといったほうが正しいだろう。私がマーテルのハンツ・コート農場(Hunt’s Court Farm)を訪ね、小さな工場に近づいただけで、厨房に入ったわけでもないのに、スティンキング・ビショップの強い香りが、鼻孔を直撃した。厨房の窓は、3羽の珍しいキジバトと、2羽のオシドリがいる鳥小屋に面していた。

「珍しい動物を自分の手元に置いておけば、ずっと珍しいままにしておける」とマーテルは冗談を飛ばす。実のところ、熱心な自然保護活動家である彼は、かつて、チベットのピンク色の頭のカモや、フォークランド諸島のオオシロコバシガンを探して旅していた。

しかし、マーテルの心を捕えたのは、イングランド西部の動物だった。さほど異国情緒のない、オールド・グロスター牛だ。

「グロスターシャーに来たのは、スリムブリッジ(Slimbridge)の野鳥と湿地を保護する団体〈Wildfowl and Wetlands Trust〉の手伝いと、カモの卵を抱かせるメンドリの買い付けの仕事のためだった」とマーテル。「ある農場を訪ねると、納屋に面白い雄牛がいたから、農場主に名前を尋ねた。オールド・グロスター、と聞いた瞬間に、頭のなかで何かがハジけたんだ」

オールド・グロスター牛. この牛乳が, スティンキング・ビショップ・チーズの原料になる. Photo by the author

オールド・グロスターは、13世紀から、乳牛や耕牛として飼育されてきた。しかし、病気や生活の変化によって少しずつ数が減り、絶滅の危機に追い込まれていた。マーテルは、この牛の絶滅を阻止する使命感に駆られたが、まず、牛を見つけるのに苦労した。1972年の時点で、オールド・グロスターは、群れひとつ分しか生存しておらず、絶滅危惧種に指定されていた。

「当時、オールド・グロスターは、非常に珍しく、神話や伝説の類だった。霧のなかに隠れて、決して、見つけられないような状況だった」とマーテル。「でも、絶対にこの牛を手に入れてチーズをつくる、と決めていた。牧場に放して眺めるだけでなく、本来の働きをさせたかった。私たちは、信念を貫いたんだ」

マーテルは、当時の妻の手を借りて、ダブル・グロスター・チーズの製造を始め、1970年代には近くのレッドベリーのマーケットで販売を開始した。思いがけないことに、同時期に彼が購入した10エーカーの農場は、かつて、シトー会の修道士たちが頻繁に出入りしていた建物の跡地だった。スティンキング・ビショップのアイデアは、ここで生まれたのだ。

「ルブロションと同じウォッシュタイプの、修道院風チーズをつくりたかったんだ。チーズの製法を教わったことはなかったが、本を数冊読んで、17世紀の修道士たちの技術から着想を得た」とマーテル。「熟成中のチーズの皮をペリー酒(ナシの酒)で洗ったら、匂いがかなり強くなったんだ」

このようにして、マーテルは、悪臭を放つ、極上の、名もないチーズをつくりだした。偶然にも、彼が果樹園で栽培しているナシの1品種が「妻を殴る最悪の農夫、フレデリック・ビショップ(Frederick Bishop)」にちなんだアダ名がつけられていたのだが、それこそ、このチーズにぴったりだった。体を洗わず、いつも酔っ払っていたフレデリックは、〈スティンキング・ビショップ〉とアダ名されていたのだ。

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Photo via Flickr user Ryan Snyder

マーテルによると、この年老いた酔っ払いは、19世紀、ハンツ・コート農場の真向かいに住んでいたという。フレデリックの土地に由来するナシは何種類もあり、そのなかのひとつが、不運なアダ名を背負っていたのだ。

「まわりに訊いてみたら、そんな名前はやめとけ、まともじゃない、と反対された。それでも、この名前に決めたんだ」とマーテルは胸を張る。

チェスターのチーズ専門店〈The Cheese Shop〉のオーナー、キャロル・フォークナー(Carole Faulkner)は、スティンキング・ビショップ発売当初から、このチーズを扱っている。

「今まで英国に、こんなチーズはありませんでした」とフォークナー。「店に入ってきたお客さんが、『この店に…』といったら、続きは聞くまでもありません。みんな『スティンキング・ビショップはありますか?』と続けます」

運命は、マーテルにもうひとつの驚きをもたらした。10年前、アードマン・アニメーションズ(Aardman Animation)が新作映画『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』(Wallace & Gromit: The Curse of the Were-Rabbit, 2005)の劇中でスティンキング・ビショップを使いたい、とオファーしてきたのだ。彼は二つ返事で了解した結果、チーズの売り上げは、瞬く間に急上昇した。

「映画の依頼がくる前から、私たちはフル稼働していて、毎週5000リットルのチーズを製造していた。事務弁護士がプレスリリースを配ると、木曜日に、ニュースサイト〈Ledbury Reporter〉がそれを取り上げたんだ」とマーテルは回想する。「その翌日には、家の前に記者の列ができ、テレビカメラが押し寄せ、電話も鳴りやまなかった。カナダと日本からも取材陣がきた。グロスターシャー州の小さな農家が億万長者になる、なんていうストーリーは、メディアの大好物だからね。これからどうするのか、と質問されたけれど、私は、何もしない、と正直に答えたよ。そもそも私は怠け者だし、現状に満足している。スティンキング・ビショップは高級品だから、チェーンのスーパーで売りだすつもりもないしね」

マーテルは信用に足る男だ。控えめかつ親切で思慮深く、カマンベールのようにマイルドだ。神を冒涜したりもしない。ただし、彼のチーズはその限りでない。