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あらゆる女性誌やオンライン・メディアで〈セルライト〉が特集され(例:〈セルライトに悩むセレブ15人!〉〈リッチな有名人だって完璧じゃない〉)、公の場で、うっかりセルライトをあらわにしてしまったセレブたちを晒し者にする。セルライト撃退法を教えてくれる記事もある(例:〈セルライトってどうすればなくなるの?〉〈デコボコ下半身を引き締める10の方法〉など)。

現代社会は、皮下脂肪を敵視している。しかし、生物学的に、セルライトの発生は不可避なのだ。「第二次性徴のひとつです。胸と同じです」と説明してくれたのはマックス・ラフォンタン(Max Lafontan)。フランス国立健康・医療研究所(French Institute of Health and Medical Research:INSERM)の上席主任研究官であり、脂肪組織の専門家だ。

ラフォンタンによると、セルライトは少なくとも10人中8人の女性に見られるという。ほとんどの場合、臀部や大腿部、腹部に現れる。妊娠や授乳に必要なエネルギーの貯蔵庫として有益だ。「女性の皮膚構造は男性の皮膚とは異なります」とラフォンタン。「脂肪細胞が肥大化し、細胞がデコボコになったのがセルライトです」

〈女の敵〉になったのは最近だが、セルライトはずっと昔からある。フランス人歴史家ジョルジュ・ヴィガレロ(Georges Vigarello)は、著書『美人の歴史(A History of Beauty)』で説明している。「セルライトは…[中略]…身体検査という習慣の発達に根差している。その結果、身体の瑕疵や衰えが指摘されるようになった」。美術館に並ぶ作品を眺めると、身体に対する認識の明らかな〈進化〉を感じる。例えばスペイン、マドリードのプラド美術館に所蔵されている、ペーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)の作品『三美神(The Three Graces)』。〈三美神〉たちの下半身を見てほしい。ハッキリとセルライトが描かれている。この傑作が生まれたのは17世紀。この名画は当時の〈理想の美〉を象徴しているのだ。

そもそも〈セルライト〉は、そこまで古い言葉ではない。19世紀の終わりに、フランスで生まれた言葉だ。初めてこの言葉が登場した文献は、1873年、フランスの医学事典『Littré & Robin』。セルライトは「細胞組織、または積層組織の炎症」と記載されている。しかし当時の医者たちは「別の事柄を指し示す言葉として使っていた」とボローニャ大学准教授のロッセーラ・ギジ(Rossella Ghigi)は指摘する。約15年前、ギジがパリで学んでいた頃に著した〈セルライトの歴史〉についての論文は、数少ないセルライト研究のひとつだ。

フランスで、セルライトへのメディアの関心が高まったのは、両大戦間期中だ。パリの美容市場は、セルライトという〈厄災〉の治療法の提案を始めた。女性誌では、専門家によるアドバイスを特集したページが増え、読者からもセルライトについての相談が届くようになった。ギジは、当時のフランスのファッション誌を分析した。「セルライトに対する狂乱は、医師の証言とそれに対する読者のリアクションによって煽られました。初めてセルライトが記事化されるまで、どうやったらセルライトが消えるか、と質問する読者はいませんでした」

例えば、月刊『Votre Beauté』誌について。この雑誌は、世界有数の化粧品メーカーであり、現在はメイベリン、ランコム、キールズなど名だたるブランドを有するロレアル・グループの創業者ウージェンヌ・シュエレール(Eugène Schueller)が、1933年に創刊した。1933年2月、『Votre Beauté』誌に、セルライトについての長編記事が掲載された。執筆者は〈ドクター・デベック(Dr. Debec)〉。記事では、セルライトは「水分、老廃物、毒素、脂肪が結びついたもので、見落とされがちな箇所にできる」と定義されている。デベック医師によると、これは運動をしても消すことのできない、一種の感染症だという。この記事の発表後、編集部には読者からの投書が相次いだ。1935年5月には、この〈病気〉の本性について考える手紙が紹介された。それに対する返答はこう。「変性した贅肉です。水分と混ざった、血液や水分よりもむしろ尿に似た成分構成です。例えば、太ももの付け根をベルトできつく締め付けて、血液の流れを阻害してしまうのも原因のひとつです」

しばらくはフランス女性特有の悩みであったセルライトだが、最終的に世界に広がった。まずは米国。米国においても、当時の記事からセルライトの広まりが読み取れる。1968年4月15日、US版『Vogue』の扉にはこんな言葉が並んでいた。〈消したくても消えなかった脂肪、それはセルライト〉。この煽り文句の結果、大衆文化において、健康な〈成人女性の肉体〉の自然な特徴を〈問題あり〉とみなす傾向が確立されたのだ、とフェミニズム・ジャーナリストのナオミ・ウルフ(Naomi Wolf)は、ベストセラーの著書『美の陰謀―女たちの見えない敵(The Beauty Myth)』(1990)で主張している。

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その直後、米国で話題になったセルライトは、ブーメランのごとく〈旧大陸〉ヨーロッパへと舞い戻った。しかし、ギジによると、英国ではっきりと話題になるまでに数年かかったそうだ。「1986年、『ブリタニカ百科事典』に掲載されたのは〈蜂窩織炎(ほうかしきえん)〉という炎症状態を意味する〈cellulitis〉という言葉のみ」とギジは論文に記している。「〈cellulite〉という言葉が〈脂肪の沈着物〉という意味で掲載されたのはその12年後だ」

かつては、〈美〉とは自然から授かる、特定の個人だけが享受できる特権だった。しかし、現在では、実力で勝ち獲る理想、身体の鍛錬(と経済力)をとおして達成する目標と認識されている。IMS Health PharmaTrendによると、2014年3月から2015年2月のあいだ、フランス国内で販売されたアンチ・セルライト・クリームの総数は91万9108個。純利益は2280万ユーロ(約30億円)。2015年、米国内での高級美容業界全体の売上は180億ドル(約2兆円)。2014年に比べて7%成長した。美容マーケットは着実に拡大を続けている。

マーケットでは、女性のセルライトを永久に除去するために開発されたSF的アイテムの発表が相次いでいる。例えば、吸引パッドやクライオリポライシス(ウエスト周りの余分な脂肪を冷却して分解する仕組み)。しかし、フランス国内では、2011年4月以来、フランス保険規制高等委員会(Haute Autorité de Santé)により、脂肪冷却技術のうち、5種が規制の対象になった。外科的処置なしで脂肪吸引と同じ効果を生む技術は、皮膚の損傷や感染症、皮疹などの危険性をはらんでいるのだ。

「私が釈然としないのは、セルライトについての世評は、利潤を追求する業界によって捏造された、ということです」、と前出のマックス・ラフォンタンは語る。彼は数年前、LPG Systemsという企業と協力し、〈Cellu M6〉というセルライト撃退マシンを検証した。美容業界で人気を博した、理学療法士によるマッサージを再現したマシンだ。セルライトを減少させる効果がある。「私は、このマシンがセルライトの脂肪の反応能力に影響することを立証しました」、とラフォンタン。「だからといって何がすごいワケでもありません。なぜなら、少し刺激を与えたくらいでは、脂肪組織に影響はないからです。処置をやめたとたん、またすぐにあらわれます」

つまり、セルライトを除去する努力は、動く歩道を逆走するのに似ている。捕まえることなどできないし、あなたがヘトヘトになるだけなのだ。