〈泣き〉はパワハラなのではないか

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〈泣き〉はパワハラなのではないか

いつしか私は、この会社では泣いてもいい、と開き直っていたのかもしれない。

職場で涙を流した経験はあるだろうか。怒られたとき、褒められたとき、極度に緊張したとき、職場で子どものように泣いてしまう社会人はどのくらいいるだろう。私は、上司から強く怒られては泣き、優しく指導をされても泣き、褒められても泣いてしまう。

「社会人として、職場で泣くなんてありえない」という意見をいただいて当然だし、私もわざと泣いているわけではない。もしかしたら、すぐに泣けてくるような環境を放置している職場が超ブラックな可能性もあるが、とにかく職場で泣くのはやめようと、〈涙を止める方法〉をネットで検索し、すぐできることがふたつあったので試してみた。

1:泣きそうになったら、口を大きく開けてみる。

2:泣きそうになったら、顔を上にあげてみる。

試してみたものの、結局、いずれの方法でも涙は止まらなかった。だが、他に為す術はない。ここ数日はマスクをして、泣きそうになったら口を大きく開けながら上を向いている。

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私が涙を流しても、職場の上司は何も言わない。「また泣いてるよ、アハハハ」と笑う上司もいる。だが、私が泣くのを初めて見た先輩は「マジ、泣かない方がいい」とガチなトーンで私を諭した。ハッとした。いつしか私は、この会社では泣いてもいい、と開き直っていたのかもしれない。しかし、私が泣くことで、気分を悪くするスタッフがいたのだ。職場での〈泣き〉は、上司、先輩への〈嫌がらせ〉、つまり〈パワハラ〉なのではないか、とこの日から真剣に考えはじめた。

〈パワハラ〉ときいて、上司から部下への嫌がらせを思い浮かべたかたは、泣くのがパワハラだ、なんて飛躍しすぎだと思うかもしれない。しかし、厚生労働省の示すパワハラの定義では「同じ職場で働く人に、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えること」とされている。そして、「この定義においての『職場での優位性』は、上司から部下という関係性だけでなく、先輩、後輩間や同僚間、さらには部下から上司へのパワハラもある」とも説明がある。

パワハラ行為の詳細については、明確には定まっておらず、個々のケースによって判断される。つまり、いつ、どんな関係性の相手とのやりとりがパワハラと認定されてもおかしくない。…やはり、みんながまだ気づいていないだけで、〈泣き〉はパワハラなのではないか。パワハラ対策についての総合情報サイト「あかるい職場応援団」では、パワハラを6種類に分類している。〈泣き〉をパワハラの6類型と照らし合わせて考えてみよう。

職場のパワハラの6類型

「身体的な攻撃」—叩く、殴る、蹴るなどの暴行を受ける。丸めたポスターで頭を叩く。など

「精神的な攻撃」—同僚の目の前で叱責される。他の職員を宛先に含めてメールで罵倒される。必要以上に長時間にわたり、繰り返し執拗に叱る。など

「人間関係からの切り離し」—1人だけ別席に席をうつされる。強制的に自宅待機を命じられる。送迎会に出席させない。など

「過大な要求」—新人で仕事のやり方もわからないのに、他の人の仕事まで押し付けられて、同僚は皆先に帰ってしまった。など

「過小な要求」—運転手なのに営業所の草むしりだけを命じられる。事務職なのに倉庫業務だけを命じられる。

「個の侵害」—交際相手について執拗に問われる。妻に対する悪口を言われる。など

*①〜⑥は、パワハラに当たりうる全てを網羅したものではなく、これら以外は問題ないということではありません。

部下の〈泣き〉は、〈泣かせてしまった〉という罪悪感を上司に与える可能性がある。職場のパワハラの6類型にあてはめて考えると、罪悪感を与えるのは〈精神的な攻撃〉といえるのではないか。また、部下の〈泣き〉で、周囲から〈上司が部下を泣かせている〉という誤解を招く状況をつくりだすことが可能だ。「あの上司は、部下を泣かせるようなヒトなんだ」と周囲に印象づけるのは、〈人間関係からの切り離し〉に該当するのではないか。

パワハラの6類型にはないが、〈泣き〉で相手から奪っているものは他にもある。部下が泣いていなければ立ち話で終わるはずだった会話も、部下が泣きだすことで、10分、20分と延びる可能性がある。泣き止むまで待つ上司もいるかもしれない。泣くことで、確実に相手の〈時間〉を奪っている。そして、いつどこで泣きだすかわからない部下に、泣かれるリスクを負いながらも積極的に指導をしたい、という上司はどのくらいいるだろうか? 触らぬ神に祟りなし、と部下を避けてしまうのではないか。部下が泣くことで、上司の〈指導しようという気力〉はどんどん弱くなるだろう。

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やはり、〈泣き〉はパワハラに違いない。自分はパワハラ加害者だった。そう考えると不安になり、涙が出てきそうだ。とんでもない悪循環に陥ってしまいそうなので、厚生労働省の総合労働相談コーナーに電話をかけ、〈泣き〉がパワハラに該当するかきいてみた。

§

パワハラは、「部下から上司に」というケースもありますか?

そのケースも十分にあり得ます。場合によっては、上司よりも部下の方が専門的知識を持っていたり、優位な立場にある場合があるからです。

職場ですぐに泣くのも、パワハラに該当しますか?

この電話で、「その行為は人権を傷つけているのか」「パワハラかどうか」という判断はできません。パワハラ問題の具体的事案は、法律で定められているわけではないからです。

パワハラか否かは、誰が判断しているのですか?

精神的苦痛が重なったパワハラ被害者が、パワハラ加害者の個人、またはパワハラ行為を放置した会社に責任があるとして民事の争いを起こしてはじめて、その行為がパワハラか、パワハラでないかを裁判官が判断しています。

個別の具体的事案をもって「給与限度を超えている」と裁判官に判断されれば、パワハラ被害者が損害賠償を個人、または会社に請求する、という流れです。

自分はパワハラ行為をしているかもしれない、と悩んでいるのですが、どうすればいいですか?

その行為によって困っている人がいるのが前提なので、あなたが泣くのを、あなたの上司がどう考えるか、上司に確認する必要があります。

§

相談窓口の担当者は、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれた。現段階では、被害者が裁判を起こさないかぎり、〈泣き〉は、パワハラとは認定されないようだ。…そうきいても、私のモヤモヤは解消されない。当たり前だ。担当者の言葉どおり「パワハラ被害者と思われる人物がどのように感じているかを確認する必要がある」のは、私も解っていたからだ。解ったうえで、私は〈パワハラなのか、そうじゃないのか〉ばかりを気にしているフリをし、肝心の当事者の声から逃げていた。私が泣いたとき、ガチめなトーンで諭してくれた、あの先輩から本音を聞きださなければ、この文章を書き終えることはできない。先輩に改めてメールしてみた。

§

>私が泣いたとき、どう思いましたか?

2つの意味で驚きました。

まずひとつは、そもそも女性が泣いているのをあまり見たことがない、ということ。自分のまわりには、他人との衝突を恐れず、自分の意見をはっきり言うタイプの女性ばかりなので、泣くという行為自体に驚きました。

ですが、ただの驚きなら、時間が経てばなくなります。いまなお、その驚きが消えていないのが、ふたつめの理由です。

それは、「この人は泣くことで状況を変えようとしているタイプの人なのではないか?」という懸念があるからです。自分の思ったことを正確に口にできず、泣くことで誰かが「自分の状況を変えてくれるだろう」という意図のもと、泣いていると思ったんです。

要するに、赤ちゃんと同じなのでは? と思ってしまった。何かあっても、泣きわめくことで無理やり状況を打破していく。それも、泣かせた側に責任を押し付けながら。それって怖いな、と思ってしまったんです。

>私が泣く前と後で、なにか変化はありましたか?

この人は、一種の精神疾患を抱えているのかな、と思うようになりました。

たとえば家族、恋人の関係性においても〈泣く〉という行為を利用して、今までトラブルを突破してきたのなら、僕にできることは極限まで少なくなってしまうのではないか、と思いながら生きるようになりました。

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>「後輩に〈泣きパワハラ行為〉をされた」と裁判を起こす確率は、現段階で何パーセントありますか?

0パーセントですね。ただ、上司などに伝えて、業務上の配置換えや、泣くという問題を解決するように投げかける確率は100パーセントです。解決しなければ、組織ではないから。

>業務上の配置換え、問題解決をするように投げかけても、私が泣き続けた場合、裁判を起こす可能性は0パーセントですか?

裁判は、コスパが合わないからしません。裁判という手間に対して、得るものが少なすぎるからです。大企業であれば、人事部などにかけあうことは考えられますね。解決しなかった場合、僕は極力、仕事でその人と付き合わない方法を模索します。

>無意識に、人が嫌がる、誰かを傷つける行為を職場でしてしまっている私のような人は、どうしたら自分の行いに気づけると思いますか?

んー、難しい質問ですね…。やっぱり仕事場なので、感情を抑えながら理性的に仕事をすることが求められると思います。そのためには、外から入った人間が、優しく諭す必要があるのでしょうね。

>もしかして、今このような質問を投げかけているこの状況も、パワハラですか?

いえ、健全なコミュニケーションだと思います。

§

まず、正直に答えてくれた先輩に、感謝の気持ちを伝えたい。つぎに、私はこのメールを読んで、泣いてはいない。「正直に答えるので、泣かないでくださいね」と先輩のメールにひとこと添えられていたからだ。最後に、先輩から回答をもらって〈泣くのはパワハラなのではないか?〉という疑問は、確信に変わった。たとえ、裁判官が個別具体的事案をもって、パワハラかそうではないかを判断していたとしても、他の上司はアハハハと笑っていたとしても、誰がなんと言おうと、私にとって、職場で私が泣くのは、パワハラだ。そう捉えていたほうが、口を開け、上を向くよりもよっぽど、涙を止める方法として効果的だからだ。