「ご家族は遠くにお住まいなの?」。ある女性が息子を見つめ、うなずきながら私に質問した。息子と訪れたプールの更衣室でのことだ。「川向こうの、ここからそんなに遠くないところです」と私は答えながら、質問の意図をはかりかねていた。帰り道、私はその意図に気付いてはっとした。彼女はこの子の家族は他にいると思い込んでいたのだ。私たちが親子だとは思いもしなかったのだろう。私は唇を噛みしめ、こぼれる涙を拭った。

2017年、自宅でBBCのインタビューを受けていた白人教授、ロバート・E・ケリー(Robert E. Kelly)氏の部屋に子供たちが乱入したとき、慌てて後から入ってきた韓国人の夫人を見て、多くの視聴者がベビーシッターだと勘違いをした。この出来事をきっかけに、偏見や人種差別についての議論が世界中で沸き起こったが、有色人種の母親にとっては、日常茶飯事だ。有色人種の英国人が半数以上を占めるロンドンで、10年以上暮らしている私は、無邪気にも〈肌の色で他人を判断する人はいない〉と信じていた。だが、息子の誕生をきっかけに、そんな考えは間違っていた、と再三思い知らされた。

店の警備員が息子をじろじろと見ながら、頭のなかに大きなクエスチョンマークを浮かべている状況に出くわしたこともある。「頼まれて子守をしているんですか?」と彼はつぶやいた。さすがにこのときは、怒りを抑えられなかった。「いいえ、私がお腹を痛めてこの子を産んだんです」とぶっきらぼうに答え、間の悪いやりとりを目にした周囲の戸惑った顔や、ぎこちない笑顔に見送られながら、早足で出口に向かった。街で投げつけられる無自覚な差別を、見えないバットで打ち返すことが、私の日常になりつつある。

母親になることは、今までとはまったく違う新しい世界に投げこまれるようなものだが、〈白い黒人〉の我が子を抱いた私が放りこまれたのは、想像を絶するほど厳しい世界だった。白人の母子には何もいわない保育士が、私に対しては本当の保護者かどうかを入念に確認する。アイルランド人女性からは、子供のアイルランドネームの発音を直される。公の場で息子をあやしていると、驚いてたじろぐ誰かが目に入る。私をベビーシッターだと誤解しているんだろうか、と疑心暗鬼になる。泣きたくなってもぐっとこらえて笑顔をつくる。

妊娠期間中、私の黒い肌ではなく、アイルランド人である父親の明るい肌を子供が受け継ぐ可能性があると知り、心の準備をした。息子が生まれたときは、小さな身体を見つめながら、病院の新生児受付フォームの〈黒人アフリカ人と白人の混血〉欄にチェックした。この子は確かに私の子であり、遺伝子の半分は、私から受け継いでいる。それをわかっていても、父親似だ、と周りから声をかけられると、気にせずにはいられなかった。息子は、私よりも父方の遠い親戚に似ている、といわれている気がした。

息子の誕生で、私の人生が大きく変わると、もちろん理解していたつもりだが、アイデンティティがここまで強く揺さぶられるとは想像もしなかった。公の場で息子をあやすとき、大げさすぎるくらいに、私が母親だ、と強調していることに気づき、はっとした。私は「〈ママ〉はあなたのことが大好きよ」「〈ママ〉はここよ!」と誰が見ても血のつながりがあるとわかるようにあやしていたのだ。今まで差別や偏見と闘うために、大勢の人に気を配ってきたのに、ついに街を行き交う見知らぬ他人にまで気を配らなければいけなくなるなんて。疲れ果てて感覚が麻痺してしまっていた。夫といっしょに3人でいるときは、この子が私たちの子供ではない、なんて誰も疑問を抱かないのに、私とふたりきりだとそうはいかない。母親失格、と糾弾されているような気分になった。

息子にセネガル人としての誇りを伝えたり、肌の色による差別、黒人差別、白人の特権をどのように教えればよいのか、正直自分でもよくわからない。私のアイデンティティを形成する重要な要素である黒い肌を、息子と分かちあえないことが寂しい。一方で、白い肌を持つ息子が、私が経験してきた苦難と無縁でいられることにはほっとしている。でも、もし息子がセネガルの伝統衣装〈ブーブー〉を着たいとか、髪型を〈コーンロウ〉にしたいといいだしたら? ハーフの子供は、ルーツにある文化を、本当の意味で理解するのは難しいとされるが、息子がそんな決断をしたときに、周囲に勘違いされはしないか、レイチェル・ドレザル(Rachel Dolezal)の経歴詐称と同じ扱いをされないか、と心配してしまう。

あるいは、息子が白人として生きていくことを望んだら? 大人になって書類の〈人種〉欄に、私がチェックした項目とは違う人種を選ぶときがくるかもしれない。私は自分が有色人種であることをはっきりと自覚しているが、いつか息子が、自分に黒人の血は流れていないと考える日がくるとしたら、苦しさで胸がつぶれそうだ。白人のアイデンティティが息子をまるごと飲みこみ、彼もそのひとりになることを選んだとしたら。そのほうが簡単に生きていけると気付いてたら。そう恐れずにはいられない。

息子を守りたい。でも、ふたつの異なる世界にうまく折り合いをつけ、器用に生きる術を教えられる自信もない。私は、黒人である事実を隠したことも、否定したことも、一度としてない。白人と呼ぶには黒すぎる私は、黒人と呼ぶには白すぎる息子がどういう経験をするのかわからない。白黒どちらにも属さない有色人種の気持ちはわかる。だけど、薄い肌の色の個人がどんな気持ちになるのかはわからない。

息子のアイデンティティに口を出す、うるさい親にはなりたくない。いつか、彼を彼たらしめる小さな欠片を寄せ集めて、然るべきアイデンティティを形成してくれることを、私は望んでいる。そのときまでに、「本当は、どちらの出身なんですか?」なんて差別的な質問などされない世界に変わっていればいいな、とも願っている。それは、内に秘めていようと外に主張しようと〈フィンランド系セネガル系北アイルランド系ロンドンっ子〉であることを誇れる世界だ。