社会の穴埋めのために5つの家庭で夫を演じる男

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社会の穴埋めのために5つの家庭で夫を演じる男

「不倫相手役の男性スタッフは、ガラが猛烈に悪いチンピラ風の見た目にします」

みんなの悩みや願いをダイレクトに受け取り、適切な解決策を提供する〈代行サービス〉。2014年、恋人がいない寂しさから、心が凍てついていた私の友人Kは、彼氏をレンタルし、〈しながわ水族館〉で手繋ぎデートを楽しんだ。依頼人であるKは、1時間6000円の〈彼氏レンタル料〉に加え、当然、水族館の入館料や交通費、食事代も支払った。当初は、2〜3時間のデートを予定していたが、利用時間は倍になったそうだ。「イケメンにいい夢を見せてもらった」とKは少し照れくさそうに、当時を振り返る。

1980年代初頭、道路交通法の改正により、飲酒運転の取り締まりが厳しくなったのを受け〈運転代行〉に注目が集まった。2014年には〈学校の宿題代行〉がテレビで取り上げられ賛否を集めた。もしかしたら〈代行サービス〉は、時代を映す鏡なのかもしれない。

数ある代行業者のなかで、ファミリーロマンス社は、依頼者にかわって謝罪する〈謝罪代行〉、SNSで多くの〈いいね!〉を獲得するために、SNS映えする写真を撮る手助けをする〈リア充アピール代行〉など、バラエティに富んだ代行サービスを展開している。代表の石井裕一氏は「5つの家庭で〈夫〉を演じている」とコーヒーを片手にさらっと言ってのけた。そんな話をして大丈夫なのか、とこちらが心配になるが、彼は爽やかな笑顔をいっさい崩さない。ファミリーロマンス社は、依頼人からのさまざまな依頼にどのように応えるのだろうか?

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リア充アピール代行

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石井さんは、なぜ代行サービスをはじめたのですか?

代行業者を始めるきっかけとなったのは、今から12年くらい前です。もともと、僕の友人の女性がシングルマザーで、小さいお子さんを育てていました。その女性は、お子さんを私立の幼稚園に入園させたかったんですが、私立の幼稚園に入園させるにあたり、シングルマザーだ、というだけで、書類審査で落とされてしまったそうです。シングルマザーという事情だけで書類審査で落とされてしまう、という社会の不平等さにちょっと疑問を感じて、その不平等さの穴埋めができる〈代理出席〉サービスを立ち上げれば、少しでも世の中を平等にできるんじゃないかな、と感じたのが、会社を立ち上げたきっかけです。

ファミリーロマンス社のホームページには、〈謝罪代行〉〈結婚式代理出席〉〈父親代行〉〈彼女レンタル〉〈皇居マラソン一緒に代行〉…など、たくさんのサービスがありますが、現在、何種類の代行サービスがありますか?

20種類近いですね。似たような依頼が何件か続いたときに、同じように悩んでいる人がたくさんいるんだな、とニーズを汲み取って、新たにサービスを立ち上げます。とはいえ、色んな依頼があるんですよ。

変わったところだと、今までにどういった代行の依頼がありましたか?

例えば、精神的にご飯があまり食べられない女性から依頼を受けました。自分ではご飯はいっぱい食べられないけど、人がご飯をたくさん食べているところを見て、自分の気持ちを満足させたい、という女性だったので、僕がスタッフとして某チェーンの牛丼屋に行き、依頼人の目の前で、たくさんの牛丼を食べました。でも、実は僕自身、あまりご飯が食べられなくて。特盛1杯でお腹いっぱいになってしまって(笑)。ピンチヒッターで、もう1人代行スタッフを呼んで、そのスタッフに食べてもらいました。

ファミリーロマンス社に在籍しているのは、どんな代行スタッフですか?

ファミリーロマンスには、全国で1200人のスタッフが在籍しています。スタッフにはFからSSSまでランクがあり、ランクが高ければ高いほど〈実力派〉です。本業はお医者さんで、ファミリーロマンスでは、夫代行やレンタル彼氏の代行をする男性もいます。地下アイドルとして活動しながらムエタイができる女性もいます。普段は青果店で働く年配スタッフもいます。下は、子ども代行の依頼に対応する0歳から、上は両親代行や、同年代の話し相手代行の依頼に対応する85歳まで、老若男女いろいろ揃っています。

スタッフには、代行業以外の本業があるんですか?

副業として、ファミリーロマンスで働くスタッフが多いですね。代行業だけでは食っていけないので、暇つぶしで働くスタッフもいれば、役者の勉強として働くスタッフもいます。

ファミリーロマンス社は、アルバイトではなく、業務委託契約だけなんですよね?

そうなんです。色々な現場がありますから。不倫をしていたのが旦那にバレて、旦那に「不倫相手の男を連れてこい」と言われたものの、不倫相手の男と連絡がとれなくなってしまった女性が、なんとか旦那の怒りを鎮めようと、「不倫相手として、旦那に謝りに来てくれ」とファミリーロマンスに〈謝罪代行〉の依頼をしてきたりします。

結構ヘビーな依頼ですね。

そのぶん、報酬としては高額です。スタッフが1時間くらい頑張れば、5万円から10万円手に入るんです。

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でも、危険もありますよね。

われわれは、単純に謝りに行くだけではありません。いかに怒られないように、謝罪相手の怒りを上手く鎮めながら謝罪するか、という心理的な作用も考えています。この場合であれば、不倫相手役の男性スタッフは、ガラが猛烈に悪いチンピラ風の見た目にするんです。不倫された旦那はすごく怒っているので、不倫相手の男を怒鳴りつけてやろう、と意気込んでいます。でも、チンピラ風の男がくると、「もしかして、嫁はアッチ系の人と付き合っていたんじゃないか?」と不安になります。不安を与えた後で、チンピラ風の男性スタッフは、その場でいきなり土下座をするんです。

顔を合わせていきなりですか(笑)?

いきなりです。謝罪代行は、基本的には謝罪相手の自宅には行かず、カフェなどで謝罪をします。どうしても自宅に行かなければならないときは、自宅で、土足で土下座をします。あくまでひとつのやり方ですけどね。そうすると、謝罪相手はびっくりするんですよ。「アッチ系の人に俺は謝らせてしまっている。ヤバいんじゃないか」と。首に龍のタトゥーシールを貼って、謝罪の代行をしたりします(笑)。会社にタトゥーシールをつくれる印刷プリンターがあるんですよ。タトゥーシールは貼るのが難しくて、綺麗に貼らないと取れちゃうんですよね。

依頼人が男性のケースもありますか?

依頼人が男性で、不倫相手役の女性スタッフが、依頼人の嫁に会いにいく、という場合もちろんあります。謝罪相手が女性だと、ヒステリーを起こしたりすることもあるので怖いです。

不倫相手役として女性スタッフが謝罪をする場合、女性スタッフはチンピラ風の格好をするんですか?

女性の恐い格好といっても、限界があるじゃないですか。なので、不倫相手役の女性スタッフには、逆ギレさせます。「私も、この男が結婚してるなんて知らなかった」と。謝罪相手の怒りと、こちらの怒りをぶつけて、依頼人の男性を女性2人が責めるんです。

修羅場ですね。依頼人の男性はそれでいいんですか?

依頼人にも事前に断っておきます。「申し訳ないです、思いっきり怒られてください」と。

それがいちばん、円満におさめる方法なんですか?

50%くらいの確率で、女性スタッフは、謝罪相手の女性から水をかけられますけどね。なので、女性スタッフには着替えを持っていくように指示します。水で済めばいいですね。基本的には水で済むように調整します。

水で済まないときは?

必ず、もう1名のスタッフが、外で待機しているんですよ。何かあったときのために。もちろん何かあってはいけないですが。スタッフひとりひとりにキッズケータイを持たせて、ケータイのヒモを引っ張るとアラームが鳴るようにしています。

石井さんは、どんな代行が多いですか?

夫代行が多いですね。夫代行を依頼する女性に多いのが、娘さんを産んでからずっと、片親で育ててきた女性。小4になった娘が、学校で片親を理由にいじめられ、不登校になってしまった、と。娘には父親の存在は必要だけど、離婚した夫は、今さら家に呼びたくない、というときに、娘のために〈父親代行〉を依頼するんです。最初、娘さんは僕に対し「誰?」という反応ですが、「お父さんだよ」と話をして、娘さんの心を開いて、仲良くなると、娘さんが学校に行くようになります。

お父さんとめったに会えない理由は、娘さんになんと説明しますか?

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設定はいろいろありますが、よくあるのは、お父さんは再婚して、別の家庭がある、という設定ですかね。でも娘さんは、頭では理解しているけど、「お父さんに会いたい」と依頼人であるお母さんにお願いします。依頼人は娘のためにお金を払い、月に1、2回、僕を呼ぶんです。その家庭で、僕はもう8年、父親をやっています。初めて会った頃は小4くらいだった娘さんも、もうすぐ高校を卒業します。そこまで大きくなると、娘さんが「お父さんとふたりでディズニーランドに行きたい」と言いだすんですね。

娘さんの前では、どのような父親を演じるんですか?

依頼人からこういう旦那であってほしい、父親であってほしい、というオーダー表をもらいます。娘の呼び方、仕草、雰囲気などを依頼人に細かく設定してもらい、その父親像を僕らが演じるので、依頼人にとっては理想の父親であり、理想の夫です。なので、「娘のために」と依頼をしていた依頼人自身も、あまりの居心地の良さに、錯覚してしまうんですね。「このままずっと家にいてくれない? 娘のためにも」とプロポーズされることもよくあります。多分、僕が日本でいちばん、プロポーズを受けた回数が多いですよ。仕事のため、お断りしなくてはならないのですが、嬉しいことですね。

依頼人家族とそれだけ長くいっしょにいたら、依頼人家族が〈本物の家族〉のような感覚になりませんか?

僕が抱えているのは、その家庭だけではないので。それぞれの家庭で違う父親像を演じます。雰囲気、髪型、眼鏡、服装もお洒落だったりダサかったり。ただ、たまにプライベートで、ひとりで映画を見て笑っているときに、「今笑っている自分は、素なのか? 演技なのか?」と怖くなることはあります。

たくさんの家庭で代行をしていて、依頼が同日にかぶってしまうことはありますか?

都内の運動会などは、日程がだいたいかぶります。同日に父親として運動会に来てくれ、と2人の依頼人から依頼されたりしますよ。その場合、午前と午後に分けて、それぞれの父親として参加しますが、運動会って、子ども達はみんな体操着に赤白帽子なので、どれが自分の子だかわからないんですよ。たいていは依頼人からカメラを渡されるので、自分の子を撮るのですが、違う子を撮ってしまったらえらい騒ぎなので、〈運動会で自分の子をとるときは、ズームインはしない〉というマニュアルがあります。このエリアにいるだろう、という団体を撮るんです。「あの子だ」と事前に説明されても、絶対に見失います。ちなみに、代行スタッフはひとり5家族しか夫代行はできません。5家族以上で夫を代行すると、それぞれの家族を覚えきれなくなってしまうので。

スタッフが〈代行〉だと、バレることはないんですか?

いまのところ、そういったケースはないです。例えば、代行スタッフがプライベートで買い物をしていて、仮に依頼人にばったり会ってしまったら、その場にあった対応を行います。代行ビジネスの難しいところは、情があるとビジネスとして成立しないことです。代行サービスは、対価をもらい、決まった時間のなかで提供するサービスです。依頼人とばったり会う確率は、限りなく低いですけどね。いまのところ、そういったトラブルはないです。

もし、代行スタッフが亡くなったら、お葬式はどうなるんですか?

極論ですよね。夫代行や妻代行であれば、お葬式はまだまだ先かもしれないですけど、年配のスタッフが担当する両親代行もあるんです。結婚式で1回ご利用いただいたら、その後の親族の集まりや、下手したら出産祝いに行って、孫にも会わなければいけない。代行スタッフも人間なので、いつかは命が尽きます。われわれ代行スタッフがもし死んだとしても、葬式には来ていただけないですよ、と依頼人にも説明はしています。スタッフには、本当の家族がいて、本当の家族が喪主をやりますから。代行に依存された依頼人に、いつか本当のことを周りに言わなければならないタイミングがある、と説明するのも、ファミリーロマンスのひとつの課題です。

今後、どんな代行サービスが登場するんでしょうか?

われわれのサービス展開としては、スタッフひとりひとりの個性やスキルを活かした新しい見せ方で、代行サービスを盛り上げていきたいですね。まあ、われわれは、芸能プロダクションではなく、あくまで〈代行〉なので、スタッフの顔は出さずに、ですが。

「スタッフの顔を出さない」というのはどういう意味ですか?

代行サービスは、社会の穴埋めです。何かしらの事情があって、道が通れなくて困っている人を、道路の一部分となって渡らせてあげるのが我々の役目なんです。今後、どんな代行サービスが生まれたとしても、〈社会の穴埋め〉として、依頼に応える姿勢は変わらないと思います。