ディープ・ウェブの麻薬売人と過ごした週末
Deeb web drug dealer "Patron" (All photos by the author)

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ディープ・ウェブの麻薬売人と過ごした週末

ディープ・ウェブ。(別名:深層ウェブ)検索エンジンでは検索できないサイトのことを指す。合法とはいえない物の取引や、ハッカー同士の交流場として利用されており、ディープ・ウェブの存在は、通常見ることのできる表層ウェブ の 400 ~500 倍も存在しているとの調査結果も出ている。そして、当たり前のように麻薬ビジネスもディープ・ウェブのなかに潜んでいる。

モロッコの山々の懐深く、渓谷のくぼみに大きなレンガの建物はあった。近づいたときには既に辺りは暗く、窓のない壁の穴からは鈍い光が漏れ出していた。自らを「パトロン」(スペイン語でボスの意)と呼ぶ男と車に乗り、その建物に向かって未舗装の道路を進んだ。憲兵たちの検問所が点在する絶壁沿いの道路を通過して、ここまでたどり着くのに5時間を要した。車が止められる度に警官がドアを開け、パトロンと握手を交わす。お互いが満面の笑みを浮かべていた。

「ここから海沿いまでにいる全員に、俺は金を払っている」とパトロンがにやりと笑った。

渓谷への旅のせいで吐き気がした。ゆうに5マイル前に舗装された道路は途切れた。そして運転手は「追跡信号をまくために」意味もなくいきなり何度かUターンした。そしてようやく、レンガの建物の外で止まり、車を降りた。運転手がホーンを鳴らすと、ツナギを着た男が1人現れ、パトロンを抱きしめた。数分間、フランス語で何やら会話した後、正面の金属製のドアから私を導き入れてくれた。

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地味なレンガの建物の中には、干草の俵ほどもある大きさの大麻のバッグがいくつもあった。バッグは天井まで積み上げられていた。「大麻2トン分ぐらいだろう」とパトロンがいう。

大量の大麻は彼のもので、れっきとした商品だ。しかし、ストリートでは捌かず、小包にして郵便で配達されるのだ。自らをパトロンと呼ぶ彼は、〈ギャングスター〉ではない。大手の〈ディープ・ウェブ〉を手掛ける麻薬の売人だ。アヘンと極上のハシシをインターネットで販売し、売り上げはビットコインにして「1カ月10万ポンド(約1500万円)」にも上るという。彼の麻薬は、郵便ポストに投函された後、世界中に流通される。一度、ディープ・ウェブによる麻薬ビジネスのボスと会い、その仕事内容について説明してもらったのだが、今回はパトロンと直接会うことになった。

ディープ・ウェブにおける麻薬市場は、〈恐怖の海賊ロバーツ(Dread Pirate Roberts:DPR)〉率いる悪名高きウェブサイト〈シルクロード〉から始まった。FBIはDPRと名乗っていた32歳プログラマーのロス・ウルブリヒト(Ross Ulbricht)を逮捕し、同時にシルクロードを閉鎖した。彼は保釈無しの終身刑2回、そしてその他の罪でも20年、15年と情け容赦ない刑期を食らった。FBIの目的は、臆面ないオンライン麻薬販売の出現に終止符を打つことだったが、実際にはヒドラのような手に負えない化け物を生みだしてしまった。シルクロードが健在だった頃、ライバルはブラックマーケット・リローデッド(Black Market Reloaded)しかなかった。ところが、今やディープ・ウェブの麻薬市場は15もあり、その多くは、シルクロードよりも強固なセキュリティで守られている。ディープ・ウェブの麻薬シーンが、ユーザーにこれほど多くの選択肢を提供したことは、これまでなかったはずだ。

パトロンにしてみれば、〈ハンザ・マーケット(Hansa Market)〉や〈アルファベイ(AlphaBay)〉のような新しいサイトでも商品を販売しているので、ディープ・ウェブで「倫理的に麻薬を販売」してもかまわない、と信じている。このコミュニティの大多数と同様、彼は自らを犯罪者とは考えていない。「見てみろ。ここもあそこも犯罪者だ」。レンガの建物を通り抜け、裏部屋まで歩きながら彼はそういった。「酒飲んで運転すれば犯罪者。スピードを出せば犯罪者。ガンの疼痛を軽減するために大麻を処方しても犯罪者だ。国家による善悪の判断に頼るのではなく、自分で決めるべきだろう」

パトロンは、タバコに火をつけるため黙った。数分毎に吸っている。タバコをくわえていないときは、ベイパーを吸っていた。「ディープ・ウェブを利用して、欲しいモノを、安全かつ安心な方法で入手できるようにしている。もう、いかがわしい路上のヘロイン売人に会わなくてもいいんだ。俺たちは、客がソファーに座ったままで麻薬がゲット出来るようにしているんだ」

一目しただけでは、パトロンが〈ボス〉として名をあげたいようには見えないが、彼には強みがある。山奥のビジネスパートナーと取引する彼を観察するのは勉強になる。ある時は人を惹きつける魅力的な人物でありながら、次の瞬間には、超然として真面目で、冷淡な人物へと素早く様変わりする。話せば話すほど、現実の彼はギークのようでもある。ただし、いかしたギークだ。

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パトロンは、運用セキュリティ、コンピュータ、テクノロジー、ハードウェアの純粋な虜だ。例えば以前、モロッコの港沿いを散歩していたとき、パトロンは、水上の沿岸警備隊の高速艇全てを指差し、艇名、型名、使用エンジン、最高速度、そしてどのような種類の保安要員が配置されているのか、教えてくれた。パトロンはディープ・ウェブの世界に落ちてきた麻薬売人ではなく、麻薬の世界に落ちてきたディープ・ウェブの男なのだ。おそらく、今のところ当局がパトロンに出し抜かれている理由のひとつは、ここにあるのだろう。

「ほら」とパトロンは、奥の部屋にある圧縮されたハシシ数キロと〈シェイク〉(細かい粉に挽いた大麻)3袋を掴み、テーブルの上にどさっと投げた。「これが次の出荷分だ。もうすぐチームと一緒にまた新しい商品がやって来る」。彼のチームは〈北アフリカ・カルテル:Cartel Norte Africa” (CNA)〉と呼ばれ、パトロン率いるスペイン人とベルベル人(北アフリカの先住民)からなる少人数のbグループだ。彼らはモロッコとスペインで暗躍している。CNAの助けを借りて、パトロンは製品を北アフリカからヨーロッパに密輸している。そしてディープ・ウェブ経由でチームが受け取った注文から商品を世界中に流通させるのだ。

「顧客のリクエストによっても変わるが、最近、1回の出荷量は250キロだ。毎月ほぼ2回出荷している」。かなり稼いでいるが決して金持ちではない、とパトロンは説明する。「裕福な暮らしはしているが、チームの皆にも金を払わなくてはならない。警備隊、大麻農家、密輸人、全員に払わなくてはならないんだ。皆には公平な分け前を与えたい。この農家は、何代にもわたって大麻を育てている。フェアな値段で極上の製品を提供するために、ここで連中と組んでいるんだ」

パトロンはシェイクの袋を開けた。部屋全体に匂いが充満した。「植物が育ったら、刈り取り、乾燥させ、シェイクをつくって、それからハシシにする。そうしたら、車両を手配して輸送する」

渓谷にある建物内で圧縮されたハシシのブロックが、トラックの荷台に積み込まれる。モロッコの沿岸地方に運ばれ、そこから硬式ゴムボートに積み替える。「このボートは、300馬力エンジンを5台搭載している」とパトロンは力説する。「すごく速いボートだ。乗ってみれば、視界がぼやけるくらい速い。死を感じるくらいだ。スペインを目指し、着いたら積荷を海岸で全部下ろす」

ここから麻薬は隠れ家に運ばれる。そこが次の目的地だ。暖房のない建設途中のビル(「あたりで唯一の場所」とパトロン)で、凍えるような寒さのなか睡眠をとり、私たちはモロッコを出発した。

パトロンは新しい目的地に到着する度に、携帯電話2台のSIMカードを几帳面に交換し、全ての信号を遮断する特別な袋に入れる。また彼は、常時ふたつのパスポートを持ち歩き、常にひとつを隠していた(彼と一緒にいるあいだに、確認できたのはふたつだった)。スペインでは、沿岸から隠れ家までの3時間で、車を2回乗り換えた。2回目の乗り換えは、街灯も防壁もないような道路の路肩だった。パトロンは、被害妄想のようでもあるが、そうなるのも無理はない。逮捕されれば、最大15年も服役する可能性があるからだ。

警戒を怠らず、ミラーで確認したパトロンは、タバコを燻らせながら「OK」と合図した。「もうすぐ隠れ家に到着する」。真っ暗な何もない平野を突き進み、数件の家屋に囲まれた中庭に辿り着いた。若者2名が近づき、パトロンとハグした。3人はスペイン語で話していた。数分後、パトロンと私は隠れ家に向かい、ふたりの男は中庭のどこかに向かった。

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隠れ家の内部は、サイバーパンクのアジトのようだ。ラップトップ数台、散らかった配線、フラットスクリーンテレビ、USBカードリーダーなどが至るところにあった。ソファー、テーブル、そして食べかすも少し。壁には照準スコープを取り付けた狩猟用の長距離ライフル銃が掛かっていた。私はパトロンに狩りが好きなのか、と尋ねた。「もちろん、狩猟は好きだ」と彼は答え、ちょっとした沈黙の後、口を開いた。「いい話を聞かせてやろう。あれで誰かを撃ったら、とんでもないことになるぞ」

パトロンは別の部屋に消え、ラップトップと別の袋を持って戻ってきた。テーブルの上で袋を空けた。ハシシ〈アムニーズ(Amnez)〉1キロと、ホッケーのパックのようなアヘンブロックだ。

パトロンは、USBスティックをラップトップに挿入し、起動した。「俺はTailsを使っている」とUSBスティックを指さした。Tailsはネットのプライバシーを維持するために使用するオペレーティングシステムで、匿名でない接続を全てブロックし、外との接続は強制的にTor* 経由となる。基本的に、Tailsを使わず麻薬をインターネットで販売する者は、捕まる可能性が非常に大きい。

ディープ・ウェブにログインし、彼は注文を確認する。かなりの数の注文があった。彼のビジネスは順調だった。

「ほら」とパトロンはいった。そして「この女はハシシをご希望だ。どうやるのか見せてやるよ」と何度かクリックして、彼は新たなタバコに火をつけた。彼は、コンピュータで注文を処理していた。それはまるで腕の良いメカニックが車を修理しているのを見学しているようだった。正に水を得た魚のようで、彼は、本能的にこの仕事を熟知している。

突然、耳障りな機械音が聞こえた。部屋の隅にあるプリンターが起動する音だった。スポーツジム会員宛の偽請求書が出力された。一言も発さず、パトロンは外科手術用手袋をはめ、コートのポケットからナイフを取り出し、請求書とハシシのブロックを持って部屋の角の机に向かった。足元には、ポータブル・ファンヒーターが置かれていた。スイッチを入れ、ナイフを金属グリルの間に突き刺した。ハシシのブロックをまな板の上に置き、またしてもタバコに火をつけ、吸い終わっていない最後の1本を灰皿の中に置いた。「見ろ」といいながら、タバコの煙を吸い込む間の沈黙を挟み、「俺の仕事は、政府にしてみれば違法だろうが、道徳的観点からいえば完全に理に叶っている」

ナイフが熱せられるのを待つあいだ、パトロンは、急に別の話をはじめた。彼には最終的な目標がある。それはCBD(向精神作用のない大麻の化学物質)を用いた実験的麻薬治療が合法で実施できる、いわば、健康診断所のようなものを、いつの日か開設することだ。

しばらくしてナイフが熱くなった。パトロンは、半分吸いかけのタバコをもみ消し、仕事を始めた。熱したナイフで、ハシシのブロックから約1グラムを切り取った。それをラップ・フィルムで包み、請求書の裏に糊付けして折り畳み、封筒の中に放り込んだ。麻薬は隠された。「準備オーケー」と彼は笑いながら簡潔に説明してくれた。「郵便で受け取って開封すると、スポーツジムの請求書だ」

ディープ・ウェブ上でのビジネス同様、パトロンそのものがインターネットの産物なのだろう。隠れ家のなかで座り込み、ラップトップ、タバコ、麻薬に囲まれている彼は、極めてくつろいでいるようだ。パトロンにとって、ディープ・ウェブのコミュニティや友情がなければ、お金やライフスタイルなど意味がないも同然だ。「俺はDPRが信じていたものが好きだ。彼は新しい文化を創造した」

パトロンと別れるとき、なぜディープ・ウェブによる麻薬ビジネスを愛しているのかを訊ねた。

「基本的に、ディープ・ウェブの世界では、みんなが仲良くやっていこうとしている」と彼は答えた。「揉め事は、その市場の管理者を通じて解決する。とても文明的で素晴らしい。実際に大量の麻薬輸送ビジネスが成立しているのは、インターネットの外だ。大昔にシルクロードでの交易が始まって以来そうなんだ。それは皮肉にも、アヘン戦争に代表される暴力の引き金になった。もし、今の世の中からディープ・ウェブがなくなれば、暴力的な結末を迎えるのは目に見えている」