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〈包摂条項〉がハリウッドを変える

アカデミー賞主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドは、スピーチの最後を謎の言葉、〈inclusion rider〉で締めくくった。英語圏に暮らす人々も聞き慣れないその言葉の意味とは。彼女のスピーチがハリウッド映画界の人種、ジェンダー問題に与える影響とは。
Photo by Kevin Winter via Getty Images

フランシス・マクドーマンドはハリウッド映画界の常識や慣習に縛られない、自由な言動で有名な役者だ。それは『スリー・ビルボード』(Three Billboards Outside of Ebbing, Missouri, 2017)でのアカデミー賞主演女優賞の受賞スピーチも例外ではなかった。

熱のこもったスピーチのなかで、彼女は会場にいる、アカデミー賞にノミネートされたすべての女性たち(出演者だけではなく、監督、脚本家、カメラマン、作曲家、デザイナーなどスタッフも含めた、すべて)に起立を求め、ひとりひとりが代弁者となること、そして〈inclusion rider〉の大切さを説いた。この言葉を聞いてすぐに意味がわからず、ググったあなた、みんなもわからなかったのだから、恥ずかしがらなくてもいい。

この造語を最初に生み出したのは、社会科学者のステイシー・スミス(Stacy Smith)博士だ。彼女は公民権や雇用慣行を専門とする弁護士、カルパナ・コタギャル(Kalpana Kotagal )氏とともに、南カリフォルニア大学(University of Southern California)の〈アネンバーグ・インクルージョン・イニシアチブ(Annenberg Inclusion Initiative)〉というシンクタンクでエンターテインメント業界における多様性について研究している。

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〈inclusion rider(包摂条項)〉とは、映画などの作品に出演する俳優たちが出演契約に、役者やスタッフなど、全制作関係者の布陣にジェンダーや人種の多様性を反映させるための付加条項だ。今は亡き俳優のロビン・ウイリアムス(Robin Williams)も、ホームレスをスタッフとして雇うことを要求する、似たようなコンセプトの受け入れ条項を出演契約に追加していた。

スミス氏はこのアイデアを、2014年に寄稿した『Hollywood Reporter』のコラムで、〈equity rider(公平条項)〉として初めて世に提示した。彼女は、大スターたちに向けてこう訴えた。「セリフのある脇役のキャスティングに、物語の舞台となる実際の社会と同じ多様性を反映することを要求する条項を出演契約に追加しましょう。物語を無理にねじ曲げて、とまでは要求しませんから」

「もし、2013年の興行成績上位25位の映画に出演している著名な俳優たちがこの条項を出演契約に反映させていたら、映画に出演する女性の割合は16%から41%に大きく上昇していたでしょう」とスミス氏。「虐げられている女性や女の子の声を、契約内容で代弁できるんです。その可能性を想像してみてください」

2016年、スミス氏はTEDトークに出演して映画業界の多様性の欠如について訴え、〈公平条項〉のアイデアを再提案した。

「みなさんはご存知ないかもしれませんが、典型的な長編映画でセリフのある役どころは、40~45人くらいです。そのうち物語にとって重要なのは、せいぜい8~10人ほど」とスミス氏は指摘する。「残りの30人の役柄に、物語の舞台となる現地の人口統計を反映できないわけがありません。著名な俳優たちが契約にこの条項を盛り込むことで、私たちが住んでいる本物の世界を作品に反映するよう、業界に強く要求できるんです」

アカデミー賞の授賞式の後、スミス氏は、『Vanity Fair』のインタビューで付加条項について詳しく語った。「作品の脇役に本物の世界を反映する。それはつまり、人口の半分は女性で、40%は有色人種で、5%はLGBTQで、20%は障碍者であるということ。私たちはそういう世界に住んでいるんです」

3月4日の〈アネンバーグ・インクルージョン・イニシアチブ〉のツイートによると、この付加条項では、映画の出演者だけではなくスタッフにも多様性を反映することを要求できるという。彼女たちは今、付加条項の法的効力を強化するために、州政府に働きかけ、条項を満たすスタジオに税制上の優遇措置を、そして、そうでないスタジオに罰金を課す仕組みを導入できるよう取り組んでいる。

スミス氏とコタギャル氏は、昨年、たくさんの映画プロダクションを訪ねて〈包摂条項〉のアイデアを提案したが、マクドーマンド本人と会って話したことはいちどもなかったという。『Guardian』のインタビューで、マクドーマンドのスピーチについてスミス氏は「こんなに誇らしいことはありません」とコメントした。「完全なサプライズでした」

マクドーマンドは、アカデミー賞のプレスルームで報道陣を前にして、彼女自身も〈包摂条項〉について知ったのはつい先週だった、と明かした。「この業界に35年もいてずっと知らなかったなんて。でも、もう後戻りはしません」と彼女。「女性が〈流行ってる〉? アフリカン・アメリカンが〈流行ってる〉? そうじゃないでしょう。もう、昔とは違うんです。〈包摂条項〉が業界を変える可能性を秘めているんです」

『Captain Marvel』(2019年公開予定)の主演、ブリー・ラーソン(Brie Larson)を筆頭に早速数名の役者たちが〈包摂条項〉に連名で合意を表明した。「さあ、他に賛成の人は?」とラーソンはツイートで呼びかけた。3度のオスカーに輝いたメリル・ストリープ(Meryl Streep)も『Vanity Fair』のインタビューでマクドーマンドのスピーチに賞賛を送った。「私たちがこんなことを要求できるなんて知りませんでした。女の子たちはずっと丁寧にお伺いを立ててきたけれど、とうとう堪忍袋の尾が切れたようですね」

こうして、アカデミー賞は、同賞が教育上大きな意義を持つ重要な存在であることを世間に印象づけた。私たちは、これからもっと、〈包摂条項(inclusion rider)〉について耳にするようになるはずだ。ググる必要もないほどに。