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All photos by Owen Scarbiena

エリザベス女王、フザケているとしか思えない鉄道ダイヤの乱れ、上裸でステラビール煽る野郎どもと同じく、ケイト・モスも「Made in Britain」。彼女は、UKを体現するアイコンになった。New Eraのキャップ、ビッグベンのブローチ、オックスフォード・ストリートに軒を連ねる、定番の土産物を販売するギフトショップでは、彼女の顔がプリントされた安っぽい白Tシャツが観光客に大人気だ。

彼女がモデルを始めたきっかけは有名な話だ。1988年、ロンドン西部クロイドン出身の、ケイト・モス、14歳は、ニューヨークのJFK国際空港でモデル事務所ストームの創設者サラ・ドゥーカスにスカウトされた。翌年、少女は、早くもイギリスで雑誌の表紙を飾る。それは、ファッションモデルにとって、ひときわ重要なキャリアである。モスは、90年代初頭に名声を手にし、「アンチ・スーパーモデル」として一時代をリードした。これまでに、300誌以上の表紙を飾り、一流ファッション・ブランドの広告塔としても引っ張りだこだ。これも、誰もが知っている。

彼女の古い写真はいくらでも世に出回っているが、2016年、誰も知らない初撮影からの数カットが発見され世界にシェアされた。そのカットを撮影したファッション・フォトグラファー、オーウェン・スカービナに話を聞いた。当時の彼には知る由もなかっただろうが、ケイト・モスの初撮影とは、キャリアの上でもいち大事だ。

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どうしてケイト・モスを撮影したのですか?

ファッションの仕事はそれまでもしていました。プレミアセレクト、ストームなどのモデル事務所と仕事をしていましたから、サラ、キャロラインとは知り合いでした。私はいつも新しいモデルを探していたんです。ちょうどその頃、大昔に学校で女子が履いていたブルマとブランドものの白いブラウスを合わせるプロジェクトに携わっていました。それを見たサラが、とても清潔感があってミニマリスト的で気に入った、と電話してきて、ケイトという女の子をスカウトしたけどどう、と勧めてくれたんです。私は、ケイトに惚れ込みました。彼女はとてもフレッシュで、プロジェクトのイメージにピッタリでした。

撮影当日の様子を教えてください。

ケイトには、モデルとはこうあるべきだ、といった余計な先入観がありませんでした。彼女は彼女でしかありませんでしたし、私もそれが好きでした。ブラウスとブルマを着てもらってテストすると、すごくブリリアントでした。ほんの少しだけぎこちなさはあったけれど、とても自然でした。「あと10分で4時になるバス停」という状況を設定し、ストーリーを説明して、そのリクエストに応える彼女を撮る、といった具合です。子供の頃に学校でやった、木の動きを真似したりする「自然な動き」みたいなものです。撮影もそれと同じ。彼女はポーズもとらず、ストーリーに身を任せただけでした。

ケイトは、すごくオープンでフレンドリーで、自信に溢れていました。彼女は誰とでもすぐ仲良くなれるようで、撮影中、笑いが絶えませんでした。その上、私たちが要求する世界観を、いとも簡単につくりだしてしまうんです。新人モデルが撮影で緊張するのは当たり前ですが、彼女は違いました。私たちは、まるで長年の友人みたいでした。私の娘も撮影現場にいましが、ケイトと仲良くなってましたよ。だから、古くからの友人を撮っているようでした。

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今回の未公開写真はどこにあったんですか? どこかにしまって忘れていたのですか?

私たちは大勢のモデルを撮影します。なかには有名になるモデルもいます。それと同じように、編集部にも出版社の手に渡らない写真もあります。そんな写真は、棚の中で忘れられてしまうんです。今回の写真も、私はすっかり忘れていました。

1年ほど前、親友が、ギャラリーを運営している彼女の知人のことを教えてくれたんです。彼女の知人はゴージャスな著名人を探していたようで、「あなた、ケイト・モスの写真あるんじゃない?」と彼女に聞かれたんです。今回の写真は、ネガをしまってある引き出しを隅から隅まで探して見つけました。ネガのままででしたから、コンタクトシートをつくりました。最終的には、大きなプリントになったんですが、それを見て、「すごい! ケイト・モス? ゴージャス!!」と驚きました。それまでは、縦24mm×横36mmサイズでしか見ていなかったので、本当にびっくりしました。とにもかくにも、友人たちはとても気に入ってくれて、ギャラリーに並べたがりましたよ。これがコトの顛末です。

ケイト・モスがファッション・アイコンになると予想できましたか?

全くしていませんでした。モデルといえば、シンディー・クロフォードのようにゴージャスなのが当たり前でしたから。その逆に、個性的で、風変わりで、素晴らしいモデルもいたんですね。ケイトはそっちの括りです。あからさまに美しいわけではないケイトが成功するとは、私には想像できませんでした。身長は180cmもありません。彼女の一風変わった魅力は、マス向けではない気がしたんです。

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それ以降、彼女を撮影したんですか?

していません。あれが、最初で最後です。撮影の後、私はミラノに行きました。その間に彼女はビッグになりました。いち度だけ、ノッティングヒルでバッタリ会いました。

改めて写真を見てどうですか?

当時、私は、猥雑な写真にウンザリしていたので、清潔感のあるフェミニンな写真を撮りたかったんです。ケイトはとてもフレッシュで、私の理想そのものでした。だから、振り返ってみても、すべて気に入っています。ヘア、メイク、スタイリング、すべて気に入っています。さっきもいった通り、過剰な演出に嫌気がさしていましたから、ただ、リップの艶に満足できたら十分だったんです。

私は、この髪のセット方法をゲリラ・ヘアスタイリングと呼んでいます。たとえ何も用意されていなくても、撮影を台無しにできませんでしたから。撮影時も、ヘアスプレーが手元になくて、少しの水とオリーブオイルを彼女の髪と肌に塗りました。私にとって、ヘアスタイリストが何よりも懸念点でした。彼らは、当時の流行もあって、私が求めるのと正反対のヘアにしてしまいそうでしたから。

最も印象に残っているのは、誰とでもうまくやる才能です。彼女は本当に気さくでした。私の親友、コリン・デイとも仲良しです。コリンもケイトの写真をたくさん撮っています。

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