〈本当のJ.T.リロイ〉ローラ・アルバートの悩み相談室:第1回

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〈本当のJ.T.リロイ〉ローラ・アルバートの悩み相談室:第1回

「本音で話せる自分を解放してみてはどうでしょう。つまり、あなたの〈プライベート・セルフ〉が、安心して羽を伸ばせる時間をつくるのです。気心の知れた友達と遊びにいくとき、職場ではつけないブレスレットや指輪を身に付けてみてください」

はじめに。日本のみなさんへ。

貝が真珠をつくるように、私は葛藤し、苦しみながら本を書いてきました。私のアバター、J.T.リロイ(JT LeRoy)は、激しい自己嫌悪から生まれました。そのままでは、自分という存在が受け入れられず、また、恥じらいを表現できなかったのです。ドキュメンタリー映画『作家、本当のJ.T.リロイ』(Author: The JT LeRoy Story, 2016)を観れば、私が自らを前面に押し出すのではなく、〈虐待された過去をもつ若き男性作家〉というペルソナを創り、執筆した事実がわかるでしょう。取材を受けるたびに、「なぜ、そんなことをしたのか」と質問されますが、日本では、そんな質問はされませんでした。ありのままの私をさらけ出すのを恥じる気持ちや、意見を発するのにアバターが必要だった理由を瞬時に理解してくれたのは、日本のみなさんだけでした。

この世界に、私という存在が馴染める場所があるとすれば、それは日本です。日本に滞在して、私の人生は変わりました。ですから、米国に戻り、「なぜ、そんなことをしたのか」と訊かれるのが、さらに耐えがたくなりました。「日本のみんなに訊いてみなさい」と叫びたくなります。

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日本での『作家、本当のJ.T.リロイ』の試写会のあと、大勢が涙ながらに、自分を隠していた、苦しかった、自己を表現したかったのに自信がなかった、と私に打ち明けてくれました。もし私が、みんなのために何かできるとすれば、誰でも好きなようにクリエイティブになっていい、と伝えることです。自分を信じてくれる誰かが、やりたいようにやりなさい、と励ましてくれる。ときにはそれがすべてだったりもします。もちろん、人の道を踏み外してはいけません。

マジシャンが、影で秘術を尽くしながら、スポットライトのなかでパフォーマンスするように、私は、暗闇に隠れて自分自身を癒しました。私はそうやって成長してきたのです。有名人の仲間入りを果たしたり、ストリートパンクとの交流など、貴重な経験もしました。それまでずっと、私は目立たない存在でしたが、さまざまな経験を通して、知恵を身に付けました。10代の頃にテレホンセックスの仕事を始めて、人の心の機微を理解し、また、解放されるには他者との繋がりが欠かせないんだ、と知りました。さらに、深刻な摂食障害に苦しみ、肥満を経験しました。そのおかげで、命にかかわるとわかっていても、やめられない〈依存症〉がいかなるものなのか、理解できるようになったのです。

施設に入ってわかったのは、依存症や障害を抱える人びとの精神的苦痛はなかなか癒せない、という事実です。

私はこれまでに感情的、精神的、性的なトラウマや虐待について書いてきました。どれも実体験をもとにしています。

自分の経験、知恵、ユーモアが、みなさんの助けになるよう願っています。型破りな発想でしょうが、だからこそ、みなさんの思考回路を少しだけ変えられるはずです。

日本に滞在したさい、有名な教授で、私の著書を翻訳してくださった金原瑞人さんに会いました。J.T.がアバターだと明かされる以前に、本を訳してくださった方です。

金原瑞人さんは、芸術性と豊富な知識を兼ね備えた翻訳家です。とくに私の本には、口語的なスラングや、ローカルネタが多いので、簡単な仕事ではなかったはずです。けれど、彼は全身全霊を注いでJ.T.リロイの本を訳してくださいました。滞日中、本当の著者を知ってどう思ったか、金原さんに尋ねてみました。動揺したか、はたまた、お怒りなのでは、と心配していましたが、金原さんは、作品への想いは変わらず、怒っても呆れてもいない、とおっしゃってくれたのです。思わず泣いてしまいました。

小説そのものを評価してもらうのが、私のいちばんの願いでした。出版から10年以上経った今も、金原さんの同僚のみなさんは、私の本を傑作だと褒めくれるそうです。私は然るべく振る舞った、と彼は認めてくれたのです。

後日、彼からメールが届きました。

「お伝えするのを忘れていましたが、小説家としてのあなたが大好きで、尊敬しています。私たちがこの世を去ったあとも、あなたの作品と私の訳書が、多くの読者に愛され続けるよう願っています」

私たちはみんな、ありのままの自分を認めてもらいたいと願っています。そして、他人を受け入れる心構えさえあれば、誰でも認めることができるのです。

仕事が忙しくて、いつの間にかどうやって楽しんでいたのかを忘れてしまいました。頑張って友達とご飯にいったり、遊んだりしているのですが、いつも頭に仕事のことがあって、100%、心から楽しむことができません。このままでは、仕事でアイデアを出すにも、アイデアが出てこなくなりそうです。どうにか心身ともにリラックスすべく、マッサージにいったり、散歩したりもしているのですが、心ここにあらずな状態が続いています。ローラさんは波乱万丈の人生の中で、どうやって自分自身を保っているのでしょうか? (会社員 33歳:女性)

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私たちのなかには、複数のアイデンティティーがあります。現状に満足している自分も、そうでない自分もいますが、それぞれに意義があります。あなたのなかにも、たくさんの〈自分〉がいるはずです。でも、もしかしたら、最も信頼できるように感じられる、〈ひとつの自分〉にとらわれてしまっているのかもしれません。

日本にいたとき、以下のような概念を知り、共感を覚えました。

建前(TATEMAE):公式な見解、または公の場で言うべきこと。〈パブリック・セルフ〉の意。 本音(HON-NE):本当の気持ちや考え。〈プライベート・セルフ〉の意。

本音で話せる自分を解放してみてはどうでしょう。つまり、あなたの〈プライベート・セルフ〉が、安心して羽を伸ばせる時間をつくるのです。気心の知れた友達と遊びにいくとき、職場ではつけないブレスレットや指輪を身に付けてみてください。今はもうひとりのあなたの時間、と実感できるようなものが良いでしょう。このような装いの変化は、違う自分になるための、いちばんの近道です。そうすればオンライン・ゲームのアバターのように、別の自分を表現できるはずです。この分身はどんな服装で、何を望んでいるのでしょう。また、どんな才能を持っているのでしょうか。

「できるまでフリをしなさい("Fake it till you make it.")」という言葉があります。自信があるように振る舞っていれば、本当に自信を持てるようになるのです。それと同じように、別のアイデンティティーがある、と自らに思い込ませられるでしょう。 普段とは違う服装で、話し方すら違う〈プライベート・セルフ〉を創り出すと、〈パブリック・セルフ〉を呼び出しにくくなるかもしれません。夜ベッドに横になると、身体が自然と眠りにつくように、〈プライベート・セルフ〉の活動時間には、〈パブリック・セルフ〉を休ませるトレーニングをして、職場でのあなた、つまり〈パブリック・セルフ〉をコントロールできるようにしましょう。それぞれに活動時間をつくれば、自分を解き放てるようになるはずです。

職場では〈パブリック・セルフ〉を、それ以外の社交の場では〈プライベート・セルフ〉を前面に出せるようになるはずです。さらに、例えばセクシャルな状況などに応じて、別の自分をつくることもできます。たとえるなら、そのなかで遊ぶためのポケットを何個かつくる、とでもいいましょうか。そうすれば、どんな状況でもあなたらしくいられるでしょう。

ローラ・アルバート(Laura Albert) J.T.リロイとして、『サラ、神に背いた少年』(Sarah, 2000)、『サラ、いつわりの祈り』(The Heart Is Deceitful Above All Things, 2002)、『かたつむりハロルド』(Harold’s End, 2006)などのベストセラー小説を生み出す。ジェフ・フォイヤージーク(Jeff Feuerzeig)監督のドキュメンタリー映画『作家、本当のJ.T.リロイ』や、リン・ハーシュマン・リーソン(Lynn Hershman Leeson)監督の『The Ballad of JT LeRoy』で取り上げられる。ニューヨーク・タイムズ、フォワード、ロンドン・タイムズ紙を始め、スピン、マン・アバウト・タウン、VOGUE、フィルム・コメント、インタビュー、リキープ、スポート&スタイル、フィルムメーカー、i-Dなどの雑誌やメディアにも寄稿。HBOのドラマシリーズ『デッドウッド ~銃とSEXとワイルドタウン』(Deadwood, 2004〜2006)の脚本を手掛けた他、ガス・ヴァン・サント(Gus Van Sant)監督の映画『エレファント』(Elephant, 2003)でも脚本とアソシエート・プロデューサーを務めた。また、ドリュー・ライトフット(Drew Lightfoot)監督、コンテントモード(ContentMode)製作の『Radience』(2014)や、NOWNESSで公開されたシャリフ・ハムザ(Sharif Hamza)監督の『Dreams of Levitation』(2013)、現在製作中の『Warfare of Pageantry』といった短編映画の脚本も手掛けている。

ローラ・アルバート来日時のインタビューはこちら

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