日本の感染者数は過去最高 致死率30%の〈人食いバクテリア〉とは

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日本の感染者数は過去最高 致死率30%の〈人食いバクテリア〉とは

〈人食いバクテリア〉なる恐ろしげな病気をご存知だろうか。日本での感染者数は過去最高を記録している。致死率30%ともいわれるこの病気の正体は?感染症の専門家である国立国際医療研究センター病院の秋山徹氏に疑問をぶつけた。
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by T.I

〈人食いバクテリア〉なるおどろおどろしい病気の感染者が増えている。国立感染症研究所の発表によると、日本国内の感染者は過去最高となる493人を記録したという。恐ろしげなのは名前だけではない。現役医師からはこんな声も寄せられる。「本当に“人を食う”みたいなペースで進行するんです。患者は、皮膚炎だと思って病院にやってくるんですが、次の日病院から出る時は四肢切断か、最悪死んでしまうこともあるんです」。これほど恐怖を煽られては専門家に聞かないと気が済まない。感染症の専門家である国立国際医療研究センター病院の秋山徹氏にぶつけた。「人食いバクテリアとは何ですか。患者が一晩で死ぬことがあるんですか」。

秋山氏はこう語る。「症例にもよりますが、二晩はもちません。ひと晩で決着します。進行するスピードは極めて早い。壊死していきますから。切っても切っても追いつかない、といわれています」。切るとは“切開”のことではなく“切断”のことだという。どうやら“人食い”という表現は誇張であっても虚構ではなさそうだ。

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人食いバクテリアとはなんですか?

これは俗称です。正式には〈劇症型レンサ球菌感染症〉と言います。レンサ球菌にはA型からS型までの型がありますが、俗に人食いバクテリアと呼ばれるのは〈A型〉、Group A Streptococcus、通称:GASと略されます。症例数はGASに比べて少ないですが、〈GまたはC型〉は Streptococcus dysgalactiae subsp. equisimilis、通称:SDSEと略されます。

画像の黒い部分がレンサ球菌(提供:清水可方医師)

人食いバクテリアとはA型レンサ球菌、つまりGASやSDSEだと。

そうですね。A型レンサ球菌やSDSE自体は特に珍しい細菌ではなく、誰が持っていても不自然ではありません。咽頭部、腸内、皮膚で見つかることがあります。ただ、ひとたび〈劇症化〉すると、いわゆる〈人食いバクテリア〉となって暴れ出します。致死率は30%前後と言われています。具体的な症状としては、筋肉を覆う〈筋膜〉などの軟部組織の壊死や多臓器不全などを起こします。筋膜の壊死を〈壊死性筋膜炎〉と呼びます。この症状が始まると手を打たないといけない。切開による排膿も考えられますが、一度壊死が始まると、組織が元通りになることはないので、切断が標準治療になってしまっています。

劇症型A型レンサ球菌、通称〈人食いバクテリア〉がやっかいなのはその発見の難しさです。初期症状が発熱など普通の風邪と変わらないこともあり、市販薬や抗生剤を服用して終わりにしてしまう人もいます。ですので「とりあえず薬を飲んで、ひと晩様子を見よう」と自己判断するのは極めて危険。

早期発見が難しいうえに進行が凄まじく早いことも厄介なポイントです。GASが血流に乗ってしまうと全身に飛び火して手に負えなくなります。そうすると全身の軟部組織で同時多発的に壊死が始まっていきます。最終的には敗血症によるショック症状や多臓器不全を引き起こします。他にも、突然心停止を引き起こすこともあり、正直まだ分かっていない部分が多いのが現状です。

なぜ感染者数が増えているのですか?

ふたつ理由があります。ひとつは病気自体が周知されて、医師の間でこの病気の認知度があがったことです。実は日本で見つかったのは1990年代です。そこから約30年近く経ち、感染症研究所が精力的に啓蒙してきました。特に千葉県の清水可方医師が発見初期から調査にあたっていました。その影響もあって千葉県での患者数が非常に多かったんです。清水医師は93年に論文を発表したのですが、千葉県の症例が多かったことから当初は千葉県の風土病ではないか、とまで言われました。もちろん風土病ではなく、全国的に発見されていきました。

もうひとつの増加要因は感染者に年寄りが多いことでしょう。A群レンサ球菌は猩紅熱や咽頭炎など小児が感染しやすい病気を引き起こしますが、〈劇症型〉は中年から高齢者に発生する傾向があります。高齢化が進んでいくことで母数が増えた結果、感染者数が増えたと考えられます。

薬は効かないのでしょうか?

発見が早ければ抗生物質が効果を発揮します。ですが、抗生物質が効くのは菌が増えている最中です。一度菌が増えきってしまうと途端に効きにくくなってしまう。自覚症状として表れている時には、菌は増えきっていることが多いですね。

世界的にもこの病気は存在するのですか?

世界に目を向けると、米国では米国疾病予防センター(CDC)という感染症対策機関が立ち上がり、80年代から報告を上げています。CDCは〈劇症型A群レンサ球菌感染症〉を新しい病気と位置づけました。〈人食いバクテリア〉という言葉が世に出たのは94年5月のThe TIME誌です。〈Man eater Bacteria( flesh-eating bacteria)〉として紹介され、その名前のインパクトもあり、一気に知られるようになりました。

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現在、国内の感染者数は500人前後ですが、今後爆発的に広がり、数万人、数十万人が感染する恐れはあるのでしょうか?

国内では起きないと思います。日本では衛生状態がいいですから。ただし、世界では途上国を中心に感染者だけで毎年数十万人、死者は2万人以上いると言われています。

誰が持っていても不思議ではないA型レンサ球菌が、なぜ「死」に直結するほどの症状を引き起こすのでしょうか?

同じ細菌でも人によって〈劇症化〉する場合としない場合があるんです。

その違いは?

既往症、つまり糖尿病などのリスク因子が考えられます。例えば飲酒や喫煙などの生活習慣がリスク因子になると言われています。他にも基礎疾患が重要で、糖尿病を抱えている人は劇症化しやすい傾向にあるようです。ただ、なぜ劇症化するかについては、研究途中で、正確な解明はされていません。

どこまで研究が進んでいるか、教えてください。

言えない部分もありますが、劇症化までのプロセスは「侵入、定着、増殖、発症」の4段階に分けられます。侵入については創傷部や咽頭からの侵入が考えられます。その後、定着段階で免疫系の細胞に殺されないために、タンパク質を分解する酵素が働いて菌の侵入と定着を容易にすることは分かっています。侵入が容易になれば自然と定着と増殖も進みます。

面白いのは、レンサ球菌は30種類以上の病原性因子を持っていますが、その因子を制御する〈マスターレギュレーター〉なる因子の働きです。普段は、マスターレギュレーターが病原因子や毒素を抑えているんですが、劇症化の過程で、なぜか自分自身を破壊して病原因子をバラ撒いてしまうんです。多くの研究者が注目しているのはこの点です。「どうして生体の中でマスターレギュレーターは壊れるのか」は目下の研究課題です。詳細は明かせませんが、2018年内にはなにかしらの形で発表できるだろうと思っています。