小林さんがフライデーの記者になったのは85年でしたね?

そう、御巣鷹山(日本航空123便墜落事故)の年です。フライデーに入った途端、記者の名刺出しただけでキャーキャー言われて、まるで芸能人みたいに扱ってくれるから驚きました。どんな田舎に行ってもフライデーというだけで喜んで取材協力してくれたんですよ。ところが翌年12月のビートたけし事件以降は一転して取材がやりにくくなりました。みんなたけしの味方。それが庶民感覚だから仕方ないとは思いますけど、世間は身勝手すぎると思いましたよ。

カメラや録音機材、手帳や筆記用具の他に、取材に持っていく物はありますか?

フライデーに入った最初のころは数珠を必ず持っていってました。殺人事件ばかり取材していると精神のバランスが崩れそうで、心の拠り所を求めたんだと思います。まともな死じゃないですからね。殺された人の家族は、わんわん泣いている。遺族に会うのも加害者側の人間に会うのもつらくて、取材した日の夜はいつも泥酔です。酒でも飲まなきゃやってられないですよ。でも、なんだって慣れてしまうんだな。そのうち数珠は必要なくなりました。酒のほうは相変わらずだけど。

仕事を辞めたいと思ったことはありますか?

そんなのしょっちゅうです。人の不幸を扱う仕事じゃないですか。遺族の家に行って「写真ください」と言うのは、それは厳しいものがあります。でも、手に入れたときの喜びがデカい。それが記事になって写真週刊誌全盛のころなら何十万部も売れるわけじゃないですか。写真がなかなか手に入らないときに担当編集者の泣きそうな声聞くとさ、なんとかしねぇとなと思うよ。手に入ったときは、電話口で編集者が声を詰まらせることもありました。

テレビや新聞の記者と週刊誌の記者の性質は違いますか?

一番しつこいのは週刊誌の記者だと思います。フリーランスだから執念があって、諦めないし手抜きもしない。それは凄いです。写真捜すのだって、いまは犯人がFacebookなんかにわざわざ自分の写真を載せているけど、昔はFacebookどころかプリクラもデジカメもありません。現像したフィルムからプリントした写真を持っている関係者を洗っていくしかなかった。でも、「うちの子が生きていた証を載せてください」と言って、殺された子の大事な写真を貸してくれる親御さんもいました。「いい写真を載せてください」とお母さんが写真を出してくれる。そんなことが何度もありました。

そもそも今回、本に書いて残そうと思った動機はなんですか?

俺しか見てないことや、みんなが見て見ぬふりをしたことは、ちゃんと書いておこうと思いました。例えば、宮崎勤の部屋を撮影するとき、テレビカメラマンが「画作り」をしたこと。部屋には雑誌が散乱していたけれど、エロに直接結びつくものはなかった。それでカメラマンが性犯罪者の部屋の「いい画」を撮るために、他の雑誌の下にあった『若奥様のナマ下着』というエロ漫画を上に置いて撮影したんです。気持ちは理解できなくもないけど、やっちゃいけないことだよな。

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ビデオや雑誌が散乱する宮崎勤の部屋でテレビカメラマンは「画作り」をした Photo by 小林俊之

逆に書かないでおこうと思ったことはなんですか?

自分の主観はなるべく書かないようにしました。容疑者や被害者の家族がもし読んだら、その人たちを傷つけてしまうんじゃないかと思って。事件で、まず想うのは家族の姿なんだよな。

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記者会見で泣き崩れる加藤智大(秋葉原通り魔事件)の母親 Photo by 小林俊之

小林さんは相手が殺人犯でも、その人の人生を否定していない気がします。

自分では気がつかなかったけど、言われてみればそうですね。否定はしてなかったです。事件記者を30年やりながら、なんでこの人、こうやって人を殺してしまうんだろうと、いつも思っていました。答えは出ないけど。奈良小1女児殺害事件の小林薫だって、10歳の彼が、弟(三男)が生まれたときに書いた詩を読むと、どうして……という言葉しかないんです。だけど俺は犯罪学者じゃないから答えを見出せない。

母親が難産で亡くなり、生まれてきた弟に捧げた小林薫の詩。〈おまえが生まれたときに出血多量で死んだ。おまえはお母さんの身がわりだから大切に育ててやる〉という。この本でその詩を読んで、小林薫に対する見方が少し変わりました。

「子供と奥さんのどっちをとるか」と産婦人科医に聞かれて、父親は子供を選んだそうです。それを取材で教えてくれた近所のおばさんは「子供はいつでも作れるじゃないですか」と父親のことを咎めるように言う。これまた酷い話だけど、言われてみればそうなんです。でもそれ以上は書けませんでした。しょせん事件記者だから、踏み込んじゃいけないと思うしね。

死について書くのと同様に、生まれてくることについて書くのも難しいかもしれないですね、とくに今回のような本では。

こんなこと言うのは抵抗があるけど、宅間守に関しては、もって生まれたものが影響している気がします。オヤジの奥さんはお腹に守ができたとき、「お父さん、この子を産みとうない。あかんねん」と言った。それをオヤジが頼み込んだから守はこの世に生を受けました。オヤジは俺の前で口には出しませんでしたが、無理に産ませた苦悩があるようでした。科学で解明されていないし断定できないけど、奥さんにはメスとしての生物的な勘のようなものがあったのかもしれない。厳しい話です。

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産まれたばかりの宅間守を抱く父親の写真

出版後、この本に出てくる人たちから何か反応はありましたか? 例えば、宅間守の父親とか。

本を送って電話したら留守電でした。事件後いろいろあって、オヤジは電話をナンバーディスプレイに変えたんです。だから俺からの電話だとわかっているはずだけど、出なかったし返信もなかった。でも、オヤジの気持ちを考えたらさ……よくぞ書いたとも言えないでしょう。それっきり電話していません。

八木と女たちはどうですか?

本は送りました。拘置所の八木さんからも武まゆみからもリアクションはありません。カレンはフィリピンからメールをくれました。「小林さん、出版おめでとうございます。今度は私の番です」と書いてありましたよ(笑)。

小林俊之
1953年生まれ、北海道出身。30歳を機に脱サラし、週刊誌記者となる。写真週刊誌全盛期のフライデー(講談社)で活躍。現在も殺人事件を中心に取材・執筆する他、帝銀事件平沢貞通の再審請求活動に長年関わっている。

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『前略、殺人者たち 週刊誌事件記者の取材ノート』
小林俊之(ミリオン出版)定価:本体1500円+税
収録されている事件/大阪教育大附属池田小事件、秋葉原通り魔事件、松山ホステス殺人事件、東京・埼玉連続幼女殺害事件、奈良小1女児殺害事件、本庄保険金殺人事件、愛知・新城JC資産家殺害事件、首都圏連続不審死事件、熊谷男女4人拉致殺傷事件、帝銀事件、奈良母姉殺傷事件