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パキスタンの歪んだ日常 ② 新生児死亡率世界一の汚名を晴らすために

パキスタンで、大手多国籍企業が起こした粉ミルクによる乳幼児死亡事件。この衝撃の実話を元にした映画『汚れたミルク あるセールスマンの告発』が、日本で世界初公開される。この映画をより理解するためのシリーズ〈パキスタンの歪んだ日常〉。民族、宗教、貧困、政局、紛争、人口過多など様々な問題を抱える国をレポートする。第2回。

1997年、パキスタンで、大手多国籍企業が起こした粉ミルクによる乳幼児死亡事件。この衝撃の実話を元にした映画が、『汚れたミルク あるセールスマンの告発』(監督:タニス・ダノヴィッチ)だ。この作品は、巨大企業とひとりのサラリーマンの闘いを描きながら、同時にパキスタンの歪みも浮き彫りにする。

日本での公開が世界初となる本作品、今のところ、日本以外での上映予定はない。

『汚れたミルク あるセールスマンの告発』をより理解するためのシリーズ〈パキスタンの歪んだ日常〉。以下、第2回。

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2017年1月以来、パキスタンの農村部に住む妊婦たちは、あるボイスメッセージ・サービスを利用できるようになった。このサービスが提供するのは簡単なヘルスケア情報で、鉄分の摂取、特定のワクチン接種などを利用者に勧めている。

数えきれないほどの端末やアプリが利用可能で、洗練されたサービスを享受している先進国の妊婦にとって、このサービスに、全く新鮮さを感じないだろう。しかし、パキスタンの妊婦にとっては貴重なサービスだ。2014年に報告されたセーブ・ザ・チルドレンの調査結果によると、同国における死産数、生後24時間以内に死亡する新生児数は、1000件中40.6件と世界有数の記録。ちなみに、カナダの出産当日の死亡は、1000件中約2.5件である。

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〈アミ〉(Ammi:ウルドゥー語で「ママ」を意味する)というヘルスケア・サービスは、出産予定日の情報を登録するだけでスタートする。週に数回、サービスを利用する妊婦は電話を受け、ヘルスケアについて事前に録音された1〜2分のボイス・メッセージで情報を得る。このサービスは、妊娠から出産後1年のあいだ利用可能だ。

〈アミ〉は、2015年11月、トロントのアガ・カーン博物館で開催されたパカソン(Pakathon)のグローバル・ファイナルで発表されたアイデアだ。パカソンとは、パキスタンの諸問題に取り組むテクノロジー開発を目的としたハッカソン* で、このグローバルファイナルには、世界中から15チームが参加した。参加チームのひとつ、23歳のカーミル・シャフィーク(Kamil Shafiq)と29歳のイスラー・ナシール(Israa Nasir)のコンビが発表したアイデア〈アミ〉が最優秀賞を受賞した。

シャフィークとナシールはパキスタンのラホールに移住し、4ヶ月後にパキスタンのスタートアップ・インキュベーターである〈Invest2Innovate:I2I〉の協力を得てアミを立ち上げた。そしてI2Iを介し、英国国際開発省から1万6千カナダドル(約136万円)強の助成金も獲得した。

「一般的な健康情報にアクセスできない人々へのサービス提供が主な目的です」とナシールは語る。

アミの創業者たちによると、この種のサービスの成功例は世界中にいくらでもあるのに、パキスタンにはまだないという。「このようなサービスは、パキスタン社会に浸透していません。文化的障害を取り除くのが私たちの使命です」とシャフィークは説明する。

例えば、とある女性が妊娠期間中に予想される、胸の痛みなど、身体の変調についてのメッセージを受け取るとする。しかし、「上半身」もしくはより繊細に「胸」を表現しなければ、パキスタンの農村部で生活する利用者には通じない。

パキスタン国民の大勢は、信頼に足るヘルスケア情報が得られない。2013年の調査では、パキスタンの全所帯のうち87%が携帯電話を所有しているのがわかった。女性ひとりひとりが携帯電話を所有しているのではなく、ひと家族にひとつしか電話がない可能性もあるので、〈アミ〉はファミリー用サービス商品として販売されている。「実際、最初にメッセージを見るのは男性で、その後、妻や家族に情報が伝わるケースが多いのです」とシャフィーク。

農村部向けにサービスを展開するのに、識字率の低さも大きな障害になる。ユネスコの調査によるパキスタンの識字率は、15〜24歳の男性で80%、同年齢層の女性で67%。結果から明らかな通り、情報を伝えるためにはテキストメッセージだけでなく、ボイスメッセージも不可欠だ。

慈善事業ではない〈アミ〉は、一部のサービスだけを無料で利用可能にしている。サブスクリプション方式で、ユーザーの小額負担により収支を合わせるビジネスだ。取材当時、共同創設者は、ユーザーが負担する費用の詳細は明かさなかったが、ひと月あたり約15カナダセント(約13円)、あるいは妊娠期間9ヶ月で1ドル弱(約85円)を目指しているようだ。

〈アミ〉によるデータ収集が別の収益に結びつく可能性もある。「パキスタン全土の60%以上が農村部なので、現地のデータがほとんどありません。もし、膨大な数の電話番号、住所が私たちのサービスで集まれば、多くの企業がオムツや低価格出産キットなどのセールスに利用したがるはずです」とシャフィーク。

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消費者は、情報がこのように利用されるとは知らないだろう。

データを利用すれば、見過ごされがちなコミュニティも、ヘルスケアにアクセス可能になる。政府が病院建設地を検討するのにも利用できる。「ヘルスケアのインフラに情報を与えるうえでもデータを活用できます。パキスタン国民の大勢が基本的なヘルスケア制度の枠外にいます。データによってそれを確認できるのです」とナシールは語る。

2015年のパカソン・グローバルファイナルの審査員を務めたI2Iの創設者兼CEOであるカルスーム・ラカニ(Kalsoom Lakhani)は、「〈アミ〉の強みは、いちから開発するのでなく、既存のモデルを利用してパキスタン仕様に改変できることだ」と語る。同様のサービスを提供する米国の官民連携イニシアチブ〈The Mobile Alliance for Maternal Action (MAMA)〉は、携帯電話を利用して、開発途上国の妊婦にヘルスケア・メッセージを届けている。

実際、〈アミ〉が提供を予定している情報は、部分的にMAMAの情報でもある。「パンジャーブ州府が作成した、〔MAMAの情報を利用した〕統一ガイドラインを各地の病院で利用できます。ガイドラインを尊重し、他にもたくさんあるリソースと結びつけ、パキスタン国民に包括的なヘルスケア関連情報を届けるための礎を築きたい」とナシール。

MAMAは、バングラデシュ、インド、ナイジェリア、南アフリカのプログラムを支援し、750万人以上の女性、多くの家族にヘルスケア情報を提供した。MAMAが提供したメッセージは、合計で54ヵ国以上、160以上の機関で利用されており、実際に役立っている。MAMAによると、この結果、「母乳による育児」「クリニックでの分娩」「出産前後のヘルスケアのための通院」の割合が増加している。

2013年、南アフリカでこのサービスがスタートすると、2年間で50万人が利用した。南アフリカのユーザーは、妊娠中のヘルスケア情報とともに、〈HIV陽性の母親〉向けアドバイスも受け取っている。同国における妊婦の死亡原因の40%以上はHIV、エイズに関係しているからだ。

〈Zero Mothers Die〉という別のサービスでは、ガーナ、ガボン、マリ、ナイジェリア、ザンビア各地で、ユーザーに小型携帯電話を提供している。電話は無料、女性はこれを使って、健康的な妊娠についての情報をテキスト・メッセージで受け取っている。非常時に地元のヘルスケア・プロバイダーに電話できるよう、このサービスには、無料通話時間が含まれている。

アミのビジネスモデルは他国でも利用され、実証されている。パキスタンでの成功は、政府、通信企業、ヘルスケア・プロバイダーが、女性と子供のために協働できるか否かにかかっている。