初めての駅で降りる。初めての商店街を歩く。牛丼、ハンバーガー、ラーメン、フライドチキン、カレー、アイス、コーヒー、弁当、焼肉、リカーショップ、レンタルDVD、カラオケ、ドラッグストア、マッサージ、100均、1000円カット、本屋、家電量販店、そしてコンビニ。おなじみのチェーン店があるとホッとする。その数で街の優劣をつけてしまう。おなじみが見当たらなければ、〈なにも無い街〉と決めつけてしまう。ああ、そんな基準で街を評価している自分がいる。

気がつけば、どこも似たり寄ったりの街並みになった。店は増えるけど、そこには目新しさ、物珍しさしか存在しない。街と歩んできた時間なんてどこにもない。〈街は生きている〉というけれど、ベタなロゴが増え続ける状況が、〈生きている〉ってことなのだろうか。

いや、違う。それは私たちが、オギャーしたときの街と仲良くしていないだけ。ベタロゴ店に甘えているだけなのだ。時代のシステムに対応しながらも、束の間の時流なんぞには惑わされず、そのときのアイデアとパワーで、街を生きるタフネスな人たちこそが、〈生きている街〉をつくってきた、そしてつくっているのだ。そこを忘れてはいけない。

地域に根ざし、地域のみんなに愛される強靭なお店に入ってみよう。そして、現在も街と共に生きている人に会ってみよう。

東京都渋谷区笹塚。同じ渋谷であっても、タワークレーンだらけの再開発工事とロスト・イン・トランスレーション溢れるスクランブル交差点、そして「バーニラ、バニラ、バーニラ求人!」が鳴り響く渋谷駅前とは違い、実にほのぼのとした時間が流れる街。スウェット率、ママチャリ率、おじいちゃん・おばあちゃん率も高く、真上には筋骨隆々な首都高新宿線、その下には、慎ましく連れ添う甲州街道が延びる。秋にはRCを歌いながら、自転車を漕いだ諸兄もたくさんいらっしゃるハズだ。

「最初はタバコ屋だったんです。店先にある自販機は、その名残ですよ」

そう語るのは、株式会社あきもと代表取締役社長の秋元浩氏。笹塚十号通り商店街に店を構える〈あきもとでんき〉の3代目だ。

「昭和5年創業なので、うちは戦前からやっています。この辺は、江戸城外でしたし、参道でもなかったんですけど、戦後、自然発生的に店が並び始めたそうです。京王線も砂利を運んでいたんですよ」

その後、鍋、釜、荒物などの日用雑貨品から、少しずつ電化製品を置き始め、現在の電気屋さんになったのは1980年。まさしくエレクトロニクス大国ジャパンが黄金期を迎えていた頃だ。日本のテレビ局はステレオ放送をスタートさせ、それに対応した多機能テレビが爆発的にヒットしていた。さらにビデオデッキ、ビデオカメラ、ラジカセ、コンポ、レーザーディスク・プレイヤー、CDプレイヤー、ファミコン、留守番電話、電子手帳、紙パック掃除機、そしてウォシュレットなどなど、最新メカが家庭にも普及。バブル景気も相俟って、日本はどんどんブレードランナー化していった。

「私は子供だったのでよく知りませんが、儲かると思ったから、本格的に電気屋になったんでしょうね。量販店もまだありませんでしたし。まぁ、もうちょっと早くからやっていれば、東京オリンピック景気で、もっと儲かったかもしれませんが(笑)」

いわゆる〈町の電器屋さん〉の看板には、〈東芝〉、〈ソニー〉、〈サンヨー〉、〈シャープ〉、〈三菱〉、〈ナショナル a.k.a. パナソニック〉など、家電メーカー1社のロゴが、デカデカと輝いている。それぞれメーカーの系列店として、同製品を扱うのが普通であったし、現在もそれを続けているお店もある。店先のナショナル坊や、懐かしいな。

「うちは〈日立のお店〉でした。ですから、置いていたのは日立関連のモノばかり。オーディオだったら、日立のブランド〈Lo-D(ローディ)〉でしたし、カセットテープも〈maxell(マクセル)〉だけ。私も子供ながらに『どうしてパイオニアとかヤマハを置いていないんだろう?』『ソニーのテープが欲しい』なんて思っていましたね。しかし、父の代から、他メーカーさんの商品も少しずつ並ぶようになり、現在は様々な商品を扱っております」

笹塚小、笹塚中というエリート笹塚コースを経て、國學院久我山高校では甲子園を目指し、國學院大学進学後は、卒業に5年かける「バカ息子だった(笑)」という秋元氏。1度は就職したものの、結婚、そしてお父さまの体調を考慮して、1995年に〈あきもとでんき〉の3代目に就任した。

「父のおかげで、店は大きくなり、このビルを建てることもできました。私が学生の頃までは、普通にやれていたようなので、なんとかなるんじゃないかと思っていたんです。でもやっぱり甘かったですね(笑)。ヤマダさん、コジマさんなどの量販店も出てきて、チラシも大量に配られて。価格破壊といいますか、安売り競争みたいな状況になりました。そこで、我々には、各店で共同仕入をする団体があるんですけど、いくつかのお店と一緒に、量販店に負けない目玉商品だらけのチラシを作成しました。もちろん、目玉商品だけでは利益は出ません。でもその前にお客さんに来てもらわなくては、なにも始まらない。ご来店いただいてから、あとはこちらの営業力で、目玉より1ランク上の商品を薦めたり、もう1点買っていただいたり、そんな感じで、当時は騙し騙し凌いでいました。でも限界はすぐに来ましたね。インターネットの時代も来ましたから」

チラシをきっかけに自宅で検索されてしまう。せっかく来店されても、目玉商品の目の前で検索できてしまう。更に家電のほとんどは、返品できない買取制。支払いサイクルは、月末締めの翌月10日払い。ということは、4月に仕入れた商品は、5月10日に支払わなくてはならない。これは相当厳しい。安売りで売れに売れても、利益を出さなければ店として成り立たないし、それ以前に生活もできなくなる。このような状況に加え、高齢化による跡継ぎ不足などもあり、1982年に全国4万軒を越えていた街の電気屋さんは、現在では2万軒を下回るという。「このままではムリ」と考えた秋元氏は、〈あきもとでんき〉の方向性を変えた。

「少々値段が高くてもいいから、地域密着に徹しようと。実際に、ここ笹塚でずっとやっているのは、嘘偽りない事実ですから」

そんな話に差し掛かったとき、ひとりのおばあさんが来店された。探していたのは、洗濯機に取り付ける糸くずフィルター。

「電話番号を教えてください」

おばあさんから聞いた番号をパソコンに入力した秋元氏は、こう続けた。

「2丁目の吉田さんね。パナソニックの2006年型か。在庫ないので取り寄せます。3日後には入りますよ」

渋谷・新宿の量販店まで行くのは大変、インターネットなんてやっていない、型番を調べるにも洗濯機のどこを見たらいいのかわからない、そんなお客さんのために、〈あきもとでんき〉は、20年ほど前から、地域のお客さん情報をデータ化している。おばあさんの生活のなかに〈あきもとでんき〉は、当たり前のように存在しているのだ。

「それにこのデータがあれば、セールスもできます。『おばあさんとこの冷蔵庫、もうかなり古いね。そろそろ替え時じゃない?』なんてね(笑)」

冷蔵庫を例にするならば、このようなパターンもあるという。あるお客さんが量販店で冷蔵庫を購入した。ワクワクしながら自宅で冷蔵庫の到着を待っていた。真ん中野菜室、お肉お刺身新鮮保存、ガリガリ君100本冷凍可能のブツを家族で楽しみにしていた。しかし、これが部屋まで辿り着かない。エレベーターに入らない。階段もかわせない。玄関まではなんとかなったけど、今度は廊下が狭くてキッチンまで無理。クレーン車が必要。そして別途見積もり。高い買い物が、更に高くなってしまう。想像と違う。結局キャンセル。

「そんな状況に困って、うちに来る方も多いです。この店からだったら、私が下見に行けますから。ご購入前にお宅にお邪魔し、冷蔵庫が入るかどうか確認します。確かに冷蔵庫の値段は量販店より高いかもしれませんが、搬入費はかからないし、間違いなく設置できる。ご年齢に関係なく、こういったご要望は増えているんです」

ド平日のお昼でありながら、このインタビュー中にも、お客さんはひっきりなしに来店していた。電球、電池、蛍光灯、コピー用紙などなど、すべてみんなの生活に必要なものばかり。プライム会員にならなくても、お急ぎ便を選択しなくても、どれもすぐに手に入る。「テレビが映らない」となれば、アフターケアもバッチリ。家まで来てくれる。

「商店街の飲食店などにもうかがいます。グリルの調子が悪かったら、その日の営業に影響が出てしまうじゃないですか。メーカーさんに依頼すると時間がかかってしまうので、そんなときこそ〈街の電気屋〉ですよね。完全に壊れていたら、うちの商品を薦めることもできますし(笑)」

とはいえ、量販店に比べると在庫も少ないし、頻繁に大型家電が回転している様子もない。コピー用紙と電池と糸くずフィルターだけでは、経営は成り立たない。従業員4人を抱える〈あきもとでんき〉の主力商品とは。

「パッと来られて、30万の冷蔵庫を買うお客さんは、もちろんいらっしゃいません。でも、うちの生命線は、エアコンと照明なんです。賃貸アパート、マンション経営をされている地主さんが、部屋の入れ替わりの時期に依頼されるんです。換気扇の付け替えなどもありますしね。更にエアコンに関していえば、私も含め、スタッフそれぞれが第二種電気工事士の資格を持っていますので、こちらで取り付けから工事もやっています。夏は忙しいですよ。『エアコン効かない。死んじゃう。すぐ来て!』そんな電話だらけになります(笑)」

地元あってこそ成り立つ〈あきもとでんき〉であるが、その逆も然り。〈あきもとでんき〉なしに笹塚は成り立たないのだ。洗濯クズに困るおばあちゃん、蛍光灯の種類がわからないおじいちゃん、冷蔵庫サイズに疲弊するヤングファミリー、魚を焼けなくなった定食屋、みんな〈あきもとでんき〉を頼りにしている。また秋元氏は、笹塚十号通り商店街の理事長でもある。この街の環境美化、防犯、教育にも積極的に活動しており、特にご高齢のみなさんのサポートには、時間と労力を惜しまない。それは、昭和のテレビドラマなどで見かけた〈御用聞き〉に近い。サザエさんの三平さん、サブちゃんみたいに、秋元氏は笹塚中を駆け回っているのだ。

「データがあるから、この地域に住むおじいさん、おばあさんを把握できていますし、ひとり暮らしの方も、訪問すれば、どんな生活をされているのかわかります。この前に蛍光灯を替えたのに、また依頼があったらおかしいと感じますし、なにかあったら地域包括支援センターにも連絡できます。うちの商店街には〈思いやり手形〉という取り組みもあるんですよ。65歳以上の方なら誰でも加入できるのですが、お名前とお住まい、緊急連絡先、係り付けの病院などを記載した手形…カードなんですけど、これを常に持参してもらう。そうすれば、いつでもどこでも助けられるんです。やはり、街全体で、おじいさん、おばあさんを見守らなければなりませんからね。店としては、介護用品なども充実させ、もっとご高齢の方が住みやすい街にしていきたいです。御用聞きに行けば、そこの家電情報も手に入れられますし(笑)。私たちは、泥臭くやっていくだけです」

あきもとでんき
東京都渋谷区笹塚2-42-17 秋元ビル1F
営業時間:10:00~19:30 定休日:水曜
TEL:03-3377-7171

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地域密着型タフネスショップ・ガイド①:おもちゃのマミー(自由が丘)