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私たちが食欲に抗えない理由

先進国で暮らす私たちは、食べ物に不自由しないはずなのに、満たされることはない。私たちがその仕組みを理解し、満足するにはどうすればいいのだろう。ブラウン大学とボストン・カレッジで教鞭を執る神経科学者、レイチェル・ハーツ(Rachel Herz)博士に話を訊いた。

私は今、地元の店で買ったソルティ・オレオ・アイスクリーム1パイント(約470ml)カップの、最後のひと口を食べ終えたところだ。スプーン大盛り3杯で我慢するつもりだったが、結局完食してしまった。しかし、神経科学者、レイチェル・ハーツ(Rachel Herz)博士の著書『Why You Eat What You Eat』を読んだ今なら、我慢できるかもしれない。

ブラウン大学とボストン・カレッジで教鞭を執る博士の著書には、事実として立証されていない〈擬似事実〉が満載だ。例えば、「古代ローマ兵士の給料は塩で支払われていたことから、塩(salt)が給料(salary)の語源になった」。「半世紀前から信じられてきた舌の〈味覚地図〉は、ただの迷信」。「レストランの客は、ヘルシーだと思いこんだ料理を多めに食べる」。「人口の約2割を占める〈超味覚の持ち主(supertaster)〉は、苦味だけでなく、虫歯、病気、身体のいち部の損傷などにも不快感を覚えやすい」などなど。

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さらに、ハーツ博士は、私たちが食欲に抗えない理由も説明している。先進国で暮らす私たちは、食べ物に不自由しないはずなのに、満たされることはない。私たちがその仕組みを理解し、満足するにはどうすればいいのだろう。

§

著書によれば、私たちが欲してやまない脂質、糖質、塩分は、人間の生物学的進化の過程で必要になったそうですね。人間の脳の働きにおいて、この3つはどう活用されているんでしょうか?

脳の主なエネルギー源はブドウ糖です。脳は、生体活動のために、摂取カロリーの約2割を消費しています。ですから、試験など頭を使う作業の直前に糖質を摂取すれば、効率は上がります。糖質には認知機能を向上させる働きもあるんです。

糖質、塩分、脂質は、脳の活動以外にも不可欠です。炭水化物に多く含まれる糖質は、摂取後すぐにエネルギーに変わります。塩分は、身体に不可欠なタンパク源に多く含まれ、食欲を促す効果もあります。さらに神経と筋肉の働きを助け、体液のバランスを保ちます。塩分を充分に摂取しなければ、私たちは死んでしまいます。そして脂質は、様々な生理作用に必須です。現代社会でも高脂肪食品は欠かせませんが、良質な脂質を選ぶのが大切です。脂質を摂取すれば、他の主要栄養素より高いカロリーと満腹効果を得ることができます。例えば、無脂肪ヨーグルトより、高脂肪のヨーグルトを食べたほうが、満足感は大きいです。これは、脂質が空腹感を和らげるためです。つまり、脂質を摂れば食欲を抑えることができるんです。

脂質、糖質、塩分はある程度必要なんですね。ですが、現代社会において、私たちはこの3つを過剰摂取してしまいがちです。また、3つの成分を含む食べ物を欲する衝動には個人差がある気がしますが、その理由は?

確かに、特定の食べ物への欲求が強い人もいます。例えば、甘党は遺伝的に甘いものを好み、糖分を摂ることで幸福感を得たり上機嫌になるなど、プラスの影響を受けやすいんです。さらに、食べ物への欲求は、過去にも関係しています。例えば、私たちが塩気の多い食事をしていれば、塩味の濃いものを欲するようになります。特定の食べ物への欲求は、過去の経験によって決まるんです。

それ以外にも、心の状態、特にストレス、孤独、疎外感、失望、退屈などによって食への自制心を失うこともあります。生活環境の変化によって、脂質、糖質、塩分への欲求が高まる場合があるんです。これは、男女問わず、誰にでも起こりうることです。落ちこんだときに食べたくなる〈comfort food(食べると安心する料理:糖質の多い食べ物や故郷の味など)〉かどうかは、関係ありません。

アイスクリームでも何でもそうですが、最初のひと口が最後のひと口より美味しく感じられるのはなぜですか?

〈感覚特異性満腹〉が関係しています。アイスクリームの最初のひと口は〈新鮮〉なので、食感、風味、香りを余すことなく感じられます。ですが、私たちは、食べ進めるうちに、五感を刺激する特徴に慣れてしまい、ひと口目の喜びを感じられなくなります。この〈慣れ〉が生じるのは、私たちが満腹感を覚えるずっと前です。お腹が「もう充分」と訴える前に、精神的に新しい食べ物を欲するんです。ですから、感謝祭のように品数が多いと大変です。目の前に色んな料理が並んでいたら、私たちはひたすら食べ続けてしまいます。もし選択肢が七面鳥だけなら、食べる量はかなり減るでしょう。

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〈感覚特異性満腹〉は、ダイエットにも応用できます。仮に、あなたが大好物のペパロニ・ピザを、朝、昼、晩と毎回食べ続けたとします。すると、徐々に食べる量は減り、摂取カロリーも減るでしょう。でも、単調で退屈な食生活がしばらく続くと、「もうペパロニ・ピザは勘弁して!」と叫びたくなるはずです。つまり、同じものしか食べられなければ、体重は減ります。このダイエット法は、決して健康的ではありませんが、サーモン、ベイクドポテト、サヤインゲンなど、ヘルシーな食べ物ならばいいかもしれません。食事の選択肢が減れば、自ずと食べる量も減るんです。

著書でも指摘されていましたが、欲望のままに食べるさまを思い浮かべるだけで、〈精神的に疲弊し〉、食欲を抑えこむことができるのは意外でした。例えば、私がバッファローウィングを20個食べる想像をしたら、食べ過ぎを防げるんですよね?

そうです。ピザだろうとバッファローウィングだろうと、実際に同じものを食べ続けるのと違い、想像ならば味に飽きない、というメリットがあります。でも、「ピザひと切れの代わりに、15分間ピザを食べ続ける想像をしよう」とはならないはずです。毎日の食事で、そこまで自制するのは難しいでしょう。

さらに、欲求を抑えるには気力が必要です。自制心をコントロールするのは脳ですが、脳のエネルギー源はブドウ糖です。ですから、この〈想像エクササイズ〉は、他の作業に必要なエネルギーも消費してしまいます。もし、私が頭を使うプロジェクトの最中にお腹が空いて〈想像エクササイズ〉を試したとしたら、作業を続けられなくなるでしょう。

「製薬会社は、健康的な食習慣を促すために、ゼリーを不味く感じさせる薬や、ケールをキャンディ味に変える薬を開発している」ともありますが、このような研究によって、私たちの味覚は、どう変わるんでしょう?

例えば、薬を使って甘味、塩気、なめらかさを感知する口内の受容器の働きを阻害することもできます。また、大脳皮質の味覚野を刺激して甘味を苦味に変えるなど、好物を不味く感じさせたりもできます。この技術は、薬物依存症患者のドラッグへの欲求を制御する薬を応用したものです。特定の味を感知したときに、脳内で生成される快楽物質の分泌を、薬で阻止するんです。

ですが、こうした薬は、食べ物以外から得られる快楽も遮断してしまいます。これが目下の課題です。製薬会社は、特定の味による快楽のみを遮断する方法を模索していますが、今はまだ試験段階です。動物実験で薬の生理的影響を分析したとしても、臨床試験で望ましい結果が得られるとは限りません。

読者はこの本から何を学べばいいでしょうか?

〈何を、なぜ食べるか〉を意識して、本当の意味での食べる喜びを実感してほしい。それがこの本のメッセージです。食べる行為には、心身の状態、生活環境などが大きく関わっています。こう自問してみてください。「私が食べ物を意識していなかったのは、何かに操られていたから?」「オーガニック・クッキーを食べているのは、〈オーガニック〉製品を食べても太らない、と思いこんでいるから?」。ポテチをほおばるときは「これで本当に満足できる?」「早食いしてしまうのは、レストランのBGMがうるさくてテンポが速いから?」「普段より食べ過ぎてしまうのは、友達といっしょだから?」。食事中の心と身体の反応とその意味を理解するのが大切です。

私自身、食べることが大好きですし、どんなときも、みなさんに食を楽しんでほしい。重要なのは、食べ物を意識すること。アイスクリームを半カップ食べなくても、スプーン数杯で満足できる、と気づいてください。キャラメル、チョコレート、アーモンド、クリームばかり食べている、と自覚した瞬間に意識が変わります。「満足したから、これ以上食べなくてもいい」と欲求をコントロールできるはずです。