全身2200万円でできる
人体冷凍保存の最前線

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全身2200万円でできる 人体冷凍保存の最前線

クライオニクスは、未来における蘇生に望みをかけて、極低温で人体を保存する技術。アルコー延命財団の施設では、149もの人体、もしくは頭部を約マイナス200℃で保管している。更に1100人以上の希望者たちが冷凍保存の申し込みをしているという。

米国最大の〈クライオニクス:人体冷凍保存〉施設を運営するアルコー延命財団のオフィスの外観は、フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)が描くSF小説よりも、マイケル・スコット(Michael Scott)のドラマ『ジ・オフィス』に例えたほうがしっくりくる。そのオフィスがあるのは、古びた外観の商店街、ランチ・スタイルの家々、射撃場、夕日の先まで広く遠く伸びるコンクリートの高速道路、サボテンを背景にした、アリゾナ州スコッツデールの無機質でダークなオフィス街。しかし、同財団の施設で冷凍された遺体やペットに会うには、オフィスから砂漠に向かわなければならなかった。

クライオニクスは、未来における蘇生に望みをかけて、極低温で人体を保存する技術である。無信仰者にとってはイースターのまがいもののようなものだ。私は、自身を懐疑的な側の人間であると意識しながらアルコーのオフィスに向かった。医師の事務所と『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』の世界観を足したような銀色に輝く壁、そして現在冷凍保存されている人々の写真に囲まれながら、この非営利団体の職員9人はせわしなく、しかし笑顔を絶やさずに働いていた。アルコーでは、149もの人体、もしくは頭部を約マイナス200℃で保管している。そのなかには中国のSF作家や、タイ人の少女、そしてメジャーリーグの伝説的な打者テッド・ウィリアムズ(Ted Williams)が含まれている。しかし、世間で噂されているウォルト・ディズニー(Walt Disney)の遺体は保管していないらしい。アルコー財団はさらに規模を拡大させており、現在では1100人以上の〈クライオノーツ(cryonauts):冷凍保存希望者〉たちが申し込みをしているという。アルコーによると、そのうちの約4分の1はテクノロジー関係で働いており、多くが老齢に差しかかる前の40代で、遺体の冷凍保存を決断している。彼らは、身体を未来に〈再起動〉すべきマシンと捉えているのだ。

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アニメ『宇宙家族ジェットソン』に出てくる霊安室のようなイメージのプロジェクトだが、クライオニクスは本当に可能性がある技術なのだろうか?

1972年に妻のリンダ(Linda)とアルコー財団を創立したフレッド・チェンバーレン(Fred Chamberlain)も、貯蔵庫で冷凍保存されている.チームは、この脳のスキャン画像から、フレッドの記憶がそこなわれていない可能性があると考えている.All Photos by Mark Peterman.

クライオニクスは、多方面から容赦ない批判を浴び続けている。人体の冷凍保存にかんして、現在、フランスやカナダの一部などでは違法とされており、アルコー財団などの組織は、心が弱い人々に偽りの希望を与えていると指摘する声も多い。更に、以前からのメンバーを冷凍しておくために、新しいメンバーから集めた金を使うポンジ・スキームが成されているともいわれている。イギリスでは最近、14歳の亡くなった娘の意志を尊重し、母親が法廷で争い、冷凍保存が認められた。『MITテクノロジーレビュー』の記事では、神経科学者のマイケル・ヘンドリックス(Michael Hendricks)が、クライオニクスを〈ニセの科学〉と断言し、「この希望から利益を得ている人間は、怒りと軽蔑に値する」と批判した。2006年には、保存されているフリーザーが正常に動いておらず、両親が溶けているのを息子が発見する事件もあった。同じような気味の悪い〈保存の失敗〉は少なくとも1960年代から続いており、クライオニクス運動はいち時停滞していた。

しかし、1972年にアルコー財団を共同創立したリンダ・チェンバーレンにとって、クライオニクスの理念は〈解放をもたらす〉ものだという。彼女も死後の冷凍を予定しており、2012年にガンで亡くなった彼女の夫フレッドもすでにアルコーの貯蔵庫にいる。「何かが起こったとしても、もう一度チャンスがある。そんなすばらしい可能性があるのです」

チェンバーレンと夫フレッドは、1960年代後半にカリフォルニアで開催された初期のクライオニクスの学会で出会った。そして結婚生活46年のうち、少なくない時間をアルコーのレスキュー隊員として費やしてきた。遺体を運び、冷凍処置を施すチームだ。現在彼女はアルコーの特別プロジェクトマネジャーとしてパートタイムで働いている。「いちばん近くで、夫をみていられるの」。彼女はそう語った。

細身で小柄な身体ながら、意志の強い口調のチェンバーレンは、アルコーのオフィスに飾られているクライオニクスの歴史が書かれた長い年表の前に座り、こう言葉を続けた。「フレッドと私はずっと一緒にいようと計画を立てていたのです。私は再婚などするつもりはありません。私は絶対に、再び彼と一緒になります」

壁にかかった年表は、ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)が友人への手紙のなかに記した〈蘇生可能な方法で人体を保存させる考え〉を示した1773年から始まり、ロバート・エッチンガー(Robert Ettinger)が1964年に出版した著書『不死への展望(The Prospect of Immortality)』に触れながら、現在まで続いている。エッチンガーの著書は、現代のクライオニクス・ムーブメントの基礎を築いたと考えられている。しかしアルコーは、この刺激的な著書のタイトルが示しているような〈不死〉を約束してはいないと、イギリス出身の最高経営責任者、赤毛のマックス・モア(Max More)は語った。

現代に生きる私たちは、未来の子孫を個人的に知っているわけではないが、われわれの〈未来の友人〉(エッチンガーはこう呼んだ)は、「私たちよりももっと優れていて、もっと進んでいて、もっと賢いと信じるべき」というのがクライオニクスの考えだ。さらにその〈未来の友人〉たちは、世界に対する様々な探求心、そして最新技術も身につけているので、私たちを蘇生させてくれるだろう、と考えているわけだ。それはさながら映画『原始のマン』のセンチメンタルなバージョン、あるいはアニメ『フューチュラマ』の実写版という感じである。モアは、クライオノーツたちをカルト宗教のメンバーでもなければ、不当利得を得ているわけでも、奇人でもないと断言する。「誤解されているだけ、人間の可能性の限界に興味があるだけだ」と彼はいう。「私たちは第2の人生を歩むチャンスを提供しているのです」

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「誰も体験したくないですよ」。モアは死についてこう述べる。「自らの運命もコントロールできない状態で、液体窒素のタンクのなかに浮かぶなんて、まったく魅力的ではありませんが、それでも虫やバクテリアによって身体が蝕まれていくよりはだいぶマシです。巨大なオーブンで火葬されるよりもね」。しかし彼はこうも述べた。「チャンスですが、確実ではありません。テクノロジーの進歩は保証できません。ただ、その見込みは十分あります。クライオニクスは、物理学の法則に反していません。テクノロジーの進歩の問題です」

何を望むかによっても異なるが、アルコーの料金はかなり高額だ。全身を保存する料金は20万ドル(約2260万円)、頭部のみ(ニューロ:神経保存と呼ばれている)であれば8万ドル(約905万円)。また、ペットの冷凍保存も受け付けている。生命保険で代金を払えるが、アルコーが提供しているわけではない。モアによるとアルコーは、生命保険の紹介料は受け取っていないそうだ。料金のうち半分は患者のための信託基金(Patient Care Trust)に入れられ、アルコーの運営よりも長く持続するよう設定されている。また、未来の不明瞭な経済状況から冷凍保存者を守るという目的もある(とはいえ、解凍されたときに通貨がどうなっているかなんて、今の時点では誰にもわからない)。「金持ちだけのもの、と誤解されていますが、まったく違います」とモアは語る。「生命保険で支払いをすれば、毎日スターバックスでコーヒーを1杯飲むのと同じくらいの負担で済みます」

アルコー財団の最高経営責任者マックス・モア.クライオニクスの解凍処置は、今から50~150年後には「可能になっているはずだ」と語る.そして〈クライオノーツ〉たちは奇人ではなく、誤解をされているだけだという.

今回の訪問で、モアは処置室のようなところを案内してくれた。そして、コンビニエンスストアみたいに明るい電灯の下で、死を宣告された瞬間に、アルコーの代表者たちが進める遺体処置を、デモンストレートをしてくれた。彼の説明によると、アルコーは末期病患者が載った〈ウォッチリスト〉を用意しており、死後から冷凍までの時間を極力短くし、身体が受けるダメージを減らすよう努めているそうだ。レスキュー隊は請負契約で雇われた医師、従業員、ボランティアで組織されている。その多くのメンバーがスコッツデール在住だが、世界のどこにでも派遣される。「映画のような仮死状態は、まだ、実現していません」。実物大のゴム製人形がストレッチャーに横たわり、プラスチック製の氷のキューブに囲まれた様子を見ながらモアはいった。「まだ、ですけど」

ストレッチャーに横たえた遺体には、抗凝血剤や制酸剤など16~17種類もの液体が注入される。最初はまず麻酔剤のプロポフォールだ。処置に関しては、遺族、研究者のために、GoProで最初から最後まで記録される。事例研究として公開されたり、出版されたりする場合もある。

それは臨床的のようであっても、やはりどうもズレている感がぬぐえない。「世間がクライオニクスを〈普通〉と捉える日がくると考えているのか?」とモアに尋ねた。彼は、体外受精や臓器移植など、社会に組み込まれている近年の革新を、イノヴェーションの例として挙げ、それにより人々と医学界とのつながりができ、人体冷凍保存という考えの門戸が広がった、と説明する。

「私たちの活動は、ヘリコプターの羽根や飛行機械をデザインしたときのレオナルド・ダヴィンチ(Leonardo da Vinci)と同じです。当時の人々は、彼はアタマがおかしい、と信じていました。しかし、正しいのは彼のほうだった。ダヴィンチが飛行機をつくれなかったのは、その時代には道具や技術がなかったからです。理論は正しかったのです」とモア。「もしくは1960年、人類の月面着陸を考えてみてください。どうやって月面着陸をしようか? 大きなロケットもないし、生命維持装置もない。手がかりもありませんでした。しかし10年以内にそれを実現させたのです」

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いち度冷凍された身体が解凍されたらどうなるのだろう? もし蘇生させたら、人格はどれくらい残るのだろう? もし自分が冷凍され、その後解凍されたときに、ATMの暗証番号、愛する人たちと過ごした日々の思い出は、戻るのだろうか?

モアは、薄型モニターにフレッド・チェンバーレンの脳のスキャン画像を表示させ、そのアーモンド形の蛍光ピンク、紫、ブルーになった箇所を指してこういった。「彼の記憶は全て、完全な状態のままであると考えられます。全てここに残っています」

モアによると、クライオニクスにおける冷凍と解凍は〈実現可能〉だが、それがいつになるか予測するのは難しいという。おそらく50年から150年のうちだろうとモアは予想している。そして彼は、他の部屋を案内してくれた。そこでは、防弾ガラス製の天井まである筒形の入れ物が並ぶ様子が目に入ってきた。冷凍室だ。数十台の筒形容器に出迎えられた。それらはピカピカに輝き、反射しており、冷たく、触るとツルツルしている。現在アルコーが所有している施設では、1000体の遺体が保管できるそうだ。

各遺体は睡眠バッグのようなものに包まれ、アルミニウム製のポッドに入れられる。そして他の遺体3体とともに、筒のなかにすべり落ちるように格納される。さらに、中央の柱には5人分の頭部が格納されている。筒は「基本的に巨大で、非常に高価な魔法瓶だ」とモアは電気をつけた。壁は何重にもなっており、バックアップの発電装置が部屋を照らしているあいだ、モアは電源が動いていなくても、最低数週間は解凍の心配はない、と説明してくれた。

〈クライオノーツ〉と呼ばれる、アルコー延命財団のメンバーたちが約マイナス200℃の液体窒素のなかで保存されている.この写真のような、輝く金属製の筒が使われている.

私はアルコー内部のホールを歩きながら考えた。かつて読んだSF小説を想起させる出来事以上に、何よりその〈楽観主義〉が衝撃的だった。頭がおかしいようなアイデアだが、エッチンガーの時代のクライオニクスも、現代のクライオニクスも、文字どおり私たちが生きている今の世界よりも、よくなるに違いない未来をあてにしている。それは深遠な皮肉であり、そしてすべてが不確実な時代における希望的観測でしかない。しかし、論理的にも、科学的にも、物語としても、死についていろいろと考えてきた私だが、クライオニクスの〈楽観主義〉には、不思議にもひきつけられた。

冷凍室に立ち、金属壁の向こう側にいる冷凍された頭部や肉体に想いを馳せながら、私はモアに訊ねた。クライオノートになるのには将来に対する明るい期待をもつ必要があるのではないか、と。

「メンバー全員が楽天主義とはいえませんよ」。そうモアは答えた。「この世はいつか地獄のようになるだろう、と悲観しているメンバーだっています。ただ少なくとも、テクノロジーについては期待すべきです。物事は発展するだろうと信じるべきです。さもなくば、生き返れないのですからね。確かに私たちの多くが、普通よりも楽天的な傾向はあるでしょう。現代人は、長期的なヴィジョンを抱こうとすると視野狭窄に陥りますから」

「みんな、今の時代がどれだけ酷いか、嘆いてばかりです。『これまででいちばん最悪だ』と。でもそれはでたらめです。100年前に戻ってみてください。200年前でも、500年前でも、1000年前でも、1万年前でもいいです。当時の生活がどんなものだったか、想像してみてください。自分の財産も持てないような時代に戻りたいですか? 妻が夫の所有物であるような時代に戻りたいですか? あるいは奴隷がいた時代に? 鎮痛剤も防腐剤もない時代に? 子どもの4分の3が出産時に死亡してしまうような時代に? そんなの絶対にお断りです」

モアに、アルコー財団が定期刊行している『Cryonics』のバックナンバー数冊と、申し込み書類のセットをもらい、握手をして別れた。帰宅の途につきながらそれらを読んでいると、いくら未来が完璧ではないとはいえ、長い目で物事を考え、何なら第1の人生の終わりのその先まで考えるのは、今のような沈鬱した時代において、ある種より生産的な考え方なのかもしれない、と感じた。その選択の結果が人体冷凍保存であろうと、そうでなかろうと。