映画『にくのひと』監督・満若勇咲が追う現代の部落差別①

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映画『にくのひと』監督・満若勇咲が追う現代の部落差別①

長野市で発生し、長年にわたってある一家を苦しめている隣人部落差別事件。2007年に20歳で兵庫県加古川市の屠場を舞台にドキュメンタリー映画『にくのひと』を撮った満若勇咲が、この事件をテキストと動画でレポート。満若のインタビューと合わせ、公開する。

日本に住んでいるわれわれが歴史を通して抱え、いまだ克服できていない闇、部落差別。今回は長野市で発生し、長年ある一家を苦しめている隣人部落差別事件をとりあげる。2007年に20歳で兵庫県加古川市の屠場を舞台にドキュメンタリー映画『にくのひと』を撮った満若勇咲が、この事件をテキストと動画でレポート。満若へのインタビューと合わせ、ここに公開する。

被害者Tさんの夫になりすまし近隣に配布された怪文書

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長野県隣人部落差別事件レポート

Text by 満若勇咲

長野県に住むある家族が近隣トラブルに巻き込まれ、7年に渡って悩まされている。隣人の嫌がらせに耐え続けるなかで、事態は部落差別事件へと発展した。
〈部落〉。果たしてこの言葉を聞いてピンとくる人はどれだけいるだろうか? これまでの反差別運動や人権意識の高まりにより、20〜30年前と比べれば、目に見える直接的な差別事件は減少しており、法務局の人権侵犯事件の救済手続き件数も減少傾向にある。苛烈な部落差別があったのはもう昔のことだ、という認識が多くの人々の肌感覚だろう。
しかし、いまだに根強い結婚差別、ネットにおける悪質な書き込みの深刻化など部落差別は残念ながら現存し、そのため2016年末に国や地方公共団体の責務などを明記した部落差別解消推進法が成立している。この事件はその部落差別の一事例である。

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事件の経緯
人口38万人、善光寺の門前町として有名な長野県長野市。夫と息子の3人で市内に暮らしているTさんは、向かいに住んでいる隣人K(妻との2人暮らし)によって2011年春ごろから嫌がらせを受けている。
きっかけはタクシー運転手の夫が昼食の弁当を取りに戻った際、自宅前に車を停車させたことだ。「そこは市道だぞ! 私用に使うな!」と騒ぎ写真を撮りはじめたKに困ったTさんは警察に通報。それを恨んだKは以後、つきまとい、待ち伏せ、「キチガイ!」などの罵声を浴びせるなどの嫌がらせを続けている。

KがTさんの町内に越してきたのはその前年2010年。当時から、その言動を問題視する声もあった。実は、Tさんの事件以前に別の隣人をターゲットにして、玄関ドアの破壊や暴言を吐いていた。自分が巻き込まれるのを怖れ、やがて近隣住民はKのTさんに対する迷惑行為に対して口をつぐむようになった。
そして2014年。Kは突如として、Tさんに対し連日連夜「チョーリッポ」「ヨツ」「部落民」などと部落差別発言をするようになり、近隣トラブルから部落差別事件へとエスカレートする。

ベランダからTさん宅に向かって差別発言を繰り返すK

実はTさんの両親は被差別部落出身者だった。しかし、Tさん自身は事件が起きるまで差別らしい差別を受けたことがなく、〈部落〉を他人事のように考えていた。そして、それまでTさんのルーツを知るのは周囲では夫だけだった。

2015年には「私、○○は一般人ではありません。私達は特別な人(部)です。長年隠していました。申し訳ございません。今迄通りよろしくお願い致します」とTさんの夫の名でなりすました文書が近隣住民に配布される事件が起きた。この件にKが関わっているという確実な証拠はない。しかし、Kが差別発言を始めて以降に撒かれた文書であるので、TさんがKの関与を疑うのは自然の流れだ。
さらに行政の対応も問題だった。Tさんは市の人権同和政策課(当時)に相談に行くも、対応が遅く、結局自ら文書を回収することになった。Tさんが回収した文書は40枚以上にのぼる。また法務局と警察にも回収した文書を提出したが、何も進展はなかった。

Tさんの夫になりすました怪文書。K宅の鍵を壊した、深夜まで騒いだなど、まるでKが被害者のような内容

2015年末、Kは路上でTさんに殴る蹴るの暴行を加え、逮捕された。Kには懲役6カ月、執行猶予3年の判決が言い渡された。保護観察付執行猶予の身になったKは、つきまといなどを禁止する特別遵守事項(事件の内容や事件に至った経緯等を踏まえ,個人の問題性に合わせて付けられるルール)が通知されたため、誰もが事件の終焉を期待していた。しかし、自宅に戻った1カ月後、Kは嫌がらせと差別発言を再開。Tさんは保護観察所にKの行為を連絡したが、なぜか執行猶予が取り消されることはなかった。Tさんは、睡眠薬が手放せないほど精神的に追い詰められながらも、いつか裁判で役に立つだろうと、Tさん自身を侮辱し続けるKの行為を記録し続けている。

近隣トラブルとしての側面
当初は近隣トラブルから始まったこの事件。もしこの時点で解決できていれば、ここまで事態は深刻化しなかったかもしれない。日本法規情報の調査によると、日本全国で5割近い人が近隣トラブルを経験しているという。極端なケースでは殺人事件にまで発展する場合もあり、近隣トラブルの解決は一般的に難しいとされている。
2016年、ストーカー規制法に基づいて、39の都道府県が迷惑防止条例を改正した。この条文では〈つきまとい〉〈いちじるしく乱暴な言動〉〈名誉を害する事項をつげ、又はその知りうる状態に置くこと〉などが盛り込まれ、罰則規定もある。Kの行為は明らかに条例違反となる事例であろう。しかし長野県ではいまだ改正されていない。
警察や行政は、Kの暴言や差別発言などの人権侵害に対して、現行法では何ら対処できない状態だ。

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部落問題としての側面
長野県の行政が把握している限りでは今年度で2件、昨年度で3件の部落差別事件が県内で起きている。Tさんを支援しているNPO法人・人権センターながの代表、高橋典男さんは「部落差別の相談はいまだ多く、公表はできないんですが、報告に上がらないだけで相当数の事件が長野で起きています。まだまだ部落差別が根強いんですよ」と、あくまでも行政の報告は氷山の一角でしかないと語った。そんななかで起きた今回の事件から、部落問題の今日的な一面が垣間見える。

前述した通り、Tさんの出自を知っているのは周囲では夫しかいなかった。では、KはTさんのルーツをどこで知ったのか?
高橋さんは次のように推測する「地域の人は旧姓と出生地で大体のルーツがわかるんですよ。おそらくKもどこかでTさんの情報を聞いたんでしょう。逆に、部落の人よりその周囲の人のほうが、どこが部落なのかって知っていたりするんですよね」。

Tさんにとって〈部落出身者〉はあくまで、両親のことであり、自分とは関係ないものとして捉えていた。しかし、Tさんが生まれ育った場所は部落出身者が集まっていたという理由で、一部の人から〈部落〉としてみなされているという。この〈みなされる差別〉が現在における部落問題の特徴のひとつだ。なんらかの形で〈部落〉に関わりがあるというだけで、部落差別される可能性があるのだ。現にKは部落出身者ではないTさんの夫も〈部落民〉と罵っている。

Kの行為によって「内臓が掻きまわされるような気分」だったとTさんは語った。いまでも自身が〈部落出身者〉だと認識することについて違和感を感じているという。現在、部落の外で暮らす人々や、新たに部落にやってくる人など、その関わり方も多様になっている。〈みなされる差別〉はそのすべてを〈部落出身者〉と見なす。〈部落〉か〈部落ではない〉かという二元論に当事者の選択肢はない。しかし〈部落出身〉という表現は、Tさん自身の曖昧な出自への感覚を 捉えきれていない。そこで、本人と相談した結果〈部落をルーツにもつ〉という表現に落ち着いた。
今後〈親が部落出身者〉〈祖父が部落出身者〉など、新たな世代が生まれてくる。Tさんのように差別によってルーツと向き合う可能性はまだ十分にある。私たちはきちんと、当然のように部落をルーツとして受け止めて〈部落をルーツにもつ〉ことを一般的なものにしなければならない。

この事件の被害者Tさん。自宅にて

最新の事情
2018年2月現在、取材当時から状況は大きく変わった。昨年12月、Kが窃盗で逮捕されたのだ。現在、裁判中でKは県外の病院に入退院を繰り返している。しかし、Tさんの現状はあまり芳しくはない。昨年12月に受理された名誉毀損の刑事告訴は結局不起訴。
高橋さんは「以前、警察官に証拠(Tさんが記録した映像と音声)の公然性(不特定多数の目撃者がいる)が低いと言われたことがある。だから今回も不起訴だったのでは。ただ、あれだけ明確な映像が残っているにも関わらず公然性がないとは考えにくいのですが──」と憤りを感じている。やれることは全てやろうとTさんは検察審査会に申し立てを行なった。さらに現在、民事での損害賠償請求で提訴、裁判が始まったばかりだ。
「おそらくこのまま行けば、傷害のほうで執行猶予が取り消されるだろうが、病院に通院という形になるだろう。人権侵害に対してあまりにも法的、行政的に無力すぎる」と高橋さんは語った。
また、部落差別解消推進法はあくまで〈差別をなくす努力をする〉という理念だ。この事件はTさんだけでなく、部落問題の直面している当事者にとっても、当事者救済の手立てがないという問題を浮き彫りにしている。

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いまは一時的な平穏が訪れているが、Kの行為が再開しない保証はどこにもない。Kを止める手段の確立、そして、同時にKの動機を解明しない限り、同じような事件が繰り返し発生し、先の見えない状況に陥るだろう。もしKの行為が再開したらTさんはまた耐え忍ぶ日々を送らなくてはならない。この事件はまだ解決してない。

取材者・満若勇咲インタビュー

Interview & Text by 浅原裕久

この長野市の事件を取材するに至った経緯を聞かせてください。隣人から部落差別を受けているTさんと出会うまでの流れを。

僕は自分が撮った『にくのひと』(07)が上映できなくなったので、部落問題を扱った作品に再び挑戦したいと考えていました。そんなときに「全国部落調査」復刻版出版事件が起こったんです。全国の部落が詳細に記された「全国部落調査」という戦前の古い資料を東京の大学の図書館で見つけた男(宮部龍彦/鳥取ループ)がいて、彼がインターネット上にその地名を全部アップしました。「同和地区Wiki」と呼ばれるサイトです。さらに「全国部落調査」を書籍化して販売しようとする動きが2016年にあり、それに対して部落解放同盟がこれの出版差し止めを求める裁判を起こしたのが「全国部落調査」復刻版出版事件で、いまも係争中です。これを取材してみようと、去年(2017)の頭ぐらいから動きはじめたんです。ただ、裁判だけを取材しても映像作品として成立させるのは難しいので、それを軸としながら部落問題のいまを見つけていくような作品にしたいと考えました。僕自身、差別事象については資料で読む程度で、見たことも聞いたこともなかったので、実感がありませんでした。それで、何か事件が起きていたら取材したいので紹介してくれないかと解放同盟に相談したんです。

部落解放同盟は大きな組織ですけど、誰に相談しましたか?

まずは裁判の取材をしたいと中央本部の片岡明幸副執行委員長に相談して承諾をもらいました。次に事件を取材したいとの旨を説明して、紹介してもらったのがこの長野の事件です。

片岡副執行委員長は満若さんが『にくのひと』の監督だとわかったうえで相談に乗ってくれたんですか?

もちろんです。「ああ、君か」みたいな。ただ、片岡さんは『にくのひと』をご覧になってないようでした。解放同盟とは映画をめぐっていろいろありましたが、なかには映画を評価してくれる方もいて、人によって見解は異なっているようでした。とにかく、今回の相談に対しては好意的に受けとめて協力をしてくれました。

それですぐに長野市に行った?

そうです。去年の6月か7月ぐらいだったと思います。長野市に行ったのはそのときが初めてです。まずはNPO法人・人権センターながのの高橋(典男)さんに会って企画の趣旨を説明し、事件の基本的な情報を聞きました。事件が現在進行形で、実際に困っている人がいて、かつ助ける手だてがない──ということがわかって、これは映画でやるよりもニュースで流したほうがいいと思いました。それで東京に戻って企画書をまとめ、日テレの報道部に持っていきました。

日テレの報道部の反応は?

近隣トラブルだったらいいけど、そこに〈部落〉というキーワードが絡むと放送するのは難しいという反応でした。Tさんが部落にルーツがあるということを全国に放送するとどんな反応があるかわからないし、何かあったときに局としてはTさんに対して責任をとれないという理由でした。部落差別ではなく、単なる近隣トラブルとして報道できるのであれば興味があると言われましたが、そうすると出せる映像がなくなるので報じるのは不可能ですし、事件の本質も伝えられない。それでは意味がないと思って、企画を取り下げました。
そのあとTBSで仕事をすることがあったので、プロデューサーに事件のあらましを口頭で説明しました。ところが「報道特集」が戦争孤児をテーマにした番組(2015年12月26日放送「戦争孤児と養育院の悲劇」)をつくったときに過去帳を放映して問題になったことがあって──。

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どういうことですか?

過去帳には差別戒名も載ってます。だから見せない決まりになっているんですけど、過去帳をテレビに映したため、解放同盟中央本部からTBSにクレームが入ったんです。TBSは昔も筑紫哲也さんが番組で屠殺場発言(1989年10月2日放送「ニュース23」)をして糾弾されていたので、事件は気になるけどうちで部落は難しい、という反応でした。企画書を出したわけじゃないんですけど、口頭でそういう感じだと無理なのは見えているので諦めました。

テレビがダメでもネット媒体なら扱う可能性があるんじゃないですか?

Yahoo!ニュースには、ある程度取材をしたあとで企画をもっていったんです。長野の事件を軸に、ほかの事件を追加取材して「現在の部落問題とは」という企画に仕立てなおして。ところが担当の方から、「この事件は部落差別じゃないよ」と言われたんですね。さらに「君は差別と嫌がらせの区別についてどう思うんだ?」「うちで部落問題やるのは構わない。だけどこの事件は外さないと部落問題がよくわからないよ」とも言われました。「どのメディアでも伝えていない事件なので、どうにか伝えたい」と食いさがったんですけど、「当たり前だろ。こんな近隣トラブル日本中でいくらでもある」と、この事件に関心をもってもらえませんでした。
僕もテレビ番組をつくっている人間なので、この事件が近隣トラブルと部落差別の2つの側面があって、とりあげにくい事件だとは思います。でも、実際に苦しんでいる人がいるのにほっといていいのかと。いまのメディア、特にテレビのあり方にとても疑問をもちました。TBSでも難しいとわかった時点で、もうやんないと始まんないなと思って、それで11月から撮りはじめたんです。
再度高橋さんの事務所(NPO法人・人権センターながの)に行って、そこでTさんに会い、事件のあらましを直接ご本人から聞きました。2時間ぐらい話して、印象としては、思ったより明るいなという感じでした。でも、つらいからこそ、裏返しで外面は明るく振る舞っていたんだと、あとから理解しました。

そのときはカメラをまわしたんですか?

まわしてません。まずは信頼関係を築かないといけないので。いきなりカメラをまわすのは失礼ですし、最初はまわしても上手く対話できませんから。

実際に会ってみて、Tさんの事件を撮ろうと判断したポイントは?

絶対に撮ってニュースにしてやるという意地もありました。あと、僕はけっこう縁を大事にするタイプなんです。めぐりあわせでこうなった以上、きっと何か意味があるという根拠のない確信がありました。それからもうひとつ、現場に行ってKがどんな感じなのか自分の眼で見てみたい、自分で撮ってみたいという欲求が強かった。とにかく見ないことには始まらないと思ってました。

いま言われた意地の部分をもう少し聞きたいですね。

通常、僕たちの仕事は企画が通らないと予算がつかないので、大抵は企画を局に通してから取材を始めるんです。ただ、八方ふさがりの状況で彼女が苦しんでいるのがわかったので、撮らない選択肢は自分のなかにありませんでした。部落問題は放送できないとか言っている人たちに対して、放ったらかしにしていていいんですか? という気持ちが強くて、企画が通らないという理由で諦めたくなかった。それで一旦東京に帰って仕込みなおして、1週間か2週間後にカメラを持って今度はTさんの自宅に行きました。

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取材はひとりで?

ひとりです。いつも自分でカメラをまわしながら話を聞いてます。

Tさん宅はどんな家でしたか?

ごくふつうの一軒家です。敷地面積はさほど大きくない2階建てのおうちで。玄関から入ると道路を挟んだ向かいに住んでいるKに見られるので、裏の家の敷地を通らせてもらって、なるべく昼間を避けて裏窓から出入りしてました。顔バレすると取材しづらくなるので。
Kは家のガスを止められているらしく、毎週土曜日の朝に銭湯に行くと聞いていました。家から出てきたところを撮ればKの顔を押さえられます。それに合わせて取材の日程を組んで、金曜日にTさんの1回目の撮影をしました。インタビューを2時間半ぐらい撮って、あとは旦那さんと息子さんからも話を聞きました。自腹でやってるのであまり長期戦にせず、3〜4回の取材でまとめようと考えていました。すでにもう6回か7回やってますが(笑)。でも、はじめの2回の取材で必要なものはほぼ撮ってます。

その土曜日にKは撮れましたか?

撮れました。その早朝にレンタカーのなかで張り込んで。ひとりで張り込みするので眠たかったです。不安もありましたけど撮れてよかったです。

1回目の撮影では事件の概要をあらためてカメラの前でTさんに語ってもらうことと、ほかには何を聞きましたか?

Kから「部落民」などの差別発言をされたときにどう感じたかをメインに聞きました。「内臓が掻きまわされるような気分」という言葉がありました。
旦那さんは冷静で、「相手にしてもしょうがないし」と仰ってました。意外だったのは「顔出ししてもいいじゃないか、僕は構わないけど」と取材にとても寛容だったことです。

Tさんは部落出身者なんですか?

今回のケースは複雑で、Tさん自身は部落から来た人たちが寄り集まってできた地域で生まれ育ったそうです。場所は歴史的には部落ではないけど、そこで暮らす人たちが部落の出身者だった(一部の人からは部落と見られていた)。Tさん自身、両親が部落の出身だと知っていますが、自分は差別された経験がなく育ったので余計にショックだった。

差別する側には、親が部落出身者だったら子も同じだと見る人たちもいますよね。

います。そこがわかりにくいところです。例えば、ここが部落だったら、よそから来てここに住んだら部落の人になるという考え方もあるんです。その一方で、部落から出ても部落の人のままだという考え方もある。身内に部落の人がいるだけで同じに見られることもあったりして、部落の人かそうじゃないかの線引きがよくわからないんです。そこがひとつ大きな問題になっている部分ではあるのではないかと。Tさんから話をお聞きして、差別問題以外にも部落をルーツにもつ自分自身をどう定義するのか? という現在の部落問題が見えてきました。
自分の身に置き換えて考えると、僕は親父が奄美大島出身なんですが、僕自身の生まれと育ちは京都なんです。僕が「奄美大島出身」と言われるのと、言われたほうの肌感覚としては同じような話だと思います。上の世代の出身地で自分が語られるのは、本人にとっては凄く違和感がありますよね。「ルーツは奄美大島」とは言えますけど。
だからTさんは警察に提出する告訴状のなかに被差別部落に関する記述があることにも抵抗があったと聞いています。

Tさんご本人にしかわからない苦しみがあるのは理解しています。あえてそれを横に置いて質問すると、Tさんの態度はどうあるべきだと思いますか? あくまでも理想の話として。

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理想を言うと、「部落民」と言われても(実際に部落との関係を問わず)「だから何?」と跳ね返せればいいんですけど……。ただ、実際には〈部落〉という言葉がまだ差別的に使われることが多くて、ネガティブなイメージがあるなかで、それを言われて平気な人はいないと思います。でもネガティブに捉えること自体が差別的だと言うのは、また別の話ですよね。彼女がネガティブに受けとってしまう状況自体、部落問題が解決していないってことだと。少なくとも僕は、Tさんご自身の定義は、自ら決める権利があると思います。

Kの嫌がらせは、Tさんに対するつきまとい、「キチガイ」「精神病」「チョーリッポ」「ヨツ」「部落民」といった差別発言。Tさんの旦那さんになりすました文書のばらまきもKがやった可能性が高い。ほかにもありますか?

あとはTさんの家のまわりのものが壊されたり、自家用車のタイヤをパンクさせられたり。息子さんの車も何か液体をかけれて塗装が剝がれる被害がありました。そのへんはKがやったという証拠はなんだけども、明らかにTさんの身のまわりだけでそういうことが次々と起こっていたんで、おそらく彼がやったんだろうと思われています。

Kが嫌がらせをしているところも撮れていますか?

嫌がらせに波があって、僕が行ったのはその波がいちばん低いときだったんです。4本指を見せてベランダで踊っているところは撮りました。4本指は「ヨツ」を表しているに違いない。Tさんの家の台所の窓が通りに面しているので、Kの家に向けて小型カメラのGoProを仕掛けたんですけど、8時間ぐらいまわしっぱなしだとKがカメラに気づくんですよ。寄ってきて確認して去っていったり、カメラに向けて水をかけようとしたり。その様子も撮れてます。

Kは仕事をしてないんですか?

してません。以前は電気関係の仕事をしていたそうですが。

取材を通してKについてどんなことがわかりましたか?

やはりふつうじゃないって感じはあります。いまの家に引っ越してくる以前も凄くいろんなトラブルを抱えていたようです。窃盗で何回か捕まっているのも取材で知りました。去年の12月頭、ちょうど突撃取材をしようとしたところで、Kが万引きで逮捕されちゃったんで、肝心な部分が撮れてない状態ではあるんですけど。

今回のようなケースを裁く法律はないんですか?

Tさんは2回刑事告訴していますが、2回とも不起訴処分になっています。現状では差別を禁止する具体的な法律はないんですよね。昨年、部落差別解消推進法が施行されましたが、理念法で罰則規定ありません。だから処罰されない。警察に刑事告訴したんですけど不起訴になってしまって、いまは検察審査会に申し立てを行なっています。

こういう差別を防ぐ手だてはないんですね。

海外だと、まえにサッカーで観客が黒人選手にバナナを投げた人種差別事件(2014年4月27日、スペインリーグ、ビリャレアル対バルセロナ)がありましたけど、投げた観客は逮捕されてます。だから差別に対する一定のガイドラインみたいなものがあれば、こんなあからさまな差別事件はなくなっていくと思います。

満若さんがやろうとしていることには、そういったガイドライン設置に繫がる問いかけの意図もあるんでしょうか?

そうですね、そういう意図もあります。具体的にどういうガイドラインを設けるのかは、ちゃんと考えなきゃいけないんですけど。部落差別に関わる賤称語を禁止すると単なる言葉狩りになってしまうし、ひじょうに難しいと思うんです。でも、Tさんのように実際に苦しんでいる人が目の前にいるのに助ける手立てがないんです。

こういうケースは報道されないから知らないだけで、実は多いのかもしれないですね。

自分の先祖の江戸時代の身分がわかる人はそう多くはないでしょう。部落差別ってTさんのケースのように唐突に降りかかってくることもある。そうなったときに何も打つ手だてがない状態はよくないですし、他人事ではないんですよね。

これからこの事件のことを満若さんはどうしようと考えていますか?

もう少し追加取材して、形にしようと思ってます。あとは映画になるかテレビ番組になるかわかりませんが、「全国部落調査」復刻版出版事件の取材をもっと進めていきたいです。