バンドTシャツ・デザイナーの苦悩

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バンドTシャツ・デザイナーの苦悩

ライヴ会場で、Tシャツを始めとするグッズを購入したことがある人は多いだろう。しかし、それをデザインした人について、あるいは、それが仕上がるまでの入念なプロセスについて、考えたことがある人はあまりいないハズ。そんなデザイナーの境遇を把握すべく、業界で働いている彼らにインタビュー。

Shirt designs by Kyle Crawford

音楽ファンなら一度は顔を突っ込んだ経験がある「バンドTシャツ」。物販にあって当たり前の「バンドTシャツ」。出演ギャランティーの少ないバンドが荒稼ぎするため金券である「バンドTシャツ」。ライヴ会場でしか販売してないので買わざるを得ない、間にブローカーが介入して高額になってしまった来日アーティストの「バンドTシャツ」。原価率は50%を切る「バンドTシャツ」。アフリカの農民が搾取される資本主義システムに憤り「フェア・トレード」を叫ぶオーガニック・ジャンキー左翼が自慢気に身に纏うヘンプ「バンドTシャツ」。とにかく、「バンドTシャツ」が音楽ファンの首にぶら下がるまでには、アフリカの先住民と同様に搾取されているデザイナーがいる。

物販コーナーで、値段の高低に思いを馳せるのは音楽ファンの常だが、バンドTシャツが完成するまでの工程を想像する音楽ファンはそういないだろう。みんなの大好きな社会的正義を謳う、あんなバンドこんなバンドの「バンドTシャツ」も、デザイナーが、創造性と時間を搾り取られた成果かも知れない。

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搾取される「バンドTシャツ」デザイナー問題は、昨今話題の「スペックワーク」が有する長短所と切っても切り離せない。オリンピック・ロゴ問題でも話題になった、コンペとも趣を異にする「スペックワーク」の闇をも抉る、「バンドTシャツ」デザイナーたちの告発といっても過言でない「魂の叫び」を紹介したい。

仕事として、フリーランスのバンドTシャツ・デザイナーは、最悪の選択ではない。この世には、遥かに報われない仕事が数多くある。しかし、もっとストレスの少ない方法で生計を立てたい、デザイナーたちはそう願っている。お気に入りバンドのTシャツをデザインできるのは喜ばしいことだが、現実、そのスケジュールはきつく、マネージメントとの意思疎通は難しく、挙句の果てに、ギャラが支払われず気が狂いそうになるのも珍しくない。

ライヴ会場で、Tシャツを始めとするグッズを購入したことがある人は多いだろう。しかし、それをデザインした人について、あるいは、それが仕上がるまでの入念なプロセスについて、考えたことがある人はあまりいないだろう。われわれは、そんなデザイナーの境遇を把握すべく、業界で働いている彼らにインタビューした。

「デザインが採用されなければギャラは無い」

この業界は基本的に、報酬を期待して契約を結ばずに、ノーギャラで仕事をする「スペックワーク(Spec work)」で成り立っている。デザイナーは、一切の前金を支払われることなく、バンドのオリジナルデザインを求められ、自らのデザインがひとつでも採用されることを願って製作に励む。それはまさに、バリスタにコーヒーを注文し、「思っていた味と違うから、お金は払わない」のと同じだ。しかしグッズデザイナーにとって、それは日常茶飯事なのだ。

スペックワークのアプローチには良い面もある。一流デザイナーが跋扈するのがアパレル業界だが、バンドグッズ業界では、スペックワーク制のおかげでペーペーのデザイナーにもチャンスが与えられる。グッズの販売会社は一切のリスクを負わないため、経験と作品量が不足している前途有望なデザイナーにも、試しにデザインを発注することができる。DEFTONES、AC/DC、CASPAINなどのデザインを手掛けているサム・カウフマン(Sam Kaufman)は、この業界で仕事を始めた当時を振り返る。「スペックワークのアプローチは素晴らしいと思った。何の実績もない自分にも多くの機会が与えられたんだからね。右も左もわからない新人が報酬を期待することなんてできないよ」

Shirt designs by Kaufman

「バンドのメンバーは、自分たちが何を望んでいるのかわからない」

創造性に境界はない、という考えもある。しかし、大多数のミュージシャンにとって、それを発揮する場所は音楽にとどまっている。彼らはビジュアル・アーティストではなく、逆にそれとは程遠い存在だ。デザインに関する具体的なビジョンやコンセプトを持っているバンドが全くいないわけではないが、大多数のバンドはグッズについて、ほとんど何も考えていない。BLINK-182からLYNYRD SKYNYRDまで、あらゆるバンドのデザインを手掛け、業界で最も人気のあるデザイナーのカイル・クロフォード(Kyle Crawford)はこう説明する。「求められるのは、素早く良い仕事が信頼できるデザイナーだ。ほとんどの場合、何の指示もアイデアも無い状態で、バンドに気に入ってもらえるデザインを考えなければならない。それはある意味、最も報われない作業といえるだろう。壁に物を投げつけて、それが壁にへばりつくのを望んでいるようなものだからね」

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何らかの指示があったとしても、それは極めて曖昧なものであることが多い。カウフマンは振り返る。「『フォトのデザインとグラフィックベースのデザインを3種類考えてくれ』と、ただそれだけの条件で依頼されたことがある。しかし『君っぽくないデザインを頼む』と注文されるよりマシだ」このような屈辱的な依頼を受けたいクリエイターはいないだろう。

Shirt designs by Crawford

「ミュージシャン、または物販マネージャーから理不尽な言葉を投げつけられることがある」

ミュージシャンにとっての物販グッズは、最大の収入源の1つであるにも関わらず、彼らはデザインをあまり重視していない。もちろん、ツアーで各地を回り、新曲を創り、他にもやるべき課題をたくさん抱えているのだから、そこまで頭が回らないことは理解できなくもない。しかし、ミュージシャンのデザインに対する意識の低さは、そのままデザイナーへの対応に反映される。ほとんどのデザイナーは、グッズ製作会社からの慌ただしい依頼メールを定期的に受信するが、その文調は上から目線で、一般的な礼儀や雑談の類はみられず、まったく敬意が感じられないことがある。THE NEW YORK TIMES、VARIETY、NOISEYといったメディアのイラストをメインに手掛けているロブ・ドビ(Rob Dobi)は、かつてグッズデザイナーであった頃の経験を振り返る。「いちばん悔しかったのは、あるバンドのメンバーから『こんなデザインじゃ誰も買わない』とダメ出しされたことだ。思い出すだけでも胸糞悪い」

Illustration by Rob Dobi

バンドから直接仕事を依頼されれば、彼らが何を望んでいるのかを聞き出すことができる。しかしグッズ製作会社から注文を受けた場合には、薄っぺらで大雑把な指示しか得られない。そこから彼らの意に沿うデザインを生み出すのは至難の業だ。また大きな会社とのやり取りでは、送られてくるメールに「新しいデザインがいくつか必要です」、とだけ記載され、人間的なやり取りがいっさいないケースもある。そして、スペックワークにおいて、デザインの不採用は、デザイナーに通知されないのが暗黙の了解だ。「以前、“このデザイン、素晴らしいです!”と記載されたメールを貰ったことがある。そういう些細なことが大切なんだ。バンドと物販マネージャーの多くは、デザイナーからのメールを読まず、それに返信せず、支払期日を守らず、デザイナーが何をしようが意にも介さないんだから」とはクロフォードの弁。

Shirt designs by Dobi

「需要予測の困難 そして激しい競争」

報酬の支払いも、一筋縄ではいかない。他と同様、この業界でも支払期日が設けられている。つまりデザインを作成し、そのデザインが承認されてから30日、場合によっては90日経ってからでないと支払いを受けられないそうだ。しかもマネージャーや会社に何度も催促しないと期日までに支払われないどころか、全く支払われないこともある。クロフォードの作品に対する未払い総額は約4,000ドル(約47万円)に達しているらしい。残念だが、それは珍らしくもなんともない。正式に契約を交わしていたとしても、内金や不採用デザインに対する支払いに関して、主導権を握っているのはデザイナーではなく、業界である。

他の業界と同様、バンドグッズの市場にも繁忙期と閑散期が存在する。ツアーは年中開催されるが、フェスは夏季に集中している。そのため、グッズの需要は夏季に最高潮となる。この時期には通常のファンはもちろん、さまざまな嗜好を持つオーディエンスがフェスに訪れるので、それらの需要に応えられるよう、多様なデザインが必要になる。残りの3シーズンは需要予測が極めて難しく、多くの新参デザイナーにとって、グッズのデザインだけでは安定した収入を得るのが困難になる。

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キャシー・ポディッシュ(Cassie Podish)は、NECK DEEPやSPIRITSといったパンク〜ハードコアバンドのデザインを主に手掛けている。「ライバルはものすごく多い。熟練のマエストロもいれば、低料金、挙げ句の果てには、無料の仕事まで進んで引き受ける新人もいる」。 そんな新人のおかげで、誰にでもチャンスが与えられるのも事実だ。新人とベテランが同じ仕事を巡って競い合っているのだから、間違いなく市場は公平だ。

Shirt designs by Podish

「夢がある仕事だということ」

しかし、スペックワークだからこそ、公平な市場が成り立っている。結局は弱肉強食だ。不満を持ちながらも、デザイナーたちは仕事を続ける。音楽への情熱が無ければ、この商売は続けられないだろうが、髭を剃り、スーツを着て、定時に働く必要がない、という事実は、業界の不愉快な部分をほんの少しだけ、本当に少しだけだが、帳消しにしてくれる。そして、もし幸運に恵まれたら、尊敬するアーティストとクリエイティブで緊密な関係を結べるのはもちろん、ギャラが支払われるようになるであろう。ギャラが期日までに支払われれば、言うことなしだが、業界の性質を考えると、そこまで高望みはするべきでない。

更に、消費者に名前を覚えてもらえる可能性は低いが、ポートフォリオではまかないきれない数の消費者を獲得できる。世界中のオーディエンスに、自らがデザインしたグッズを身に着けてもらえるのだ。グッズのオンライン販売などによる、ミュージシャンの収益への貢献度も計り知れない。その喜びは、ドビ氏の次の発言に集約されている。「新人だった頃に製作したTシャツを、キッズたちが着ているのを見るのが一番嬉しい」