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「古いファンはクソだ」追悼:マーク・E・スミス(THE FALL) 

THE FALLのフロントマン、マーク・E・スミスが亡くなった。享年60歳。哀悼の意を込めて、2015年のインタビューを。

英国マンチェスター出身の伝説的ポストパンクバンド、THE FALLのフロントマン、マーク・E・スミス(Mark E. Smith)が、1月24日逝去した。享年60。このニュースは、バンドのマネジャー、パン・ヴァン・ダムド(Pam Van Damned)がTwitterアカウント〈@fallnews〉上で発表した。

怖れた日がやってきました。
「マーク・E・スミスが永眠いたしました。今朝、彼は、自宅で息を引き取りました。謹んでご報告いたします。(1/2)

詳細については、数日中に発表させていただきます。今は、悲しみに暮れているパンとマークの家族のプライバシーを尊重していただければ幸いです」(2/2)

パン・ヴァン・ダムド
THE FALLマネジャー

マークは、1976年の結成以来、THE FALLを支えてきた、唯一のオリジナル・メンバーだった。THE FALLといえば、しゃべるように歌うマークのヴォーカル、抽象的な歌詞、多様ながらもパンクなサウンドが特徴だ。80~90年代の英国、米国のオルタナティブ・ロックに多大な影響を与えた。2017年には、マークの呼吸器疾患のためにライブがキャンセルされたこともあった。2017年発売の『New Facts Emerge』が、現時点での最新アルバムだ。

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哀悼の意を込めて、Noiseyによる、2015年に公開されたマーク・E・スミスのインタビューをお届けします。同年に発表したアルバム『Sub-Lingual Tablet』、THE STOOGES、イングランド北部、ビットコインについて、そして、THE FALLファンへのメッセージまで。最高のクソジジイによるありがたいお言葉を胸に刻んでください。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

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彼の本心にかかわらず、マーク・E・スミス(Mark E. Smith)とTHE FALLは、〈イングランド北部〉と同義だ。長年にわたり、彼の歌詞、人格の形成に大きくかかわってきたのは、イングランド北部だ。彼にはロンドンっぽさの欠片もないし、〈ファック・ロンドン〉を体現する完璧なキャラクターなのだ。ただ、本人にそれを説明するのは容易ではない。「Noisey? 何だそれ?」と訝しむマークは、〈ペローニ〉と、ダブルのウイスキーをちゃんぽんで飲んでいる。

THE FALLのヴォーカル、マーク・E・スミス。彼のようなキャラクターは、他にいない。前回のインタビューでは、ボールペンを私の鼻の穴に突き刺して、文字どおり〈ペンは剣よりも強し〉を証明しようとした。ただ、マークを〈予測不可能〉と形容するのは、THE FALLに〈とどまるところを知らない〉と枕詞をつけるくらいナンセンスだ。THE FALLは、1978年にデビューEPをリリース。2015年には、31枚目のスタジオ・アルバム『Sub-Lingual Tablet』を発表し(最新作は、2017年に発表した『New Facts Emerge』)、更にライブアルバム、シングル、コンピレーションなどを加えれば、その発表作品は100以上にも及ぶ。

マーク相手にまともなインタビューはできない、なんてこと誰にでもわかるだろう。練りに練った質問を準備して、まともな答えを期待していたら、打ちのめされてしまう。だから、とにかく流れに身を任せるのだ。ひとつ質問すれば、違う答えが返ってくる。例えば、選挙の夜にインタビューしたらこうなる。マークに「投票しましたか?」と尋ねると、彼は「したようなしてないような」と曖昧に答える。しつこく尋ねると、目的の投票所にたどり着けず、最終的にどこかの駐車場で途方に暮れてしまった、というすっとぼけた話しを延々と続ける始末だ。

「THE FALLは、イングランド北部のバンドなんかじゃない」とマーク。このときは珍しく、質問のテーマに適った答えだった。「むしろ多国籍バンドだ。俺は、北部人もマンチェスター人も嫌いだ。マンチェスターのミュージシャンには、無性にイラつく何かがある。昔、ロンドンのヤツらがそうだったみたいに、神授の権利を自分たちが享受しているかのように振る舞う。自分たちが優れていると信じてやがる。でも本当は違う。マンチェスターといえば、FREDDIE & THE DREAMERSくらいだろ。どこの出身だ? シェフィールドか?」。私は頷いた。「シェフィールドはクソだ。次の土曜、ウェイクフィールドでライブなんだけど、誰かが〈北部のベガス〉っていってた。ロンドンはいつだってクソ溜だ。俺は、グレーター・マンチェスターのサルフォード出身だから、それが遺伝子に刷り込まれてる。サルフォード出身者が街から出ないのは、生粋の怠け者だからだ」

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マークに、サルフォードがどう変化したかを訊いた。本当に、古めかしい絵のような、厳しくて暗い街だったのだろうか。「絵にもならない。俺は、サルフォードはあまり好きじゃない。今のマンチェスターも嫌いだ。道に迷うんだ。マジで。ここ数週間で、85軒の家が建ったからな」。外を指さし、ノーザン・クォーターの高級化を皮肉った。「〈ファック・ロンドン〉とかいってもしょうがないだろ? むしろ〈ロンドンにいろ!〉だろ。他にどこがあるんだ?」

「俺がシェフィールドでレコーディングした頃は、憧れの場所だった。90年代、HUMAN LEAGUE系が完全に廃れた後、ダンス・シーンがあった。レゲエも流行ってた。マジでクールだったよ。最高の街だった。それからBLURとか、あと、なんだっけ…」

「PULPとか?」

「そうそう。それから〈The Crucible〉ができて(註:1971年にオープン)、それでつまらなくなった。マンチェスターでいう〈ハシエンダ〉みたいなもんだ。最初はよかったんだけど、どんどんつまらなくなる。それからエディンバラに引っ越した。クソみたいにつまらなかった。ヤッピーだらけだ」

マークは、黒いレザーのカバンをあさり、「お前、ヨークシャー人の書く文字わかるか?」と手紙を差し出した。「ウェイクフィールドの友人から手紙が届いたんだが、ちっともわからない。オマエ、読めるか?」。そこで私は、手紙を可能な限り解読し、音読する。その間、マークはオーストラリアのフォト・カレンダーをパラパラと捲っていた。私は、カレンダーをもらう時期じゃないのでは、と尋ねると、「まあ、ファッキン・ヨークシャー出身だからな。しょうがない」と返ってきた。

THE FALLのファンといえば、中年、ハゲ、デ腹、真のエール狂、独身、80年代にラジオから録音した『Peel Session』のカセットテープが神器…。そんなステレオタイプだが、マークはそんなファンを侮辱する。「新しいファンは狂信的で、昔からのファンと敵対してる。最高だよ。俺は好きだね、そっちのほうが。古いファンはクソだ。43歳を越えたヤツらはもう出禁にしたほうがいい。40歳以下だけでいい」

2時間のインタビューは、脱線だらけだったが、〈ダークウェブ〉や、〈シルクロード〉(Silk Road)の話が20分も続いたのには驚いた。ちなみに、マークはパソコンもスマホも持っていないし、インターネットも使わない。それでも、かなり、込み入った会話になった。マークは、ビットコイン取引についても詳しかった。「ユダヤ人の友人がいるんだが、ビットコインに投資しまくった次の日、市場が崩壊した。友人は、『イチかバチかだ』とかホザいて、1万5000ポンド(当時約270万円)を投資したんだ。それ以来、そいつに電話してない。ビットコインは今、二束三文だ」。そこで突然、マークは話題を変えた。

「『ザ・サークル』って本、読んだか?」

「いえ、誰の本ですか?」

「知らない。イカれた野郎だろう。でも、かなり良かった」

そして、また別の話題に逸れたが、さっきほどではない。有名オタのグレイソン・ペリー(Grayson Perry)とスチュワート・リー(Stewart Lee)協力のもと、フランク・スキナー(Frank Skinner)がホストを務めた、BBCの『The Culture Show』のTHE FALL特集についてだった。「フランク・スキナー? そのテの人間とはかかわらないようにしてる。腕の長さと同じだけ距離をとりたい。オマエみたいな人間と話すほうがマシだ。だって今、スキナーって何してる? 〈HPソース〉とかの宣伝だろ?」

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最後に、アルバム『Sub-Lingual Tablet』について。これまでのアルバム同様、高尚から低俗への振り幅がハンパじゃない。ゲルマン的雰囲気の、10分を超える「Auto Chip 2014-2016」、電子音満載の「Dedication not Medication」などが〈高尚〉の好例で、「Fibre Book Troll」や「Quit iPhone」が〈低俗〉の好例だ。「Fibre Book Troll」といえば、1年前にマークに会ったとき、ネット上で彼を騙った輩どもを、マンチェスターのマフィアに頼んで突き止めて「ボコボコにする」つもりだ、と語っていた。その後、騒ぎは収まったのだろうか。「しばらくはそれにかかりっきりだった。あのインタビューの俺はサイコパスじみてた、って妻にいわれたくらいだ。犯人4人のうち、ひとりには自分がニセモノだと白状させて、ひとりはボコボコにした。あとのふたりはトンズラしやがった」

それからアルバム収録曲の「Stout Man」に話題が移った。タイトルが「Stout Man(デブ野郎)」だ。ジェームズ・ウィリアムソン(James Williamson)時代のTHE STOOGESを彷彿とさせるサウンドで、ベビーカーを乱暴に扱う太っちょについての曲だ。「いつもメンバーたちがTHE STOOGESのことをしゃべってるからだよ。俺は、バンドメンバーよりも歳だから、THE STOOGESが好き、とかホザくんじゃねえと思うわけだ。アイツらは、THE STOOGESのコード進行といえば〈A/E/A/E〉だとかいうけど、「Cock in my Pocket」(1976年のライブアルバム『Metallic ‘KO』収録)、聴いたことないんだよ。『THE STOOGESの1stが…』じゃねえよ、あたりまえだよ。俺が16歳のときに買ったアルバムだぞ。だからメンバーに、テメエらとにかく、まずは「Cock in my Pocket」を勉強しろって命令した。スタジオ・アルバムには入ってないんだけど、気合い入れて探せよ、ってね。まあ、こんな時代だから、eBayとか、〈Shazam〉とかで見つけるだろ。それで勉強しろって、ハードルを設定したわけだ」。バンドメンバーはその試練を受け止めた。その結果、マークにとっては頑張りすぎてしまったようだ。「俺を嵌めたんだよ。内緒でスタジオにこもって、練習しまくってやがったんだ。俺は全然気づかなかった。でも、ロンドンに向かう車内で、ふとシートの裏をみたら、ホコリをかぶったCDがあった。それが「Stout Man」のオリジナル・ラフ・ミックスだったんだ。それをアルバムに収録することにした。8~9バージョンも録ってたからな。しょうがねえヤツらだよ。たぶんアイツら、この曲以外のアルバム収録曲の総練習時間よりも、この1曲にかけた時間のほうが断然長いはずだ」

「いいですね」と私は相槌を打つ。

「良くない。俺の時間が無駄になっただけだ。良くできたヤロウどもだ。他の曲やればいいのに、こればっかり何度もやるんだから。このCDは、神様からのプレゼント並みに価値があるよ」

インタビューが終わり、外に出た。マークはタバコを吸いながら、あたりを見回す。新しいビル、古いビル、取り壊され新しくなる予定のビル。「このへんは、熱帯魚みたいなヤツらや狂ったサイコパス、ゲイがウロチョロするところだった」。私は、マンチェスターのPRとして、これ以上に魅力的な文言を知らない。