LITURGYーメタルを置いて来たポスト・ブラックメタル・バンド? (1)

なんかインタビュー読んでたら可哀想になってきちゃったハンター・ハント―ヘンドリックス君。いや、別にいじめられてるわけでもないし、思いっきり突っ込まれてるわけでもない。ただハンター君、なんか何言ってるのか分からないし、あと「あちゃ~、また炎上するぞー」的な発言がたんまり。

特に「BURZUMとBONE THUGS-N-HARMONYが出会ったような…」とはマジ名言・迷言。まっ、まだアルバム聞けてないのでなんとも言えませんが、逆にここまで来ると早く聞いてみたくなるものです。

ハンター・ハント―ヘンドリックス君率いるブルックリンのLITURGYが2011年に発表した前作『Aesthethica』はSPINやNEW YORK TIMESなどで大絶賛され、各年間ベスト・アルバムにも選ばれました。一方メタル…というかブラックメタル界隈では不評。「これはブラックメタルのマネ」とか「ただのマスロックだろ」とか。確かにポスト・ブラックメタルというよりは、ポストロックのニュアンスの方が強い作品だったと思います。そう聞けば本当にかっちょいい作品だったのですが、ハンター君が「ブラックメタルは死んだ」とか「俺たちはTranscendental Black Metal(超越したブラック・メタル)バンドだ」とか言ったり、更にそのマニフェストを発表しちゃったもんだからさぁ大変。更にハンター君、まあルックスもいいんですよね。だもんで「ヒップスターメタル」やら「ブラックメタル界のラナ・デル・レイ」やら言われ放題。インタビューに答えればこれまた墓穴を掘りっぱなしで、遂にFacebookには「ハンター・ハント―ヘンドリックス、ブッとばしてやる!」ページも登場で大炎上。いやはやハンター君、口は災いの元なのですよ。

あれから4年、LITURGYは新作を引っさげてシーンに戻って来ました。で、ここで「逆に俺がブっとばしてやる!」だったら、お互い燃えるところだったんですが、あらら、ハンター君、ちょっとトーンダウン?音の印象もかなり変わりました。やはりポストロックうんたら…だったらカッコイイとは思うのですが…。アルバム・リリースは3月末。はてさてLITURGYはどうなるのでしょうか?

トレンドとしてはDEAFHEVENがポスト・ブラックメタルのエリートだろう。しかしLITURGYのハンター・ハント―ヘンドリックスは、保守的なメタルヘッドにサンドバッグのように叩きのめされている。2011年に評価が真っ二つに割れたセカンド・アルバム『Aesthethica』をリリース、そしてハンターは自ら“Transcendental Black Metal”を名乗り、そのマニフェストを公開して世間の失笑を買った。IMMORTALや DARKTHRONEを知らない人にとっては、憎しみの波がブルックリンのこのバンドに押し寄せている状況は不可解だったに違いない。そしてコープスペイントが生命力溢れる表現だと考えている人にとっては、ハンターはアンチ反キリストだった。

まぁ、私たちも自惚れるのはやめよう。ハンターも他のアーティストと同じように、自らにペルソナを作ってしまった。自分で首を締めてしまったのかもしれない。あれから時間が経って、新たな“ヒップスターメタル”バンドも登場している。だからここはひとまず、ハンター・ハント―ヘンドリックス、バーナード・ガン、グレッグ・フォックス、タイラー・ダセンベリーによるLITURGYの帰還を祝おう。最新アルバム『The Ark Work』の評価はまだ出ていないが、そのサウンドから言えることは、ハンターはメタルをどこかへ置いてきてしまったような印象を受ける。

新作『The Ark Work』は、前作のサウンドとはかなり違うね。自然な流れ?それともわざと変えたの?

本当のことを言うと両方だね。でもこのアルバムは前の物に比べて、もっと緻密で複雑なアレンジをしている。以前からずっと音楽に入れたいと思っていた側面があるんだけど、今まではそれを実際にやってみる時間がなかったんだ。ベルやホーンのようなものを使ったり、キラキラしたスペクトルヴァイブとかね。この音楽に反映されてるものは、常に僕の頭の中で鳴っていたものなんだ。以前ロックバンド用のアレンジに使ったことがあるものとかね。部分的には相当時間がかかったものもある。本当にやりたい音を出すにはどうしたらいいかって考えてた。このアルバムには、バンドを結成した当初には考えもしなかったような側面があるんだ。例えばラップなんだけど、このアルバムに使いたいと強く思っていたんだ。

THEREE 6 MAFIA や BONE THUGS-N-HARMONYなどのオカルトチックなヴァイブスを放つ、トリプル・フロウの曲があるんだけど、ここにはラップの要素やボーカルスタイルが使われている。僕はラップがものすごく好きで、ラップとメタルの関係について考える時期が来たと思っていたんだ。もちろんSLIPKNOTのようなラップメタルじゃなくて、新たな解釈で結びついたような、BURZUMとBONE THUGS-N-HARMONYが出会ったようなサウンドを作りたかったんだ。

あなたの創造性の原動力は、サブカルチャーを変えたいという自分の周辺環境に対する要求?もしくはもっと個人的なもので、アーティストとしての自身の成長を促すようなものなの?

いい質問だね。その二つには関係があると思うよ。ちょうど自分の好きなものを総合的に扱いたいと思っていたんだ。それは内なる原動力で、そこには探索してみたいと思っていたのに、なかなかやれなかった新しいエリアがあるという感覚なんだ。こんな感じのサウンドのレコードを聴いてみたいけれど、誰もやってないから自分で作ってみようと思ったんだ。更にもう一つ別の側面もある。実は僕はバンドっていうのは音楽を作り、演奏し、パフォーマンスするようなグループだと思っていた。でもその他にもインターネット、カルチャー、ブログの反応なんかと関わりがあって、バンドのキャリアを、物語や彫刻のようなもののように、バンド自身の作品とされることもあるんだ。

こういったアイデアに対する人々の反応を目の当りにすることにもなる。だから他の分野をカバーするのはちょっと怖い。でも何が起こるか見るのも楽しみだね。LITURGYの最初のアルバムでこの試みをやっていたら、評価が分かれるようなことにはならなかったんじゃないかな。メタルシーンと関わってきた僕の歴史には全くないものだから。

あなたがやっていることのコンセプトは、意識的に作り上げてきた広い意味での作品なの?それともアーティストとしての無意識の発見という感じなの?

両方ともちょっとだけ合っているけど、どちらかというと後者だね。僕が求めているものにはハッキリした答えがないね。そして作品全体を考えるとき、二つの異なる傾向にそれぞれ沿って考える。まず一つには、ワグナーやマシュー・バーニー、または宇宙論全体を展開させるような芸術家を連想するスタイル。音楽をドラマや映像などと結びつけ、宇宙の歴史の法則を表し、更に空いたスペースを宗教の歴史なんかで満たすような、新しい案内役を作り出そうとしているんだ。それは作品全体からみてもロマンティックなバージョンのアートだね。ずっとそれに取り組んできたんだ。精神分析やキリスト教神秘主義やカバラのようなものから派生した神話を発展させてきた。曲のタイトルの中には神話からとったものもあるんだ。

もう一つは、多くのパフォーマンス・アーティストたちが、生活の中のあらゆる要素を扱ったり、イデオロギーの先入観をショートさせるために創造を試みる前衛芸術家みたいなスタイルだね。前に言ったように、僕の作品としての曲に対する、ブログの批判に対処する上で僕も同じようなことをしたいんだ。両方のアイデアについて考え、リタージーについても両方のアイデアを取り組む。はっきりした答えがなくまだやってる途中だけど、それらが僕の基準点だ。

LITURGYーメタルを置いて来たポスト・ブラックメタル・バンド? (2)

じゃあ君がやっていることへのコメントや反感などは、アーティストとして君がやっていることに直接影響している?

それは複雑だ。例えば僕がやったインタビュー、有名なものでもそうじゃなくてもいいんだけど、それに対する何百ものコメントを集めて冊子にしたんだ。みんな本当に酷いことばかり言うんだけど、僕はそれを冊子にまとめて友人に配ったんだ。前向きに捉えた。こういった現象には興味があるし、別に隠しておきたいわけじゃない。できれば避けたいんだけど、何が気に入らないのか分からないんだ。いっぱい批判されるのは辛いし、本当に落ち込むよ。

しばらく曲を作ってなかったんだけど、それはまた何かやらかしてしまうんじゃないかって怖くなったからっていうのもあるんだ。批判する人や媒体があまりにも多かったからね。批判に対してはすごく真剣に個人的なものとして向き合うけど、一方でそれらをもっと抽象的でアーティスティックな方法で考えるようにしていて、これもまた別の対処法なんだ。