ペル〈ペレ〉イングヴェ・オリーン(Per “Pelle” Yngve Ohlin)という名を聞いて、ピンとこないエクストリーム・メタルファンはいないだろう。そう、あのデッド(Dead)の本名だ。1969年、ストックホルムに生まれたデッドは、10代の頃にノルウェーに移住し、ブラックメタルのパイオニア的バンド、MAYHEMに加入。そこでフロントマンを務め、作詞を担当した。しかし、1991年4月8日、22歳の彼はライフルで自らの頭を撃ち抜き、早すぎる死を迎える。彼は、ブラックメタル・シーンにおける、数々の悪名高い事件に関与し、伝説を残した。あまり知られていないが、大量の手紙も残している。

ブラックメタル・ファンなら、デッドがどれほど音楽に対して情熱を傾けていたかはご存知だろう。彼が大量の手紙を書いていた理由も察しがつくはずだ。そう、90年代初頭といえば、テープ・トレードの全盛期。世界中のメタル・ファンたちが、手紙で交流を図り、誰もが欲しがるメタル・アルバムをダビングし、テープを送りあっていた時代だ。若きオリーンも、せっせと手紙を書いていた。しかし現在まで、その手紙の多くが公にされていない。彼の手紙にスポットを当てようと活動してきたファンもいるが、せいぜいBlogspotでちらほらとスキャンやら写真が投稿されている程度だ。

しかし、2016年末頃、デッドの文通相手だった〈オールド・ニック(Old Nick)〉が、北欧の凍てつく海岸沿いで暮らしていたデッドからの手紙を、引き出しの奥から発掘し、公開を決意した。しかも、ただスキャンするだけでなく、自ら内容をタイピングし、時系列順に並べて印刷。それをまとめ、『Letters from the Dead』(何という適切なタイトル)とタイトルを冠した紫色の冊子を自費出版した。部数は666部。超限定生産だ。オールド・ニックは南イタリア在住。初めてMAYHEMに連絡を取ったのは1990年、ファンジンを制作しているときだ。以来、デッドからの手紙は、聖遺物のように大切に保管していた。ある日こう気づいた。もし、自分が死んだら、デッドの手紙は誰の目にも触れないまま朽ちていく。それはもったいなさすぎる――。「自分がいつ死ぬかわかりません。昔からのファンに、デッドの言葉を知らせずに死ぬのは嫌だったんです」

Photo courtesy of Old Nick.

手紙を纏めて出版すると、ニックは、興味をもったコレクターたちから、手紙の譲渡についての問い合わせを受けた。しかし、今はまだ原本を手放す心づもりができていない、と交渉の申し入れは断ったという。『Letters from the Dead』に掲載されているのは、1990年3月から1991年1月のあいだにデッドから届いた全ての手紙だ。また、デッドから、決して公開しないように、といわれていたサタニストの小冊子も、一部掲載している。「デッドの意志を尊重して、数ページは除外しています」とニック。「ただ、まさか私がデッドからの手紙を集めた本を出版するなんて、彼は、予期していなかったでしょう。それ以外は、全て掲載しました」

この冊子を読むと、全てではないにせよ、私たちは、ペル・イングヴェ・オリーンの真の姿を垣間見ることができる。「彼はある種の団体…正確にいえばサタニスト団体に参加しようとしていました。私は半信半疑でしたが、彼は参加しようとしていました」とニック。デッドは、MAYHEMとその音楽を心から大事にしていた。そこには、何かしら、彼のオカルト趣味が現れている。しかし、ニックは予想する。「彼の手紙からは、ある種の迷いのなさが読み取れました。思想が組織的に構造化されている、とでもいえばいいのでしょうか」。その思想は、MAYHEMのフロントマンとしてのデッドのペルソナや、ステージ上での自傷行為にとどまらない。手紙でデッドが語るのは、主に音楽の話題だ。例えば、彼が今やりとりをしているバンド、ツアーに影響した失敗や災難など。MAYHEMの90年代初頭のツアーは、今でも伝説として語り継がれているので、それだけでもおもしろい。しかし、いちばん興味深いのは、ノルウェーにやってきた、内気で青白い顔をした若者としての個人的な体験だ。

Photo courtesy of Old Nick.

暗黒なるニックへ!
デッドです。スウェーデンでこの手紙を書いています。バンドに入る前に住んでいた、いわば、私の〈ホーム〉です。返事は、ノルウェーの住所でかまいません。こっちは、ツアーが終わったばかりです…。マジでヤバかったんですよ! まず、私たちは東ドイツで公演を3つこなしました。だけど、とあるバンドが私たちから1000マルクをちょろまかしましたので、最初のライブのギャラは、3バンドで折半するには少ない金額しか残りませんでした。それでも、ドイツ民主共和国で演奏するのは、最高でした。西ドイツよりも、東ドイツのデス・メタラーのほうが好みです。短髪でSCORPIONSみたいな格好の、いわゆる典型的なドイツのスラッシュメタル・ファンとは違います。それよりも、ポーランド人に近く、デス・メタルよりで、格好もそっちに似ています。期待以上でした。3バンド中2番目の出演だったから、それでかなり気分もあがりました。フロアはぎゅうぎゅうで、私たちは観客と、まさに肉弾戦を繰り広げたんです。……

「MAYHEMでのデッドについては、みんな知っています」とオールド・ニック。「しかし特に私の印象に残っているのは、キャビンのなかでバンド・メンバーと過ごした時間、公にされていない普段の生活です」。例えば、オリーンの完全なテクノロジー嫌い。「彼は、PCが嫌いでした。だから自分の手紙がキーボードでタイプされた状態なんて、見たくもないでしょうね。テクノロジーに、居心地の悪さを感じていたんです。とにかく、あらゆるテクノロジーを拒絶して、森の中に安息の地を見出していました。実のところ、彼は、ノルウェー国民、ノルウェーという国自体に耐えがたさを感じていたのです。何もない国だし、全く刺激がない、とボヤいていました。ミュージシャンも気骨がないヤツらばかりだ、と吐き捨てていました」。そんな彼が今のノルウェーのブラックメタル・シーンを知ったらどう思うだろう。

「彼は、ノルウェーから出ることを夢見ていました」とオールド・ニック。「いっそのこと、北欧から逃げだして、できるなら、トランシルヴァニア、グリーンランド、それか、アイスランドに逃げようとしていました」。つまりデッドは、人間がほとんど住んでいない場所、ノルウェーよりもさらにひなびた場所への移住を望んでいた。(興味深いことに、25年経った今、アイスランドのアーティストたちがその道を歩んでいる)また、デッドには、旅行願望もあった。手紙には、イタリアにも他の国にも行ってみたい、と書かれている。また、コミックブック作家にもなりたいとも。デッドには、様々なプランがあったのだ。

しかし、その後まもなく、彼は自殺した。「自殺するようにはみえませんでした。10歳の頃の臨死体験が、彼の人生や、死生観を変えたのは間違いありませんが」とオールド・ニック。「臨死体験以来、デッドは、もういちど、同じ体験をしようとしていました。それが自傷行為のきっかけでしょう。血を流せば流すほど近づけますから。自殺した日も、何かを試そうとしていて、最終的にコントロールを失ってしまったのでしょう。魔術的であると同時に、カオティックな最期ですね。彼が古代ローマ時代に生きていたら、〈ラルワルム・プレヌス(Larvarum Plenus, 幽霊にとりつかれた)〉と呼ばれていたでしょう」

Photo courtesy of Old Nick.

元気ですか! デッドです。
前に話していたツアーがようやく始まりました。今夜は、東ドイツで3度目のライブです。いまのところ、オーディエンスは予想以上に最高です。ギリシャでは何が起こるんだろう、と想像しています。実は、ギリシャでのライブの日程が変更になって、面倒なことになっています。ツアーを止めるには、ちょっと遅すぎました…。とにかく、アテネで2度、ライブをします。トルコでのギグがテレビで放映されるかもしれないのは、伝えましたよね? オランダでもライブをやります。また手紙を書きますね。では! デッド

ある意味、オリーンの日常生活でのふるまいは、「彼の極端さと合致していた」。彼は、心から信じていなければ言動に移さない人間だった。オールド・ニックによると、オリーンは「ヴァンパイア伝説の源であろうと予想される、ポルフィリン症に魅了されていました。ポルフィリン症発症率が高い国をご存知ですか? スウェーデンです」。さらにデッドは、「トランシルヴァニアで、ハンセン病患者のように隔離されて暮らしているポルフィリン症患者のコミュニティを見つけて、そこに定住し、患者たちに献血したい」という意志を言明している。手紙には、「ヴァンパイアに身を捧げたい」とまで記されており、その意志はかなり強かったようだ。

また、その他にも、変わった興味、関心があったようだ、とオールド・ニックは語る。例えば、毒性の花を探したり(「摂取するとオオカミ人間化してしまう花について、どこかで読んだらしく、いろいろな学名を手紙で教えてくれました」)、人食い部族に会いたがり、ヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂内で聖歌隊の合唱を収録して、それを悪魔崇拝儀式の音とミックスするというアイデアを夢想したり…。常にデッドは、全てが本物であることを望んでいた。〈真正〉を果てしなく追求していた。ブラックメタルを、単に内なる悪魔に打ち勝つ手段と捉えていなかった。むしろ逆だ。「彼のなかの悪魔たちを呼び覚まし、慈しんでいました」。もし今デッドが生きていても、十中八九、町議会議員にはならなかっただろう。

いわゆるブラックメタル・アーティストとは違って、ペル・イングヴェ・オリーンは、怒りや苦痛を爆発させようとせず、そういった感情を支柱に自らの人生を築いた。彼は、あらゆるテーマにおいて勤勉だった。だから、ヴァンパイアについても詳しかったし、「トランシルヴァニアの様々な城について、驚くほど正確に長々と説明できました。インターネットがない時代に、どうやってあそこまでの知識を手に入れたのでしょう。あの時代はたいてい、ブラム・ストーカー(Bram Stoker)の小説を読むくらいしか吸血鬼の知識を得る手段はありませんでした」

Photo courtesy of Old Nick.

シロルギア(Cilorgia)という名の人間が、その城に住んでいるはずです。エリザベート・バソリー(Elisabeth Bathory)は、トランシルヴァニア生まれで、〈デカく〉て、裕福な家の出身だ、と本で読みました。でも、ハンガリーでは、彼女はハンガリー人とされているらしい()…。私が間違っていなければ、串刺しにされたトルコ人の死骸が、フネドアラのヴラド・ツェペシュ(Vlad Țepeș:串刺し公)の城に残されており(さらに城に隣接する渓谷には、2万体のトルコ人、ヴラフ人、モルドバ人などの死体が捨てられていた)、森の木々には、頭蓋がくぎ打たれており、釜茹でにされた死体などがあったはずです。いわゆる〈ドラキュラ城〉は、ブラショヴ(別名:ブラン)ブラド、どちらにもあり、そのせいでかなり混乱します。西カルパティア山脈で語られている吸血症についての話以外にも、あらゆる物語、伝承、歴史、おとぎ話(などなど)があります。〈セント・アイゼル・チャペル〉と呼ばれる墓地が(ソメシュ川に)あるのですが、そこでは、角や牙のある頭蓋骨が発見されました。魂がルシファーに奪われるときに血を流す、と信じられています。

そこにそびえるのが〈アルバック山〉と呼ばれる場所で、不思議な神殿があったようです。トランシルヴァニア中部地方の、山間の巨大な沼沢地には、たくさんの幽霊がいて、よく出没するらしいんです。トランシルヴァニアに、〈ハデスの煙突(Funnel of Hades)〉と呼ばれる山があります。何もわかりませんが、ブルータルな名前が最高ですね。元ルーマニア大統領で独裁者のチャウシェスク(Ceausescu)が大嫌いなんです。ヤツは、多くの古代遺跡や城を破壊してしまいました。政治にまったく興味はありませんが、自らの豪邸をつくるために3つのを潰すなんてどうかしていますね。新しい国家元首のイリエスクも、大した人物ではないそうです。

トランシルヴァニアには、ヴァンパイアの呼び名がたくさんあるのですが、それには理由があるはずです。それぞれ違う種族なのかもしれません。でも、私たちは、ひとつしか知りません。私の人生のゴールは、トランシルヴァニアとモルドバを訪ね、〈西側〉では知られていない、ヴァンパイア伝説の全てを学ぶことです。ソ連にも、数百年前から、父親から息子に語り継がれている〈ウピール〉伝説があるはずです。ロシア国外では、あまり知られていません。私は、生まれてこのかたホラーに取り憑かれていまして、年々〈ひどく〉なってる。東欧の伝説を聞くたびに、トランシルヴァニアへの移住願望が強まり、いてもたってもいられません! トランシルヴァニアに、ポルフィリン症患者がハンセン病患者のように集められて暮らしているコロニーがあるのを知ってますか? ポルフィリン症患者に会えたら最高ですよ! ポルフィリン症患者が隠れて暮らす特別な場所があるのなら、私もそこで暮らしてみたい。彼らに血液を提供すれば仕事になりますね。

ご存知でしょうが、彼らの国では(少なくともチャウシェスク時代には)、電力不足が深刻なようで、1日2時間くらいしかランプがつかないらしいんです。それでもバンドをやるなんて凄いですよね(しかもヘヴィメタル)。ハンガリーの友人に聞いたんですが、トランシルヴァニアにはメタル専門のジンがあるそうです。編集部の住所はわかりません。狼憑き、狼男については他に何か知ってますか? 私はあまり知らないんです。月光を浴びて育つ花を探したいのですが、名前がわかりません。ひとつ知っているんですが、それは月に関係ないでしょう。ウルブズボーン(Wolvesbone)、というのですが、その花の影響で狼男になってしまうと信じられています。とにかく毒性が強いそうです。奇妙な場所でしか育たないらしいので、スカンジナビアには生息していないでしょう。迷信がある植物を収集したいですね。トランシルヴァニアの住人、トランシルヴァニア出身者たちにとって、私たちのような部外者の観点は、奇妙なはずです。特に、ヴァンパイア・ムービー。クソみたいな映画ばかりですからね。ごく、一部の……

もちろんオールド・ニックは、デッドの教えてくれるテーマに興味をもった。複雑怪奇な性格ではあったが、デッドは、非常にフレンドリーな男として知られていた。彼の温かい人柄は手紙にも表れており、そこにはまったく〈邪悪さ〉はない。ただ内容には、暗黒賛美、ヴァンパイアへの羨望が表れている。「いっしょにトランシルヴァニアに行こう、と計画していました」とオールド・ニック。「目的は、ポルフィリン症コミュニティを訪ねることと、ふたりが直接会うことでした。残念ながら、この計画は実現しませんでした。その話が出た数ヶ月後、彼は自殺しました。当時の私は、デッドという人間も、彼の独特さも、100%理解していたわけではありませんでした。しかし、時が流れ、自らがブラックメタルから完全に離れてから、彼からの手紙、彼の死を知った瞬間について考えるようになりました」。オリーンの死後、MAYHEMのギタリスト、ユーロニモス(Euronymous)から、どちらかというと、冷淡な手紙がオールド・ニック宛てに届いた(それまでユーロニモスとは連絡をとったことはいちどもなかった)。「ペレが自殺しました。あなたたちが話題にしていた切手の糊が役に立ちそうなので、送っていただけますか?」と。

『Letters From the Dead』の編纂を終えたニックは、より広範をカバーする書籍をつくるべく、思案している。彼は、オリーンが世界中のメタル・ファンへ宛てた手紙を集めたいそうだ。既に失われてしまった手紙も多いだろうが、『Letters From the Dead』がきっかけになり、「同じ志をもつ、手紙の原本の所有者たちが名乗り出る」のをニックは期待している。

デッドの自殺後、オールド・ニックはブラックメタルへの興味を失った(トランシルヴァニアにも行っていない)。もし彼のリサーチに役立ちそうな情報や資料があれば、ilvecchionick@gmail.comまでご連絡を。