若かりし頃、ゴスっ子と付き合っていました。いつも真っ黒の装いでしてね、眉毛も細くてね。結構長いあいだお付き合いさせていただいたのですが、すっぴんはほとんど見る機会がなかったなぁ。貸切温泉でもばっちりキメていましたからねぇ。まぁ、可愛かったですけどね! そんなある日、「ゴスナイトに行こう!」と彼女に誘われました。確か王子の3Dだった気がする。結局、そのゴスナイトは、なんかトラブルがあって中止になったのですが、それはそれで本当に良かった。なぜならその彼女、いつもよりマシマシで顔を白くしていたから。目の周りもマシマシのパンダになっていたから。MAYHEMもびっくりのコープス・ペイント…いや、もはやABBATHレベルかな、鉄拳かな。鉄拳なんかと一緒に歩きたくない。鉄拳の彼氏だなんて勘違いされたくない。本当にそのイベントが中止になってホッとしました。まぁ、ド可愛かったですけどね!

なんて私も、学生の頃は白かったです。軽くドーラン塗って、前髪垂らして、卑弥呼みたいな細黒い靴を履き、身体弱そうにシューゲイズしていれば合格。小脇に澁澤龍彦を抱えて、旧・新宿ロフトに行ったならば、トランスギャルのひとりやふたりとお近づきになれるだろう、まぁーなれなかったらナゴムギャルでもいいや、でもジャパコアの彼女みたいなのはいやだなぁ…なんて、もちろんトランスともナゴムともロマンスはありませんでしたが、UKエジソンを起点とする西新宿には、『TO-Y』に憧れながらも、結局は精子臭い黒服男子がシューゲイズしながらウロウロしていたのでした。

すいません、懐かしくなってきたので、もうちょっと続けます。新宿ロフトで忘れられない経験をしました。「ライブとか、コンサートとか行ったことないから連れてって」と大学のH君にお願いされて、トランスフォーマー(ex. マスターベーション)とザ・ゲロゲリゲゲゲ(センズリチャンピオン!)のライブをロフトで観ました。そもそもチョイスを間違っていたんですけど、更にジャパコアのバンド(誰だか忘れました)が乱入しまして、フロアやらステージやらでバットを振り回し、暴れはじめたのです。〈狩り〉ですね。トランス・ギャルの「キャ〜!!」が響き、私もH君も逃げ回っていたのですが、ふとステージに目を向けると、ザ・ゲロゲリゲゲゲの〈ゲロ30歳〉が全裸で三輪車を「キーコ、キーコ」しているではありませんか! 「こういうときは、どうしたらいいの!!」とH君は大声で訊いてくるんですけど、私もこんなの『TO-Y』でしか知りませんでしたからね、ふたりともチビっちゃって、そのまま駅に向かいました。新宿駅でH君は、「ハウンド・ドッグみたいなのを期待していたよ」と私に背中を向けました。素敵な想い出です。

長々とすいませんでした。というわけで、「ニュー・ウェイヴのススメ:第2回」は、白塗り、黒服、虚弱体質のゴスです。ゴシック/ポジティヴパンクです。

まず、ゴスですが、ゴシック(Gothic)のゴスです。〈世界大百科事典〉によると、

元来〈ゴート人の〉を意味する語。ゲルマン人の未洗練な流儀に対する蔑称の語調をもつ。当初、特定の教会建築様式を指すものであったが、のちに美術様式全般に拡張して用いられた。さらに、たんに美術ばかりか、文学、音楽、思想など多様な文化領域においても〈ゴシック的〉なる概念の使用が提唱され、精神史的文脈における定義と解明とが求められるようになった。精神史上の〈ゴシック〉時代は、ほぼ12世紀後半から15世紀にかけての約3世紀をおおっている。

更に〈デジタル大辞泉〉を見ると、

文学作品や映画、ファッションなどで、幻想的・怪奇的・頽廃的な雰囲気をもつもの。

フムフム、確かに竹下通りに現れた中条あやみさんのファッションもそんなのでしたね。でら可愛かった私の元カノがそうだったように、そのファッション同様、ゴスの音楽は真っ黒です。暗いです。そしておっかない。憂鬱で、耽美で、内省的、中世的、宗教的。政治色もほぼ皆無で、現実世界を生きていながら、非現実的な世界を謳い、白塗りメイクで人間社会を切り離します。逆立てた髪は天空に向かっています。そう、彼らにとっての現実は、まったく別のワンダーランドにあるのです。例えば〈死後の世界〉とか。だって〈DEATH〉やら〈DEAD〉バンド、たくさんいるんDEATHもの。SOUTHERN DEATH CULT、DEATH IN JUNE、CHRISTIAN DEATH、PLAY DEAD、DEAD CAN DANCE、DEATH CULTとかとか…。すいません、CULT関連はダブルカウントしましたが、その他にもゴス系バンドの名前は、やはり宗教的、頽廃的、幻想的なものが多いですね。「ゴスっっ!」って感じです。さらに〈ポジティヴパンク〉(以下ポジパン)という名称についてですが、ほぼゴスと同じと考えていただいて結構です。で、「なんでこんなに暗い音楽がポジティヴなんだ?」との声が届きましたが、こちらは英国お得意の音楽メディアによる造語です。

オリジナルパンクの衰退後、英国ではハードコア・パンク・ムーヴメントが勃発しました。ただ、そのハードコア、あまりに暴力的で、危ない連中が多かったものですから、〈ネガティヴ〉なムーヴメントと捉えられていたんですね。それに対する新興勢力として、真っ黒な人たちに白羽の矢が刺さった。「ハードコアよりパンクをポジティヴなものにしている」。はい、ポジパンの完成です。ちなみに〈ポジティヴパンク〉って言葉をつくったのは、音楽新聞紙のNME。〈ニュー・ウェイヴ〉って言葉は、Melody Makerらしいんです。いかに当時の音楽メディアが影響力を持っていたのかがわかりますねぇ。

音楽界で〈ゴシック〉という言葉が使われたのは、実はかなり昔だったりします。諸説あるのですが、THE DOORS、レナード・コーエン(Leonard Cohen)、アリス・クーパー(Alice Cooper)、THE VELVET UNDERGROUND、T-REX、そしてデヴィッド・ボウイ(David Bowie)などの作品やパフォーマンスに対して、〈ゴシック〉、〈ゴシック・シンガー〉、あるいは〈ゴシック・ロック〉というキーワードが用いられていました。また、〈世界初のゴスアルバム〉といわれているのが、1969年にリリースされたニコ(Nico)のセカンドアルバム『マーブル・インデックス(The Marble Index)』。ソロデビュー作『チェルシーガール(Chelsea Girl)』では、フォークポップ路線を展開し、その麗しい姿もジャケで披露していた彼女でしたが、この『マーブル・インデックス』ではいっ気にアヴァンギャルド路線へ。中世ヨーロッパの聖歌やトラッドミュージックあたりをベースに、ノイズや不協和音が溢れるダークな内容になっていたのです。その音楽的変化同様に、ジャケの彼女も〈ゴスっ子〉へと変貌。音楽、ファッション共に、その後のシーンに大きな影響を与えたことになっています。

そして、パンク時代が到来。70年代後半になると、オリジナル・パンク・シーンは衰退するも、従来のロックにおける既成概念や価値観は確実に変化したため、若人はこぞって自由に音楽探求の道を走り始めました。そのなかには、T-REXのようなグラム・エッセンスや、デヴィッド・ボウイの煌びやかな世界観を受け継ぎながら、確実に〈ポストパンク〉を奏でるセクトが登場しました。SIOUXSIE AND THE BANSHEES(以下スジバン)、MAGAZINE、THE CURE、そしてJOY DIVISIONあたりですね。彼らが奏でる陰鬱なサイケデリック・サウンドを評して、〈ゴシック〉というキーワードを、「これは便利! マジ便利!」と音楽ライターたちは繰り返しはじめたのです。更にJOY DIVISIONのマネージャーもテレビ番組で「彼ら(JOY DIVISION)の音楽はゴシックだ」と発言し、一気にその名はお茶の間にも浸透。その後、1980年代の幕開けと同時に、フロントマンだったイアン・カーティス(Ian Curtis)の悲劇もあり、JOY DIVISIONは完全に神化します。いわゆる、一般的な音楽ジャンルとしてのゴシック・サウンドとは、ちょっと離れていますが、確実にJOY DIVISIONは、その後のゴシック/ポジティヴパンク・シーンの礎となったのです。

そしてスターの登場です。ここから巷のイメージにぴったりなゴスがスタートしたといっても過言ではないでしょう。精悍なお顔のピーター・マーフィー(Peter Murphy)率いるBAUHAUS。T-REXの「テレグラム・サム(Telegram Sam)」、デヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」をカバーするなど、パイセンたちへの律儀な姿勢も好印象でしたが、やはりオリジナルナンバーに溢れる妖艶な暗黒世界は、新しい時代の幕開けに相応しいものでした。BAUHAUSは、79年に、シングル「ベラ・ルゴシ・イズ・デッド(Bela Lugosi’s Dead)」でデビュー。で、このベラ・ルゴシというのは、ハンガリーの俳優で、ブラム・ストーカー(Abraham Stoker)の古典ゴシック小説を元にした映画『魔人ドラキュラ(Dracula, 1931)』のドラキュラ役の人なんですね。そんな訳で見事にピッタンコ! ピーター・マーフィーも「ドラキュラっぽい」なんていわれたりして、ゴスっ子の数は何倍にも何十倍にも膨れあがりました。

BAUHAUSが黄色い歓声を浴びていたなら、こちらはMAN汁ほとばしる雄叫び系でしょうか。KILLING JOKEです。彼らが展開したのは、メタリックなギターサウンドと骨太グルーヴ、そしてハンマービート。80年リリースのファーストアルバム『黒色革命(Killing Joke)』収録の「ウェイト(The Wait)」は、のちにMETALLICAがカバーするなど、このバンドは、メタル勢からインダストリアル勢にも大きな影響を与えました。

そしてもういっちょ大物を。ゴス界で唯一、渡哲也ばりのサングラスが似合う男、アンドリュー・エルドリッチ(Andrew Eldritch)のTHE SISTERS OF MERCY。このバンドで特筆すべきは、当初はドラマーがおらず、リズム・マシーンを使用していた点。ご丁寧にもこのマシーンには、ドクター・アヴァランシュ(Doktor Avalanche)という名前が付けられていました。80年に結成しながらも、アルバム・デビューは、シーンがひと段落した85年。その後も解散と復活を繰り返したのは、アンドリューがえらくワンマンだったからこそでしょう。さすがは石原軍団のドンですね。ちなみにここからはTHE MISSIONが派生。よりハードロック寄りのゴス・ロックで、本家を凌ぐほどの成功を収めました。

音楽メディアによるポジパン戦略もあり、シーンは82年から83年にかけてピークを迎えます。バンバン出てくるのでスピードアップさせていただきます。まずは〈ポジパン御三家〉といわれた、SOUTHERN DEATH CULT、SEX GANG CHILDREN、THE DANSE SOCIETYの3組。「これをおさえとけば大丈夫」っていわれていましたが、なにが大丈夫だったのかは今もわかりません。ちなみにSOUTHERN DEATH CULTは、のちに〈DEATH CULT〉→〈THE CULT〉となり、ハードロック化して大成功を収めますが、THE DANSE SOCIETYの方も、のちに〈SOCIETY〉になったのですが、こちらはダメでした。

元祖白塗りチャンピオンといえば、ダブリン出身のVIRGIN PRUNES。フランスのアントナン・アルトー(Antonin Artaud)の演劇論に基づいた、パフォーマンス性の強い活動をしていました。同郷U2のマブダチバンドなのですが、まぁ、両極端な2バンドになりましたね。

また、それほど成功しませんでしたが、SPECIMENもこのシーンを語るには欠かせないバンドです。というのも、フロントマンのオリー・ウィズダム(Olli Wisdom)は、ロンドン・ソーホーのゴス・クラブ〈BADCAVE〉を運営し、シーンの活性化にひと役もふた役も買った男なのだからー。ちなみに現在は、ゴア・トランス系アーティストとして活躍しています。

現在のオリー・ウィズダム. 〈Space Tribe〉として活躍中.

白塗りムーヴメントは海を渡り、米国でもドーランズが跋扈しました。それも、どう考えても似つかわしくないカリフォルニアの青いバカ、ロサンジェルスへ。45 GRAVEとCHRISTIAN DEATHです。THE GERMSやら、BLACK FLAGやら、CIRCLE JERKSやら、モンスター級のパンク/ハードコアバンドに囲まれながらも、ドロロ〜ンと暗黒音楽を展開していた心意気ったら。やっぱ80年代の米国地下事情は狂っていましたね。さらにこの流れから、〈デスロック〉なるセクトも派生したのでした。

この他にもたっぷり。THE SISTERS OF MERCYの兄弟分THE MARCH VIOLETS、THE CLASHのミック・ジョーンズ(Mick Jones)がプロデュースしていたTHEATRE OF HATE、CLASS周辺とも交流のあったUK DECAY、メタル要素も感じられたPLAY DEAD、スジバンフォロワーのSKELETAL FAMILY、KILLING JOKEフォロワーで2014年に復活した1919、THE DOORS発ゴス直行のTHE ROSE OF AVALANCHE、LED ZEPPELIN発ゴス経由で途中下車したダイナマイトロックのBALAAM AND THE ANGEL、ゴス発ニューロマ経由THE CULT着の美形双子GENE LOVES JEZEBEL、元 THE SISTERS OF MERCY+元SKELETAL FAMILY=GHOST DANCE、今もスゲエ頑張っているALIEN SEX FIEND、そして日本からはジュネ率いるAUTO-MODなどなど、ドーランの需要はとんでもないことになっていたのです。

しかし、〈ピークは82年から83年〉と申しました通り、残念ながらシーンは終焉に向かいます。前回の〈ニュー・ロマンティック〉同様、やっぱり消費されてしまいましたね。そこにはもちろん、英国メディアによるtoo muchな露出展開もあったのですが、バンドにもそれに耐えうるポテンシャルがなかった。メイクはモリモリだけど、曲のストックはモリモリじゃなかった。どんどんバンドは淘汰されてしまったのです。結局残ったのは、ゴスの壁を突き破ったアーティストたち。スタジアム級バンドに成長したTHE CURE、THE CULT、そしてソロとして活躍するスジバンのスージー・スー(Siouxsie Sioux)くらいしかおりません。

そんな時代の流れは、日出ずる国の黒服ライフにも影響を与えました。1990年に衝撃的な事件が起こったのです。私たちトランスメンのバイブルであった音楽雑誌『フールズメイト』が、100号を機に、洋楽誌『MIX』と邦楽誌『フールズメイト』にわかれるというのです。確かにあの頃のフールズメイトには、日本のヴィジュアル系バンドがわんさか載り始め、メンにとってみれば「なんだかなぁ」って感じだったわけですから、〈洋〉と〈邦〉が別々になるのは本当に嬉しかった。東のX、西のCOLORのページも、これからは黒服軍団が占領できるのです。ってなわけで、発売当日に買いに走りましたよ、『MIX』の創刊号。「誰が表紙かなぁ、100号はSWANSだったからなぁ。無難にモリッシーかなぁ」。しかし、探せど探せど、まったく見つからない。モリッシーは見当たらない。「クソ店、仕入れてないんかい!」と店員に訊ねると、ヤツが指差した先には、モリ夫でもロバ夫でもボビ男でもない、テクノロジー感溢れるカラフルな表紙のMIXが積まれておりました。「まぁ…でも…内容がちゃんとしてればね…」と逸る気持ちを抑え、自宅で表紙をめくると、そこには鈍器で脳天をぶっ潰すかのような文言が踊っておりました。

〈今すぐ、黒服を脱ぎ捨てよ。時代は動いているのだー!〉

正確ではありませんが、こんな感じでした。もう、どうしたらいいのかわかりませんでしたね。ドーランズ全否定ですよ。トランスギャルも失禁ですよ。まぁ、そんな時期だったからしようがないのもわかるんです。世はまさにレイブカルチャー、セカンド・サマー・オブ・ラブ、アシッドハウス、おマンチェの時代。ナイトライフは、ライブハウスよりもクラブ中心になっていたわけです。実際、黒服シーンは停滞していたし、英国インディペンデント・シーンの救世主だったTHE SMITHSも87年には解散。完全に〈英国発のロック〉シーンに、ぽっかりと穴が空いたのです。そこに現れたのが、THE STONE ROSESであり、808 STATEであり、HAPPY MONDAYSであり、PRIMAL SCREAMであり、KLFであり、そしてフリッパーズ・ギターなのでした。彼らのサウンドは、まさしくフロアで生まれたもの。フロアで踊っていた連中が生み出したサウンドだからこそ、めちゃくちゃリアルでめちゃくちゃパンクだった。黒服組が築いた壁なんて、いとも簡単にブチ壊されてしまったのでした。

かくいう私も黒服を脱ぎ捨てました。東急ハンズで無地キャップを買い、フロントには〈8〉と〈0〉と〈8〉のアイロンパッチをつけました。友達は〈K〉と〈L〉と〈F〉をつけました。パーカーを着てクラブに乗り込みました。いつも革ジャンだった超大御所パンクロックDJさんも、パーカー姿でJESUS JONESをかけていました。イアン・カーティスの自殺で幕を開けた1980年から奇しくもちょうど10年後の1990年。目の前で暗黒世界は終焉を迎えたのでした。

しかしゴス魂は、確実に後世に引き継がれていきます。80年代中盤に生まれたMINISTRY、KMFDM、われらがSOFT BALLETなどのインダストリアル〜EBM(エレクトロニック・ボデイ・ミュージック)シーンの流れは、〈ゴシック・インダストリアル〉になり、オルタネイティヴ・ロックからは、マリリン・マンソン(Marilyn Manson)やNINE INCH NAILSというスターが現れました。ポップパンク〜メロディックコアでシーンに躍り出たAFI、MY CHEMICAL ROMANCEも暗黒アプローチをかまし、巨匠グレン・ダンジグ(Glenn Danzig)は、MISIFITS→SAMHAIN→DANZIGと、ホラーパンク〜メタル路線を忍者のように疾駆しました。これにROB ZOMBIE、KORNなどが続きます。特にヘヴィメタル・シーンは本当に安定しておりまして、H.I.M.やCRADLE OF FAITHなどが、きっちりと〈ゴシック・メタル〉というシーンも確立。ああ、そういえばゴスとEMOの関係性も囁かれ、学園ドラマのナードたちは、このチーム所属が多いですね。

短命に終わったゴシック/ポジティヴパンク・シーンでしたが、結局それは、パンクのあとにスタートした〈ニュー・ウェイヴ〉という世界のなかの話。〈世界大百科事典〉、〈デジタル大辞泉〉の言葉を借りれば、様々な分野、様々な音楽で〈ゴス・ワールド〉が存在している状況こそが当たり前なのですよね。ただ、イアン・カーティス以降のシーンがあったからこそ、確実にその状況は広がり、根付き、大きなカルチャーになったのは事実です。ヴィジュアル系のひとたちを深夜テレビで見るたび、原宿でおかしな格好をした人たちに出会うたび、そして、ずっと大活躍しているBUCK-TICKが武道館を満員にするたびに、あの精子臭くて、虚弱のフリしてた時代が今に繋がっているんだと、甘酸っぱいステキな気持ちになるのでした。

 

ニュー・ウェイヴのススメ〈序章〉
ニュー・ウェイヴのススメ①〈ニュー・ロマンティック〉