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8月24日水曜日の夕方、ベルリン市の中心部を流れるシュプレー川沿いに建つ、老舗テクノ・クラブ「Tresor」として知られる発電所跡地の前には、何重にも折り返した長蛇の列が出来ていた。列をなす面々からは様々な言語が飛び交い、非常に国際色豊かだ。そのほとんどが黒やモノトーンの出で立ちで、クールな素振ながらも、これから始まるフェスティバルへの期待に胸を膨らませているのは明らかだった。予定を少し過ぎて「Tresor」のロゴが掲げられた入り口のさらに奥、正面向かって右側の、普段は閉ざされている重い鉄製のドアがやっと開放されると、軽く数百人はいたであろう開場を待ちわびたオーディエンスが一気にその建物の中に流れ込んだ。

その空間には、ドイツ語で発電所を意味する「Kraftwerk」という名前が付けられている。ドイツ、特に旧東ドイツには、大げさなくらい威圧的で、途方もなく大きな建造物があちこちにある。ここも例に洩れず、足を踏み入れれば、誰しも目を見開き口をあんぐりしてしまう程、とにかくデカい。厚いコンクリートの壁に囲まれ、当然ながら窓のない、完全に外界から遮断された広大なスペース。多くの人がここを「大聖堂」と描写するのを目にするが、ここに入ると、自分が本当にちっぽけに感じられ、不思議な厳かさに圧倒されてしまう。スペースが大き過ぎて、たくさんいたような気がしたオーディエンスも、中に入ってしまうとまばらに見える。

Kraftwerkの1階に設営された「Stage Null」では、既に最初のプログラムが始まっていた。ベルリンを拠点に長年エレクトロニック・ミュージックに携わってきたアーティストで、モジュラー・シンセサイザーの使い手として知られるマックス・ローダーバウアー(Max Loderbauer)の演奏だ。彼は、Buchlaという特殊なシンセサイザーを利用して、スティーヴ・ライヒ(Steve Reich)の「Piano Phase」を再現しており、ひんやりとしたやや埃っぽい空気を繊細な音色で震わせていた。こうして、『Berlin Atonal 2016』が始まった。

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Berlin Atonal(以下Atonal)は、日本ではまだあまり知られていないであろう音楽フェスティバルだ。ヨーロッパの電子音楽ファンにはだいぶ認知されてきたようだが決して「一般受け」するような内容ではない。むしろその逆。実に挑戦的な内容である。また、名前を認知していたとしても、最近始まった比較的新しいイベントだ、と勘違いしている音楽ファンも多いが、実は長く興味深い歴史がある。

Atonalの第1回目は、まだベルリンが東西に分断されていた1982年11月に開催された。今も存続しているクロイツベルク地区のパンクスやアナキストが集うライブハウス「SO36」を会場に、EINSTÜZENDE NEUBAUTENやMALARIA!といった当時の西ベルリンで最もアヴァンギャルドだったインダストリアル/ポスト・パンク系のバンドが多数出演した。翌年にはPSYCHIC TVが出演し、そのライブは「Atonal Records」の第1弾作品として1984年にリリースされ、1990年には『Live In Berlin』とタイトルを冠して、同バンドの貴重な映像作品としてVHSで商品化された。興味深いことにそのVHSは、現在もクラブ・ミュージック好きにはお馴染みの『DJ Kicks』シリーズなどで知られる、ベルリンの大手インディペンデント・レーベル「!K7」の前身ビデオ制作会社「Stud!o K7」が発売元だ。

その後もAtonalには、LAIBACHやTEST DEPARTMENT、808 STATEが出演した。このフェスティバルを体験したBBC Radio 1の伝説的ラジオDJ、故ジョン・ピール(John Peel)は、自らの番組内で繰り返し絶賛したという。82~90年の間に5回開催され、ベルリンの壁崩壊直後の90年3月のラインナップには、CLOCK DVA、あのジェフ・ミルズ(Jeff Mills)がデトロイトでUNDERGROUND RESISTANCEを立ち上げる以前に所属していたユニット、FINAL CUTが名を連ねていた。5回目を最後に、Atonalは長い休止期間に入る。その理由は、フェスティバルの主催者であったディミトリ・ヘーゲマン(Dimitri Hegemann)がテクノこそ新たな時代の音楽である、と考えた結果、Tresorを翌1991年3月にオープンし、その運営に注力するようになったからである。

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ヘーゲマンは87年から電子音楽レーベル「Interfisch」を経営し、88年にベルリン初のハウス/テクノのクラブのひとつ、「Ufo Club」をオープンさせている。独『Electronic Beats』のインタビューで彼は、80年代から90年代への節目となった壁崩壊、東西統一を体験した若者たちは踊ることを求めていたので、ライブの主役は、ステージ上のアーティストではなくダンスフロアのオーディエンスになったのを感じ取った、と語っている。時代の変化の中でAtonalというフェスティバル形態はラディカルさを失い、新たな時代のスピリットを反映するものではなくなっていた。

Tresorは今年25周年を迎えた。その間に、テクノは世界的ムーヴメントとなり、クラブ・カルチャーも定着し、やがて、あらゆる人が聴く誰でも楽しめるポップな音楽になった。それ自体は悪くもない。むしろ、そのおかげでベルリンは、テクノ・キャピタルとしての地位を確立し、レイヴァーは国境を越えて世界各地のパーティーを飛び回るようになり、それまでなかった次元の国際的コミュニティー、あるいはネットワークが築かれた。しかし、またしても時代は変わり、世界のオルタナティヴ・カルチャーの先頭を走ってきた、そして走り続けているともいえるこの街の音楽シーンが再び新たな刺激と変革を求め始めた。Atonalが持っていた既成概念をぶち壊すような、挑戦的でアヴァンギャルドな精神がベルリンに、テクノに再び必要となったのだ。そして2013年夏、実に23年ぶりにAtonalが復活した。

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筆者は復活以降、毎年参加しているが、今年のAtonalは、この4年間で最も素晴らしく、その価値と開催意義をいつになく感じさせてくれる内容だった。今回は毎日会場に足を運び、過去三回よりもコミットし、かなりの時間を会場で過ごした。とはいえ、水曜から日曜日の5日間、連日、夕方から翌朝までびっしり詰まったプログラムだったので、全部を見たわけではない。複数のパフォーマンスが同時進行しているので、全ては体験できなかったが全体像は掴んだ。

基本的な流れは、まず先に触れたKraftwerk1階のStage Nullで夕方6時に最初のパフォーマンスが始まり、午後8時から午前1時頃まで、同2階のメインステージで4~6組が演奏する。通常からクラブ営業しているTresor、そのサブルーム「Globus」、そしてずっと小ぶりだがKraftwerkとTresorの間に位置し、ここ3年ほどアンダーグラウンド・ホットスポットとして盛り上がる「Ohm」の3スペースを曜日によって使い分け、Ohmではややレフト・フィールドなスタイル、TresorとGlobusでは、よりストレートなDJプレイを中心としたダンス・ミュージックが朝まで鳴り止まぬようプログラムが組まれていた。

その他、Kraftwerk内に複数のA/Vインスタレーションが展示されていたのに加え、発電所時代の操作室内には、ベルリンでは有名なモジュラー・シンセショップ「Schneiders Laden」が大量のモジュラー・シンセを持ち込み、毎日異なるアーティストを招いてのデモンストレーションと、一般客も参加できるジャム・セッションを催していた。

多角的に企画されたAtonalは、個々の関心や好みによって、A/Vアート・イベントとしても、コンサートとしても、クラブ・イベントとしても楽しめる。今年は5日間で総動員数15,500人を記録したそうだが、実験的電子音楽を主体にしたイベントとしては驚異的な数字だ。集客だけでなく、会場全体の雰囲気からはとても充実した印象を受けた。動員、内容ともに成功した要因のひとつに、ライブとクラブ・プレイを分けたプログラムが挙げられるだろう。Kraftwerk内の2ステージではライブのみ、Tresor、Globus、OhmではDJプレイをメインに、その間にいくつかのダンス系ライブ・アクトが演奏する、というプログラムだった。

そのなかでも、Atonalを何よりも象徴していたのは、メインステージで披露される特大のスクリーンを生かしたA/Vライブ・パフォーマンスだ。

個人的なハイライトは、PAN SONICやØで知られるフィンランドのミカ・ヴァイニオ(Mika Vainio)とスイス出身でベルリンを拠点に活躍するビジュアル・アーティスト、ダニエル・プフルム(Daniel Pflum)のコラボレーション。元ダブステップ・ユニット、VEX’Dの片割れであり、Atonal常連のローリー・ポーター(Roly Porter)とAtonalのライティング・ディレクターも務める映像アーティストMFO(Marcel Weber)による壮大なサウンドスケープと大自然の景観美が融合した新作「Third Law」。元COIL、PSYCHIC TVのベテラン・イギリス人アーティスト、ドリュー・マクドーウァル(Drew McDowall)と新進気鋭の女性ヴィジュアル・アーティスト、フローレンス・トー(Florence To)による「Unnatural Channel」。日本人アーティストでAtonalに最多出演し2度目のメインステージ登場となったエナ(Ena)とベルリンのプロデューサー、フェリックス・K(Felix K)によるコラボレーション。最終日メインステージのフィナーレを飾った元NINE INCH NAILSのアレサンドロ・コーティーニ(Alessandro Cortini)による「AVANTI」。

その他にも、3日目、金曜日の深夜にStage Nullで繰り広げられた、7時間に渡る総勢8組のアクトを出演させたショーケース「Optimistic Decay」もこのフェスティバルならではのプログラムだ。このショーケースは、2013年以来の活動に終始符を打つ、LAのテクノ・レジェンド、サイレント・サーヴァント(Silent Servant)が率いたレーベル「Jealous God」の集大成でもあった。惜しくも見逃してしまったが、女性デュオのUPPER GROSSAとベルリンを拠点に活動する新星中国人女性アーティスト、パン・ダイジン(Pan Daijing)によるライブも多くの関係者に絶賛されていた。他にどのような出演者が参加していたかは、こちらを参照して頂きたい。

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Felix K & Ena

さらに、今年のAtonalを決定付けたであろう、メインステージでの2つのパフォーマンスを紹介したい。

ひとつ目は、Enaとフェリックス・Kの共演。何度もベルリンを訪れ、同地のレーベル「Samurai Horo」を始め、ヨーロッパのレーベルから多数のリリースがあるEnaは、2015年のAtonal出演の際、市内滞在中に意気投合したフェリックス・Kとアルバム『749』を制作した。それをきっかけに、今年7月に日本で開催されたフェスティバル「rural」で初めての共演を披露した。Enaは、昨年はメインステージでのソロライブ、DJとして出演している。今年のパフォーマンスはというと、あらかじめ日本で準備したという「Back To Chill」の盟友DBKNによる、非常に無機質な印象の、背後に投影された川崎の団地のモノクロ映像と、口頭での作戦会議だけで音合わせはぶっつけ本番だったらしい(!)即興性の高いディストピアなサウンドスケープを重ね合わせていた。音も映像も、テクスチャーは極めて冷たくメタリックで、まるで人類滅亡後の世界を、どこか別の次元から覗き込んでいるかのような、怖いような悲しいような、観る者を不思議な感覚に陥いらせる1時間だった。オーディエンスもすっかりその世界に飲み込まれていたようだ。

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AVANTI

ふたつ目は、メインステージの最終演目、アレサンドロ・コーティーニによるAVANTIである。コーティーニも昨年、メインステージ初登場で会場を魅了し、Atonalのフェイバリットになったアーティストだ。AVANTIは、Atonalが世界初公開となる新セットを披露した。Atonalでの発表を目的に、彼が実家で発見した自らの幼少期を収めた8ミリビデオの映像に合わせて楽曲を制作した作品だ。昨年のライブが素晴らしかっただけに期待値も高かったうえに、出番はフィナーレ。アーティスト本人にはプレッシャーもあっただろう。しかし、どんな高い期待をも上回るような、見事な美しさと音の厚み、溢れ出すようなエモーションを響き渡らせたステージは、全くの新境地、と評してもかまわないだろう。これでもかとヒューマンかつパーソナルな電子音楽の表現領域で魅せてくれた。感動して泣くというより、涙腺に作用する周波数があって、それに自動的に反応したような感覚で、勝手に「どどっ」と涙が流れ出た。多くのオーディエンスから、これに涙したという話を聞いたし、噂では、フェスティバルのディレクターも最後には全員泣いていたという。5日間、コンクリートに囲まれてインダストリアルな音や映像を浴びまくった後に、優しく、懐かしく、温かくて人間臭い音に包まれた最後。あっぱれなプログラムとコーティーニの手腕に皆が脱帽した。満足感だけでなく、何だか希望まで感じさせてくれるような、実に素敵な締め括りだった。

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Alessandro Cortini

このふたつのパフォーマンスを例にあげた理由は、Atonalがリスクを負って実現した、誰も見たことも聴いたこともない内容であった、という共通点があったからだ。プログラムをよく見ると、「ワールド・プレミア(世界初)」「ジャーマン・プレミア(ドイツ初)」と書き添えられている演目がかなりある。つまりプログラムを考案している3名のディレクターたちは、その内容をはっきり把握していない演目を、2,000人は収容するであろうメインステージにブッキングしているのだ。かなりのギャンブルであるし、その全てが大成功するとは限らない。実際、大半がプレミア公演だった今年のすべてが唸るような素晴らしさだったわけではない。正直ピンとこないアクト、プレミアの割には新鮮味に欠けるアクト、個人的には全く好みではないアクト、何の面白さも感じないアクトもあった。同じ演目についての様々な解釈や評価が聞こえたし、オーディエンスはしきりに意見を交換していた。しかし、それこそがこのフェスティバルの醍醐味なのだ。「実験(エクスペリメント)」とは結果を導き出すために実施するもの。常に失敗する可能性がある。うまくいくか否か、わからないからスリルがある。スリルを楽しめるかどうかが、今年のAtonalを楽しめたかどうかの鍵だったのではなかろうか。

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Ena

「Atonalはアーティストにも挑戦を仕掛るフェスティバルです。大変ですけれど、それがクリエイティビティを刺激するいいきっかけにもなります。ああいう場があるからこそ実現するコラボレーションもある。でもフェスティバルそのものに価値と信頼性がないと、アーティスト側もいちいち変わったことをやるわけにもいきません、『Atonalなら』という部分は大きいですね。あの場所とあのラインナップだと、半端なことやっても通用しないし意味がない。ハードルはとても高いですが、その分挑戦しがいがあるし、いい結果を出せば必ず次に繋がります。世界中から色んな人が来ているし、特に今、Atonalは注目を集めているフェスティバルでしょうから、そこからの広がりがある。大多数に『エレクトロニック・ミュージック』と呼ばれている音楽って、数年前まで、ほぼイコール『ダンス・ミュージック』だったと思うんですけど、それがイコールではなくなってきた。そのことを如実に表しているのがAtonalだという見方も出来るでしょう」と話してくれたのは、Ena氏。Atonal公演後、かなりの手応えと反響があったようだ。来年の出演に向けて、既に次なるコラボレーションの話も持ち上がっているという。

出演者にも聴衆にも挑戦を強いるAtonal。このんな音楽的実験の場が成立し、これほどの規模で存続し、世界中からオーディエンスを呼び寄せられるのがベルリンの底力である。通常は規模が大きくなればなるほどリスクを避け、確実に成功する選択肢を採るだろう。「誰かがそういうリスクを負わないと、音楽は前に進まない。その点では、日本はまだまだ遅れている感じがします。いいアーティストはたくさんいるのに、彼らにチャンスを与える場がない。こういう音楽が広く一般にまで定着する必要はないでしょうが、アーティストが実力を発揮出来る場は、東京くらいの規模の都市だったら、もう少しあってもいいはずです」とEna氏。ベルリンに限らずともヨーロッパには公的助成金、様々な文化財団が多数あり、非商業的な芸術活動を後援する土壌が古くからある。単純に比較出来ないが、日本からはこれまでもアヴァンギャルド音楽の才能が多く輩出され、近年、欧米では特に日本の音楽が新旧を問わず様々なシーンで注目され「再」評価されている。今年のAtonalでも、ベルリンを拠点にする東京出身の女性デュオ、GROUP AがDJで「Ohm」に出演した。昨年はRyo Murakamiもメインステージに招かれライブを披露し、Goth-TradとScotch EggもDJで「Ohm」に出演した。

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ますます「売れるもの」「受けるもの」に支配されがちな音楽産業において、Atonalが提供してくれたのは、音楽における真の創造性とは何か、フェスティバルの文化的、社会的価値とは何かを、真剣に考えさせてくれる5日間だった。世界各地からの来場者も、きっと各々のシーンに刺激とインスピレーションを持ち帰ったに違いない。オーディオ/ビジュアル表現の新たな地平を切り拓く、そんな強い意思を持ったフェスティバルが今後どのように進化し、ベルリンの音楽シーン、そして、それをさらに越えた範囲に影響を与えていくのか楽しみである。

次回はAtonalとTresorの生みの親であり、現在もベルリン・サブカルチャーのキー・パーソンであり続けるディミトリ・ヘーゲマン氏のインタビューをお届けする。文化が息づくスペースとはどんな場所なのか、テクノ及びクラブ・カルチャーの現在をどう捉えているのか、氏が関わっているデトロイトの廃墟を文化施設にするプロジェクトなどについて話を聞く。