リチャード・ビショップ、アラン・ビショップ、チャールズ・ゴチャーから成るSUN CITY GIRLSは1979年アリゾナ州のフェニックスで結成されたアメリカの…いやいや世界の宝でした。アリゾナと言えばMEAT PUPPETSとかFEEDERZとかクセのあるパンクバンドが多かったのですが、SUN CITY GIRLSはもう特別。パンクに触発を受けながらも、ジャズからサイケ、ブルース、カントリー、フォーク、そしてワールド・ミュージック、エクスペリメンタル・ミュージックなどを団子に丸めてニコニコポンポン投げまくり。それも30年間この三人で投げ続けたんだから…ねぇ。SUN CITY GIRLSは嘘ってものが無かった。勘違いも失敗も皆無。全てが真っ直ぐのおとぼけ天使だったのです。

しかし2007年にチャールズ・ゴチャーが亡くなった為、SUN CITY GIRLSは活動を停止。新メンバーを入れてバンドを継続…なんてヤボな事はせず、リチャードとアランはソロ活動を始めます。そして”サー”リチャード・ビショップが待望のニュー・アルバム『Tangier Sessions』をリリース。SWANSやEARTHからもリスペクトを受けるこのオジさん、素敵な旅はまだまだ続いています。

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幾つになっても落ち着かない、サー・リチャード・ビショップ。

ポートランド最大の中古レコード店で、54 歳のギタリストは店内をあたふたと歩き回り、LP を引っ張りだし、何か良いものはないか~とカバーを見ては何も買わずにレコードの山に戻してバーにやって来た。彼はレコード店にいた時と同じように興奮した手振りで、椅子の向きを何度も何度も変えながら、最新アルバム『Tangier Sessions』(DRAG CITYより 2/17 発売 ) と、そのレコーディングに使った特別なギターについて語ってくれた。

「このギターで少なくとも一度はツアーをしたいんだ。でもちょっと問題があって」と彼はソーダをズルッと啜りながら続ける。「前にヨーロッパに持って行ったんだけど、怖いから予備のギターも用意したんだ。だってこのギターは弦の正面右手にマイクを置くと一番良い音が出るってことに気がついたんだけど、でもそうすると僕は演奏中に完全にじっとしていなくちゃならない。そんなことは絶対出来ないよ」確かに。今も椅子の向きを何度も変えている。

ビショップのギター・スタイルは、ジョン・フェイに代表されるアメリカン・プリミティブやジャズ、そして中東地域の民俗音楽、といった要素が混じり合ったメロディ-に特徴があるのだけれど、彼はいつもそれぞれの音符を振り払うように首と背中を前後にゆったりと揺らしながら、唯一無比の和音を放ち続ける。その動きは苦悩であると同時に実に幸せそうにも映る。不穏感に満ちた彼の素晴らしい世界はグルグル回りながら突然襲いかかり、二度と同じ場所に着地することは無い。

そんな彼はこれからのツアーに向け、このギターをどうしたら良いものかとずっと考えている。別のギターで演奏するという選択肢は全く無いのだとのこと。

SUN CITY GIRLS、心の旅はまだまだ続く (1)

このギターはビショップが住んでいたスイスの店で偶然見つけたそう。でも彼はこのギターについて何も知らなかった。19世紀後半に作られたギターだろう…ぐらいに思っている。内側には「C. Bruno.」と読める小さなステッカーが貼ってある。

「弾き始めてすぐにコイツの性格が分かった。ピックで弾いても良くなかったから指で弾くことにした。たぶんタッチとか、木の問題なんだろうけど、それが何なのかは分からない。未だに謎なんだ。とにかくコイツがぶっ壊れる前にレコードを作らなきゃ…って思った」

ビショップは、モロッコのアパートの屋上で一週間かけて『Tangier Sessions』を録音。北アフリカで聞けるような旋律も魅力的だけど、一番に印象的なのは実にゆったりとしたテイストが溢れていること。穏やかに、かつ正確に、ビショップに放たれる指技が心地良い。腐るほど金のあるセレブ野郎にも夏のバカンスで聞いて欲しいと思うくらい素敵な出来なのだ。また「Safe House」という曲はマリアッチ・スタイル。スピーディーに爪弾く曲で、まるでスパイ映画のタイトル曲のよう。胸がドキドキしてしまう。

今作も含め、ここ10年の彼の作品にはリラックスした内容のものが多い。しかしもちろん例外もある。

一つは2009 年のアルバム『The Freak of Araby』で、この作品は”キング・オブ・アラブ・ギタリスト” オマル・コルシッド(1945-1991)に捧げたアルバム。ダンサブルなアラビック・ミュージックが展開されている。

そしてもう一つがSIX ORGANS OF ADMITTANCEのベン・チェイスニーとビョーク、ジム・オルーク、サーストン・ムーアなどとの共演でも知られるクリス・コルサノとの”インストゥルメンタル・ノーウェイヴ・サイケデリック・ロック・トリオ”RANGDAでの活動だ。そしてこの二つ以外はアルバムもステージもビショップは全て一人で行なっている。

なぜ彼は全て1人でやっているのか。その理由は既に素晴らしいバンドで音楽人生を歩んで来たから。そう、それは本当に素晴らしいバンドだった。兄のアラン、そして友人のチャールズ・ゴチャーと共にSUN CITY GIRLSを30年も。そこには彼らの心が集結することによって生まれる音楽の全て…パンク、ジャズ、サイケデリック、ブルース、ドローン、そして実験的なワールド・ミュージックといったあらゆるエキスがグチャグチャになって網羅されていた。彼等の本拠地であるアリゾナのパンク・シーンで理解されなかったけど、三人の目線はもっとワールドワイドに向いていた。若気の至り。夢はデカかった。とにかく作品を出しまくった。とにかく楽しかった。いつもいつも浮かれ騒いでいた。

「俺たちの最初のレコードがスピン誌でレビューされたんだけど…」ビショップは今でもその思い出を楽しんでいた。「…表紙がブルース・スプリングスティーンなんだよね。大笑いしたよ。『誰がこんな俺たちのレビューを読むんだろう』ってね」

SUN CITY GIRLSは80作以上に上るレコードやカセットやCDなんかを発表して来たが、ゴチャーが癌で亡くなったため2007年に活動を停止。ビショップと兄は別メンバーを入れるのがとんでもなく馬鹿げているのを知っていたから、共にソロ活動を開始し現在に至っている。(アランはALVARIUS Bとして活動し、更に世界各地の民族音楽をリリースするレーベルSublime Frequenciesも運営している)

そしてビショップは年に少なくとも 2回ツアーを行い (1回はアメリカで、もう 1 回はヨーロッパ…というパターン)、更に彼のサイドビジネスである珍本・奇本販売で得たお金で地球の果てへと旅を続けている。

「僕はずっとこの調子で生きて行きたいんだ。この前もタイで 4 ヵ月過ごしたんだけど素晴らしかった。本当に離れたくなかったよ。物価も安かったし、遠くに行けば観光客もいないしね。何が起こるか全く分からなくて、こんなにドキドキした所はこれまで無かった。でも今はもう十分慣れたね。何が起こっても僕が変わるわけじゃないから」