レトロなシンセサイザーを操るミュージシャンは珍しくないが、養蜂家のビオーニ・サンプ(Bioni Samp)は、典型的なオシレーターおたくではない。サンプは、女王バチがコロニーに届ける心地よい〈歌〉など、ミツバチが発する振動音を録音、分析し、 それを作曲に利用する。彼はハチの巣枠を〈スキャナー〉にして電磁波を集め、自家製のハチミツに電極を浸し、濃密で粘着質なサウンドを奏でる。

サンプの音楽は抽象的で、グリッチーで、ノイジーだ。THROBBING GRISTLEやNURSE WITH WOUNDの楽曲に似ていなくもないが、リズミカルでフロア向きでもある。エイフェックス・ツイン(Aphex Twin)が大の昆虫好きだったら、こんな曲をつくったかもしれない。本名を明かしていないサンプは、ノースロンドン在住で、ハチのシャーマンとして活動している。現在50代前半の彼は、7歳から養蜂に熱狂し、今では養蜂用の防護服に身を包んでパフォーマンスを披露している。

サンプは、自身の音楽によって、全世界で数百万匹のミツバチが犠牲になっている〈蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder: CCD)〉の周知に努めている。ミツバチヘギイタダニの寄生、気候変動、ネオニコチノイド系農薬などの要因が絡み合い、毎年数十億匹のミツバチが死に至る。繊細な問題について、世間の意識を高めるのがサンプの目的だが、彼は、決して説教しようとはしない。

「グリーンピースのバッジをつけて森林破壊の問題を声高に訴えたとしても、みんなすぐに飽きますし、興味をもってもらえません」とサンプはビデオチャットでの取材に応じた。「環境保護のメッセージを示唆するようなアイデアに取り組んではいますが、エレクトロニック・ミュージックやコンピュータおたくの関心を惹くような方法で、メッセージを効果的に伝えているんです」

サンプは、彼のアートとサウンド・インスタレーションを、スロバキア、ポーランド、カナダ、オーストリアなど、世界中の環境保護意識の高いフェスやアートギャラリーで披露している。

「英国で養蜂は、いわゆる紳士の嗜みに過ぎず、中欧ほど重要視されていません」とサンプ。「チェコのような国を訪ねたら、全国紙の取材を受けます。私は重要なアーティストとみなされているんです。そこで出会ったみんなから、『ウチの80歳のお父さんでさえあなたのことを知っている』といわれましたよ」

サンプの機材は単なる道具ではなく、隠れた意味をもっている。例えば、ある機材の3個のオシレーターはミツバチのヒエラルキーのシンボルで、それぞれ働きバチ、雄バチ、女王バチを表している。また、独創的で風変わりな楽器には、〈Electronic Beesmoker〉〈BeeVerb〉〈BFX〉〈Binaural Beeframe〉など、ハチに関連した名前がつけられている。

特注の機材に加え、サンプは、作曲に数秘術も取り入れている。彼は、〈Max/MSP〉などのデジタル・シンセサイザーに、養蜂日記の詳細な記録をインプットしているのだ。

「巣箱の金網の下に方眼紙を敷いたトレーを置き、ミツバチヘギイタダニが何匹落ちてくるか数えます」とサンプは説明する。「数秘術は音づくりにも応用できます。女王バチの産卵からの経過日数や、雄バチがコロニーに現れてからの日数なども記録します。そういった数字を打ちこんで音楽をつくるんです」

しかし、サンプに真の転機が訪れたのは、ハチミツが電流量を制限し、自作の〈Hive Synthesizer〉の神々しいサウンドを調節する抵抗器として利用できる、と気づいたときだった。彼は当初、ミツバチが巣の接着剤として使う樹脂〈プロポリス〉で試みたが、ハチミツほどの効果はなかったという。「すべて電子機器に頼るのではなく、オーガニックな要素を残したかったんです」

他の養蜂家のように、サンプはミツバチに話しかけ、心地よい羽音を聴きながら瞑想もする。羽音もそうだが、彼の穏やかでゆったりとした英国訛りは、ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response:聴覚や視覚への刺激によって生じる心地よい感覚)のような効果をもたらす、と個人的には感じた。サンプによると、犬と同じように、ミツバチのコロニーには〈個性〉があるという。例えば、雨が降るとサンプのハチたちは不機嫌になり、サンプ以外の人間が近寄るのをひどく嫌がるそうだ。

「信じられないかもしれませんが、ハチの嗅覚はブラッドハウンド並みで、私の匂いも嗅ぎわけます」とサンプ。「アフターシェーブローションや香水をまとった人間が近づくと、ハチはそれを嫌い、針で刺そうとします。携帯電話も嫌っているようで、私の携帯が鳴るとポケットを刺そうとします。携帯の高周波電磁波が気に入らないみたいですね」

サンプがフィーチャーされた、BBCのVR短編ドキュメンタリー『The Resistance of Honey』(2016)は、レインダンス映画祭(Rainddance Film Festival)のサウンド・デザインVR賞にノミネートされた。養蜂家サンプのありふれた1日を撮らえたこの作品は、サンプが共同で設計、施工を手がけ、3つのコロニーがある、スタジオ兼ハチの小屋を披露している。

以前、とある映画祭がこの作品の上映を拒否した。サンプは、映画祭のスポンサーだった農薬会社が原因とみている。彼は、映画祭や社名を明かすつもりはないそうだが、その数ヶ月後、別の映画祭にも上映を断られた。のちにサンプは、この映画祭にも前述の農薬会社が協賛していたと知った。

「あの会社は、私の活動、農薬や遺伝子組換え作物への反対姿勢を、世間に広めたくなかったんでしょう…これはある種の検閲です」とサンプ。「何十年も前に養蜂を始めたときは、養蜂がこれほど政治問題に関わるようになるなんて想像もしていませんでした」

しかし、サンプは、このような出来事に固執しないようにしている。泣き言をいえば〈彼ら〉に勝ちを譲ることになる、と彼は言明する。それこそが、サンプの活動の理由だ。彼は現在、ツアー(スケジュール未定)の準備を進めながら、ニューアルバムを9割がた完成させたそうだ。サンプ曰く「オルタナティブな養蜂家の日記」の出版契約も締結した。さらに、回転しながら磁場と音を発生させる六角形の装置も設計したという。

電子的なノイズを出す〈Hex Beecomb Magnetic EMF Resonator 2018〉。六角形はミツバチの巣の形と同じだ。

「考えすぎて活動が滞ってしまったら、それこそ彼らの思うツボです」とサンプ。「それに対抗するためのベストな手段が、新しい何かを創ることなんです」

サンプの音楽は、SoundcloudBandcampでチェックできる。