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New York Hardcore Punk Guide : BAD BRAINS

フュージョンからパンクへ。そしてハードコアへ。

ちょっと前に「ビカビカッー!!」って雷が落ちているハイカットのVANSスニーカーが流行りましたよね。ラスタ・カラーのローカット・モデルもありましたっけ。「VANS、レゲエ・スニーカー出したのね」って思っていた方も多かったハズ。いえいえ、こちらレゲエではなくハードコアなんです。そう!ハードコアを語る上で絶対欠かせない存在であるBAD BRAINSとのコラボレーションだったのだー。スケーターとハードコアは切っても切れない間柄ですからね、VANSがBAD BRAINSモデルを出すのも自然な成り行きなのでした。

ではそんなBAD BRAINSがいかに偉大だったのか?なぜVANSも出てしまうまでの存在になったのか?彼らの歴史を音源と共に辿ってみます。いらっしゃい!

BAD BRAINSのオリジナル・メンバーは、H.R.(ヴォーカル)、Dr.ノウ(ギター)、ダリル・ジェニファー(ベース)、アール・ハドソン(ドラム)の4人。1977年にメリーランドで結成され、首都ワシントンDCを中心に活動を始めました。そして彼らは全員黒人。パンクとかハードコアとか、まだまだ一般的に見たら超アウトサイドな存在であったにも関わらず、白人が始めたおかしな音楽をやろうとしちゃう心意気。既にハードコアですね。彼らは元々MIND POWERというフュージョン・バンドで、WEATHER REPORTなどのコピーをしていました。しかしSEX PISTOLSとかRAMONSなどのパンク・ミュージックに影響され一気にシフトチェンジ。BAD BRAINSとしての活動をスタートさせます。で、フュージョン上がりですからね、テクニックは抜群。それを遺憾なく発揮させ、曲もスピードアップ。ハードコア・バンドとしての地位を確実にし、イアン・マッケイ(MINOR THREAT~FUGAZI)を中心とするDCの次の世代に大きな影響を与えて行きます。しかしその圧倒的パフォーマンスから、ライヴの度に暴動が勃発。「これでは店がもたん!」と各ライヴハウスはBAD BRAINSの出演禁止を決定。仕方なく BAD BRAINSはニューヨークに拠点を変えるのです。(このことを題材にした曲が「Banned in DC」)

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で、ニューヨークに移ってからは大爆発。THE CLASHやTHE DAMNEDなどとも共演し、その名は世界にも広まっていきます。更に1980年頃にはボブ・マーリーの影響もあって、レゲエ、そしてラスタファリニズム(ジャマイカの労働者階級を中心に生まれた聖書を聖典とするアフリカ回帰的な思想)~聖書の神であるジャー(Jah)にハマり、音楽的にもレゲエ・チューンを取り入れたりと、SUBLIMEや311などのクロスオヴァー~ミクスチャー系シーンの礎にもなりました。

待望のファースト・アルバム『Bad Brains』は1982年に発表。当初はカセットテープでのリリースでした。で、ライナーノーツは現YO LA TNEGOのアイラ・カプラン!やっぱみんな好きだったんですねー。直球のハードコア・ナンバーからレゲエも交えての超タッグ作!パンク~ハードコアの枠を越えた歴史的名盤として、現在も輝き続けております。

セカンド・アルバム『Rock for Light』は、83年にリリース。THE CARSのリック・オケイセックがプロデュース。『Bad Brains』収録の曲も再レコーディングして、これまた金字塔的作品に。

しかしその後H.R.がレゲエ~ラスタファリニズムにどハマりし、奇行も見られるようになります。でもって脱退し、バンドも活動停止。しかし名門SST Recordsからのオファーがきたら、ちゃっかり活動再開して1986年にはサード『I Against I』をリリース。ヘヴィ~クロスオーヴァー度もアップして新たな層にもアピール。セールス的にも最も成功した作品なのでした。

でもやっぱゴタゴタは続く。4作目『Quickness』ではアールが参加せず(でもジャケには映ってる)、CRO-MAGSのマッキー・ジェイソンがドラムを担当。1993年には『Rise』ではメジャー・デビューを果たすもH.R.とアールが不参加。更に二人が戻り、1995年にはマドンナのMaverick Recordsと契約して『God of Love』を発表するもすぐに活動停止。更に1998年から2001年にかけては、SOUL BRAINSと名乗り来日も果たしましたが、その時のH.R.の超ヨレヨレなんだけど、超ニコニコして歌う姿に「あちゃ~」と、トホホな気持ちになったのを覚えております。その後名前はBAD BRAINSに戻りますが、H.R.は相変わらず行ったり来たり。インスト・アルバム『I & I Survived』(2002年)、アダム・ヤウク(BEASTIE BOYS)プロデュースによる『Build a Nation』(2007年)、そして最新作である『Into the Future』(2012年)とリリースしていますが、正直最近はグッと来ないかなぁ~。なので、VICE的には4作目の『Quickness』までチェックすればいいかと。断言!

BAD BRAINSを語るときの忘れてならないのが、P.M.A(Positive Mental Attitude)の精神。「すべての物事をポジティヴに解釈して行きましょう!」ってことです。とっても大事で素晴らしいことだとは思うのですが、ネガティヴになったときの気持ちを無理矢理押し殺してしまうのもどうかなぁと思います。日々の生活の中でイヤなこと、辛いこと、悲しいことは当たり前のようにあるのですから、それを歌にしても…イイんじゃなーい?まっ、その役割は、等身大のハードコアを展開して来たワシントンDC周辺に任せておけばいいのでしょうが。

さてこのBAD BRAINS、初期の激作に加えて、『Omega Sessions』とか『Black Dots』などのレア・トラック・コンピレーションも出ています。これまたヤベぇんすよ。更にハードコアを魂で感じることが出来ると思います。

「でもなぁ~昔の音楽なんて興味無いしな~」なんてみなさんの声も。ハイ、分かります。「今を生きるアーティストと一緒に呼吸していたい!」とかね。でもね、今のシーンにどんだけ一緒に「スーハー」してくれるアーティストがいるのでしょうか。リスナーと演者との間に、要らないものが詰め込まれ過ぎている気が私はするんです。アーティストの息を感じたいのなら、ぜひまずはBAD BRAINSを。そしてココから更に広がって、ぜひみなさんが「スーハー」を今に吹きかけてください。絶対的な刺激がここには在ります。断言!!