2005年、デンマークの新聞ユランズ・ポステンに掲載されたムハンマド風刺画は、ムスリムを中心に世界中に波紋を呼び、特に、欧州と中東での緊張は破裂寸前まで高まりを見せた。事態を憂いた世界最大のキリスト教組織、世界教会協議会 (World Coucil of Churches) が2006年に上梓した風刺画問題に関する覚書 (Minute on Mutual Respect, Responsibility and Dialogue with People of other Faiths) は、シャルリー・エブド襲撃事件を予言していたかのような内容だ。覚書中でも、特に印象深い断片を紹介したい。

デンマークで起きたムハンマド風刺画事件を目の当たりにすると、ムスリムとクリスチャンの積極的対話と協調が大変重要であることを痛感します。風刺画事件は世界中で議論を巻き起こしました。今後も風刺画が掲載されるのであれば、掲載者に対する暴力的報復を呼び、社会的緊張は増すでしょう。信仰に生きる身として、信仰を侮辱される辛さは容易に理解できます。風刺画の掲載には遺憾の念を禁じ得ません。また、われわれは、暴力的報復を非難するムスリムの指導者たちに賛同します。表現の自由は、基本的人権成立には不可欠であり、保証され、守られるべきでしょう。それはまた、権利であるだけでなく、責任でもありますから、明確な責任の所在のもと、理不尽な力に抗うために行使されてこそ、最大限の効果を発揮するのです。表現の自由を盾にした風刺画の掲載は、特定の人々が有する、宗教、価値観、尊厳を嘲ることで、精神的苦痛をもたらし、表現の自由に備わるべき価値を貶めてしまいます。われわれは、聖ペトロの「神の僕として思うままに生きなさい。ただし、自由を口実に悪事を働いてはなりません」という教えを忘れてはなりません。「表現の自由」の濫用に対して、われわれは、暴力でなく、批判や断固とした反対で立ち向かうべきです。

 

実現しなくてはならない綺麗事だ。

 

シャルリー・エブド襲撃事件 生存者の証言 (1)

「ムハンマドの顔」2005.09.30 – ユランズ・ポステンより