エル・チャポが逮捕されても衰えない麻薬ビジネス

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エル・チャポが逮捕されても衰えない麻薬ビジネス

最も有名な麻薬王エル・チャポが逮捕された。しかし、メキシコからアメリカへの麻薬の流入は留まることを知らない。専門家は、暴行事件が増加し、メキシコの麻薬市場が不安定になるだろうと予想している。

まるで映画のようなトンネル脱獄からわずか半年、世界でもっとも有名な麻薬王が再び逮捕された。しかし、メキシコからアメリカへの麻薬の流入は留まることを知らない。専門家は、暴行事件が増加し、メキシコの麻薬市場が不安定になるだろうと予想している。

メキシコのエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領は、2016年1月8日金曜日に、ヨアキン・「エル・チャポ」・グスマンの二度目の逮捕を大々的に発表した。メキシコの駐在大使や領事館員たちは逮捕を祝してメキシコ国歌を斉唱し、アメリカ合衆国司法長官ロレッタ・リンチは、彼の逮捕をアメリカとメキシコ両国の「勝利」と呼んだ。

しかし大統領が喜び、意気揚々と引き渡しや裁判の準備を進める一方で、グスマンの逮捕後も、アメリカでの麻薬の流通やメキシコの暴力事件は減らないだろう、と専門家や評論家は予想している。

アメリカの麻薬取締局(the US Drug Enforcement Administration、DEA)によると、アメリカで使用されるマリファナやコカイン、ヘロイン、メタンフェタミンなどなど、麻薬のほとんどを、エル・チャポ率いるシナロア・カルテルが供給しているそうだ。

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シナロア・カルテルが麻薬密売で成功を収めた結果、エル・チャポは『フォーブス』企画「世界のお金持ち」のトップランクに名を連ねた。一方で、チャポの故郷シナロア州では、カルテルの派閥の縄張り争いで2009年から2014年の間に殺人事件が急増、2010年には2423件を記録した。

「何も変わらないだろう」。1980年代DEAに勤めていた元刑事で、麻薬禁止にはんたいするNPO団体Law Enforcement Against Prohibition (LEAP)の一員であるラッセル・ジョーンズ氏はこう明言した。

「重要な麻薬密売人やカルテルのリーダーは大勢いる。マヌエル・ノリエガやパブロ・エスコバル、リック・ロスなど、名前を挙げたらきりがない。皆逮捕されたが、麻薬密売はずっと続いている」

アメリカ当局もその事実に気付いているようだ。アメリカ合衆国税関・国境警備局が2011年に作成した書類には、メキシコの麻薬王が拘束、もしくは殺害されても、アメリカとメキシコの国境で押収される麻薬の量には「何の変化もない」と記録されていた。押収された麻薬から、麻薬の生産量や密売で得られる利益が予測される。

メキシコでは、近年、ヘロインの生産量が増加し、中でも、シナロア・カルテルの支配下と目されている地域では特に増加が顕著だ。メキシコ産ヘロインはアメリカに流入し、薬の使用者による犯罪が急増している。

2015年7月のチャポのトンネル脱獄の後、支援者のデモに参加する、チャポのTシャツを着たシナロア州クリアカンの住民。

麻薬の生産量、密売による利益を正確に推測するのは難しい。麻薬の生産量は、ほとんどが過去の麻薬王たちのデータをもとにした推定で、メキシコから密輸入されている麻薬のほんの一部に過ぎない、と当局は考えている。

専門家によれば、2014年2月のエル・チャポ逮捕、2015年7月アルチプラノ刑務所からのエル・チャポ脱獄、どちらもシナロア・カルテルは影響を受けなかったそうだ。

2014~15年チャポが獄中にいたときも、シナロアの組織に変化はほとんど見られなかった。

シナロア・カルテルの最高幹部の1人イスマエル・ザンバダ、通称「エル・マヨ」はいまだ自由の身だ。メキシコの麻薬業界のドン、ラファエル・カロ・キンテロは20年以上の服役を経て、2013年ハリスコ州で裁判官によって釈放され仕事に復帰した、と噂されている。63歳のカロ・キンテロは、アメリカとメキシコの両国から逃亡犯に指定された。

「シナロア・カルテルの規模は縮小していない」。2012年に6年間の任期を終えるまで、カルテルの撲滅に全力を挙げていたフェリペ・カルデロン前大統領が組織する、メキシコ情報局長官ギエーモ・バルデス氏は断言した。「管理が行き届いていて、歴史も長く安定した組織だとわかる」

エル・チャポの身柄がアメリカに引き渡されたら、状況は変わるかもしれない。

まるで漫画のようなエル・チャポのトンネル脱獄は、アメリカの刑務所であれば実現しなかっただろう。グスマンは、敵に関する情報、賄賂で手懐けた政府内のスパイについて、情報を供述していたかもしれない。

トンネル脱獄の直前、2015年6月、アメリカ政府はエル・チャポの引き渡しを要請していた。慎重なDEA局員は、エル・チャポが脱獄を試みるかもしれない、とメキシコに注意を促したが、ペニャ・ニエト大統領はその可能性を顧みなかったようだ。

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エル・チャポが脱獄して3か月が経過した2015年10月、メキシコの裁判官は、彼が再逮捕されたとしても身柄の引き渡しはしない、という弁護士の依頼を聞き入れ判決を下した。

グスマンの元協力者で、現在は敵となったアメリカ在住のエドガー・バルデス・ビジャレアル、通称「ラ・バービー」は、メキシコで保護監督のもと5年間を過ごした後、アトランタのアメリカ合衆国連邦裁判所で裁判を受けるべく2015年9月に送還された。ラ・バービーは無罪の申し立てを取りやめ、有罪を認めたが、アメリカ当局との間に何らかの取引が成された可能性がある。

「麻薬との戦い」に反対している元法執行官は、エル・チャポが迅速にアメリカに引き渡されるか否かを怪しんでいる。彼は、麻薬取締局の腐敗を知っているようだ。

「エル・チャポの裁判は非常に危険だ」。LEAPの役員ステファン・ダウニングは予想する。「彼は自らを弁護するために、裏取引を持ち掛ける。アメリカでもメキシコでも大勢の政府関係者を巻き込むだろう…アメリカの麻薬取締局にとっても危険な人物だ」

ダウニングは1970年代ロサンゼルス市警の本部長補佐として、麻薬取締の計画を発案し指揮を執っていた。「ニクソンの麻薬戦争を宣言を受け、ロサンゼルス市警で麻薬取締を始めた。支部の組織や情報管理、連邦政府との連携などに携わった」

また、彼の経験からすると、大物密売人の逮捕は、麻薬密輸入に関連する暴力や殺人への対策にはならないそうだ。

「もしロサンゼルスの南部で一斉検挙があって、15~20人の麻薬密売人を捕らえたとしても、その直後に暴行事件やオーバードーズによる死亡事故がある。このようなことが、今、世界中で起こっている」