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エル・チャポ逮捕後のナルコビジネスを牛耳る麻薬王たち

世界随一のお尋ね者、麻薬王エル・チャポが2016年1月8日、メキシコ麻薬密売揺籃の地、シナロア州で逮捕された。現在、エル・チャポは鉄格子の中にいる。アメリカ麻薬取締局は国際的最重要指名手配犯を掲載するウェブページで、彼の写真に「逮捕済」と刻印したが、世界中に麻薬王はまだまだいる。

世界随一のお尋ね者、麻薬王ホアキン・グスマン(Joaquín Guzmán)、通称「エル・チャポ(El Chapo)」が2016年1月8日、数多の悪名高きナルコスを輩出した「メキシコ麻薬密売揺籃の地」であり、彼の故郷、シナロア州で逮捕された。

現在、グスマンは鉄格子の中にいる。アメリカ麻薬取締局(Drug Enforcement Administration, 以下DEA)は国際的最重要指名手配犯を掲載するウェブページで、グスマンの写真に「逮捕済」と刻印した。

そこで、以下、エル・チャポ逮捕後、世界のナルコビジネスを牛耳る麻薬王たちをピックアップ。

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イスマエル・サンバダ・ガルシア、aka.エル・マヨ – シナロア・カルテル(メキシコ)
Ismael Zambada García, aka El Mayo – Sinaloa Cartel (Mexico)

イスマエル・サンバダ、通称「エル・マヨ」は、一度たりとも刑務所で1日を過ごした経験がない、と噂のメキシコ・アンダーワールドの伝説的人物だ。60代後半であろうエル・マヨは、世間の目を惹かぬよう出所進退に細心の注意を払っているようだが、エル・チャポ率いるシナロア・カルテルの最重要人物と目されている。サンバダとシナロア・カルテルは広範囲にわたる麻薬取引で知られており、メキシコ産ヘロイン、マリファナ、覚醒剤に加え、南米産コカイン輸送も手がけている。

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二人の組織の支部長はまず、80年代にグアダラハラ・カルテル内部で頭角を表した。90年代、その大半をチャポが監獄で暮らすあいだに、エル・マヨの求心力が高まった。2人の中心人物は2001年、チャポの最初の最高警備刑務所からの脱走後、再びタッグを組み、「シナロア連合」として名を馳せた、数あるシナロア組織の連合体を代表する重要人物となる。2008年に連合が分裂した際も、2人は連携を崩さなかった。

2010年、ニュース雑誌『プロセッソ(Proceso)』は奇跡的にエル・マヨのインタビューに成功した。そのなかでエル・マヨは、自らの替わりはいくらでもいるので、死のうが逮捕されようが麻薬ビジネスに大した影響はないだろう、と言明している。

ここ数年で、エル・マヨは、兄弟と息子3人をはじめ、自らの組織メンバー数人を逮捕された。最重要人物、ビセンテ・サンバダ・ニエブラ(Vicente Zambada Niebla)は2010年、米国に引き渡された後、最低10年の禁固刑という司法取引を受け入れ、罪を認めた。彼は逮捕前、DEAへの情報提供を条件に、司法取引により訴追免除の合意を得ていた、と主張して裁判を切り抜けようとしていた。

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ラファエロ・カロ・キンテロ – シナロア・カルテル(メキシコ)
Rafael Caro Quintero ― Sinaloa Cartel (Mexico)

ラファエロ・カロ・キンテロは、シナロア出身で、グアダハラ・カルテル創設者のひとり。1985年、キンテロは、DEA捜査官キキ・カマレナの誘拐、拷問、殺害により逮捕された。

キンテロは40年の禁固刑を宣告されたが、検察は2013年、法解釈により、突如彼を釈放した。新たな逮捕令状の発行までに、カロ・キンテロは逃亡した。誰もが、彼はシエラ・マドレにあるシナロア・カルテルの拠点に逃げ込んだ、と推測している。

カロ・キンテロの釈放は、米国内の激怒を引き起こした。ちょうど、警察内部で、カマレナのケースが大きく神経過敏な象徴的問題としてあったからだ。キンテロの家族がかかわるビジネスはマネー・ロンダリングの温床だ、とアメリカ財務省は繰り返し主張していた。

シナロア内部からの情報によると、カロ・キンテロは、エル・マヨ、エル・チャポと並んで、カルテル内で重要な役割を担っているようだ。

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ネメシオ・オセゲラ・セルバンテス、aka. エル・メンチョ – ハリスコ・ニュー・ジェネレーション・カルテル(メキシコ)
Nemesio Oseguera Cervantes, aka El Mencho ― Jalisco New Generation cartel (Mexico)

ネメシオ・オセゲラ・セルバンテス、通称「エル・メンチョ」は、急成長中の犯罪組織、ハリスコ・ニュー・ジェネレーション・カルテル(CJNG)のなかでも悪名高きリーダーだ。

CJNGは約5年前、崩壊したカルテルの残党により設立された。現在、シナロア・カルテルに次ぐ、メキシコ国内第二の勢力を誇る犯罪組織と目されている。CJNGは合成麻薬、なかでも覚醒剤生産で擡頭した。

ハリスコ州の警察に直接攻撃を加える2015年まで、エル・メンチョとCJNGは目立たなかった。5月の軍用ヘリ撃墜も攻撃のいっ環だ。

それ以来、エル・メンチョ追跡は激化し、当局は、カルテル内の重要人物数人、メンチョの兄弟と息子を逮捕した。これらの逮捕劇がハリスコ州の急増する殺人事件の原因では、と噂されている。

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ホセ・アダン・サラザール・ウマーニャ – テクシス・カルテル(エルサルバドル)
José Adán Salazar Umaña, aka Chepe Diablo-―Texis Cartel (El Salvador)

ホセ・アダン・サラザール・ウマーニャ(José Adán Salazar Umaña)はテクシス・カルテルのいちリーダーと目される人物で、エルサルバドル国内における複数の麻薬密売ルートを支配し、コロンビア、メキシコで活動する数カルテルと取引している可能性がある。

DEAは、2001年、チープ・ディアブロとして知られるサラザールを麻薬密売と資金洗浄の疑いで言及。アメリカ財務省はサラザールを2014年5月、「外国麻薬密売人」と指定し「要注意人物リスト」に加えた。

報告によるとチープ・ディアブロは、組織構成員に武器を携行しないよう指示し、その代わりに、警察を買収し彼らを護衛するよう手筈を整えているようだ。また、カルテルの自由自在な行動力は、リーダーたちとエルサルバドルのビジネス界、政界との関係性に由来するようだ。チープ・ディアブロは、ホテル・チェーンと牧場を所有し、エルサルバドルのサッカー1部リーグの前会長も務めた。

2014、2015年、エルサルバドル財務省の指揮により、チープ・ディアブロの大規模捜査に着手するも、検察当局による中断された。

エルサルバドルのジャーナリストによる調査報告では、テクシス・カルテルの活動は90年代初頭から活性化していたが近年まで気づかれずにいた、と指摘されている。

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ダリオ・アントニオ・ウスガ – ウラベーニョス(コロンビア)
Dario Antonio Úsuga, aka Otoniel – Los Urabeños (Colombia)

ダリオ・アントニオ・「オトニエル」・ウスガは、コロンビア最大の、最も恐れられたカルテル、 ウラベーニョスのリーダー。アメリカ政府は、逮捕につながる有力な情報に対して、500万ドル(約5億円)の懸賞金を提示した。

オトニエルの組織はパナマ国境の東隣、ウラバ沿岸地域を拠点にしている。同組織は、コカイン生産と流通に加え、強盗、人身売買に関与している。伝聞によると、ウラベーニョスは、メキシコでシナロア・カルテルとの強い連携を維持しているそうだ。ウラベーニョスは、コカインの支払いの大部分を武器で受けるといわれている。

クラン・ウサガ(Clan Úsaga)としても知られるウラベーニョスは、推定2000人のメンバーを擁し、全国に勢力を拡げ、敵対カルテルと血塗れの抗争を繰り広げている。

2015年初頭までに、オトニエルの側近たちの大勢が捕えられ、殺害された。

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ウェイ・シェエカン – ワ州連合軍(ミャンマー)
Wei Hsueh-Kang ― United Wa State Army (Myanmar)

64歳のウェイ・シェエカン(Wei Hseuh-Kang)は、ミャンマー東部の悪名高き麻薬密造地域「ゴールデン・トライアングル」を手中に収める大規模な反政府軍、ワ州連合軍の最上位司令官だ。

同武装組織は中国の支援により、3万からなる重武装部隊を擁しているようだ。DEAによると、「東南アジア、ともすれば全世界のヘロイン密売を支配している」可能性があるそうだ。それと同時に、膨大な量の覚醒剤も密造している。

ウェイは、ワ州連合軍のなかでも「金融の才に長け」た「CEO」でもある、と東アジア担当の前DEAディレクターは説明する。1999年、外国麻薬中心人物指定法成立後、アメリカ政府が認定した最初の「麻薬取引の大物」のひとりだ。

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米政府は、90年代初頭からウェイの後を追い、国務省は、麻薬王逮捕につながる情報に、200万ドル(約2億円)の懸賞金を提示した。もし捕まればウェイは、ニューヨークでヘロイン売買共謀の罪に問われるだろう。

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ハジ・ラル・ジャン・イシャークザイ – アフガニスタン
Haji Lal Jan Ishaqzai ― Afghanistan

80~90年代にかけて、ハジ・ラル・ジャン・イシャークザイは、アフガニスタンの主要ヘロイン密造業者となり、2001年までに拠点をカンダハル南部の都市に移している。

この麻薬王は、ハミド・カルザイ元大統領の腹違いの兄弟アーメッド・ワリ・カルザイと同じストリートに居を構え、保護を受けていたそうだ。2011年、アーメッド・カルザイが殺されて以来、麻薬王を逮捕の動きが表面化した。

米当局により最重要指名手配の麻薬王10人に認定された後、2012年、イシャークザイは逮捕された。伝聞によると、イシャークザイは、地方公務員たちに最高1400万ドル(約14億円)に上る賄賂を提供し、2年後に脱獄した。イシャークザイ脱獄と麻薬ビジネスへの復帰は、アフガニスタン当局の瑕瑾となった。

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ロッコ・モラービト – ンドランゲタ(イタリア)
Rocco Morabito ― ‘ndrangheta (Italy)

ロッコ・モラービトは、イタリア最強のマフィア組織との呼び声高き「ンドランゲタ(’ndrangheta)」内でも有数のボスだ。モラビトは、南イタリアのカラブリア地域で育った後、ミラノに移住し、そこで催す「ド派手なパーティー」で名を馳せ、ローカル・メディアからは「コカイン王」と名付けられた。

ンドラゲタは世界中に6万を超す関連団体を擁し、全団体による年間取引総額は、推測とはいえ、イタリアのGDPの約3.5%に匹敵するらしい。麻薬取引は、ンドランゲタが展開するビジネスのなかでも利鞘が大きく、ラテンアメリカの密売組織との関係が疑われている。

「エル・チャポは、カラブリア人の残忍さゆえに、彼らとの協働を好む」とマフィア対策治安判事ニコラ・グラッテリは分析する。「エル・チャポは、コロンビア人、ペルー人よりも、彼らこそ信頼に足る、と気付いたようだ」

現在、モラビトは、「最重要指名手配犯」7名のひとりとしてイタリア警察の取締対象であるが、おそらく、彼はブラジルに身を隠し、南アメリカのカルテルとのコネクションを強化しつつ、ヨーロッパへのコカイン供給の役割はきっちりと果たしているようだ。

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セミオン・モギレヴィッチ、aka.ザ・ブレイニー・ドン – ロシア・マフィア(ロシア)
Semion Mogilevich, aka The Brainy Don ― Russian Mafia (Russia)

セミオン・モギレヴィッチは、世界随一の犯罪ネットワークを誇るロシア・マフィアのなかでも有数のボスである、との評判だ。麻薬密売はネットワークのいちビジネスに過ぎない。

2006年、毒殺された元KGBスパイのアレクザンダー・リトビコネンが生前に録音したテープのなかで、モギレヴィッチはウラジミール・プーチン大統領と「友好関係」にあった、と言明している。2016年初頭に公開されたリトビコネンの死に関する報告書には、プーチン大統領は「おそらく」リトビコネンの殺害を容認した、と明記されている。

モギレヴィッチは、ブレイニー・ドンとして知られ、2008年、ロシアで脱税容疑で逮捕されたが、翌年には釈放されている。2009年、FBIは、モゴリビッチを最重要指名手配リストに加えた。しかし、2015年、連邦捜査局は、米露間で犯罪者引渡条約が締結されていないのを理由に、モギレヴィッチをリストから削除した。モギレヴィッチは、現在、どこかで自由を謳歌しているであろう、というのが専らの噂だ。

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ミハエル・カーナー-スロベニア
Mihael Karner – Slovenia

DEAによると、ミハエル・カーナーは妻アレンカ、兄弟マテブズとともに国際ステロイド密売組織を運営しているそうだ。2010年3月、3人はマサチューセッツ連邦地方裁判所で、資金洗浄の共謀、規制物質流通の共謀、アメリカへの規制物質輸入の共謀、という罪状で起訴された。

スロベニア国籍のカーナーは、アジア・ファーマ(Asia Pharma)、ブリティッシュ・ドラゴン(British Dragon)などのウェブサイトを通じて、ステロイドを売捌いているようだ。カーナーは、綿密に構築された国際的ネットワークに依拠し、シェル・カンパニーを利用してステロイドの儲けを洗浄している。違法ステロイド取引により、彼は、5000万ドル(約50億円)以上の利益をあげている、との噂だ。

カーナーと彼の妻は、2011年末、オーストリアのスキー・シャレーで逮捕されたが、保釈金により保釈され、行方を晦ました。米スロベニア間で犯人引渡条約が締結されていないため、その間隙を突き、ステロイド密売に勤しんでいるのでは、と捜査官たちは予想している。米財務省は、国際麻薬王リストに3人を加え、2015年には、カーナーのビジネスパートナー3人が同リストに加えられた。