いま、自衛隊では大きな異変が起きている。防衛省内部の情報源を多数含むため、取材・執筆メンバーを明かすことができない匿名取材班〈Project Army〉が、読者に届けるのは〈自衛隊の是非〉ではなく、〈自衛隊の現状〉と〈憲法9条の限界〉である。

この記事は、賛否を呼ぶかもしれない。しかし、ただ1点、僕らが〈自衛隊の将来像について、今すぐに議論を始めなければならない〉という点だけは、異論がないはずだ。

「私は、保守を自任していますが、いまの自衛隊はさすがにマズい。このままでは、将来の司令官たる将官の卵たちの頭の中が、〈ネトウヨ思想〉に汚染されてしまいます」

人目をはばかり、取材班を自宅に招き入れた防衛省の中堅幹部(背広組)は、深刻な表情で言った。はたして、ネット右翼に思想があるのかどうかは疑わしいが、中堅幹部から聞かされた自衛隊の〈将校教育〉の現状は、危険なものだった。

始まりは2016年6月、海上自衛隊の幹部学校(以下、海幹校)に、1人の女性がやってきたことだった――。彼女の名は、吉木誉絵(31歳)。古事記アーティストなる肩書で佐久弥レイという芸名も持っている。

DHCテレビジョン『放言BARリークス』第29回

なぜ、彼女が海上自衛隊の幹部を育成する海幹校へやってきたのか。それは彼女が、海上自衛隊・幹部学校の〈客員研究員〉に就任したからだった。この一報を受けて、最初に疑念の声を上げたのは、防衛省・防衛政策局・調査課の若手だったという。

「吉木って、いったい誰だって話になって……海幹校の客員研究員は、ただの名誉職ではありません。海幹校へ自由な出入りが許され、各国軍の関係者が出席するレクや、一般には公開されない防衛研究所のデータベースへのアクセス権も与えられます。もちろん、招聘された客員研究員が、その立場に相応しい方であれば、自衛隊にとっても非常に意義のある制度だとは思いますが……この制度が始まったのは2014年で、最初に招かれた客員研究員は、現代地政学の泰斗であるエドワード・ルトワックの翻訳者として知られる、地政学研究者の奥山真司さんでした。奥山さんは〈本物の研究者〉ですから、もちろん、自衛隊にとって有益でしたが、吉木なんて、ただのネトウヨ・タレントで、研究者でも何でもないですからね」(前出:中堅幹部)

たしかに、この中堅幹部の言う通り、吉木誉絵がこれまでに発表した論文、あるいは論考は短いコラムを除いて、ほとんど見当たらない。にもかかわらず、2016年6月に突如、海幹校の客員研究員に就任した〈後〉からは、自衛隊三軍の事実上の〈制服〉トップである河野克俊(統合幕僚長)や、米軍のジョセフ・P・アゥコイン(第7艦隊司令官)のインタビューを保守系月刊誌の『Voice』で発表している。

ではなぜ、吉木は、奥山真司に匹敵する他の本物の研究者たちを差し置いて客員研究員の座を射止めることができたのか――事態を危惧する防衛省OBのひとりが〈真相〉を口にした。

「大塚海夫さん(海幹校・校長)に指示して、吉木誉絵を海幹校に押し込んだのが、武居さんだったと聞いて驚きましたよ……」

この発言には、取材班も驚いた。武居智久は(統幕長就任を有力視されていた)元海上幕僚長(第32代海幕長)にして、現在、日本人として初めて米国・海軍大学の教授を務める自衛隊きっての〈知米派領袖〉である。その武居がどうして、学問的な実績もない、ただのタレントを海幹校に推薦したのか。

「海自は、いまボロボロなんです。まず、武居さんの前の海幕長(第31代)、河野克俊さん(現統合幕僚長)は、もっとも過激な保守系論壇誌といわれる月刊『WiLL』を発行するワック・グループの鈴木隆一(社長)と、毎月のように食事会やゴルフをするほど昵懇。ワック・グループには、科学番組『ガリレオX』などを製作する映像部門があり、昔から自衛隊関連のDVDなどを製作しているため、河野さんをはじめ、現在の自衛隊三軍の最高幹部は、中堅時代からの長い付き合いで、ほとんど身内といっても過言ではありません。
ただ、この〈人脈〉と、今回の吉木案件は、直接には繋がっていません。というのも、吉木は竹田恒泰(明治天皇の玄孫/評論家)の後援組織〈竹田研究会(学生青年局)〉事務局長を務める、いわば竹田の愛弟子だからです。そして、自衛隊はもともと〈明治天皇の玄孫〉を売り物にする竹田とは、一定の距離をおいていました。
私が危惧しているのは、いわゆる(自衛隊内部の)旧来の保守グループではない、中堅若手の〈新たな保守グループ〉が台頭しつつあり、海自きっての知米派の武居さんが、その精神的支柱に祭り上げられているのではないかということです」(前出OB)

だが、疑問はある。というのも、このOBによると、吉木誉絵は旧来の保守グループとは違うらしいが、河野統幕長と昵懇の『WiLL』2017年8月号には、〈平和を欲するなら戦いに備えよ〉という吉木のインタビュー記事が掲載されている。

「あれは、すでに吉木が客員研究員になってしまったので、海自に義理立てして載せたというのが、本当のところらしいですよ。吉木が客員研究員に就くことは、河野さんも知らなかったそうです。ただ、河野さんと武居さんは個人的にも仲が良く、その武居さんの推薦で、吉木を海幹校が呼んでしまったので、なにか実績をつくらないとマズいだろうと。
それで、河野さんは(吉木から)インタビューを受けたし、鈴木社長にも紹介したと聞いています。ただ、吉木があまりにもヒドくて、鈴木社長から『(吉木の)原稿を掲載しろ』と指示されたWiLL編集部の方は大変だったそうです。
私がワックの関係者から聞いたところでは、吉木は『自分では、長い原稿を書けない』と言ったそうで、(編集部がゴーストライティングする)聞き書きで記事を作ったところ、今度は『長い原稿は直せない』と言い出し、最終的に(掲載された形の)一問一答になった、と。これで客員研究員なんて恐ろしい話です」

こういった印象を吉木に抱いているのは、彼だけではなかった。昨年の6月21日、吉木は、客員研究員の立場で広島、江田島の海自幹部候補生学校で講演をしたが、ある聴講者が前出のOBと同様の感想を抱いていた

「テーマは〈古事記を知ることは己を知ること〉だったのですが、支離滅裂でびっくりしました。古事記は凄いというところから話が始まったのですが、次から次に論点がずれて、最終的には何を言わんとしているのか、まったく分かりませんでした」

しかし、本当に、吉木の話は、それほど〈ワケが分からない〉のか。2017年12月14日、吉木講演会に参加した、ある者のメモを掲載する。

――吉木さんの〈古事記と安全保障〉がテーマの講演に参加してきました。吉木さんは「戦後の日本は、自分さえ良ければよい、という誤った個人主義にミスリードされている」「個人主義は、国家主義と相反する(敵対する?)ものとして生まれた」「連合国や社会主義に傾斜した、バランスの悪い個人主義になってしまった」と現在の日本の個人主義について嘆いておられました。

その後、古事記を例に、日本では本来「他者を重んじる精神」や「和を結ぼうとする精神」が尊ばれており、それを守り、受け継ぐことが、他者、大きくは「日本国を考えることに繋がるのではないか」「日本独自の個人主義を考えなければならない」と主張していました。それが最終的に、安全保障に繋がるといった趣旨でした。

確かに、現在の日本の個人主義に対して、吉木さんがおっしゃることに、共感はできました。

限られた時間なので、そこまで話す余裕がなかったのかもしれません。ただ、「戦前、日本人が持っていた思想を取り戻そう」「それが、日本の安全保障に繋がる」というだけでは、そこにスローガン以上の意味はない気がしました。――

なぜ、海幹校は、吉木誉絵を〈客員研究員〉として招聘したのだろうか。われわれは、当事者たちに直接、尋ねることにした。

〈吉木誉絵事務所〉に質問状を送るために、その所在を調べると、同事務所は、ライトノベルの編集やファッション誌の広告営業を手掛ける編集プロダクション内に設けられていた。

半ば公的な海上自衛隊の幹部学校〈客員研究員〉をめぐる〈質問状〉について、吉木のマネジャー、S氏は「質問への回答でギャランティは出ますか」と応えた。

ギャランティは出ないことを説明し、質問状を送った。

以下のリストが質問内容だ(以下、敬称を略した概要)。

どのような経緯で、海上自衛隊・幹部学校の〈客員研究員〉になったのか。

(吉木は)自らを〈研究者〉であると考えるか。

(吉木が)客員研究員として大切にしていた〈理念〉はなにか。

回答は「答えない」だった。

続けて、S氏から「質問の内容については、海上自衛隊に問い合わせて下さい」といわれた。吉木は「自らを〈研究者〉であると考えるかどうか」という質問にさえ、答えられないのだろうか。

われわれは、防衛省にも質問を投げかけた(以下、敬称を略した概要)。

吉木誉絵を海上自衛隊・幹部学校の〈客員研究員〉に招聘したプロセス、選考理由について知りたい。

「客員研究員の選定は〈他薦〉で、他薦された客員研究員希望者の中から、幹部学校で検討し、受け入れを決定します』

これは、防衛省海上幕僚監部広報室による回答だ。では、吉木に決定した理由は何なのだろうか。

「吉木氏の〈情報発信力〉および研究実績から、幹部学校の研究分野での波及効果が見込まれると考えています」

吉木に研究実績がない、という事実はすでに記した。そうなると、海幹校の本音は〈情報発信力〉、自らの組織に都合の良い発言を繰り返す〈ラウドスピーカー〉の確保にあるのだろうか。これも既述の通り、現在、吉木が主戦場にしているのは、月刊『WiLL』や『Voice』といった保守系雑誌である。

〈原則1年〉の任期と定められているはずの客員研究員の肩書を、就任から1年が過ぎても使い続けている吉木の姿勢について尋ねた質問には「吉木氏が客員研究員の任期を終えた事実はありません」との回答だった。

海幹校は、内規の特例を使って、吉木の任期を〈2年〉に延長していたのである。

いったい、新たな保守グループはどのような目的で、吉木や竹田を重用しているのか――。

第2回に続く。