社会不安が産み続ける吸血人
食材の調理法, 栄養不良対策, 衛生状態を保つ方法を学ぶために集まる村民たち. 2016年, ンチェウ県. Image by Ric Francis via ZUMA Wire

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社会不安が産み続ける吸血人

2017年、晩夏。東アフリカ、マラウイ湖沿いの小国、マラウイ共和国の南部でこんな噂が流れた。「ヴァンパイアが国民を狙っている」。この問題に対する世間の不安が高まり、自警団がバリケードを設置。警備のために乱暴者を組織した。以来、11月初頭までに、この問題に動揺した地元住民によって、9名が殺害されたという。

2017年、晩夏。東アフリカ、マラウイ湖沿いの小国、マラウイ共和国の南部でこんな噂が流れた。「〈アナマポパ〉がマラウイ国民を狙っている」…。〈アナマポパ〉とは、現地の言葉で〈吸血人〉、つまり〈ヴァンパイア〉だ。しかし、アナマポパは、西洋のヴァンパイアとは趣が異なる。まず、〈吸血人〉は〈ヴァンパイア〉と違って不死身でもなければ、牙も生えておらず、針や外国製の医療機器で人間の血を抜く人間だ。魔術、テクノロジーを駆使すると考えられており、科学物質の噴霧や電気ショックなどを利用して、被害者の自由を奪い、人間以外の動物に姿を変えて逃げるらしい。そして、採取した血液を売って金を儲けているそうだ(売った血は悪魔的な儀式に使われるらしい)。

このような伝承は、マラウイを始めとする近隣諸国で長らく語り継がれてきた。大規模な陰謀論、超自然的力への信仰がいまだに根強く残る、西洋諸国の植民地支配が特に顕著だった地域だ。とはいえ近年、そのような噂があってもすぐに収まり、広まったとしても限定的であったはずだった。

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しかし、現在のマラウイの状況は、今までとは異なる。

今年9月中旬、アナマポパ問題に対する世間の不安が高まり、自警団がバリケードを設置し、警備のために乱暴者を組織した。以来、11月初頭までに、この問題に動揺した地元住民によって、9名が殺害されたという。定期的にマラウイを訪ね、今も現地に滞在するミシガン大学の研究者、アダム・アッシュフォース(Adam Ashforth)教授によると、実際は、報道よりも多くの被害者がいるようだ。現在、自警団が地元の権力者や公務員などの家を破壊しており、米国政府は今年の秋にいちど、この地域への不要不急の渡航を中止するよう勧告した。10月9日、国連は、職員数名を退避させた。

10月末、既に200人以上の自警団メンバーが逮捕された。死者は確認されていないが、それでもアナマポパ問題に関連した暴行事件の報告は止まない。10月19日には、自警団による暴力行為が東隣のモザンビーク共和国でも報告された。モザンビークでも、少し前から似たような噂が流れていたようだ。

「〈吸血人〉の噂は今がピークです」とアッシュフォース教授。最近、教授がマラウイの学校を訪問したさいも、いつもなら外国人に興味津々の子どもたちが、教授を見たとたんに逃げだしたという。また、教授の同僚が乗っていた車に、乱暴者が石を投げつけた。教授のドライバーからは、息子の友人が「吸血人の被害に遭った」と吹聴している、と聞かされたそうだ。

部外者が、一連の暴力事件を説明をしようとすると、マラウイやモザンビークにおける迷信の根深さをただただ強調し、充分な説明に至らないのが通常だ。一方、地元警察は、混乱に乗じて悪事を働こうとする窃盗グループによるたくらみだ、とコメントする。政治家たちは、うわさを拡散して暴力行為を誘発し、自らの信用失墜をたくらむライバルの仕業ではないか、と主張する。しかし原因が、根強い迷信であろうと、泥棒たちのたくらみであろうと、政治的駆け引きであろうと、今回、騒動がここまでの集団ヒステリーに高まったのはなぜだろうか。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(London School of Economics)のティム・アレン(Tim Allen)教授は、アフリカ大陸中東部に位置するウガンダ共和国の、吸血人伝承にまつわる暴力行為についての論文を著し、魔術、血液の秘教的パワーに対する広範囲にわたる、古来から(常に変化はしているが)の信仰を明らかにした。吸血人の伝承は、それら歴史的な信仰が姿を変えたものだといえる。昔から魔女は、隣人の命を意のままに操る〈内部〉の人間として描写されているが、吸血人はコミュニティの外からやってくる〈外部〉の人間だ。

迷信が人心を捉えたのは約100年前。つまり、ヨーロッパ諸国による植民地支配の最盛期だ。詳細や設定は様々だが、いずれにせよ、迷信は民衆の根強い不安を反映している。それらの迷信についての著書もあるフロリダ大学の歴史学者、ルイーズ・ホワイト(Luise White)教授は、不安は「搾取、損害、不確かさへの怖れであり、非常に強い感情でありながら、表出しないこともある」という。

「1930年代、植民地時代のザンビアでは、ヨーロッパ人のための咳止めドロップをつくるためにアフリカ人の血が採取され、その後、死体が捨てられる、という噂が広がりました」とホワイト教授。「白人の贅沢のためにアフリカ人が搾取されている状態を説明するには、これ以上のストーリーはありません。ポスト植民地時代のアフリカ中東部では、アフリカ人の血を西洋のとある国に売り、引き換えに武器を買う、という噂が飛び交いました。もちろん真実ではありませんが、暴政がどれほどまでに国民たちを抑圧していたか、それを如実に表しています」

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アレン教授によると、吸血人や魔術関連の伝承は、ときには「無害で、国民たちに生きる意味を教えてくれたりもする」そうだが、社会の急激な変化や飢饉など、ストレスが高まる時期には、噂が避雷針のような役割を果たし、アレン教授を始めとする専門家のいう〈魔女狩り〉につながる可能性がある。

しかし、アレン教授は、アフリカに限った問題ではない、と強調する。魔女狩りは、米国マサチューセッツ州のセイラムでも起きている。セイラムといえば1600年代の魔女裁判が有名だが、1980年代には〈サタニック・パニック〉が発生した。〈サタニック・パニック〉とは、託児所での悪魔的儀式の噂を国民の大勢が鵜呑みにした結果、パニックが起こり、無辜の人生がめちゃくちゃにされた騒動だが、その原因は、変革する社会への不安だとされている。

今でもアフリカでは、政治的、社会的混乱、食料不足への不安、貧富の差など、問題が山積みにされたままだ。最近では、自らの利益のために吸血人のデマを拡散している政治家や宗教指導者もいる。今回、迷信がかつてないほどの勢いで広がったのは、SNSの影響もあるだろう。また、暴力行為の発生件数が多い地域では、事態に対処すべき当局が貧弱な傾向にある。

アッシュフォース教授が指摘するのは、世界有数の貧国であるマラウイが西洋諸国の援助に多くを頼らざるを得ない現状だ。教授はこう説明する。「対価なしには何も得られない、という信念とあいまって、血と引き換えに白人から援助を受ける、という結論に至るのです」。また、国民の大多数が貧困に喘いでいるのに、政治的エリートやビジネスマンたちだけがどんどん裕福になる現実を理解するのに、この説明は有効だ。そして最近では、悪魔的儀式への恐怖心を煽るかのようなペンテコステ派の礼拝が人気を集めている。さらに政府への信頼は薄い。

「マラウイ国民の人生観、つまり、緊張状態や経済不況を納得して受け入れる術を反映しています」。ブランタイヤ県にあるマラウイ大学の心理学者、チウォザ・バンダウェ(Chiwoza Bandawe)博士は〈Radio France Internationale〉で、マラウイ国内の吸血人の噂についてこう語った。

アッシュフォース教授によると、毎年のように広まる吸血人の噂は、雨が降らず、農民が雨乞いするしかない時期に、突然、湧き上がるという。「農作物の成長期なのに何もできず、不安だけが募る時期です」。雨が降れば噂は消えるというが、雨が降らないと飢饉が起き、食料危機に陥り、噂は暴動へと発展し、白人、富裕層、政府高官などが暴徒の標的になる。

10月27日に開催されたマラウイ・カトリック大学(the Catholic University of Malawi)でのカンファレンスで、人類学者のサングワニ・テンボ(Sangwani Tembo)はこのように説明した。「今年の収穫は無事終わりましたが、収穫物の値付けがとても低く、農家は苦難を強いられるでしょう」

「この数十年で、大規模な暴動が3回発生しました」とアッシュフォース教授。最初の暴動は2002年。2名の死者を数え、世界から注目を集めた。このため、疑心暗鬼になった農民たちは外出を避けるようになり、農地の手入れをしなくなり、食料不足はさらに悪化した。2度目の暴動は2007~2008年。しかしメディアには取り上げられなかった。アッシュフォース教授によると、暴動の規模は、コミュニティにおける最重要人物である首長がどう対処するか次第だという。暴徒を内部から封じ込めるか、それとも支配力を失う危険を犯しながら、暴徒と真っ向から対立するかの2択だ。

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政府の対応は、そんななか、事態を悪化させているだけのようでもある。多数の警察官を動員し、外出禁止令を発した。政府高官はうわさを否定し、魔術信仰の誤りを論理的に指摘しようとしている。また、そのような迷信に従って行動する暴徒たちを〈非愛国者〉や〈野蛮〉だと批判する。

アレン教授は、「間違っている、愚かだ、と指摘するのは、陰謀論を後押しするだけです」と言明する。

「迷信の前提として、政治権力への根深い不信感があります」とアッシュフォース教授。「だから、政府も警察も医療機関も、現体制と連携する機関は手も足も出せません。何をしても事態を悪化させてしまいます」

アレン教授とアッシュフォース教授に共通しているのは、地元の宗教指導者たちがはっきりとした見解を発表すれば暴動に歯止めをかけられるかもしれない、という認識だ。宗教指導者はマラウイの現体制には与していないし、マラウイ国民たちも、宗教への信仰をもって吸血人への恐怖にあらがおうとしている。宗教指導者たちが問題に対処しようとする姿勢もある。10月27日のカンファレンスでは、マラウイ・カトリック大学のドミニク・カジンガチャイア(Dominic Kazingatchire)神父が同胞たちにこう呼びかけた。「この問題を国民たちに納得をしてもらうため、深くまで掘り下げましょう」。しかしこれが広範的なアクションにつながるかは不明だ。現在のところ死者は確認されていない(とされている)が、これはパニックが落ち着いてきている証拠なのか、それともただの小康状態なのか、わからない。

暴力行為が収束しつつあるとはいえ、吸血人、血液の悪魔的売買にまつわる迷信がマラウイから消えることはなく、いつかまた人心をかき乱す怖れがある。この問題に対処するには、吸血人の迷信が広まる仕組みを理解しなくてはならない。このような迷信は、いかなる国であっても発生しうる。「一部の富が増大した結果、貧困に追い込まれた人々のために、経済的、社会的な福利厚生を充実させなければならない」とアレン教授はいう。

残念ながらそれは、今回吸血人パニックで暴徒化したマラウイの人々には、コントロールできない問題なのだ。