トルコ南東部の都市シャンルウルファでシリア難民支援をしているニスリーン. 彼女自身もコバニから逃れてきた難民だ.

シリア危機から7年、変わったもの、変わらないもの

降りそそぐ雨の冷たさに背中を丸めて小走りしていると、前を歩いていたニスリーンが手招きをして、車のドアを開けてくれた。

走り出した車はすぐに市街地を抜け、冬枯れた田園地帯を走る。雨雲が光をさえぎっている せいで、世界は乳白色の冬空に沈み、モノトーンの景色がどこまでも続いていた。

2018年1月、トルコ共和国南東部の都市、シャンルウルファ(Şanlıurfa)を訪ねた。シリア危機から7年、故郷の紛争からこの地へ逃れて避難生活を送るシリア難民を取材するためだ。

シリア国境に近いシャンルウルファは人口 80 万人ほどの都市. 街の起源は紀元前 2000~3000年頃にまでさかのぼる.

〈21世紀最大の人道危機〉とも称されるシリアの戦争は、なかなか終息の兆しを見せない。 レバノンを拠点とする学術組織〈シリア政策研究センター〉によれば、この戦争による死亡者はすでに47万人に達し、1000万人が故郷を追われて難民になっているという。

戦況が複雑化しているのは、さまざまな国家、組織が己の思惑のために戦闘に介入したからだ。もともとは 、2011年3月、民主化を求めて始まった市民運動に、ISなどのテロ組織が便乗し、そこに中東で存在感を示したい米国、ロシア、トルコ、イランなどが参戦し、シリア情勢は混乱に陥った。

だが2017年、イラクのモスルやシリアのラッカといった、ISの主要拠点の解放が報じられると、いよいよシリアの戦争も終わるのか、という風潮が高まった。

難民を支援する団体関係者の口からも、「帰還する人、もしくは帰還を検討するシリア難民が増えている」という言葉を聞くようにもなった。7年のときを経て、シリア難民たちの状況や心境にはどんな変化が起きているか、または、何も変わっていないのか。それをこの目で確かめたくて、シャンルウルファに足を運んだ。

359万人のシリア難民を受け入れ

トルコは、いまや世界最大のシリア難民受け入れ国になっており、その数はおよそ 359万人にのぼる(UNHCR調べ)。大半は首都、イスタンブール、シリアと国境を接する南東部に集中していて、なかでも大都市のシャンルウルファでは、約44万5000人のシリア難民が暮らしている。

シャンルウルファの一大観光地〈アブラハム生誕の地〉. 週末は大勢の人で賑わう.

難民というと、荒野にずらりと並ぶ仮設キャンプに暮らしている人々を思い浮かべるかもしれないが、今回取材したのは、都市に暮らす難民だ。実際のところ、世界中で避難生活を送る難民のうち、キャンプに入居できるのは全体の3割弱で、大多数は、生活がより困難な都市に逃げ込むという。

難民キャンプでの生活であれば、支援団体が提供する食糧や保健衛生サービスを安定して享受できる場合が多いし、法的手続きや公共サービスなど、生活に必要な情報も入手しやすい。プライバシーの確保は難しいが、隣人とのつながりもできる。

都市型の難民はその反対で、コミュニティや行政、支援団体にアクセスしづらく、劣悪な住環境で孤立したまま困窮状態に陥る傾向にある。

ニスリーンは、シャンルウルファでシリア難民の支援をしている日本の国際NGO〈AAR Japan (難民を助ける会、以下AAR)〉の現地スタッフで、シリア難民の家庭を訪問しながら、ニーズ調査や悩み相談を担当する。そこで彼女の仕事に同行し、シリア難民たちに話を聞いた。ニスリーンは、北西部の都市コバニから 4 年前に避難してきたシリア国籍のクルド人だ。

2年前からAARで働いているという。

まだ25歳の彼女は、弾けるように若くて明るい。取材先に向かう車中では、これから訪ねる難民家庭の境遇を詳細に説明してくれるしっかり者だが、突然「だーれだ?」と目隠ししてくるようなお茶目さもある。陽気でバリバリ仕事をこなしている彼女を見ていると、「難民=かわいそう」という、ありきたりな図式は思い浮かばない。

ところが、ニスリーンが案内してくれたシリア難民の家庭の状況は、正直、予想していたよりもずっと悪かった。

貧困、児童労働、引きこもり、家庭内暴力…

シリア難民はシャンルウルファのなかでも貧困層が多い南部エリアに暮らす.

たとえば、廃墟のような小さなビルに10人家族が肩を寄せ合って暮らしているケース。建物には電気もガスも通っておらず、コンクリートや鉄骨むき出しの室内はしんしんと冷えていた。 すきま風も容赦なく吹き込んでくる。

小さなアパートの一室に暮らすシリア難民の家族。子供たちは戦争が始まってからいちども学校に行っていないという.

取材で訪問した7家族のうち、父親が定職に就いていた家庭はなかった。そこで犠牲になるのが子供たちだ。まだ10歳ほどの子供が農作業や廃品回収といった労働に違法に従事させられる。学業より仕事優先の生活を強いられても、「家族のためだ」と親に諭されると子供たちはそれに抗えない。避難先の教育機関が機能していない場合も多く、シリア危機が始まってからの7年、子供たちがいちども学校に行っていないという家庭もあった。

9人の子供をひとりで育てているというシングルマザー(右から2人目). 夫は心筋梗塞で5ヶ月前に突然他界. 年長の3人の子供たちが外に働きに出て家計を支える.

戦争で負った傷に悩まされている人も多い。

アブドゥラ・アズィーズ(27)は、3年前にシリア政府軍の空爆で破壊された壁の下敷きになり、背骨を損傷。故郷のデリゾールでは情報科学を専攻する大学生だったが、いまは寝たきりの生活を送っている。アブドゥラの人生は、あの日から一変してしまった。

歩けなくなってから3年, ようやく車椅子を手に入れたアズィーズ. AAR の支援 による(右から 2 番目).

ふさぎ込みがちな彼にAARの職員はカウンセリングを受けてはどうかと提案したが、彼はそれを断った。「体は不自由かもしれないが、心は健全だ」と。

アズィーズの手の平のなかには、彼から歩く自由を奪った壁の破片がいまだに入っている。 あの日の記憶が彼の頭から決して消えないように、破片も体の一部となって残ったのだ。

アズィーズの手の平に残る壁の破片.

住環境の悪さと貧しさが理由で、トルコに避難してきてから体調を崩す人も多い。身体の不調だけでなく、うつも深刻な問題だ。トルコで暮らしはじめてから、言葉を失った男性や、 家に引きこもり1日中ベッドで過ごしている17歳の少年もいた。

毎日一歩も外に出ず, 眠り続けているというアフメド(16). うつや引きこもりも問題だ.

話を聞かせてくれた誰もが、暗く沈み覇気がない。これだけ長期に渡り強いストレスにさらされていれば当然だが、ときおりまるで暗闇と話しているような気分になった。

やる気に溢れ、ポジティブなオーラを発しまくっているニスリーンとは正反対だ。彼女は、自分よりひと回りもふた回りも年上の難民たちの悩みを聞き、相談を受け、的確なアドバイスを与えている。

そして最後には必ず、「子供たちがいるんだから、もっと強くならきゃ」と難民たちを励ますのだった。

失われた7年

どこの家庭でも問題の根本にあるのは、貧困だ。男たちはなかなか定職に就くことができず、たまに日雇い労働をする程度。暮らしは、トルコ赤新月社がシリア難民に提供するわずかな現金支援に頼っている家庭が非常に多かった。

トルコ国籍を取得すれば、定職に就けるかもしれない。2016年、トルコ政府は最大30万人のシリア難民に国籍を付与する意向を発表した。だが、トルコ人になればシリア難民向けの現金支援はもちろん失う。

8人の子供の父親であるユフス(35)はシリア北部の都市ラッカの出身.「現金支 援を失うくらいなら, トルコ国籍はいらない」という.

そんなリスクは冒せないゆえに、国籍は申請せず、無職のまま。それがしごく当然だというように話す男性陣を見て、人によっては支援のせいで飼い殺しのような状態にはまりこんでいる、そんな印象を受けた。

戦争で職を失い、一家の大黒柱としてのプライドを傷つけられた男たちのストレスのはけ口となるのが、女性や子供たちだ。彼らが引き起こす家庭内暴力や、女性、子供に対する性的虐待も深刻化している。

貧困、孤立、うつ、引きこもり、体調不良に家庭内暴力、そして児童労働。問題は山積みだが、これらはシリア危機が発生した当初から報告されており、すでにさまざまなメディアで取り上げられてもいる。残念ながら7年たったいまでも解決されていないのだ。いや、むしろ長期化しているせいで、状況はさらに悪化していると感じた。

積もった雪の重みのせいで次第に木の枝がたわむように、苦しみがじわじわと人々を蝕み、気づかぬうちに取り返しのつかないに状態に追い込んでいるのではないだろうか。

ニスリーンは言う。

「シリアの人々は、かなり長い間辛い避難生活を送っていますから、問題に立ち向かむ気力がもう残ってないんです。何というか、彼らはこの7年を失ってしまっているんです」

増え続ける難民

ISの勢力は確かに衰えているかもしれない。だが、東グータに見られるように反政府勢力に対するシリア政府軍の攻撃は相変わらず激しい。また、ISという共通の敵を倒した有志国連合の結束は崩れ、いまや各国が私利私欲のために動いている。

2018年1月には、トルコがシリアのクルド人地区アフリンに侵攻し、3月に同地域を制圧した。攻撃の勢いは衰えず、クルド人を「テロリスト」と見なすトルコは、今後もクルド人地域への攻撃を続ける意向を表明している。

同年4月14日には、シリア政府軍が化学兵器を使用したとして、米英仏3ヵ国がシリア国 内の化学兵器関連施設を攻撃。この3ヵ国と、ロシアが支援するシリアとの亀裂は深まり、戦況はさらに混迷している。

このように、長きに渡って戦闘が続いている状況を踏まえれば当然のことかもしれないが、 取材した難民のなかでも、つい最近シリアから避難してきたという人は意外なほど多い。 AAR の現地スタッフによれば、シリア危機が発生した当初に国外に難を逃れた人々は、適切な情報を得られた都市部の知識層、海外に行くことが出来る富裕層が多かったという。

一方、シャンルウルファのようなトルコ南東部では、シリアの農村部に国境を接しているため、 地方在住の比較的貧しい人々が逃れてくるケースが多い。もちろんシリア危機が起きた当初からトルコ南東部に避難している人もいる。そのため、まだ右も左もわからないような状態の人がいるかと思えば、すでに生活基盤を確立している人もいるという、さまざまな境遇が混在しているのが、ここシャンルウルファの特徴といえるだろう。

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