「兄を殺した加害者たちに直接会いたい」 衝撃のドキュメンタリー『ルック・オブ・サイレンス』公開記念インタビュー vol. 1 アディ・ルクン(主演)_01

1965年、インドネシアのスカルノ大統領の親衛隊の一部がクーデターを試みるが未遂に終わる。事態の収拾に当たったスハルト少将らは事件を背後で操ったのは共産主義者であるとし、100万人規模の大虐殺を行う。虐殺の実行者の多くは軍に委託された右派のゴロツキで、スハルトが政権を握ったことで後ろ盾を得、力と富を蓄えていく。一方、“共産主義者認定”されて殺された人々の遺族は子や孫の代に至るまでさまざまな差別を受けている。そして両者は50年の長きにわたり、まるで何事もなかったかのように同じ町で共に暮らしているという。重い沈黙が人々を支配している。被害者と加害者を対峙させた本作は「偽りの共存」を打破する可能性を秘めている。あらゆる危険を乗り越え公開まで漕ぎつけたジョシュア・オッペンハイマーとアディ・ルクン、ふたりの勇気を讃えたい。

アディさんの兄、ラムリさんはどんな人だったと聞いていますか?

私は兄が亡くなって3年後に生まれましたから直接は知りませんが、母からよく兄のことを聞いていました。夕方や寝るまえ、いろんなときに母は兄のことを思い出して喋っていました。兄と私は顔つきがとても似ているらしく、私のことを兄の生まれ変わりだと母はいつも言っていました。親をとても大切にし、奉仕の精神があって、宗教を真面目に実践する人だったそうです。そんな兄が殺されてしまうのは不条理だと繰り返し言っていました。

加害者と被害者の遺族が同じエリアで暮らしているそうですが、差別や脅しを受けたことはありますか?

私たちの集落と隣の集落は住民のすべてが共産主義者だったそうです。以前から、さまざまな差別がありました。とくに当局から、例えば、役人たちが持っている田畑を無償で耕すことを強いられるなど、ひどい仕打ちをずいぶん受けました。映画を撮っているあいだもいろいろな嫌がらせがあって、撮影が終わるころ、私は村長から呼び出だれましたが、無視して行きませんでした。

呼び出しに応じないのは、かえって危険ではありませんか?

もちろん危険です。映画の完成と同時に家族全員を連れて、どこかは言えませんが、某所に移住しました。それから一度も村長に会っていません。

ジョシュア監督と出会ったのはいつごろですか?

2003年だったと思います。兄を殺した人たちのもとを訪れてインタビューする撮影を始めたのが2012年です。出会ってから撮影開始まで8、9年たっていますが、その間はおもに『アクト・オブ・キリング』(※1)の映像を撮影していました。メダン市や、メダン市から60キロぐらい離れた田舎で撮りました。

今回、ジョシュア監督の映画に出ることで、お兄さんを殺した人たちに会いたいと思った動機を聞かせてください。

これまでインドネシアの人々、とくに殺された人たちの遺族は、沈黙を守って虐殺事件のことを口にしませんでした。学校で私自身が受けた歴史教育は、悪いのはすべて共産党だと教えていました。私の場合は、親から本当の話を聞かされていたので、先生の言うことを信じませんでしたが。ともかく、沈黙をなんとかして破りたいと思っていたところ、ジョシュアが映画の計画を立てていることを知り、出るしかないと思いました。

思いを打ち明けたときのジョシュア監督の反応は?

とても嬉しいが反対とのことでした。一般の老人たちに昔の話を聞くというかたちで映画に出るのならいいけど、自分の兄を殺した張本人と直接対峙するのは危ないからやめろと言われました。最後は納得してくれましたが。

映画のなかで、アディさんが怒りを必死に堪えているように見えるシーンがいくつもありました。人々の沈黙を破りたいと思ったのが出演の動機とおっしゃいましたが、いざ撮影に入ってから、お兄さんの仇を討ちたいと思ったことはありませんか?

なかったです。一度も怒りが爆発しそうになったことはありません。なぜなら、それまでずっと辛抱してきましたから……。とはいえ、かなりのストレスがあったようで、加害者との撮影が終わると、ものを言えなくなったことがあります。そのときはジョシュアが車のなかに連れていってくれて、落ち着くまで撫でて慰めてくれました。30分ぐらいたってようやく話せるようになりました。そのぐらい強く緊張していたんです。

撮影中に恐怖を感じたことはありますか?

最初にインタビューを撮影したのはイノン・シア(※2)でした。彼は年をとって気が短くなっているので、カッとなって村人たちを呼び、集団で私に危害を加えるのではないかと心配しました。アミール・シアハーン(※3)は元司令官で殺戮の命令を下した人物ですが、いまでも大きな影響力を持っています。彼の撮影も怖かったです。M.Y.バスラン(※4)は地方議会の議員を長年務めている有力者なので、この人も怖かったですね。加害者やその関係者に会って撮影するときはいつも、2、3台の車を用意して別の場所に停め、何かあったら逃げられるようにしていました。アミール・ハサン(※5)の妻のインタビューをしたときは、撮影中に彼女の息子たちが騒ぎだしました。そのうちのひとりが携帯電話でどこかに連絡したので、警察か仲間を呼んだものと判断し、車に飛び乗って逃げました。そしてすぐに、もう1台の車に連絡して私の子供を避難させました。そういうことがあったんです。アミール・ハサン自身はすでに亡くなっていましたが、彼は兄を殺した張本人です。家まで来て兄を連れていきました。

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アディ・ルクンとアミール・シアハーン
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

印象に残ったシーンをいくつか。撮影のことを知ったお母さんがアディさんの身を案じて、棍棒を新聞紙に包んで持っていきなさいと言っていました。

実際には持っていきませんでした。母は、私が殺人者のまえでラムリの弟だと認めると危害を加えようとするに決まっているから、ナイフか棍棒かどちらかを持っていくように何度も言いました。もちろんナイフも持っていきませんでした。行った先で飲み物を出されてもぜったいに飲んじゃだめだとも言われました。毒殺されるのを心配していたんです。この忠告だけは守って、出された飲み物には一度も口をつけませんでした。

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アディ・ルクンと母
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

かつて共産主義者の収容所の看守だった叔父さんを訪問したとき、はからずも苦い新事実を掘りおこしてしまいます。そもそもアディさんは彼が看守をやっていたことを知らなかった。では、何を聞くために彼のもとを訪れたのでしょう。

叔父が看守をやっていたことは知りませんでした。母も知らなかったぐらいですから。当時、兄と同じ収容所に入れられていた人を誰か知らないか、それを叔父に聞こうと思って行きました。ですから、そのあと叔父に聞かされたことには……とても驚きました。

サムシル(※6)の証言からは彼らが迷信にとりつかれていたことが明らかになりました。彼が実の娘のまえで自らの残虐行為を語るシーンは衝撃的です。アディさんは別れ際にサムシル父娘と抱擁していましたが、そのときの心境は?

満足していました。私が彼らに会いにいくのは、喧嘩するためでも彼らを裁くためでもありません。とにかく話し合いたかったんです。その目的は果たせたわけですから、ああいう感じになれて満足しています。それまで彼らのことを知りませんでしたが、今回の撮影で家が近いことがわかりました。将来、お互いの子孫が結婚したりする可能性だってあります。だから仲良くしないといけない。

あのときのサムシルの娘は少し不自然に見えました。彼女が表す親密さにぎこちなさがあるような。

インドネシアはイスラム教の国ですから、男性と女性が抱擁するときに不自然になるのは当然です。私には彼女の目や仕草から真剣さを感じとることができました。そういう意味では、アミール・ハサンの家で聞いた和解の提案はすべて嘘だと思っています。心から言っているのではないとわかっていました。

虐殺から生還したケマ(※7)に会うとき、息子さんを連れていったのはどうしてですか?

わかってもらうために連れていきました。こういった問題を次の世代に残さないために、いまこそ解決しなければならないと思っています。ですから、息子にもわかってもらいたいという強い気持ちがありました。子供たちが自分の家族の歴史、民族の歴史を知るのは義務だと思っています。

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アディ・ルクンと息子
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

お子さんたちは何歳ですか?

撮影のときは息子が13歳、娘が8歳でした。いまは16歳と11歳です。

アディさんは子供のころにどんな夢をもっていましたか? アディさんの子供たちは将来、何になりたいと言っていますか?

夢ですか……私は夢をみたことがありません。同じ集落の犠牲者の遺族のなかで、同世代で高校を卒業したのは私だけなんです。あとの人たちは小学校か中学校しか出ていません。共産主義者の子供だというだけで、教師にも国家公務員にもなれません。他にも、あれはダメ、これもダメ、たくさん制約があるんです。どうせ勉強なんかしたって汗水垂らして土を耕すしか生きる道はないんだ──そんな気持ちがあって、誰も教育に熱心ではなかった。私は少しでもいまより良くなりたいと頑張って、なんとか高校までは出ましたが、将来何になりたいかなんて、そんな希望は描けなかった。

息子は大学の経済学部で勉強したいと言っています。娘のほうは医者になりたいと言っているんですが、そんなお金はどこにあるんでしょう(笑)。

interview & text by 浅原裕久

アディ・ルクン
大虐殺で殺されたラムリの弟で8人兄弟の末子。眼鏡技師として働き、妻とふたりの子と暮らす。兄の死後に生まれ、1965年からの大虐殺を体験していないが、家族の置かれた理不尽な環境に強い疑問を抱いていた。ジョシュア・オッペンハイマー監督との出会いから兄殺害の実行者たちを知り、その罪を問うため彼らに直接会いに行くことを決意する。

7月4日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開

原題:THE LOOK OF SILENCE
製作総指揮:エロール・モリス/ヴェルナー・ヘルツォーク/アンドレ・シンガー
製作・監督:ジョシュア・オッペンハイマー 共同監督: 匿名 撮影:ラース・スクリー

2014年/デンマーク・インドネシア・ノルウェー・フィンランド・イギリス合作/インドネシア語/103分/ビスタ/カラー/DCP/5.1ch/日本語字幕:岩辺いずみ/字幕監修:倉沢愛子

配給:トランスフォーマー 宣伝協力:ムヴィオラ
公式HP:www.los-movie.com