「兄を殺した加害者たちに直接会いたい」 衝撃のドキュメンタリー『ルック・オブ・サイレンス』公開記念インタビュー vol. 2 ジョシュア・オッペンハイマー(監督)_01

インドネシア大虐殺。加害者たちは、罪に問われることなく歳を重ね、成功者として人生を全うしようとしている者も多い。虐殺現場に立ち、カメラの前で自慢げに殺しを実演してみせるふたりの男。彼らはかつての殺人部隊のリーダーだ。2004年1月に撮影されたこの映像が2本の映画を生んだ。『アクト・オブ・キリング』と『ルック・オブ・サイレンス』の監督、ジョシュア・オッペンハイマーに話を聞いた。

前作の『アクト・オブ・キリング』と『ルック・オブ・サイレンス』に共通点はありますか?

『アクト・オブ・キリング』は、自己を正当化するために加害者たちがいかに嘘をつくのか、我々は過ちを犯したときにいかに嘘をつくのかを描いています。今回の『ルック・オブ・サイレンス』では、50年という長きにわたって恐怖と沈黙のうちに生きるということが人間にどんな影響を及ぼすのかを掘り下げました。この2本は、1965年の虐殺という過去についてではなく、現在についての映画です。どちらも、罪に問われないというのはどういうことなのかをテーマにしています。そこが共通点ですね。

アディ・ルクンさんが本作に出て、兄を殺した人たちに会いたいと言いだしたときのことを聞かせてください。

アディのことは2003年から知っています。『The Globalization Tapes』(※1)の撮影に彼も参加していましたから。翌2004年、アミール・ハサンとイノン・シアが川岸で、アディの兄、ラムリをどうやって殺したかを話している映像を私が撮りまして──。

この映画の冒頭でアディが観ている映像ですね。

そうです。その後、おそらく2009年、私はアディにビデオカメラを渡し、今回の作品に繋がりそうな映像を撮って送るように頼みました。そして2012年、『アクト・オブ・キリング』の編集が終わったころ、アディと再会しました。そのとき彼が、兄を殺した加害者たちに会いに行きたいと言いだしたんです。

アディさんに言われたときの心境は?

私は驚いた顔をしていたはずです。果たしてそんなことが可能なのかと戸惑いました。権力の座にいる加害者に被害者が対決しにいくなんて、そんなノンフィクションがこれまであったでしょうか。無理だと答えました。アディだけでなく彼の家族、私やスタッフにとっても危険すぎると思いましたから。

その答えを覆したのはどうしてですか?

「自分にとってどのぐらい重要なことなのか説明させてください」とアディが言って、ある映像を見せてくれました。「撮影はしたもののとても個人的なものだし、自分にとっては意味が深すぎて、これまでお渡しするのを躊躇していました」と言うんです。アディの父のルクンさんが認知症になって部屋を這っている映像でした。

今回の映画の後半で使われている映像ですね。

そうです。ちょうどラマダン(断食月)の終わりで家族が集まっているときにお父さんが認知症になったそうです。家族のことがわからなくなった初日の映像だと聞きました。家族全員が揃っていたので、みんながなんとかしようと声をかけたのに、まるで知らない人に囲まれているように振る舞うお父さん。そんな姿を見て無力感に陥ったアディが、そこにあったビデオカメラで知らず知らずのうちにお父さんを撮っていた。はっと我に返ったアディが罪悪感を抱きつつ気づいたのが、遅すぎたということでした。

遅すぎたとは?

お父さんを癒すタイミングを逸してしまったということです。父親は息子の死が、いかに自分や家族の人生を台無しにしたかを忘れてしまった。それどころか息子の存在すら思い出せない。にもかかわらず、恐怖からは逃れられない。恐怖の檻に閉じ込められたまま、檻のドアも、ドアを開ける鍵すら見つけられないまま亡くなっていく。そんな父の姿を目の当たりにして、アディは子供たちに恐怖の檻を継がないためには、自ら加害者に会わなくてならないと思ったそうです。思いやりを胸に会いにいけば、加害者も罪を認めるかもしれない。彼らも無意識のうちに謝罪の機会を待っているのかもしれない。会えば、申し訳ないと言うかもしれない。赦す準備はできている。被害者も加害者も人間同士のつき合いができるんじゃないか。子供たちの未来がそうなったらいいとアディは言ったんです。感動しました。私はアディに、安全にできる方法を考えると言いました。

安全な方法は考えつきましたか?

撮影のタイミングが重要でした。そのときは『アクト・オブ・キリング』の編集が終わっていましたが公開前だったので、出ている人たちは内容を知りません。同じ加害者側の人間でも、今回の『ルック・オブ・サイレンス』に出ている人たちは『アクト・オブ・キリング』の人たちよりも下っ端なんです。その段階では、監督の私が彼らの上官たちと親しげにしていたので、いま撮影すれば、アディの兄の殺害に関わった連中も少々のことでは私たちを攻撃しないのではないかと思いました。上官の気分を害するわけにはいきませんから。

「兄を殺した加害者たちに直接会いたい」 衝撃のドキュメンタリー『ルック・オブ・サイレンス』公開記念インタビュー vol. 2 ジョシュア・オッペンハイマー(監督)_02

視力検査を受けるイノン・シア
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

撮影に臨む際、アディやスタッフたちと決めていたことはありますか?

まず、加害者に視力検査を受けさせるという設定が、ある程度は安全性を確保してくれました。検査中は誰だって暴力的に反応しづらいものです。検査をしながら、彼らがやった殺しについて話してもらうときには、アディはまるでそれを初めて聞いたような態度をとるように決めていました。実際には犯行のディテールまで知ったうえで会いに行っているわけですが。

アディの兄を殺したふたりの男が殺害時の状況を実演まじえ自慢げに語っている映像をあなたが撮っていて、事前にアディに見せているので。

そうです。知っていることを隠さなかったら、加害者は自分を守ろうとして攻撃的な態度に出たかもしれません。いざカメラをまわして、両者のあいだの緊張が高まってきたり、対話にならなかったりしたときは、私がアディと加害者の両方に話しかけ、できるだけ静かなトーンで会話をしました。アディだけと話すと怪しまれますから、公平に扱われていると加害者に意識させるためにも、アディに言うのと同じようなことを加害者にも言いました。そうやって、その場のテンションをやわらげました。

撮影のことは加害者にはどう説明していましたか。

違う視点を持ったおふたりが話されているところを撮りたいんです、と説明していました。

カメラの前で加害者とどのように話すかは、アディさんに任せていたのでしょうか。

自分が誰なのか、誰の弟なのかを加害者に話すかどうかまでアディに任せていました。ただ、ひとつだけアディにお願いしたことがあります。加害者たちのなかで、最初はリスクが少ないイノンから会おうと言いました。イノンは上層部の連中と仲が悪く、嫌われているのがわかっていました。そのうえ離れたところに住んでいたので、彼から撮影の話が広まる可能性は低いと判断したんです。そうやって撮った映像をアディの奥さんとお母さんに見せて、彼女たちと話してみようと言いました。アディはすぐに同意してくれました。

不測の事態に対し、どのように備えましたか?

イノン以外の加害者や加害者家族とアディが対峙するシーンを撮影するときは、アディの家族をいつでも逃げられるように空港に待機させ、いつでもチケットを買えるようスタッフが発券カウンターの最前列で待っていました。インドネシア人のスタッフは危険が及ぶ可能性があったので外れてもらい、デンマーク人のスタッフだけで撮影しました。私はアメリカ国籍ですがデンマークに住んでいますから。また、拘束された場合に備え、デンマークとアメリカ両国の大使館から助けがくるような態勢をとりました。万が一拘束されても身元が明かされないよう、アディは撮影に身分証を持参しないようにしました。私の携帯電話から大使館とデンマークのオフィスの番号以外を削除し、逃走車も用意しました。そのぐらい注意していました。

ドキュメンタリーにはシナリオがありません。どのようなヴィジョンを持って撮影に臨むのでしょうか?

私は自分をストーリーテラーではなくエクスプローラーだと考えています。私にとって映画を作ることは、模索することなんです。ロベール・ブレッソン(※2)は言いました。予期せぬものに対して常に自らをオープンにしておかなければならない。そして、無意識のうちに望んでいるものが立ち現れたら、それを見逃さずしっかり摑まなければならない、と。まさにそういう感じなんです。例えば、前作のアンワル(・コンゴ)(※3)が嘔吐するシーン、今回だとアミール・ハサンの家での遺族の反応、そして、生き残りのケマさんが会いにきたときにアディのお母さんがどうなったか……どれも私の想像を超えていました。でも、それが起きた瞬間に「これを待っていたんだ!」ということはわかる。ヴィジョンを持つというのはそういうことなんです。

この映画の着地点をどのように考えていましたか?

さきほど言った、アディが撮った記憶を失くしたお父さんの映像が重要なピースだと思っていました。亡くなった家族を語ることさえできない恐怖のなかで生きるということ、それをしっかりと描くことができれば、作品のなかにアディが撮ったお父さんの映像が違和感なくハマるはずだと考えていました。それが着地点だと言えるかもしれません。

アディさんは映画を通して目的を達したと思いますか?

ワールドプレミアはヴェネツィア映画祭でした。上映後、いきなり私とアディにスポットライトが当たり、そこにアディがいることを知った観客が彼の勇気を讃えて10分以上スタンディングオベーションを続けました。アディの家族やインドネシアの多くの人たちの苦しみが世界の人たちに知られた瞬間でした。たくさんの人たちに知ってもらえることが彼の癒しと浄化に繋がったと思っています。アディにお父さんの映像を見せられてから2年がたっていました。

「兄を殺した加害者たちに直接会いたい」 衝撃のドキュメンタリー『ルック・オブ・サイレンス』公開記念インタビュー vol. 2 ジョシュア・オッペンハイマー(監督)_03

アディ・ルクン
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

最後に、これはアディさんにもした質問ですが、子供のころの夢について。

最初の夢は海洋生物学者で、次は理論物理学者です。映画は大嫌いでした。末っ子でしたから、親兄弟が連れていってくれる映画は自分には怖すぎたり難解すぎるんです。映画が面白いなんて思いはじめたのは高校の途中ぐらいからです。(ヴェルナー・)ヘルツォーク(※4)は大きくなるまで映画の存在すら知らなかったそうですが、私の場合は知っていたけど嫌いでした。いまでも多くの映画は好きじゃないしね(笑)。でも、好きな映画もたくさんありますよ。

interview & text by 浅原裕久

ジョシュア・オッペンハイマー
1974年生まれ、米テキサス州オースティン出身。ハーバード大学とロンドン芸術大学で映画製作を学ぶ。初の長編となるドキュメンタリー『アクト・オブ・キリング』(12)はアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされるなど世界的に評価される。長編第2作となる『ルック・オブ・サイレンス』(14)はヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、審査員大賞や国際映画批評家連盟賞など5部門受賞。

7月4日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開

原題:THE LOOK OF SILENCE
製作総指揮:エロール・モリス/ヴェルナー・ヘルツォーク/アンドレ・シンガー
製作・監督:ジョシュア・オッペンハイマー 共同監督: 匿名 撮影:ラース・スクリー

2014年/デンマーク・インドネシア・ノルウェー・フィンランド・イギリス合作/インドネシア語/103分/ビスタ/カラー/DCP/5.1ch/日本語字幕:岩辺いずみ/字幕監修:倉沢愛子

配給:トランスフォーマー 宣伝協力:ムヴィオラ
公式HP:www.los-movie.com