日高屋の隣の席に女の子がふたり。大学生かなー? キャッキャッいいながら餃子を突っつきあっていました。「お主、ラーメンはどーする?」「ワシはチャーハンにするぜよ」よくわかりませんが、歴女って子たちかしら。本当に楽しそうな彼女たちの〈今〉ですね。

加藤ミリヤさんの「新約ディアロンリーガール feat. ECD」(ECDさんのご冥福をお祈り致します)は、12年前に発表された「ディア ロンリーガール」の再構築バージョン。旧バージョン同様に、たくさんの女性の名前が登場します。総勢78人。

〈あの子は今 幸せかな〉〈時は過ぎ 乙女大人になって 戻れない「うちらの時代」は 特別に輝いてた 夢に散った〉

「新約ディアロンリーガール feat. ECD」に登場する同名の方をお招きし、仕事、恋愛、結婚などについて、そして〈あの頃〉と〈今〉を確認させていただきます。「Who Are You? 特別篇:Are You Happy Now?」第4回です。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

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天野歩(あまの あゆみ)さん 40:トータルビューティーサロン&セレクトショップ経営者

こんにちは、ステキな御髪ですね。

ありがとうございます。

以前出ていただいた小野さんもドレッドでした。牧場の子です。

はい(笑)。そのドレッドをやったJAMBOのミカちゃんは同業者で、昔は撮影やヘアーショーで一緒でしたよ。

あ、歩さんも美容師さん?

はい、そうです。

昔から、その御髪なのですか?

そうですね、ドレッドは、かれこれ10年くらいになります。ブラックヘアー時代など入れると15年位やっています。

ブラックヘアーって、どんなのですか?

コーンロウ、エクステ、ツイスト、スパイラルなど、編み系から特殊パーマなどのことをいいます。

こちらのドレッドは、1年に何回くらい調整…というか整備?…みたいなのするんですか? 

半年〜1年くらいでやり直しています。付けたり、外したり。

付けたり、外したり? こちらは地毛ではないんですか? 

はい。自分の頭はストレートなので、まず1回アフロをかけて…

アフロ!

はい。こういう、すき毛があって。〈あんこ〉っていう…

あんこ?

日本髪とかで出来た綿のようなナイロンのことです。

中にその〈あんこ〉が入っているんですか?

はい。それ棒状にしているんです。色がちょうど違う部分からニセモノです(笑)。

〈あんこ〉は、洗っても大丈夫なんですか?

全然、大丈夫ですよ。洗わない人もいるし、毎日洗う人もいます。私みたいなのは1週間とか10日とか。

〈私みたいなの〉って、どんな〈私〉ですか?(笑)

あんまり気にしない人間です(笑)。でも更に気にしない人は、1ヶ月以上とか洗いませんよ。

でも髪の毛は伸びてきますよね?

はい、もちろん。

だんだん落ちてきちゃうのではありませんか?

それをまたリペアできるのがドレッドです。三つ編みのことを〈ブレイズ〉っていうんですけど、ああいうのは網目が見えているから、取って最初からやらないといけないんですけど、ドレッドはリペアができるんです。

じゃあ、これまでの人生はリペアしたいですか?

いえいえ(笑)。

天野さんは、今幸せですか?

だいぶ幸せですよ(笑)。

おおー! その理由を教えてください。

好きなことができて、それを支える家族がいて、友達とも変わらず付き合えている。そこかなあ、やっぱり。

ご家族は?

旦那と14歳の子供です。

お子さんは、男の子ですか? 女の子ですか?

女です。

可愛い?

可愛いですよ。芸人みたいなのがおります(笑)。

ギャグとかしているんですか?

していますね、お父さんと。本当に父親と仲が良いんですよ。普通の中2とは違うかもしれない。

中2女子とお父さんなんて、最も距離がある時期だと思うんですが。

うちは私がいなくても大丈夫。旦那さんがいればいいんです。

お父さんと遊びに行ったり?

そうですね。私が仕事で東京に行くときも、一緒に東京について来て、旦那さんとふたりで古着が好きだから古着屋巡りしたり、食べ歩きも好きなので、食い道楽しています。109にも行ったり。渡辺直美が好きでね、109にお店が入っているんですよ。

へぇ、知らなかった。109なんて、1Fにあったハンコ屋さんにしか行ったことありません。

はい(笑)。

美容師のお仕事で、東京にも来られるんですか?

美容室とセレクトショップの経営をしているんですが、あとはブライダル関係とか、ヘアメイクの仕事もしているので、東京での仕事も多いんです。

お店はどちらでやられているんですか?

美容室とセレクトショップは、千葉県の旭市にあるんですが、ブライダルや撮影などの仕事は頼まれれば、国内海外どこでも行きます。ハワイとか沖縄まで。来月は、横浜、成田、福岡、銚子とか、毎週末にブライダル出張が入っているんです。

それはヘアメイクさんとしてですか?

そうですね。あとは、セレクトショップの業務で海外へも行っています。自分の目で見て良いと思う物や、日本未発売のブランドを探しています。あとは撮影もありますね。去年はバリ島、モロッコ、その前は、ハワイ、オーストラリア、LAとか。旅をすると、美容師としてのデザイン、アイデアも浮かぶんです。歩いているだけで、勉強になりますよ。

ひぇー、すごい! そんな歩さんのお店のお名前を教えてください。

LAZY MARKETっていいます。トータルビューティーサロンになっていまして、一般美容、ブラックヘアーから、まつげ、エクステ、着付けまでやっています。あと同盟店もあるんですが、〈nico〉という店では、脱毛とかエステ、リラクゼーション、まつ毛エクステ、シミ取りもやっています。

おおー、美の多角経営ですね!! お店を始めてどれくらいになりますか?

7年になります。震災前に始めました。

旦那さんとご一緒にやられているんですか?

いえ、うちの旦那は蕎麦屋です。蕎麦屋に見えない、蕎麦屋です。

蕎麦屋に見えない、蕎麦屋…って?(笑)

長髪の髭モジャです(笑)。

お蕎麦屋さんも旭市にあるんですか?

はい。私も旦那も旭が地元です。旦那は、サーフィンとスケボーをやるために、蕎麦屋を継ぎました。

どういうことですか(笑)?

旦那の生活ベースは、サーフィンとスケボーなんです。蕎麦屋さんとかって、昼休憩があるじゃないですか。その時間をフルに使って、旦那はサーフィンとスケボーをやっているんです。朝と昼休憩で2回、海に入って、波が悪ければ、スケボーしてます。波も悪い、雨でスケートできないときは、絵を描いていますね。それが彼のstyleです。全然ブレません。

style!! そのためには、お蕎麦屋さんが1番だと?

そのようですよ。東京で修行をして、戻ってから店を継いだんです。今の旭は、そういう人が多いんですよ。

Uターンして、仕事をされている方ですか?

そうです。戻って、地元を盛り上げるっていうか、次の世代への意識が強いというか。親とかおじいちゃんがやっていたものを続けながら、新しいことをする30、40代の人たちですね。レストラン、カフェ、セレクトショップ、農家、とにかく皆でやっていこうという絆がすごく強いところです。まずは、自分の近くの人間を応援し、バックアップし、笑顔にする。そうすれば感染する。「旭が好きです」と思う人が増えるよう、みんなで頑張っているんです。

もともと、旭にはそういう土壌があったんですか?

うーん、そんなこともないんでしょうけど、震災の影響はあったと思います。千葉県旭市は、〈忘れられた被災地〉と呼ばれています。津波も来ていますし、亡くなった方もいる。うちも家を建てて8ヶ月で津波にやられました。津波は10センチくらいでおさまったんですけど、家は傾いていますしね。だから、そこから這い上がろうという意識は、みんな強いと思います。

では、Iターン系の方もいらっしゃいます?

はい。波乗りがしたくて、東京から移住する人はたくさんいますし、あとは〈L.O.F.D〉っていう仲の良い東京のダンサーチームがいるんですけど、最近の旭のパワーにびっくりしたみたいで、そのチームのMAYU、MIHOって子は、昨年の秋に、jemaya(ジェマヤ)っていうダンス・スタジオをオープンしたんです。世界で活躍されているダンサーですから、色々とまた繋がりが生まれそうです。みんなでイベントとかも開催していますよ。こんなのとか、こんなのとか。 

旭、すごい!

ぜひ遊びに来てください!

歩さんは、ずっと旭ですか?

高校卒業まで旭だったんですけど、そのあとは東京の専門学校に行って、4年くらい働き、その後の2年はオーストラリアにいました。で、また旭です。

ありがとうございます! では、〈歩:旭ティーンエイジャー編〉からお訊きします。どんなことをしていましたか?

ずっと部活ですね(笑)。

何部ですか?

もうずっとソフトボール部です。中学、高校と。

どこを守っていたんですか?

中学はライトとピッチャー、高校になってファーストとピッチャーです。左利きだったので。

もともと野球が好きだったんですか?

そうですね。お兄ちゃんがいたので、小学校のときも本当は少年野球チームに入りたかったんだけど、当時、女の子は入れなかったんです。

やっぱり千葉だからジャイアンツファンですか?

そうです。ジャイアンツファンでした(笑)。

長嶋ですものねー。

いえ、私の頃は篠塚です(笑)。銚子商業出身でしたから。あと、ジャイアンツじゃないんですけど、近所にいたんですよ、石毛が。

石毛? ライオンズの石毛? パ・リーグ野手初の1億円プレイヤーの石毛?

そこまでは知りませんが、その石毛です(笑)。とにかく野球が人気の土地だったんです。

小さい頃から皆野球ですか?

はい、野球です。

サッカーとかは?

時代性もあったと思いますが、サッカーはなかったですね。私たちの同級生の銚子商業は、春の甲子園で準優勝もしましたし。

強かったんですか?

私たちのソフトボールは千葉県では1番でしたね。関東大会はダメでしたけど。

でもすごい!!

そのときの顧問の先生がめちゃくちゃ怖かったんですけど、それが娘の学校の今の校長先生です(笑)。

旭ネットワークですね!

自分の基盤をつくってくれたのはその先生だと思うので、校長先生になってくれて嬉しかったですね。

練習は厳しかったですか?

そうですね。

何時から練習していたんですか?

朝練は6時からとか。

ひえー!! 放課後は?

7時くらいまで。土日もありませんでした。で、ソフトボールの特待生推薦で高校に入ったんです。

超本格的じゃないですか! 今の御髪とソフトボールは結びつきませんよ。あ、マニー・ラミレスがいるか。

でも、高3のときに千葉の国体選手に選ばれたんですけど、15人に絞るとなったときに辞退したんです。そのまま引退しました。

どうして辞退したんですか?

そこを選ぶと人生が決まっちゃうので。大学かプロゴルファーか実業団。

んん? 大学はわかります。大学に進学してソフトボールを続ける。実業団もわかります。日立とかビッグカメラとか。問題はプロゴルファーです。どういうことなのですか?

岡本綾子さんです。あの人、ソフトボール上がりのプロゴルファーなんですよ。そういう道ができて、何人かの先輩もプロゴルファーになりましたね。

へぇー、それは知りませんでした。でも歩さんは、ゴルファーにもなりたくなかったと。

そうですね、ちょうど腰も悪くしていましたし、手に職をつけたいとも考えていたんです。それに6年近くも運動をしていたから、遊びたくもなっちゃいましたし(笑)。

それまで、まったく遊んでいなかった?

はい、まったくです。一駅分を走って、通学していた時期もあったくらいですから(笑)。

好きな人とかはいなかったんですか?

いましたけど、まぁ、そこはいいじゃないですか(笑)。

わかりました(笑)。で、高3のいつ頃、ソフトボールを辞めたんですか?

学校活動としては、6月くらいに引退なんですけど、そこから国体に選ばれちゃうと、卒業までやらないといけない。夏は遊びたかったので、その時点でストップです。

その夏は何をして遊びましたか?

祭です。

可愛い!! 夏祭りですか!

はい(笑)。神輿が出るような。それを担ぎたくてねぇ(笑)。

担ぎました?

忘れちゃいました(笑)。

ソフトボールを辞めて、後悔はしませんでしたか?

きっぱりと辞められましたね。次に次に…っていうタイプでしたし、そのときには美容師になろうと考えていました。

もともと美容師になりたかったんですか?

そうですね。小さい頃にお母さんと美容室に行くのが楽しかった。見るのが楽しかったんですよ。あと、昔から細かい作業が好きでしたから。

美容師さんになることに、ご両親は?

なにもいわれなかったです。うん、もう腰も悪かったですからね。

では、〈歩:上京編〉に参りましょう。どちらの専門学校に入られたんですか?

代々木の山野美容専門学校です。

あ、井出さんと同じです。名門! お住いはどちらだったんですか?

寮に住んでいました。

山野美容専門学校の寮ってどこにあるんですか?

当時は学校内にありました。

え、あそこで完結しちゃっていたんですか?

完結してました(笑)。

小田急線が目の前のところですよね?

そうです(笑)。

3年間も線路の横に?

いえ、1年です。私たちのときは1年制だったんですよ。山野愛子さんが亡くなられてから、2年制になったり、通信制が3年になったりしたんです。

でも1年だったら、相当忙しかったんじゃないですか?

そうですね。想像していた学校ではありませんでした。まず、華やかではありませんでした(笑)。とにかく厳しかったので、夏休み明けには3割くらいの人が辞めちゃうんですよ。あと当時、カリスマ店員ブームもあって、テレビとか雑誌に紹介されたりしていたから、「髪に興味があったんじゃなくて、洋服に興味があったんだ」って辞める子も多かったですね。

なるほどー。

それに、カットとかメイクの勉強をするかと思いきや、当時は国家試験用の勉強ばかりで。とにかく国家資格に受かることしかしていませんでしたね。

国家試験に受かったら、その次は「現場で勉強しなさい」ってことなのかしら?

そうですね。就職して1年間インターンという期間があって、それが終了したら実地試験です。だから絶対に美容室で働かないと美容師にはなれなかったんです。だから私も美容室に就職して、結局4年働きました。

お、〈歩:就職編〉ですね。どちらの美容室だったんですか?

下高井戸にあるお店です。

どうして、そちらの美容室を選んだのですか?

その時点でブラックヘアーにも興味があったんですけど、当時ブラックヘアーのお店は、東京に1店舗、大阪に1店舗くらいしかなかったんです。そこで働ける可能性はまず無かったし、それに私は田舎に帰る前提で考えていたので、厳しいところに入って、日本髪から着付けまで全部できる場所を選んだんです。お客さんの年齢層も広かったですし。

ああ、もうその頃から旭に戻ろうと考えていたんですね。東京にずっと住みたいとは思わなかった?

そうですね。もちろん東京は楽しいし、刺激的でしたけど、やっぱり地元がいいなぁと改めて感じましたね。

下高井戸のお店で、ブラックヘアーも勉強したんですか?

いえ、そこではできなかったので、別のところへ習いにいってました。

偉いなぁ。人生設計ができていたと?

まぁ、だいたいは。まずは日本で技術を付けながらお金を貯めて、その後はオーストラリアに行く。そして旭に戻るっていうプランはありました。